127・デビュー戦 下
「次ぃ!」
水牛型の魔物、ミズガルズバッファロー。
十数匹の群れを形成しつつ精霊解放軍を追っていたこの猛牛たちを、バーサクコングと同じように蹴散らした後、後始末をレイラに任せて、狩夜は叫んだ。
勇猛でありながらも、荒野をゆく迷い人のごとき渇きと飢えを感じさせる雄叫び。それに引き寄せられるかのように、一つの黒い影が狩夜に襲いかかる。
頭、胸、腹と区切られた細長い体と、太く発達した後脚。バッタ目の昆虫なのは間違いない。
外骨格に覆われた全身は黒を基調としており、全体のシルエットは一般的なバッタよりもやや太短い円筒形であった。頭部には体長を超える長さの毛髪状の触角があり、尾端からも二本の感覚器が生えている。日本人である狩夜には馴染み深い、その昆虫の名は——
「コオロギ! ってことは、あれがファントムキラークリケットか!」
コオロギ型の魔物、ファントムキラークリケット。
体長一メートル足らずとやや小振りながら、ミズガルズ大陸の通り魔と恐れられる危険な魔物である。
バッタ目特有の発達した後脚には、爆発的な加速力が備わっており、ファントムキラークリケットは、跳躍直後にトップスピードに達し、数百メートルもの距離を瞬く間に詰めてくる。そして、擦れ違いざまに背中の翅を広げ、そのまま一閃。攻撃対象を有無を言わさずに両断し、絶命させる。
多くの開拓者が、何が起こったのかもわからないまま命を落とすというその所業は、まさしく電光石火。通り魔の由縁たる一撃必殺。
この一連の攻撃を成立させるのに必要不可欠なのが、微細に振動した翅から繰り出される埒外の斬撃だ。そう、金属装備すら容易く切り裂く、高周波ブレードである。
葉々斬と同種の攻撃手段を持つ魔物を前にして、狩夜は挑発でもするかのように、背中の相棒に向けて次のように呼びかけた。
「レイラ! あいつの翅と、君の葉々斬、どっちが上かなぁ!?」
ペシペシ! ペシペシ!
「そんなの私の方に決まってるでしょ~!」と言いたげに、狩夜の背中を何度も叩くレイラ。そんなレイラに「だよねぇ!」と返答しつつ、狩夜は右手の葉々斬を大きく振りかぶり、ファントムキラークリケットの翅を、真正面から迎え撃つ。
擦れ違いざまに横薙ぎに振るわれた葉々斬と、居合切りのごとく左右に広げられたコオロギの翅とが接触し、互いに一切減速することなく振り切られる。
勝ったのは——
「斬り捨て御免!」
レイラの訴え通り、葉々斬の方であった。
葉脈に沿って配置された無数の気孔から放出される気体化したマナ。それに触れたことで弱体化したファントムキラークリケットの翅は、本来の力を発揮することなく葉々斬に切り飛ばされ、敢え無く宙を舞った。それに一瞬遅れて、ファントムキラークリケット本体も真っ二つとなり、大地の上を豪快に転がる。
強敵を退けた狩夜であったが、息つく間もなく次がきた。
全身から剣のように鋭く長い体毛を生やした四足獣。ハリネズミ型の魔物、ソードヘッジホッグである。数は三。
鋼鉄並み強度を誇るその体毛は、最強の武器にも、盾にもなる。おまけに一本一本が一メートル超と長いため、槍などのポールアームでないと、攻撃の際に手痛いしっぺ返しを食らうという、強い以上に面倒な相手だ。
葉々斬の刀身を延長させて対処するか——と、狩夜が考えていると、今度はレイラが動く。両手からガトリングガンを出現させ、その銃口をソードヘッジホッグに向けると、即座に種子を乱射する。
進行方向上に突如出現した回避不能の種子の弾幕に、ソードヘッジホッグは為す術なくハチの巣になると思いきや、敵もさる者。全身の体毛を器用に動かして、顔の前に流線形の盾を作ると、一切ひるむことなく前進。弾幕の雨をものともせず、勢いそのままに突き進んでくる。
レイラの攻撃が防がれたのは、聖獣以外では初めてのこと。ソードヘッジホッグへの警戒レベルを引き上げながら、狩夜は葉々斬と草薙を構え直した。
が——
「……(にたぁ)」
レイラは「想定の範囲内だ」と言わんばかりに微笑むと、右手のガトリングガンの銃口を、ほんの少し上に向ける。
次の瞬間、ソードヘッジホッグの進行方向上に着弾していた種が一斉に発芽。蒼天に向かって勢いよくのびる植物の茎が、防御の薄い真下からソードヘッジホッグの腹部を無慈悲に貫いた。
モズの早贄のごとき様相で息絶える三匹のソードヘッジホッグ。それを回収、次いで捕食するべく、レイラは背中から蔓を伸ばす。
しかし、ここで予期せぬ横槍が入った。
「——っ!? 待って、レイラ! 様子がおかしい!」
「……!?」
ほぼ同時に目を見開く狩夜とレイラ。そんな二人の視線の先で、息絶えたソードヘッジホッグ三匹がみるみる分解され、小さくなってゆく。
何ごとかと目を凝らしてみれば、無数の小さい生き物がソードヘッジホッグに殺到していることがわかった。レイラが築いた茎の槍を駆け上り、ソードヘッジホッグを貪るあの生物は——
「うげ、軍隊アリ!? そうか、グラトニーアントか!」
軍隊アリ型の魔物、グラトニーアント。
体長は二センチ前後で、魔物としては最小サイズでありながら、ミズガルズ大陸に生息する魔物の中で、最も対処し辛いと言われている魔物である。
