129・一番槍の行方
「だいたい、ボクのどこが鶏ガラだって言うんだよ!?」
「鶏ガラみたいに貧相な体つきしてるだろうが! ウエスト細すぎなんだよ不健康だよ! もうちょっと肉をつけろ鶏ガラ女! どうせ走鳥類は空飛べないんだから、ちょっとくらい体重増えても大丈夫だよ! 幻想を抱いてるお前に現実を教えてやる! 男が皆痩せてる女が好きだと思うなよ!」
「開拓者としても、アイドルとしても、ボクは今の体型がベストなんだ! 均整の取れた体! 万人を魅了する魅惑のヒップライン! そんな国宝級のお尻から伸びる機能美と造形美の双方を兼ね備えた両足! これら三要素から構成される世界一の可愛さが、お子様のガキンチョにはわからないかなぁ!?」
「貧乳で色気がないからそっち方面で勝負するしかないだけだろうが! ていうか世界一!? っは、己惚れここに極まれりだな! ぶっちゃけお前は中の上ぐらいだ! よく鏡を見てからものを言え!」
「んな!?」
狩夜の口から飛び出した『貧乳』という単語が、彼女のデリケートな部分を直撃したらしく、両手で自身の胸を抑えながら口の動きを止めるレアリエル。一方の狩夜は、今が好機とばかりに目を光らせ、容赦のない追い打ちを言い放つ。
「ああ、気にしてたんだ! 言い過ぎたよごめんごめん! ほんとごめん、悪かった! まあそう悲観するなよ! お前は
平胸類。
走鳥類や
南半球にのみ分布し、ダチョウ、ヒクイドリ、キーウィ、そして、レア類がこれにあたる。風の民の開拓者にしてトップアイドル、 “歌姫” レアリエル・ダーウィンが、上記のどれにあたるかは――まあ、あえて説明するまでもないことだろう。
それと、レアリエルの容姿が中の上というのは絶対にない。これは売り言葉に買い言葉。もし彼女が本当に中の上だとするならば、世に生きる女性の大半は、かなり厳しい評価を受けることになる。
「へ、へへへ平胸類って言うなぁ! 鶏ガラに戻せガキンチョ、まだましだ! 人の身体的特徴を揶揄するのはいけないんだぞぉ!」
狩夜の怒涛の口撃を受け、レアリエルはノックアウト寸前であった。顔を真っ赤にし、今にも泣きそうな顔でこう反論する。
人の身体的特徴を揶揄するのはいけない。言っていることは実に正論なのだが、この状況では逆効果だ。レアリエルは、自身の反論が盛大なブーメラン発言であることに気づいていない。
ゆえに狩夜は、顔に図太い青筋を立てながら、なおもレアリエルを攻め立てた。
「それをお前が言うか鶏ガラ女! 耳の穴かっぽじってよーく聞け! ウルザブルンじゃわけあって言えなかったけど、僕は今年で――」
「だー!! いい加減にせんか貴様ら! 喧嘩するなとは言わんが、時と場所をわきまえろ! 今はそんな余裕ないじゃろうが!」
延々と口喧嘩を続ける狩夜とレアリエルに対し、ついに年長者であるガリムから雷が落ちる。常人なら卒倒ものの気迫を怒声と共に放つガリムであったが、狩夜もレアリエルも一切怯むことなく後ろを振り返り、次のように怒鳴り返した。
「最後尾で何偉そうなこと言ってるんですかガリムさん! それに余裕ならありますよ! 僕たちガリムさんの走る速度に合わせてるんですからね!」
「そうですよおじ様! ただでさえ足が遅いんですから、口じゃなく足を動かしてください! これじゃいつまでたっても本隊に追いつけないじゃないですか!」
「ぐぬぅ! おのれい、こんなときだけ仲良く協力しおってからに! 少しは年寄りをいたわらんかぁ!」
狩夜の言葉通り最後尾を走るガリムが、地の民特有の短い足を懸命に動かしながら叫ぶ。その後、真ん中を走るアルカナが「あらあら、仲睦まじいですわねぇ。羨ましいですわぁ」と、笑顔で呟いた。
現在、狩夜たち四人は、エムルトおよび、ランティス率いる精霊解放軍本隊との合流を目指し、一塊になって西進中である。ただ、筋力と体力を重視し、敏捷をほとんど上げていないガリムがいるため、精霊解放軍本隊との距離が、遅々として詰らないのが現況であった。
敏捷重視の山型である狩夜と、敏捷特化のレアリエルは、先の宣言通り周囲を警戒しつつも口を動かす余裕がある。そのため、不毛かつくだらない口喧嘩を、撤退開始から今に至るまで、絶え間なく繰り広げる運びとなった。
だが、そんな口喧嘩の趨勢も間もなく決まるだろう。誰が見ても狩夜がレアリエルを圧倒している。語彙の豊富さが勝敗を分けた。
