126・デビュー戦 上
「ボクのどこが鶏ガラ――って、ガキンチョ後ろ! 後ろぉ!」
狩夜の「鶏ガラ女」発言に対する抗議の声を上げようとしたレアリエルが、言葉の途中で声色をがらりと変え、狩夜の背後を指しながら警戒を促す。
直後、トライデントフィッシュが地面に墜落したときの衝撃で巻き上がった砂埃の中から、二匹のバーサクコングが狩夜に向かって飛び出してきた。
空から突然現れた怪しい人間が相手であろうと、バーサクコングたちは一切躊躇しない。無防備に晒された狩夜の背中目掛けて、全体重を乗せた拳を振り下ろしてくる。
背後から襲い来るテンサウザンド級二体からの同時攻撃。その攻撃を——
「……え?」
バーサクコングより遥かに小さいレイラが、二枚の葉っぱを盾にして、容易に止めてみせた。
バーサクコングの腕力を身をもって体験しているレアリエルは、その双眸で「信じられない」と語りながら、呆けたように声を漏らす。そんな彼女の視線の先で、攻撃はレイラが止めてくれると確信していた狩夜が、右手の葉々斬を無造作に閃かせる。
剣術の心得などない、素人丸出しの太刀筋。で、あるにもかかわらず、高周波ブレードである葉々斬は、筋肉という鎧に覆われたバーサクコングの巨体を、あっさりと切断した。
二体のバーサクコングが瞬く間に解体され、狩夜の周囲に血煙が盛大に舞う。
「あのタフなバーサクコングを一瞬で!?」
「なんじゃ、あの珍妙な剣は!? いったいどういう仕組みで切っておる!?」
もの言わぬ肉塊へと姿を変えたバーサクコングを見つめながら、アルカナとガリムが驚きの声を上げる。そんな二人とレアリエルを尻目に、狩夜は背中に張りつく相棒へと、力強く指示を飛ばした。
「レイラ、状況が状況だ。今日ばかりは僕がやるなんて言わない。君も動け!」
「……(にたぁ)」
狩夜の言葉を受け、レイラの表情が喜悦に歪む。口が裂けたかのようなその笑顔を目にしたレアリエルたち三人と、バーサクコングたちが一斉に目を見開き、全身の体毛を逆立てながら両の肩を跳ね上げた。
時が止まったかのように体の動きを止めるバーサクコング。どのような状況であろうと躊躇なく襲い掛かるという最大の強みを放棄し、ただの的へと成り下がった魔物たちに向かって、狩夜は全力で地面を蹴る。
「あいつ、すっごくキラキラ――ううん、ギラギラしてた……」
遠ざかっていく小さい背中を見つめながらレアリエルはこう呟き、テンサウザンド級の魔物がひしめく戦場へと躊躇なく飛び込んでいく狩夜のことを、アルカナ、ガリムと共に見送った。
●
「間に合ってよかった……」
狩夜が懸念していたエムルトの完全放棄。もぬけの殻となったエムルトが魔物の大群に蹂躙され、壊滅する前に、狩夜とレイラはこの場に馳せ参じることができた。
精霊解放軍本体の撤退は順調。ランティスの指揮と、レアリエルたちテンサウザンドの踏ん張りもあり、精霊解放軍の隊列は今も保たれていて、混乱は見られない。最も戦闘が激しい最後尾ですら、乱戦にはほど遠い様相である。
精霊解放軍は、この状況下にあっても冷静だ。追撃してくる魔物を押し返し、直近の脅威さえ排除すれば、犠牲が多く出るであろう海に飛び込むではなく、エムルトで体勢を整えるという判断をしてくれるだろう。
「うん、安心した。これなら、なんの気兼ねなく――」
ここで言葉を区切った狩夜は、自身の口角を盛大につり上げ、まだ幼さが色濃く残るその顔を、盛大に歪める。
覚悟と狂気を孕んだ凄絶な笑みをレイラと共に浮かべながら、狩夜は次のように言葉を続けた。
「ソウルポイントの荒稼ぎができるってもんだよねぇ!」
袖すり合い、情が湧いたランティスたちを助けたい。これは狩夜の本心である。そこに嘘は微塵もない。
