閑話 自問・狩夜の場合

 ―—僕の決意は本物なのか?


 未来に繋がるという光の道、その上をひた走りながら、叉鬼狩夜は自問する。


 人は、誰しも理想を持ち、現実を少しでもそれに近づけようと、日々努力する。目指す場所は人それぞれであり、たとえ同じ理想を掲げた他者がいたとしても、その道程は千差万別。まったくの同一になることは決してない。


 が、一つ。一つだけ確かなことがある。


 それは、理想へと向かう道程で、人には多かれ少なかれ試練が待ち受けているということだ。


 消費され続ける資金と時間。酷使に耐え兼ね悲鳴を上げる体。周囲に溢れる甘い誘惑。幾人とも知れない競争相手。もう諦めろと嘯く無責任な傍観者たち。他にも、他にも――


 人は、それら試練に負けまいと、強い言葉で己を鼓舞する。


「絶対に」「必ず」


「これが最後」「一度きり」


「なんでもする」「どんなことでも」


「命を賭けて」「死んでも」


 誰もが一度は――いや、幾度となく口にするであろう、決意の言葉たち。


 だが、その使用頻度に反して、それら決意が本物であることは、残念ながら少ないと言わざるを得ないだろう。人はいざ試練に直面すると、口にした決意を容易に反故にし、素知らぬ顔で手の平を返してしまう。


 絶対は絶対でなくなり、最後は嫌だと次を求め、なんでもは無理と許しを請い、死にたくないと喚き散らす。その程度の軽い決意が、世の中には溢れかえっている。


 なにも、それが悪い、情けないなどと言う気は、狩夜にはない。


 それでいいのだ。


 それが普通なのだ。


 本当に命を賭けてまで為すべきことなど、現代日本にはさほどない。


 決意を貫き、絶えず理想を追い求めなくとも、人が人並みに生きていくことができる余裕のある社会。その、なんと素晴らしいことだろう。


 だから、決意の多くはその程度でいい。人がほんの少し勇気を出したいときに口にする、都合の良い言葉でいい。


 だが、いる。


 その程度の決意では満足できない人間が、少なからずいる。


 本物の決意を口にし、分不相応な理想へと邁進する馬鹿が、世の中には確かにいる。


 だが悲しいかな、たとえ口にした決意が本物であったとしても、それを本物だと証明できる者は、少ないを通り越してもはや稀だ。口だけならなんとでも言える。もとより形のないものだ。行動で示さなければ、誰にも――それこそ、自分にすら信じてもらえない。


 たとえば、「絶対に」幸せにすると誓った恋人が不治の病を患ったとき。


 たとえば、「これが最後」と心に決めておこなった挑戦が失敗に終わったとき。


 たとえば、「なんでもする」と言って人の手を借り、想像以上の見返りを要求されたとき。


 たとえば、「死んでも」後悔しないと冒険の旅に出て、本当に命の危機にさらされたとき。


 こういった極限状態の中で貫き通してはじめて、人は自他に、己が決意が本物であったことを証明できる。


 この決意は本物だ。誰もがそう信じようとする。だが、実際にはわからない。決意の真偽は、極限の中でしか示せない。


 ―—僕の決意は本物なのか?


 狩夜は一瞬とはいえ、揺らいだ。自身を取り巻く現況に絶望が頭を過ぎり、その歩みを止めようとした。


 妹を助けるという理想。その道程の最中に待ち受ける試練に負けまいと口にしたあの日の誓いと決意。その真偽を疑うには、十分すぎる一瞬だった。


 だから、試してこよう。


 この世の地獄と呼ばれる極限の世界で、その真偽を試してこよう。


 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアにひしめく屈強な魔物たちは、人に自らを偽ることを許しはしない。迫りくる爪牙が、殺意が、狩夜からすべての余裕をはぎ取るだろう。


 そのときにこそ試される、レイラに対する友誼が、スクルドに対する信頼が、妹に対する愛情が、それらすべての想いが、本物であるか、どれほど強いか。


 ―—僕の決意は本物なのか?


 自分では答えの出せないこの自問。その問いに対する答えが、もう間もなく出る。たった今、周囲の空気が変わった。レイラとグラトニーアントによって造られた空白地帯を抜けたのだ。


 絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアが、本来の姿に戻る。


 もう、上辺を取り繕う余裕はない。己がすべてを生きることに注ぎ込まなければ、即座に物言わぬ肉塊になり果てる。


 もし、狩夜の決意が本物であったなら、光の道の先にあるという未来が見えることだろう。


 もし、狩夜の決意が偽物であったなら、女神に嘘を吐いた許されざる大罪人として、この世の地獄から、本当の地獄に落ちることだろう。


 本物か、偽物か。


 生か、死か。


 叉鬼狩夜の決意、その真偽が試される。

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