143・朧月の衣
同じ精霊解放軍幹部であるガリムやレアリエルから、生存が絶望視されていた紅葉とフローグ。二人が生きていたことは本当に嬉しい。嬉しいが、その理由がわからない。
二人は、いったいどのようにして、絶体絶命の窮地を乗り切ったというのだろう?
「紅葉が助かったのは《朧月の衣》という、先祖伝来の品を使ったからでやがります」
狩夜からの問いに、まずは紅葉が答えた。この回答に狩夜は首を傾げ、紅葉を助けたという先祖伝来の品――すなわち、三代目勇者が残したという、そのアイテムの名を復唱する。
「《朧月の衣》。なんらかの魔法が付与された、古代アイテムですか?」
「そうでやがります。《朧月の衣》は、纏った者の姿を透明化し、その気配を完全に消すことができる、潜伏系アイテムでやがりますよ」
「ええ!?」
なにその凄い効果!? と、狩夜が口を開けて絶句する中、紅葉は《朧月の衣》についての説明を続けた。
「ただし、欠点もあるでやがります。《朧月の衣》は、効果発動中は一切動くことができず、少しでも動いた瞬間、効果がきれてしまうでやがりますよ。加えて、このアイテムは使用回数が明確に定められていて、それを使い果たすと灰となって消滅してしまうのでやがります」
「な、なるほど……」
移動制限と、使用回数制限のある、超高性能潜伏系アイテム。それが《朧月の衣》の全容らしい。
「不意の横撃で精霊解放軍が真っ二つに分断された後、紅葉は本体へと向かうバーサクコングの数を少しでも減らすべく、〔
「それって……」
「そう、さっきの虎でやがりますよ。どうやらバーサクコングは、あの主から逃れるためにレッドラインを目指し、その道中で精霊解放軍とかち合ったようでやがりますな」
「そして、主もまたバーサクコングの後を追い、この荒野地帯までやってきた……か」
狩夜が納得したとばかりに首を縦に振る中、紅葉はなおも口を動かし続ける。
「今思い出しても身の毛がよだつ、とんでもない咆哮でやがりました。あれは間違いなく、高レベルの〔
〔
猛獣系モンスター全般、及び、月の民と火の民の一部が習得できる、威嚇系スキルである。
効果範囲内にいる対象の行動を、一定時間遅延させることができ、Lvが高ければ高いほど、成功率と遅延時間が増加する。ただし、同対象への二回目以降、並びに、対象が使用者と同格以上の場合、成功確率が著しく低下する上、自らの居場所を周辺一帯に伝えてしまうデメリットが存在する。
上記のデメリットに加え、パーティメンバーや近くで活動している同業者を巻き込んでしまう危険が絶えずつきまとうため、開拓者にはあまり好まれない。しかし、圧倒的な力を持ち、群れることをよしとしない虎型の魔物であるあの主にとっては、これ以上ないうってつけのスキルとなる。
もし自分に向かって使われていたら――と、狩夜は顔を青くし、生唾を飲んだ。
「主の〔
「魔物が共食いする習性をうまく利用したんですね」
目の前で敵が姿を消せば、相手はとりあえず姿を消した場所の周辺を手当たり次第攻撃するだろう。そして、《朧月の衣》には移動制限がある。姿と気配が消えていても、潜伏場所が明白では意味がない。発動が早ければバーサクコングに、発動が遅ければ主にやられていただろう。
紅葉もまた、狩夜と同じように魔物の習性を利用し、糸のように細い勝機を手繰り寄せることで、どうにかその命を繋いだようだ。
「そこまではよかったのでやがりますが、主の奴が潜伏する紅葉のすぐそばで食事をおっぱじめやがりまして、それが終わるまで一切動けなかったでやがりますよ。ようやく主がその場を離れて、紅葉は《朧月の衣》を解除したでやがりますが、そこで途方に暮れたでやがります。ユグドラシル大陸に帰ろうにも、紅葉が希望峰に戻るころには船はないでやがりますし、誰もいなくなったエムルトは魔物に攻め滅ぼされているでやがりましょうし、連絡を取ろうにもラタトクスはいないでやがりますしで、これからどうしようと悩んでいたところに――」
「主が放った〔
フローグの補足説明に、紅葉は大きく頷く。
「そう、〔水上歩行〕スキルを持ち、その身一つで大陸間を移動できるフローグが、紅葉の前に現れやがりました。紅葉は天の助けとばかりに、そのまま合流。これでユグドラシル大陸に、故郷であるフヴェルゲルミル帝国に帰れると、主に遭遇しないよう、細心の注意を払いながら希望峰を目指したのでやがります。そして――」
「その道中で、主に殺されかけている僕を見つけて、フローグさん共々助けに入ってくれた――と」
「そんな感じでやがりますな」
この言葉で説明を終える紅葉。それと同時に、狩夜はどん底な表情を浮かべた。次いで言う。
「僕が助けにくる必要なんて、本当になかったんですね……それどころか逆に助けられて……情けないです……」
「え!? あ、えっと! そんなことはないでやがりますよ! 狩夜が助けにきてくれて、紅葉は本当に嬉しかったでやがるです! あの主を撃退できたのは、狩夜が注意を引いてくれたおかげでやがりますし!」
慌てた様子で狩夜を元気づける紅葉。そんな彼女の優しい言葉を聞きながら、狩夜は胸中にて盛大に涙を流した。
「と、とにかく! これに懲りたら、こんな危ないことは二度としないと誓ってほしいでやがるです! 狩夜にもし死なれでもしたら、月の民の未来が――じゃなくて!
「いや……一応もう『ベテラン』……テンサウザンドです……」
「この短期間でテンサウザンド!? いくら狩夜の言葉でも、さすがに信じないでやがりますよ! そんな方法があるなら、ぜひとも聞かせて欲しいものでやがるです!」
「フヴェルゲルミル帝国の名誉に関わるので、僕の口からはちょっと……生きて国に帰った後、御帝か将軍様、もしくは弟さんに聞いてください」
「国元でいったいなにがあったでやがりますか!?」
カルマブディス・ロートパゴイの一件を知らない紅葉が、狩夜の言葉に目を見開いて驚く。そんな中、狩夜はフローグの方へと視線を向け、こう尋ねた。
「それで、フローグさんのほうは?」
精霊解放軍を逃がすため、単身魔王に戦いを挑んだフローグ。この世界、イスミンスールにおいて、考えうる最悪の事態に直面した彼は、いったいどのようにして窮地を脱し、ここまでやってきたのだろう?
「俺の方は単純だ。紅葉のように、伝説のアイテムだの、魔物の習性を利用だの、難しい話はなに一つない」
ここで一旦言葉を区切ると、フローグはその顔に悔しさを滲ませた。そして、心底忌々し気な声色で、次のように言葉を紡ぐ。
「手加減されたからだ」
「……え?」
フローグの口から飛び出した思いがけない言葉に、狩夜は間の抜けた声を漏らす。そして、気持ちの整理がつかないまま、次のように言葉を続けた。
「あの、それはどういう――」
「無駄話はここまでだな」
狩夜の言葉を遮ったフローグは、顎の動きだけで狩夜に前を見るように促す。有無を言わさぬその様子に、狩夜は慌てて視線を進行方向へと向けた。
すると――
「見えたぞ、レッドラインだ」
大地に走る赤き死線と、全長十メートルを優に超える巨大なケラの姿が、狩夜の目に飛び込んできた。
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