134・せめてこれだけは

 岩に背をつけて隠れる狩夜から見て右側。赤茶けた荒野の上を、もの凄い勢いで転がりながら爆走する、直径四メートルはありそうな砂色の球体が存在した。


 体毛が変化した鱗状の板で全身が覆われたその生物は、攻撃と防御を両立させる球形状態を維持しつつ、狩夜目掛けて一直線に転がってくる。


 アルマジロ型の魔物、ロバストアルマジロだ。


 アルマジロとは『武装したもの』の意。彼らが身に纏う鱗甲板りんこうばんは、まさに天然の鎧だ。その防御力は非常に高く、ときには銃弾をも跳ね返すほどの硬度を発揮する。


 地球のアルマジロですらそれなのだ。その魔物版であり、ソウルポイントによってテンサウザンド級にまで強化されたロバストアルマジロの鱗甲板は、銃弾どころか砲弾すらはじき返しかねない。その防御力はミズガルズ大陸西部では随一といわれ、生半可な攻撃ではびくともしないという。


 頑強なる武装者ロバストアルマジロの名は、伊達ではないのだ。


「聖水を使い切った直後にこれか……」


 狩夜は、己が先見の明のなさを嘆きながら口を動かす。


 防御力の高い魔物への対処方法は、聖水――液状のマナを直接浴びせかけ、防御力を下げてから叩くというのがセオリーだ。ロバストアルマジロもその例に漏れず、聖水さえあれば鱗甲板の強度を下げ、鉄壁の防御を崩すことができる。


 しかし、狩夜はつい先ほど、手持ちの聖水をすべてレイラに与えてしまった。魔草三剣もない。現状、ロバストアルマジロに対する有効な攻撃手段が存在しない。


「前門の虎、後門の狼か」


 自身に向かって近づいて来る、その巨大かつ強固な球体を見つめながら、狩夜は呟く。そして、自身は動こうとせず、岩陰にてロバストアルマジロの姿をただ見つめ続けた。


 マンゴネルビートルに狙われている以上、おいそれとは動けない。狩夜は生唾を飲み下しながら、レイラを抱く腕に力を込める。


 ——思考を止めるな! ない知恵絞って考えろ!


 絶体絶命の窮地。そのただなかで、狩夜は自身を叱咤するかのように、胸中にて叫ぶ。

 

 考えることこそ人類最強の武器。極限状態では、それを放棄したものから先に死んでいく。狩夜は、尊敬する祖父からそう教わった。


 岩陰から動くことはできずとも、考えることはできる。真っすぐに近づい来るロバストアルマジロとの距離を目と耳で測りつつ、遠方にいるマンゴネルビートルの殺意を肌で感じながら、狩夜は必死になって思考を巡らせた。


 現状、ロバストアルマジロとマンゴネルビートルの打倒は不可能である。ロバストアルマジロには攻撃が通らず、マンゴネルビートルには攻撃が届かない。


 倒せないなら逃げるしかない。見たところ、ロバストアルマジロの移動速度は狩夜よりも遅い。全力で走れば逃げ切れるだろうが、考えなしに岩陰から飛び出せば、マンゴネルビートルに後背を突かれてしまう。


「驚異の度合いは、マンゴネルビートルの方が上だな……」


 マンゴネルビートルの投石を封じることさえできれば、この場からは逃げられる。そう判断した狩夜は、遠方の狙撃手へと思いを馳せた。


 それから数秒。狩夜とロバストアルマジロとの距離が、残り十メートルほどとなったとき——


「……よし」


 ようやく考えをまとめた狩夜が、覚悟を決めた顔で頷く。次いで「チャンスは一度。失敗は死だ」と小声で呟きながら、ロバストアルマジロを岩陰で待ち受けた。


 そして、ロバストアルマジロの巨体が一切減速することなく岩陰へと押し入った瞬間、狩夜は地面を蹴る。


 直後、狩夜とロバストアルマジロが、に岩陰から飛び出した。それに一瞬遅れて、マンゴネルビートルの投石が狩夜に襲いかかる。


 が——


「よし! 狙い通りだ!」


 狩夜の体に届く前に、ロバストアルマジロの巨体に阻まれた。


 バスケットボール大の岩が球形の体に突き刺さり、轟音が荒野に響き渡る。しかし、鱗甲板に覆われた巨体はびくともしない。ロバストアルマジロは、変わらぬ様子で地面を転がり続ける。


 そんなロバストアルマジロと、狩夜は意図的に並走した。


 ロバストアルマジロの体が、常にマンゴネルビートルと自身の間にあるように調整しつつ、狩夜は走る。ロバストアルマジロは、そんな狩夜を押し潰そうと、徐々に狩夜がいる右側へと進路を変更するが、狩夜もまったく同時に進路を右側に変更し、並走を続ける。


 ほどなくして、並走は追走となった。狩夜が前で、ロバストアルマジロは後ろ。そして、そのはるか後方に、マンゴネルビートルがいるという形だ。


 そう、狩夜はロバストアルマジロを、マンゴネルビートルの投石に対する動く盾としたのだ。


 狩夜を仕留めようと、投石を続けるマンゴネルビートル。だが、その全てがロバストアルマジロの巨体に阻まれる。


「それは俺の獲物だ! どけ!」とばかりに、マンゴネルビートルは幾度も投石を放つが、ロバストアルマジロはどこ吹く風。「いいや、これはわしの獲物じゃ」と言いたげに、狩夜の後ろを追走し続ける。


 ロバストアルマジロとマンゴネルビートル。二匹は共に魔物であり、人類共通の敵だ。しかし、二匹は人類を――世界樹由来の生物を優先的に攻撃しこそすれ、決して共闘しない。魔物は共食いして強くなる。つがいと我が子、群れの仲間以外は、同じ魔物であろうとすべて敵なのだ。


「そうだ、このまま僕についてこい!」


 自身を追走するロバストアルマジロに向けてこう叫びながら、狩夜は走った。向かうは西。なんとしてもレッドラインを超え、エムルトにまでたどり着かなければならない。


「あ……」


 狩夜が進む先に、精霊解放軍に参加した開拓者たちの亡骸が見えた。その中には、スカベンジャーコンドルから守った火の民の男性開拓者もいる。


 一瞬だけ逡巡した後、狩夜は僅かに身を屈め、右腕を伸ばす。


 ——せめてこれだけは!


 男性開拓者の亡骸の上をまたぐ最中、狩夜はカンフーズボンに括りつけられた布袋を掴み、力任せに毟り取る。


 直後、ロバストアルマジロの巨体が、男性開拓者を蹂躙した。その気配を背後で感じながら、狩夜は歯を食い縛る。だが決して振り返らない。心を鬼にして、狩夜は前だけを見据えた。


 自身を追走するロバストアルマジロが、精霊解放軍に参加していた開拓者たちの亡骸を、次々にひき潰していく中、狩夜は走る。


 レイラはまだ助けられる。そう信じて。


 一人になった狩夜の孤独な戦いは、まだまだ始まったばかりだ。

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