128・弱者の視点

「レイラ。とりあえず力押しで――っていうのは、君の悪い癖だよ。君の一番の武器は万能性。さっきのモウセンゴケみたいにさ、ちょっと工夫さえすれば、君はどんな相手にだって対応できる。お願いだから、もう少し考えて動いて。獲物を横取りされたくらいで怒らないで。でないと、君はともかく僕が死んじゃうから」


「……(しゅん)」


 狩夜の言葉に「軽率な行動でした……ごめんなさい……」と言いたげに両肩を深く落とし、意気消沈するレイラ。そんな相棒に、狩夜は困ったように右手で頬をかいた後、次のように言葉を続ける。


「いや、そんなに落ち込まなくてもいいよ。元はと言えば、僕が弱いのがいけないんだし……」


 グラトニーアントの大群は、狩夜の目には自然災害級の脅威として映ったが、レイラの目にはそう映らなかったに違いない。取るに足らない烏合の衆か。もしくは、ただの食糧か。なんにせよ、警戒するに値しない相手。それが、レイラのグラトニーアントに対する評価だったのだ。


 早い話、単純な力押しでもレイラはグラトニーアントに勝てる。あんなアリンコにいくらたかられたところで、レイラという巨木はびくともしないからだ。葉っぱや蔓を無計画に振り回し、敵の数を少しづつでも減らしてさえいけば、いつかは勝てる。少なくとも負けはない。数の力を超越した場所に、レイラはいるのだ。


 ただ、その方法だと狩夜が死ぬ。五体満足のレイラをこの世に残して、跡形もなくグラトニーアントに分解されて、あの世に旅立ってしまう。


 先ほどのピンチは、弱者と強者の視点、その差異が呼び込んだものであり、レイラの勝利条件に『叉鬼狩夜の生存』が含まれているがゆえに起こったものだ。レイラが一人であったなら、力押しという先ほどの選択は、なんの問題もなかったのである。


「ごめんね……弱くて……」


 まだまだ自分は守られる側。レイラの足手纏いなのだと再確認し、心底申し訳なく思いながら、狩夜は言う。


 ペシペシ。


 レイラは「十分助けてもらってるよ~」と言いたげに、狩夜の背中を優しく叩いた。相棒からの気遣いに、狩夜は苦笑い浮かべ「ありがとう」と小声で返し、次の言葉でお説教を切り上げる。


「まあ、レイラのそういうところは僕がカバーしてみせるよ。失敗と敗北をよく知る、弱者のならでは視点でね」


 狩夜がこう言うと、レイラは「ぜひともお願いします」と言いたげに、再度背中を叩いた。


 その直後——


「あ、戻ってきた! お~い、ガキンチョ~!」


「カリヤさん! お怪我は!? お怪我はありませんか!?」


「助かったぞ小僧。救援、感謝する」


 レアリエル、アルカナ、ガリムの三人が、小走りに狩夜に駆け寄りながら声をかけてくる。傷だらけながらもしっかりとした足取りで近づいてくる歴戦の開拓者三人を見つめながら、狩夜は口を動かした。


「アルカナさん、ガリムさん、ご無事でなによりです。あとついでに鶏ガラも」


「んな!?」


 狩夜の口から再び飛び出した「鶏ガラ」という呼称に、レアリエルが絶句して動きを止める中、アルカナが「カリヤさん!」と、駆け寄ったときの勢いそのままに狩夜に抱きつき、その露出過多な体を密着させてきた。


「本当に、本当にカリヤさんなのですわね!? 夢ではございませんわよね!? ああ、カリヤさん! カリヤさぁん!」


「わぷ!? あ、アルカナさん、ちょっと落ち着いて……」


 身長差があるため、胸の谷間にちょうど頭がおさまる形で抱き締められた狩夜は、顔面を覆い尽くす幸せ過ぎる感触に頬を赤らめながらこう言葉を返した。だが、アルカナは止まらない。興奮冷めやらぬといった様子でますます体を密着させ、口では更なる言葉を紡ぎ出す。


「必ずや! 運命は必ずやカリヤさんを絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアへと導く! そう確信してはおりましたけれど、まさかそのときがこんなにも早く訪れるなんて! しかも、あれほどの可能性を見せてくださるとは! カリヤさん、あなたは本当に素晴らしい人です! 流石はわたくしの本命ですわぁ!」


「うむ、目を疑うような戦いぶりじゃったぞ、小僧。まさか、あのグラトニーアントが全滅する瞬間を目の当たりにできるとは思わなんだ。話には聞いておったが、そのマンドラゴラっちゅう魔物はもの凄い力を持っとるようじゃのう。おかげで命拾いしたわい」


 この場で一人冷静なガリムが、狩夜の背中に張りつくレイラを興味深げに眺めながら言う。そんなガリムの発言に何度も頷いた後、アルカナは次のように言葉を続けた。


「ええ、ええ。ガリムさんの言う通りですわぁ。カリヤさんが助けに来てくれなければ、わたくしたち三人は志半ばで力尽き、その命を無残に散らしていたことでしょう。この多大なるご恩は、精霊解放軍を代表して、このわたくし、アルカナ・ジャガーノートが、今晩にでもこの体でもってお返しさせて――」


「ゴラァ! ガキンチョ! 一度ならず二度までも、よくも世界一可愛いこのボクを鶏ガラ呼ばわりしてくれたな! ボクのことは、大開拓時代に舞い降りた白亜の大天使! スーパーラブリーミラクルアイドルレアリエル様と呼べぇ!」


「呼ぶか! 長いわ!」


 怒り心頭といった様子で再起動したレアリエルが、アルカナの言葉を遮って怒鳴りかかってきたので、狩夜は後ろ髪を引かれながらも胸の谷間から脱出し、率直な感想を怒鳴り返した。


 その後、西に向かって体ごと向き直り、ランティスたち精霊解放軍本体が、海ではなくエムルトに向かっていることを確認してから、真剣な表情で言葉を紡ぐ。


「話は後だ鶏ガラ! アルカナさん、ガリムさんもです! 今はとにかくエムルトに向かいましょう! いつ次がくるかわかりません!」


 精霊解放軍を追撃していた魔物は一掃したが、ここは絶叫の開拓地スクリーム・フロンティア。安全が保障された場所などどこにもなく、いつまた屈強な魔物が現れるかわからない。それに、ミズガルズ大陸の最深部からここまで、ほぼ不眠不休で撤退を続けていたのだから、精霊解放軍には怪我人も多くいるはずだ。彼らの治療にも、レイラの力は必要である。


 狩夜とレイラは、すぐにでもレアリエルたち三人と共に、精霊解放軍本体と合流しなければならない。


 アルカナとガリムは、狩夜の言葉に一も二もなく頷いた。レアリエルも、今は喧嘩している場合じゃないと思ったのか、怒りを引っ込め渋々頷く。


「なら、走りますよ!」


 この言葉を合図に、四人は一斉に駆け出した。目指すは前線基地エムルト。蠱毒の壺の入口に築かれた人類の拠点にして、開拓の最前線である。

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