勇者であるレイラの力で魔物を押し返し、エムルトの放棄という決定を覆したい。これもまた狩夜の本心だ。そこに疑問を挟む余地はまったくない。
だが、狩夜の一番の目的は違うのだ。異世界イスミンスールの救済、それすらも、叉鬼狩夜にとっては目的のための手段でしかないのである。
妹への贖罪。
かつて、自分の心無い言葉で傷つけてしまった最愛の妹を、今も病魔と闘い続けているであろう、一人の優しい女の子を救いたい。
妹の、健やかで幸せな人生。それこそが、叉鬼狩夜の戦う理由にして、命を賭けるに値する欲しいモノだ。
その目的を達成するためには、力がいる。【厄災】の呪いによって暴走し、害獣の王へと姿を変えた世界樹の最終防衛ライン。四匹の聖獣を打倒できるほどの、強大な力が。
フヴェルゲルミル帝国での一件でテンサウザンドとなった狩夜であったが、満足などいっさいしていなかった。目指す場所は遥か遠く、三枚目の壁を破った今も、手が届く気配すらない。
ゆえに、叉鬼狩夜は今日も走る。自らの意思で死地へと飛び込み、貪欲なまでに更なる力を、ソウルポイントを求め続ける。
精霊解放軍がここまで引っ張ってきた、レッドラインの向こう側に生息する屈強な魔物たち。これら全ての命を飲み込んで、自らの糧にする。そのために、狩夜はこの場にやってきたのだ。
「いくよレイラ! 人助けついでに、ソウルポイント大量ゲットだ!」
「……(コクコク!)」
実に利己的な戦う理由。それに一切の間を置くことなく同意し、力を貸してくれる相棒と共に、狩夜はバーサクコングの群れの中を全速力で駆け抜けた。そして、右手の葉々斬と、左手の草薙を、縦横無尽に振り回す。
葉々斬によって切りつけられたバーサクコングは、刃の軌跡そのままに切り裂かれ肉塊となり、草薙によって切り裂かれたバーサクコングは、口から泡を吹いて倒れ、そのまま絶命した。
レイラの状態異常攻撃能力を狩夜に譲渡するための武器、魔草三剣・草薙。
レイラの背中と蔓で繋がる木製の柄、そこから芽吹くように伸びる、巨大な柊の葉を彷彿させる魔剣である。
レイラが生成した毒を葉脈を通して刀身全体に行き渡らせ、攻撃と同時に任意のバットステータスを対象に付与することができる草薙だが、今回狩夜が使用した毒は、バットステータスなんて生易しいものではない。問答無用で相手を死に至らしめる、致死性の超猛毒だ。
摂取イコール即死のこの毒を使用する場合、草薙は強力無比の必殺武器へと姿を変える。極悪非道と表現しても差し支えないその魔剣を、世界の救済という免罪符と共に振り回し、狩夜は死をばら撒いた。
そして、死をばら撒くのは何も狩夜だけではない。狩夜の成長のため、普段は防御とサポートに徹するレイラが、日頃攻撃できない鬱憤を晴らすかのごとく、大暴れしていた。
葉で、蔓で、花で、根で、果実で、種で、狩夜の間合いの外にいるバーサクコングたちを、実に効率よく虐殺していくレイラ。そして、狩夜と共に殺したその命たちを、逐次肉食花の中へと放り込み、自らの内に取り込んでいく。
獅子奮迅の戦いぶりを披露する狩夜とレイラ。そんな二人が、ドラミングによって集められた後、規格外の殺意によって時を奪われたバーサクコングの群れを奇麗に平らげるまでに、さほど時間はかからなかった。
そして、手近な場所にいる得物を狩り尽くした後も、狩夜とレイラは止まらない。人間を見て取ると、その人間が動かなくなるまで無計画に暴れ回るバーサクコング。そんなバーサクコングの暴走に巻き込まれないよう、少し距離を置いて精霊解放軍を追っていた多種多様な魔物たちに矛先を向け、躊躇なく駆け出した。
狩夜とレイラの
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