148・軍議
「では、軍議を始める」
城塞都市ケムルトにある精霊解放軍の駐屯地。その中にある会議室に、司令官であるランティスの声が響く。
会議室には精霊解放軍の幹部たちが一堂に会しており、全員が中央に置かれた円卓についていた。
席順は、ランティスから右回りに、カロン、紅葉、フローグ、ガリム、アルカナ、レアリエルとなる。
五日間に及ぶ地獄の撤退戦を生き延びた彼らは、互いの無事を喜び合った後、幹部としての責任を果たすため、疲れた体に鞭を打ち、こうして顔を突き合わせ、情報と意見のすり合わせを始めようとしていた。
「まず、被害状況の確認から。カロン」
ランティスに促され、隣に座るカロンが立ち上がる。手元の資料に視線を落とした彼女は、感情を押し殺した顔と声色で、資料に記載された数字を淡々と読み上げていく。
「今回の遠征における人的被害は、死者、行方不明者・百三十八名、重傷者・九名、軽傷者・百九十七名となります。遠征に同行したテイムモンスターはすべて死亡。装備の方は現在調査中ですが、少なくとも三百点以上が破損、又は紛失したものと思われます」
『……』
カロンの口から語られた事実に、幹部たちが一様に頭を抱えた。
わかってはいたが、甚大な被害である。
「死者、行方不明者だけで全体の三割弱。テイムモンスターを含めれば、五割を超える損耗率か。軍事的観点から見れば壊滅だな」
苦虫を嚙み潰したような表情で言うフローグ。
古来より、軍隊がその三割を喪失すれば全滅、五割を喪失すれば壊滅とされる。精霊解放軍の総数は、四百九十二名(テイムされた魔物を含む)。先ほどの数字が真実ならば、精霊解放軍は壊滅したと判断して差し支えない。
「テイムモンスターにいたってはすべて死亡……深刻ですわね。これではわたくしたちは、白い部屋にいくことができませんわぁ……」
亡くなった自らの相棒のことを思い返しているのか、物憂げな様子で語るアルカナ。
相棒であるテイムモンスターがいなければ、開拓者は白い部屋にいくことができず、ソウルポイントでの強化がおこなえない。加えて、倒したモンスターの魂を回収できず、その全てを無駄にすることになる。
強化した身体能力や、覚えたスキルがリセットされるわけではないので、開拓者としての活動を続けることもできなくはないが、やはり無駄が多いのは否めない。
パートナーであるテイムモンスターを失う。それは、開拓者としての活動を休止するということと、ほぼ同義なのだ。
その状態から脱し、再び開拓者として十全に活動を再開する方法は、新たにモンスターをテイムするか、他の誰かのパーティメンバーに入るしかない。
「装備の方も問題じゃぞ。ユグドラシル大陸の鉱物資源は枯渇して久しい。新しく作ればいいというわけではないのじゃからな」
開拓者であると同時に、ユグドラシル大陸随一の鍛冶師でもあるガリムが、右手で髭を弄りながら言う。
世界樹の根の上にあるユグドラシル大陸は、生物資源こそ豊富だが、鉱物資源は非常に乏しい。鉱山は数えるほどしかなく、それらもあらかた掘り尽くされた。
そのため、金属装備は非常に貴重であり、そのすべてが国によって厳重に管理されている。金属装備を持てるのは、王族、もしくは王族に認められるほどの功績を上げた、一部の開拓者だけだ。
そんな金属装備の多くが、今回の遠征で失われたことになる。
「死者、行方不明者の割合は、光の民が多いね。故郷を取り戻したいっていう気持ちが仇になっちゃった……かな。次に多いのが、木の民……」
こう言うと、レアリエルは自身の左隣、ランティスとの間にある、誰も座っていない席を見つめた。
そう、ファフニールとの戦いで命を落とした木の民の英傑、ギル・ジャンルオンの席である。
今回の遠征で生き残った光の民は、ランティスを除けば後方支援担当のサウザンドが数名のみだ。全種族中、間違いなく被害が一番大きい。次に被害が大きいのが木の民だろう。ギルを含む主力、テンサウザンドの開拓者が全員死亡している。
木の民の開拓者、その有名どころがことごとく姿を消した。“年輪” も、“七色の剣士” も、もういない。
残っているのは、すでに引退したイルティナと、そのパーティメンバーであるメナドぐらいなものである。そして、その二人も、現在の一線級開拓者とくらべると、力不足は否めなかった。
これらの情報から判断するに、今回の遠征は――
「こてんこてんでやがりますな。紅葉たちの負け、今回の遠征は失敗でやがりますよ」
言い繕うことなく、紅葉がこう断言する。そして、それに異を唱える者は誰もいない。
沈黙が会議室を支配した後、ランティスが小さく溜息を吐いた。次いで言う。
「やはり、私たちにできたのは『誰一人生きて帰ったものはいない』という、精霊解放遠征の歴史を塗り替えたことだけのようですね。できれば、成功の二文字をそこに加えたかったのですが……」
「無理だな、諦めろランティス。紅葉が言うように、今回の遠征は失敗だ。なにせ、失うばかりで得たものがない。各国の重鎮や、民を納得させるには、目に見える成果が必要だ」
答えたのはフローグ。彼はこの後「我が王に申し訳がたたんな」と、小声で言葉を続けた。
「せめて、コウハの奴が生きて帰っておれば、言い訳ぐらいはできたであろうがのう……っと、すまん。これは言っても詮無いことじゃったな、忘れてくれ」
「……」
ガリムが口にしたとある人物の名前に、カロンの顔が曇る。