このまま押し切ってやる——と、狩夜が次なる口撃を放とうとした、そのとき——
「まあまあ、レアさん。そんなに気を落とさないでくださいまし。月並みな励ましで申し訳ないですけれど、女性の胸は大きさが全てではありませんわ。レアさんも形は素晴らしいのですから」
と、場を和ませようとでも思ったのか、アルカナが優しい声色で言葉を紡いだ。
レアリエルを援護するかのようなこの言葉に「なんで邪魔するんですか?」と、非難の目をアルカナに向ける狩夜。するとアルカナは「カリヤさん。口喧嘩で女性を泣かせたら、それだけで男性の負けですわよ?」と視線だけで告げ、この辺りが潮時だと教えてくれた。
ぐうの音もでない正論に、狩夜は慌てて口の動きを止める。
そう、アルカナの言う通り、もしレアリエルに泣かれでもしたら、その時点で狩夜の負けなのだ。女の最終兵器である涙は、喧嘩の過程やらなんやらをすべて無視して、女の側に勝利をもたらす反則技なのである。
しかもレアリエルはアイドルだ。その社会的立場は、彼女の涙の威力を戦略核兵器並みに押し上げる。最悪の場合、泣かした側は社会的に抹殺されかねない。現代日本人である狩夜は、そのことをよく知っている。
熱くなるあまり、見えている地雷を踏むところだった狩夜は「止めてくれてありがとうございます」と視線で語り返し、アルカナに向けて小さく頭を下げ、感謝の意を示す。そんな狩夜の反応を見て、アルカナは次なる言葉を紡ぎ出した。
「それに狩夜さん、貧乳だの平胸類だの、いささか失礼でしてよ。レアさんは着やせするタイプなだけです。わたくし、何度か水浴びをご一緒したことがあるのですけれど、脱いだら結構すごいですわよ」
「お姉様……そ、そうですよね! ボク、貧乳じゃないですよね! ごく普通の、女性の平均的なサイズですよね! どうだガキンチョ! ボクは貧乳じゃない! 決して平胸類じゃないぞ! その調子でもっと言ってやってくださいお姉様!」
「まあ、一応『B』あるしの。アルカナは『C』じゃ」
「おじ様は黙っててください!」
このまま終わらせたら狩夜が勝ちすぎる。そんな考えから紡がれたであろうアルカナの言葉に、ここぞとばかりに乗っかるレアリエル。狩夜も、ここは悪者になっといてやるかと、ぞんざいな口調で言葉を返した。
「ああ、はいはい、わかったわかった。僕が悪かったよ。お前は平胸類じゃなくて
「「「——っ」」」
狩夜の口から不意に零れ出た名前に、一斉に表情をこわばらせる三人。その反応を見て取った狩夜は、訝しげな顔で次のように言葉を続ける。
「そう言えば、紅葉さんはどこです? あと、ギルさんとフローグさんの姿も見えませんね? ランティスさんとカロンさんは、本隊の先頭にいるのを来る途中で見かけましたけど」
「……木の民の英雄、“年輪” のギル・ジャンルオンは、魔王との戦いで名誉の戦死を遂げました。フローグさんは、わたくしたち精霊解放軍本隊を逃がすために、単身魔王に戦いを挑んだそうです。今のところ、その生死を知る術はありません」
「そんな!?」
アルカナの口から告げられた非情な現実に、今度は狩夜が表情をこわばらせる番だった。覚悟はしていたし、同業者の死に慣れはじめてもきた狩夜であったが、やはり知り合いの死を知らされるとくるものがある。
「なら、紅葉さんは!? 」
「モミジちゃんは、撤退するボクら精霊解放軍の殿を、たった一人で受け持ってくれてたんだけど……その……」
「荒野地帯にまで撤退し、レッドラインまであと少しと、精霊解放軍全体の緊張が僅かに緩んだところをバーサクコングどもに襲われてのう。隊列が伸びたところに横撃をかけられて、軍が真っ二つに分断されてしもうたんじゃ。そのとき、後陣にいた多くの開拓者が落後し、レッドラインの向こう側に置き去りとなった。殿にいたモミジも、その一人じゃよ」
「——っ!」
レアリエルとガリムの言葉を聞くや否や、狩夜は目を見開き、その足を止めた。その後、間髪入れずに踵を返し、全力で地面を蹴る。
並走していたレアリエルから離れ、アルカナと擦れ違い、最後尾のガリムの横を走り抜け――
「待てい小僧!」
ようとしたところで、ガリムに腕を掴まれた。
“鉄腕” の二つ名を持つテンサウザンドの開拓者が、紅葉の救援に向かおうとする狩夜の前に立ち塞がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます