111・魔草三剣・葉々斬

「えっとぉ、確認終了いたしましたぁ。パーティ『蝸牛の楼閣』の皆様【ボア狩り】の依頼達成ですぅ。お疲れさまでしたぁ」


 ウルズ王国の都・ウルザブルン。その開拓者ギルドで、風の民の受付嬢は今日も仕事に従事していた。


 提出された猪型の魔物、ボア。その鑑定を終わらせた彼女は、カウンターを挟んで相対する年若い男に報酬を手渡す。


「報酬の100ラビスですぅ。お確かめくださぁい」


「ええ! 血抜きと毛皮の割り増しは!? 今回はうまくやったつもりだぜ!?」


 背中にカタツムリ型の魔物、デンデンを張り付けた年若い男が不満の声を上げる。だが、受付嬢は涼しい顔でそれを受け流し、こう言葉を返した。


「申し訳ございませぇん。この状態では報酬額の上乗せはできかねますぅ。でもでもぉ、この間よりは随分と上達したと思いますよぉ。あともう少しですからぁ、また次回頑張ってくださぁい」


「ちきしょー! 新人殺しに怯えながら、必死こいてここまで運んだってのに!」


 悔しげに顔を歪めながら、年若い男は100ラビス歯幣を受け取った。次いで踵を返し、仲間と共にカウンターから離れ、空いていたテーブルへと向かう。先ほど手にした報酬で、早速飲み食いをするつもりであるらしい。


 そんなパーティを「ありがとうございましたぁ」と見送った後、受付嬢は椅子に腰かける。そして、提出されたボアの死体を見つめながら「はふぅ」とため息を吐いた。


「どうしたの、溜息なんて吐いて? 何か心配事?」


「あ、タミー先輩。見てくださいよこれぇ……」


 隣の席で書類仕事に従事しているタミーの問いかけに、受付嬢は右手でボアを指し示しながら口を動かした。タミーは促されるままにボアへと視線を向け、言う。


「そのボアがどうかしたの?」


「お肉の状態もぉ、毛皮の状態もぉ、酷いと思いませんかぁ? これじゃあ売りものになりませんよぉ。報酬の100ラビスを回収できませぇん。赤字ですぅ」


「そんなのよくあることでしょうに。開拓者ギルドが用意した初心者向けのクエストは、そのほとんどが開拓者の成長を促し、開拓の準備資金を提供するために用意されたもの。多少の赤字は覚悟の上よ。私たちの給与は国が保障してくれているのだし、あのパーティは全員が新人の開拓者で、まだ手探り段階なのだから。文句を言わないの」

 

「あうあうぅ、普段ならそれでいいかもしれませんけどぉ、今は腕利きが出払っていて人手不足じゃないですかぁ。肉の消費に供給が追いついていない、このままじゃ価格が高騰するからどうにかしろってぇ、ついさっきギルマスから言われちゃったんですよぅ。お肉が値上がりしたら食卓に大打撃ですうぅ」


 受付嬢はこう言った後、再び溜息を吐いた。そして、次のように言葉を続ける。


「はふぅ……こんなときにカリヤ様がいてくれたらぁ、とってもとっても頼りになるんですけどねぇ……」


「そうね。カリヤ様は毎日のようにクエストをこなしてくれたし、血抜きも完璧だったもの。この都を出てもうすぐ一週間。早いものね」


「カリヤ様と言えばぁ――アレ、何度見てもすっごくすごいですよねぇ……」


 こう言いながら、受付嬢はギルドの一角に目を向けた。そこには大勢の見物客がひしめいており、ちょっとした騒ぎになっている。


 見物客らの視線の先には、主化したアーマー・センチピードの死骸が、狩夜がここウルザブルンでこなした最後のクエスト【素材採集】のターゲットが、ロープだの、つっかえ棒だのを駆使して、生前に近しい姿で飾られている。


 人という垣根があるにもかかわらず、視線をほんの少し上に向けるだけで見ることができるその巨体を、外骨格という鎧に全身が覆われた百足の怪物の死骸を見つめながら、受付嬢は生唾を飲んだ。


「アレ、なんでギルドに戻ってきちゃたんですかぁ? それにそれにぃ、なんであんなにも迫力のある構図で飾ってあるんですかぁ? 今にも動き出しそうでぇ、正直かなり怖いんですけどぉ……」


「今朝、こんなのうちじゃ扱えないって、依頼者の農機具職人が突っ返してきたのよ。硬すぎて手に負えなかったらしいわ。鋼鉄並みの強度らしいわよ、あの主の外骨格。あそこに飾ってあるのはギルドマスターの指示。見世物にして、新人開拓者に主の恐ろしさを教えるのが目的だそうよ」


「なるほどぉ、それは効果的でしょうねぇ。私なんてぇ、死んでるってわかってるのに鳥肌が治まりませぇん……って、あれ? ということはぁ、ずっとここに置きっぱなしですかぁ!? そんなの嫌ですよ私ぃ!」