「コウハ君って、カロンちゃんのパーティメンバーだよね?」
「ええ、『火竜の牙』のシールドホルダーですわぁ。カロンさんによく似た、防御以上に頭の固い、武人然としたドラゴニュートです」
「惜しい人を亡くしたでやがりますな。紅葉は好きだったでやがりますよ、コウハのこと」
レアリエル、アルカナ、紅葉の順に、死者、行方不明者の一人である、コウハなる火の民のことが語られる中、カロンが思いつめた表情で、次のように言葉を紡ぐ。
「司令官ランティスに、行方不明者、並びに、各種装備品の捜索隊を組織することを提案します。コウハが所持していたアレさえ見つかれば、各国の重鎮を納得させることもできるでしょう。幸い “落ち目殺し” はもう打倒されて――」
「駄目だ。許可できない。今の私たちに、そんな余裕はないよ」
カロンの言葉が終わる前に、ランティスはそれを否定した。無情ともとれる彼の反応に、カロンは声を荒げる。
「しかし!」
「落ち着け。カロン、パーティメンバーの遺品を回収したいという君の気持はわかる。だが、今更捜索隊を出すことになんの意味がある? 解放軍がバーサクコングの横撃を受けた場所は、スカベンジャーコンドルと、バンデットアードウルフの活動圏内だ。落後者の死体も、そして装備品も、もうどちらかの巣に運び込まれているよ」
「あ……」
理路整然としたランティスの説明に、カロンは落ち着きを取り戻した。そして「ランティスの言う通りです。すみません」と頭を下げる。そんな中、ガリムがばつが悪いといった様子で頭をかき、こう口を動かした。
「その……すまんな、カロン。わしが口を滑らせたばかりに……」
「……なんですか、らしくもない。あなたにそんな殊勝な態度は似合わないと理解なさい」
「っは! 言いよったな小娘が!」
カロンのどぎつい切り返しに「そうこなくてはな!」と、ガリムは笑う。
「あの、“落ち目殺し” って、ガキンチョが倒したんですよね?」
「そうでやがりますよ。狩夜が “落ち目殺し” を真っ二つにする瞬間を、紅葉はこの目で見たでやがります」
「ハンドレットサウザンド級の打倒は、これで二例目ですわね。しかもそれを、開拓者になってまだ二カ月足らずのカリヤさんが成し遂げるとは……素晴らしいですわぁ……火照ってしまいますわぁ……」
うっとりとした表情で狩夜の戦果を称賛するアルカナ。そんな彼女を横目に、レアリエルは不満げに口を動かす。
「まったく、そんなに強いなら、もっと前にやる気を出して、はじめから精霊解放遠征に参加してほしかったですよね。あいつが解放軍にいれば、ファフニールとの戦いだって違う結果になってたかもしれないのに」
「う~ん、それはどうでやがりましょうか?」
レッドラインの外側でレイラが動けなくなり、狩夜がどのようにして
女性陣三人が、この場にいない狩夜の話題で盛り上がる中、フローグが「あ、カリヤで思い出した」と顔を上げる。次いで、ランティスに向かって口を開いた。
「ランティス、ちょっといいか? “落ち目殺し” のことで追加報告がある。狩夜がくだんの主を倒した後のことなんだが、その体内から――む?」
コンコン。
報告の最中に会議室のドアがノックされたことに気づき、口の動きを止めるフローグ。数秒後「軍議中、失礼します」という言葉と共に、精霊解放遠征の支援者である光の民の男性が、会議室のドアを開いた。
「どうかしたかい?」
幹部たちの視線が一様に会議室の出入り口に注がれる中、ランティスが尋ねる。すると、光の民の男性は、ハキハキとした声でこう答えた。
「っは! カリヤ・マタギなる開拓者が、カロン様に面会を求めています! いかがいたしましょう!」
この言葉に、ランティスたちは顔を見合わせた。次いで、紅葉が訝しげに口を開く。
「紅葉たちがいるこの駐屯地に、狩夜が訪ねてくるのはわからなくもないでやがりますが、なぜカロンを名指しで? カロン、心当たりはあるでやがりますか?」
「正直見当もつきません。かの少年と私は、この中で一番接点が少なかったと思うのですが……そこのあなた、少年が私を指名した理由を述べなさい」
「あ、いえ、自分もそこまでは……」
カロンの言葉に、光の民の男性は恐縮しきった様子で「すみません」と頭を下げる。
どうやら彼は、狩夜がカロンを訪ねてきた理由までは聞いていないらしい。
「わかった! あの小僧、今回の恩をカロンに体で返させるつもりじゃな! 恩義につけこんで、カロンの爆乳を好き放題するつもりに違いない!」
「まあ! なんて羨ましい! 代わってくださいましカロンさん! カリヤさんのお相手はわたくしがいたしますわぁ!」
「いや、おじ様……そんな下種野郎じゃないですって、あのガキンチョ……お姉様も落ち着いて……」
「まあ、理由は本人に直接聞いてみればいい。カリヤは、俺たち精霊解放軍全員の共通の恩人だ。まさかとは思うが、門前払いしたりしないだろうな、ランティス?」
「もちろんですとも。そこの君、狩夜君をこの会議室まで案内してくれ。くれくれぐれも丁重に頼むよ」
「っは! 承知いたしました!」
光の民の男性はそう言い残し、会議室を後にする。それを見送った後、ランティスは興味深げにこう口を動かした。
「さて、カリヤ君はカロンになんの用があるのかな?」
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