一匹一匹は大した強さではないが、女王アリを中心に数十万から百万規模の巨大コロニーを形成し、絶えず移動し続けるこの魔物は、現時点において撃退に成功したという報告が一つも記録されていないのだ。
「戦おうなんて間違っても思うな」「見かけたら即座に逃げろ」と誰もが口を揃える、食いつかれたが最後、骨も残らず食い殺される、群れなす暴食の化身。それがグラトニーアントである。
数の暴力という、ある意味では主(ミズガルズ大陸ではハンドレットサウザンド級を指す)より厄介なこの魔物に対し、レイラは「私の獲物を横取りするな~!」とばかりに、怒りの表情で伸ばしていた蔓を振り回し、茎の槍や、今やただの肉塊となったソードヘッジホッグごと、遮二無二に打ち据えた。
力任せに振り下ろされたレイラの蔓が大地を強打し、轟音と共に地面がめくり上がる最中、狩夜は慌てて口を開き——
「何をやってるんだレイラ!?」
と、考えなしにとんでもないことをやらかした相棒に向けて、批難の声を上げる。
見た目こそ派手だが、これは間違いなく悪手。レイラの蔓による攻撃は、グラトニーアントに対しほとんど効果を上げていない。何百匹かは叩き潰せただろうが、群れ全体の損耗は微々たるもの。被害なんて有って無いようなものだろう。
それどころか——
「だぁ! やっぱきたぁ!」
狩夜が危惧した通り、グラトニーアントはターゲットを狩夜とレイラに変更し、赤黒い津波となって押し寄せてきた。
「——っ!?」
自身と直接つながる蔓を上を、地面の上となんら変わらぬ動きで突き進みながら接近してくる蟻の群れを目の当たりにし、レイラは驚愕の表情を浮かべた。
レイラは慌てて頭上の葉っぱを振るい、蔓を根元から切断。次いで、迫りくるグラトニーアントたち目掛けてガトリングガンを乱射するが、やはり効果が薄い。
破棄されたばかりのレイラの蔓を飲み込みながら、一丸となって押し寄せるグラトニーアントを眺めながら、狩夜は叫ぶ。
「あれ全部を点と線で捉えるのは、いくら君でも無理だって! 相手のサイズと数を考えてよ! サイズと数を!」
この言葉を聞いたレイラは、この上なく慌てた様子で「どうしよう!? ねぇ、どうしよう!?」と、狩夜の背中をペシペシと叩き返してきた。力押しが通じない魔物が相手なうえに、自分のミスが原因で狩夜に危機が迫っているという現況に、かなりてんぱっている。
点と線がダメなら、残る選択肢は面攻撃だ。そして、面攻撃自体はレイラの万能性を考えれば難しくない。問題は、その面攻撃の効果をいかにして高め、グラトニーアントを一掃するかだ。
―—相手は昆虫で、レイラは植物。そして、単純な物理攻撃では討ち漏らしが出る可能性が高い。
周囲一帯に致死性の毒をまく――ではだめだ。相手は軍隊アリ。我が身を使って即席の橋や梯子を作り、無理矢理行軍するぐらいのことは普通にやってのける。
ならば――
「よし」
刹那の熟考を終え、狩夜は次のようにレイラに指示を飛ばす。
「レイラ、モウセンゴケってわかる!? 葉にある粘毛から粘液を分泌して虫を捕獲する、イソギンチャクみたいな食虫植物なんだけど!?」
「……!(コクコク!)」
狩夜の言葉に「その手があったか!」と頷いた後、レイラはガトリングガンを引っ込める。次いで、右手からほぼ円形の葉身を持つ、一面に長い毛の生えた妖艶な植物を出現させた。
モウセンゴケ。
被子植物
コケとあるが種子植物であり、主に湿地帯に根づき生育する。背の低い草で、茎はごく短く、地面から放射状に出た葉には一面に長い毛があり、その先端から甘い香りのする粘液を出し、これに釣られるなどしてやってきた虫がくっつくと、粘毛と葉がそれを包むように曲がり、捕獲した虫を消化吸収する。
モウセンゴケは、何千年もの進化の末に、捕まえた虫から養分を吸い上げることに特化した植物だ。中にはその進化の過程で、土から養分を取ることを完全にやめてしまった種類すらある。
そんな特異な植物の葉を、レイラは細長く延長、巨大化させ、迫りくるグラトニーアントの大群目掛け、横薙ぎに振るう。
単純に物理攻撃を叩きつけるのではなく、粘液で絡めとり、アリたちの動きを封じられれば――そう考えてこの案を出した狩夜であったが、世界樹の種を内包するレイラが作りだしたモウセンゴケは、やはりというか特別だった。常識外れの消化力を有する粘液を分泌し、触れる端からグラトニーアントを消化、吸収していく。
普段とは趣の異なる方法で、レイラは暴食の名を冠する魔物を次々と捕食し、その体内へと取り込んでいった。
群のどこかにいたであろう女王アリや、他の魔物もお構いなしに、右から左へと扇状に振り抜かれたモウセンゴケは、触れた生物のことごとくを食らい尽くし、ようやくその動きを止める。
文字通り、アリの子一匹いなくなった周囲を見回しながら、狩夜は漠然と呟いた。
「うん、勝った。これで僕らの――いや、レイラの力は、
もう精霊解放軍を追撃する魔物は残っていない。それら全てが、見事にレイラの腹の中に納まった。
デビュー戦を終えた狩夜は、安堵の息を吐きながら踵を返し、レアリエルたちがいる場所へと歩みを進める。強すぎるがゆえに、戦闘選択肢が力押しに偏りがちな相棒を、どう説教したものかと考えながら。
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