149・唯一の成果

「し、失礼しまーす」


 名も知らぬ光の民の男性に案内されるまま、精霊解放軍の駐屯地を歩き、一際立派な石造りの建物の中にある会議室へとやって来た狩夜。


 二回ノックをした後、学校の職員室に入るような緊張感と共にドアへと手をかけ、頭上のレイラと共に室内へと踏み入る。


 直後、十四個七対の瞳が狩夜を射抜いた。


 大見得を切ってレッドラインを越えた挙句、逆に助けられたという後ろめたさもあって、ランティスたち精霊解放軍幹部たちの視線を前に、狩夜は僅かにたじろいだ。すると、ガリムが呆れたように鼻を鳴らし、次のように言葉を続ける。


「な~にをビビっておるんじゃ小僧? テンサウザンド級の魔物の大群を一方的に蹴散らしておったときの威勢はどうした? ん?」


「そうですわよカリヤさん。別にわたくしたち、カリヤさんを取って食べたりはしませんから、ご安心くださいな。うふふ♪」


 言葉とは裏腹に、大好物を見るような目で狩夜を見つめながら、妖艶に舌なめずりをするアルカナ。そんな彼女を横目に、狩夜は困ったように右手で頬をかく。


「いや、その、僕、こういう場所と雰囲気が苦手でして……正直、魔物相手に暴れ回る方が気楽です。はい」


「あ、ボクちょっとわかるかも」


「同意見でやがりますな。やっぱり狩夜とは気が合うでやがりますよ」


 年相応の表情で弱音を吐く狩夜に、レアリエルと紅葉が同意する。そんな年若い開拓者三人に対し、周囲の者は「おいおい」と苦笑いを浮かべた。


「それでカリヤ君、どうしてここへ? なにやらカロンに用があるみたいだけど?」


「そうです。私に面会を求めた理由を疾く述べなさい」


 すっかり畏縮してしまっている狩夜に助け舟を出そうと思ったのか、笑顔で語りかけるランティスと、ガリムの「恩を体で」発言を真に受けたのか、狩夜を威圧するように腕を組み、訝し気な視線を向けるカロン。


 そんな、実に対照的な対応を見せる二人に対し「あ、はい。えっと……」と答えながら、狩夜はポケットをまさぐり、あるモノを取り出す。


 それは、拳大の布袋。


 そう、精霊解放軍がバーサクコングからの不意の横撃を受け、多くの開拓者が本体から落後し、命を落とした場所で「せめてこれだけは」と回収した、あの布袋である。


 狩夜が布袋を取り出した瞬間、ランティスたち解放軍幹部全員が目を見開き、息を飲む。が、狩夜はそれに気づくことなく歩みを進め、カロンへと近づいた。


「火の民の男性開拓者、その遺体から回収しました……カロンさん、顔見知りですよね? ご遺族にお渡しください……」


「……」


 今回の冒険における、ソウルポイント以外では唯一の成果である布袋、それを沈痛な面持ちで差し出す狩夜。カロンはそれを、呆然自失といった様子で受け取る。


「が、ガキンチョ……それ……」


「なんだよ鶏ガラ女……そうだよ……これだけだよ……僕がレッドラインの向こうから持ち帰ることができたのはこれだけだ……笑いたきゃ笑え……」


 自身の無力さを胸中で嘆きつつ、悔しくてたまらないといった様子で、狩夜は言葉を紡ぐ。


 これしかできなかった。


 これが精一杯だった。


 叉鬼狩夜なんて、レイラがいなきゃこんなもんだ。


 まだまだ力が足りないということ。そして、この世界には上には上がいて、その上には際限がないということを、狩夜は絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアでこれ以上なく理解した。


 この世界は天井知らずだ。走り続けなければ追いつけない。歩みを止めれば即座に置いていかれるだろう。


 ――用事はすんだ。思いっきり泣いてすっきりもした。なら、さっさとまた走り出せ!


「それじゃ、皆さん忙しいみたいなので、僕はこれで!」


「あ! おい、カリヤ!」


 ランティスたちの視線から逃げるように、走って会議室を飛び出す狩夜。フローグが慌てて呼び止めるが、狩夜はかまわず走り去る。そして、飛び出したときの勢いそのままに、精霊解放軍の駐屯地を後にした。



   〇



「いっちゃった……」


 狩夜が飛び出し、開けっ放しとなっているドアを見つめながら呟くレアリエル。そんな中、カロンが無言で口紐を緩め、布袋を逆さにした。すると、布袋から楕円形の物体が次々飛び出し、円卓の上で山となる。その量は、明らかに袋の容量を越えていた。


 そう、狩夜が回収した布袋は、ただの布袋ではない。すでに製法が失われた古代アイテム。《魔法の道具袋》であったのだ。


 絶対に持ち帰りたかったがゆえに、防御に定評のあるコウハが持たされていた《魔法の道具袋》。そこから大量に飛び出した物体とは――


「間違いありません。エビルポテトですわぁ……」


 ミズガルズ大陸の中心部に生息する植物型の魔物、エビルポテト。その地下茎の一部である、塊茎かいけいを指差しながら、アルカナは言う。


 特殊なポテトグリコアルカロイドを多量に蓄えたその塊茎は、経口摂取したが最後、激しい頻脈、頭痛、嘔吐、胃炎、下痢などに襲われた後、昏睡状態に陥り、やがて死亡する。


 その致死率は、何と驚異の百パーセント。誰であろうと食べたら終わり。正に悪魔の植物である。


 だがそれは、エビルポテトを魔物の状態のまま摂取した場合の話だ。


 マナによって魂が完全に浄化された魔物は、ごく普通の動植物となんら変わらない姿になる。オーガ・ロータスがセイクリッド・ロータスへと姿を変えた様に、ユグドラシル大陸の土と水で育てさえすれば、やがてエビルポテトもその姿と名前を変えるだろう。


 誰も実物を見たことはない。だが、誰もがその形と名前を知っている。先人たちから「決して忘れるな。いつか必ず手に入れろ」と念を押され、絶やすことなく伝えられてきた、『米』や『トウモロコシ』と並び称される、優秀な作物。


 名を『馬鈴薯』。


 現代日本では『じゃがいも』の名で親しまれている芋類である。


「……言い訳、できそうじゃな」


「くっそ、返したと思った借りがまたできやがった」


 これから先、何万、何億という民の腹を満たすであろう、目に見える成果を前に、ガリムはにやりと笑い、フローグは右手で顔を覆う。


 失うばかりで得たものがなく、失敗に終わったはずの精霊解放遠征が、突如として意味あるモノへと姿を変えた。


 そう、狩夜の命がけの冒険は、決して無駄ではなかったのである。


「こ、これほどの恩義……かの少年に対し……わ、私は……どうやって報いればいいのでしょう? だ、誰でもいいので教えなさい!?」


 わなわなと震えながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐカロン。すると、間髪入れずに答えが返ってくる。


「そうさな、今夜にでも小僧が止まっている宿を訪ね、三日三晩慰み者になってこい! そんで小僧の子供でも産み育ててやれば、これ以上ない恩返しじゃろうて!」


「……」


 ニヤニヤ笑いながら放たれたガリムの言葉に、カロンは顔を真っ赤にして俯いた。そんな彼女に、ガリムは慌てて次の言葉を放つ。


「真剣に悩むな! 冗談じゃ!」


「そうですわよカロンさん。カリヤさんへの御恩は、精霊解放軍を代表し、このアルカナ・ジャガーノートが全身のあな――もとい、全身全霊を駆使して、誠心誠意お返しますので、ご安心くださいな」


「さっきから黙って聞いていれば……お前の頭の中にはそれしかねーでやがりますか!?」


「しょーがない! 次々回のライブにもガキンチョを呼んであげよう! もちろんプレミアムな席でね!」


 先ほどまでの重苦しい雰囲気が一変し、いつもの調子で語り合う幹部たち。そんな彼らをぐるりと見渡し、隣にある空席をほんの一瞬寂し気に見つめた後、ランティスは力強く手を叩いた。次いで言う。


「はいはい、そこまで! カリヤ君への謝礼の話は後だ! 今は軍議を進めよう! 各国の王と重鎮、そして多くの民たちが、私たちからの報告を今か今かと待っているのだからね!」


 司令官であるランティスの声で我に返った幹部たちは、申し訳なさげに頭を下げ、姿勢を正し、表情を引き締めた。


 開始直後と違い、随分と明るい彼らの顔を満足げに見回した後、ランティスは軍議を再開させる。


「よし。それじゃあ次は、フローグ殿とモミジ、そしてカリヤ君が接触したという、未確認の虎型の魔物について――っと、その前に、フローグ殿は、“落ち目殺し” のことで追加報告があるとか?」


「ああ。そのことなんだが――っ!?」


 言葉を途中で止め、何かに気がついたようにフローグは天井を見上げた。そして、他の幹部たちが首をかしげる最中に席を立ち。会議室にいくつかある窓、その一つへと走る。


「まさか!?」


 フローグはこの言葉と同時に窓を開き、上半身を乗り出した。次いで、鬼気迫る表情で空を見上げる。


 次の瞬間、フローグの視線の先で、一筋の流星が蒼天を切り裂いた。

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