141・再戦の予感
「……引いたでやがりますな」
「……そのようだ」
遠ざかっていく主の背中を油断なく見つめながら、紅葉とフローグが小さく声を漏らした。そして、次のように言葉を続ける。
「できれば、今この場で仕留めておきたい相手でやがりますが……」
「深追いするなよ、戦狂い。俺も、お前も、万全にはほど遠い状態だ。守らねばならん男もいる。あのままいかせてやれ」
「わかってるでやがりますよ、言ってみただけでやがります。正直、残りの体力が心許ないでやがりますからな。それに――」
紅葉はここで言葉を区切ると、主の背中から一瞬だけ視線を外し、己が愛槍を一瞥した。そんな彼女に釣られて、狩夜は迦具夜へと視線を向ける。
狩夜の視線の先にある迦具夜は、いつの間にか刀身部分が真っ黒になっていた。普段は絶えず放たれている満月の如き光も、今は消えている。
「先の攻撃で、迦具夜の月光を使い果たしてしまったでやがりますよ。次の満月の夜まで、ただの丈夫な槍でやがりますな」
「俺も虎の子の聖水を使ってしまった。魔王との戦いで、体も相当傷んでいる。万全であったなら、ヤツの首を落とせていたものを」
息の合った連携で終始圧倒していたように見えたが、その実、ギリギリの戦いであったらしい。まあ、二人は魔王に敗れた後、不眠不休でここまで逃げてきたのだから、心身ともに消耗していて当然だ。主との戦闘など、本来なら絶対に避けるべきコンディションに違いない。
フローグが言うように深追いはせず、このまま主を縄張りへと追い返すのが、この場での最善だろう。
しかし――
「でも、本当に見逃していいでやがりますか? あの主、今以上に力をつけて、紅葉たちの前に現れるかもしれないでやがりますよ?」
狩夜と同じ予感を覚えたのか、紅葉は目を細めながら言う。
あの主は、敗北の屈辱と、切り落とされた右前足の恨みを原動力にして、きっと今以上に強くなる。そして、いつの日か、復讐者として紅葉とフローグの前に現れるかもしれない。
そのとき、紅葉とフローグは、はたしてあの主に勝てるだろうか?
「ふん」
しかしフローグは、そんな狩夜の不安をよそに「それがどうした」とばかりに鼻を鳴らした。次いで言う。
「ならば、俺はそれ以上の力を身につけ、あいつを返り討ちにするだけだ」
この、なんとも頼もしい言葉と共に、フローグは剣を下ろす。主の姿が狩夜たち三人の視界から完全に消えたのだ。あの凄まじい存在感と威圧感も、もう感じない。
すぐ隣で「それもそうでやがりますな!」と、答えは得たとばかりに紅葉が朗らかな声を上げる中、フローグは踵を返し、歩いて狩夜へと近づく。そして、まったく動けない狩夜の顔を上から覗き込みながら口を開いた。
「大丈夫か?」
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