151・ヴァンの巨人
三代目勇者の伝説は、初代勇者や二代目勇者の伝説とは、やや趣が異なり、分けて語られることも多い。
理由は、三代目勇者が戦った相手が同じ人間であり、魔物がほとんど登場せず、初代と二代目の伝説ではすべての悲劇と争いの元凶であった邪悪の樹も、三代目の伝説ではかかわりこそすれ、終始ただ利用されるだけの脇役で終わっているからだ。
世界樹が八種の人類を創造する以前からイスミンスールで暮らしていた知的生命体、アース。人に似て非なる者。
自らをアース神族と呼称した彼らは、初代勇者によって切り倒された邪悪の樹と、その切り株がそのまま残されていたアースガルズ大陸の一角を占拠。全人類に宣戦布告した。だが、魔物を利用した力による世界の征服というその野望は、二代目勇者の活躍によって打ち砕かれる。
彼らアースとの戦いの最後、二代目勇者は邪悪の樹を跡形もなく粉々にし、アースガルズ大陸に根付いた切り株も、大陸ごと消し飛ばすことを選択した。
アースの首魁、その最後の抵抗によって暴走した邪悪の樹を止める方法は、それしかなかったのである。
アースが滅び、大陸一つと引き換えに、イスミンスール全土には平和が戻った。しかし、二代目勇者は、戦いを終えた後も邪悪の樹を追い続ける。元の世界に帰らず、艱難辛苦を共に乗り越えた光の民の女性を妻に娶り、子孫こそ残したが、その人生の大半を、大陸を消滅させた際の爆発によって世界中に散らばった、邪悪の樹の回収に費やした。
そう、二代目勇者は気づいていたのだ。邪悪の樹が、まだ死んでいないということに。
粉々になり、活動こそ停止したものの、邪悪の樹は生きていた。自らの意思で化石となり、硬質化してその構造を保ちつつ、復活の時を待っている。
二代目勇者は、欠片の回収と並行し、邪悪の樹の完全消滅の方法を模索し続けた。
砕く。燃やす。凍らせる。他にも、他にも――
ありとあらゆる方法を考え、二代目勇者は実際にそれを試した。だが、それでも邪悪の樹は、邪悪の樹のままであり続けた。
経年劣化すらしない邪悪の樹を相手に、二代目勇者は最後の最後まで消滅させる方法を見つけ出すことができなかった。彼は、化石化し、休眠状態にある邪悪の樹の欠片を、クリフォダイトと命名した後、邪悪の樹の完全消滅という使命を子孫に託し、息を引き取る。
残された子孫たちは、その数を増やしながら、世界中――それこそ海底からもクリフォダイトを集め、研究を進めた。
失敗に失敗を重ね、休眠状態のクリフォダイトを逆に活性化させてしまい、汚染された水で魔物を凶暴化させ、民衆から非難を浴びたりもしたが、二代目勇者の子孫たちは、めげることなく研究を続ける。
数年、数十年、数百年。
そして、永遠に続くと思われた研究が、ついに報われる時がくる。
二代目勇者の子孫たちは、クリフォダイトの――邪悪の樹の欠片の消滅に成功した。その方法は、現代に伝わってこそいないが、彼らは確かにその偉業を成し遂げ、世界中の人々から大いにたたえられたという。
全世界からの後押しを受け、邪悪の樹の完全消滅計画を進める二代目勇者の子孫たち。そして、その計画の最中、子孫たちはあることを思いついた。
クリフォダイトは、消滅の際に膨大なエネルギーを放出する。そのエネルギーを、せっかくだから有効活用しよう――と。
それは、純然たる善意だった。
クリフォダイトを利用して、人々の暮らしを今よりもっと豊かにしよう。より富める国を、より強い国を造ろう――という、純然たる善意。
崇高な志のもと、二代目勇者の子孫たちは、クリフォダイトの研究をさらに推し進めた。
その後、クリフォダイトによって動く多くの発明品が生まれ、人類の文明は著しく発展する。
風の力がなくとも突き進む巨大な船ができた。人に代わってはたを織る機械の群れができた。金属を容易く融解させる高温の炉ができた。
疲れ知らずの鉄の馬。人を乗せて大空を翔る巨大な鳥。闇夜を照らす人工の星。新しいものが絶え間なく生まれ、全世界へと広まっていく。
日進月歩で発展する世界を、人類はもろ手を挙げて歓迎した。誰もが二代目勇者の子孫たちに感謝し、彼らからもたらされる恩恵を享受する。
だが、ある時代の節目に異変が起こった。
二代目勇者の子孫、その中でもとりわけ優秀な一部の者たちが、邪な感情を抱いたのだ。
こんなにも優秀で、かつて世界を救った勇者を祖とする我々が、なぜ愚民どものために知恵を絞り、あくせく働かなければならないのだ――と。
我々こそが、この世界の支配者に相応しい――と。
善意に混じった一滴の悪意。その悪意は、徐々に、だが確実に、二代目勇者が子孫たちに託した使命と、崇高な志を蝕んでいった。
水面下で計画を進め、力を蓄える汚染者たち。そして、同胞の半数以上が悪意に汚染されたとき、彼らは決起する。
世界中から集められたクリフォダイトを独占し、自らを神、ヴァン神族と呼称して、全世界に宣戦布告したのだ。
瞬く間に広がる戦火。イスミンスールの歴史上初となる、人間同士による大規模な戦争の幕が開く。
その大戦の折、ヴァンの主戦力として世界を蹂躙した、世界征服という野望が夢物語で終わらないほどの力。事態の収拾のため、世界樹によって召喚された三代目勇者と幾度も激闘を繰り広げた、クリフォダイトを動力源とする超兵器。それこそが――
ヴァンの巨人である。
〇
「【返礼】だぁ!」
「この世の終わりよぉ!」
「死にたくねぇ!」
「巨人だぁ! ヴァンの巨人だぁ!」
「今すぐ中に入れろ! 悠長に通行料とってる場合じゃねぇだろうが!」
城壁の上にいる狩夜の眼下で、ケムルトの中に入ろうと西門の前で順番待ちをしていた者たちが、絶望を感じさせる声色で次々に叫び声を上げた。
その叫び声が城壁を越え、町中にも聞こえたらしく、ケムルトの町中は騒然としている。
具現化した破壊の象徴に対し、今すぐここから逃げ出して、少しでも距離をとるか、城壁に守られたケムルトに留まるかで、住民の意見が割れているようだ。そこかしこで言い争う声が上がり、罵声と怒声、子供たちの泣き声が町に響く。
そんな中、狩夜は真っ直ぐにヴァンの巨人を見つめながら、震える唇で言葉を紡いだ。
「やばい……こっちにきた……」
狩夜の言葉通り、自身の体を構成する岩を現地調達したヴァンの巨人は、その巨体の向きを変え、地響き上げながら、ケムルトへと真っ直ぐに歩き出す。
どうやら、一番近い人口密集地であるケムルトを、最初の標的に選んだらしい。
ユグドラシル大陸の森、そこに立ち並ぶ大径木たちを、少し背の高い雑草の如くかき分け、いともたやすく踏み潰しながら近づいてくるヴァンの巨人。その、あまりに現実離れした光景に、狩夜は顔をひきつらせた。
正直、今すぐ遠くへ逃げ出したい。だが、このままなにもせずヴァンの巨人を放置し、ケムルトへの――いや、ミーミル王国への侵攻を許せば、多くの死傷者が出るのは間違いない。そして、被害はイルティナやメナド、ザッツのいるウルズ王国や、真央や青葉のいるフヴェルゲルミル帝国にも及ぶだろう。
今、あのデカブツを止められる存在は、狩夜の背中にへばりついている、
狩夜は、諦めるように小さくを溜息を吐いた後、その表情を引き締めた。次いで、覚悟と共にこう告げる。
「レイラ、スクルド、いくよ」
「……(こくこく)」
「よく言いましたオマケ! 私たちの手で、この地をあの無粋な人形から守るのです!」
仲間からの同意に背中を押され、狩夜は城壁から跳んだ。そして、着地と同時に全力で地面を蹴る。
恐怖と迷いをその場に置き去りにするかの如く、狩夜はただ前に、ヴァンの巨人に向かって駆け出した。
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