「心配しなくても大丈夫よ。もうミーミル王国の開拓者ギルドに連絡したらしいから。あの国には、ガリム・アイアンハート様を筆頭に、優秀な鍛冶師が数多くいるもの。あれほどの素材なら、すぐに買い手がつくはずよ」


「それは良かったですぅ。今後はあれと一緒に仕事をすることになるのかと思いましたよぉ。でもでもぉ、そんな硬い外骨格に覆われた主の体を、カリヤ様はいったいどうやって切ったんですかねぇ? それもぉ、あんなに奇麗にすっぱりとぉ……」


「さぁ? 何せ、謎の多い人だから……」

 

 こう言いながら、受付嬢とタミーは改めて主の体を、鋭利な刃物でぶつ切りにされたと思しき、鋼鉄の怪物を注視した。


 そんな二人の視線がこう語る。いったいどれほどの切れ味を誇る武器を使えば、このような芸当ができるのか――と。


 狩夜が振るったとある武器の切れ味。それをこの場で唯一知る主は、二人の視線に何も言葉を返しはしない。不動無言で、自身を絶命せしめた八つの切断面を、見物客らに晒し続けていた。



   ●



 巨大な稲の葉。


 レイラの背中から飛び出し、狩夜の右手の中に納まった木製の柄。そこから芽吹くように飛び出した黄緑色の刀身を一言で表現するならば、これが最もしっくりくるだろう。


 被子植物単子葉類イネ科の植物を彷彿させるその刀身は細長く、そして薄い。刃文の如く刀身に走る無数の葉脈は見事なまでの平行であり、途切れることもぶれることもなく、刀身の縁にまで一直線に続いていた。


 狩夜の右手に納まった柄の長さは片手剣のそれであり、柄頭からは蔓が伸びていて、レイラの背中へと繋がっている。その柄と刀身を合わせた長さは、おおよそ成人男性の拳十個分。


 魔草三剣・葉々斬。


 かの八岐大蛇を退治するときに須佐之男が振るったとされる神剣。それとよく似た名を持つ武器を手に取った狩夜は、即座に地面を蹴り、怪物に向かって全力で駆け出した。


 新たな敵が自身の間合いの中に入ったことに気づいた怪物は、即座に迎撃に打って出る。首二つを狩夜へと向かわせ、その前進を阻もうとした。


「叉鬼殿!? なぜ前に出てきたのですか!? 今すぐに下がってください!」


「あんた馬鹿ぁ!? サウザンドの開拓者の手に負える相手じゃないってことぐらい、見ただけでもわかるでしょうが! 止まりなさいって、こらぁ! お願いだから青葉様と一緒にいてぇ!!」


 相手取る首の本数が減り、矢萩と牡丹も狩夜の参戦に気がついた。そして、慌てたように声を上げる。


 二人ともどうにかして狩夜のもとに急行しようとするが——失敗。四本の首にゆくてを阻まれ、思うように動けない。


 そんな二人の嘆願を無視し、狩夜は更に前進を続ける。そして、走りながら葉々斬を振りかぶり、迫り来る首二本を、鋭い眼光で見据えた。


「……」


 ここでレイラが動く。頭上にある二枚の葉っぱを前面に展開、狩夜を守る盾とした。その後、一秒と間を空けずに怪物の首二本と、レイラの葉っぱとが接触する。


 接触の瞬間、レイラが葉っぱの角度を微妙に変更。怪物の突進を正面から受け止めるのではなく、後方へといなした。あれほどの質量を真正面から受け止めたら、自分はともかく狩夜の体がもたないという判断だろう。


 自身のすぐ横を通過し、後方へと流れていく二本の首。その右側の首に対し、狩夜は葉々斬を水平に振るう。


 狩夜の右腕は一切減速することなく振り切られ、怪物の首もまた、何事もなかったように前進を続けた。


 そして、二本の首が伸び切り、その動きを止めた瞬間——


 ビチャ!


 狩夜の右側を通過した首、その上半分が飛んだ。狩夜のほぼ真後ろに立っていた青葉の横をもの凄い勢いで通過して、地下空間の壁に激突。大量の血液を撒き散らしながら壁に張りつき、そのまま動かなくなる。


「?」


 何が起こったのかわからないのか、全身を硬直させる怪物。が、一方の狩夜は止まらない。自身の左右で動きを止めている怪物の首目掛けて、葉々斬を振り下ろした。


 地面に対し垂直に、円を描くように振り抜かれた葉々斬は、一振りで怪物の首二本を切断する。再生する様子は——ない。どうやら傷口を焼く必要はなさそうだ。


「まず二つ」


 本体から切り離された首をその場に残し、狩夜は再び駆け出した。狙いは一つ。戦闘を他の首に任せて高みの見物を決め込んでいる、怪物の本体ともいうべき中央の首。


『シャァアァァアァァアァ!!』


 弓から放たれた矢のように近づいて来る狩夜に向けて、渾身の威嚇を披露しつつ、更なる首を差し向ける怪物。しかし、焦りと恐怖から繰り出されたその首の動きは、明らかに精彩を欠いており、容易に見切ることができた。その首もまた葉々斬で切り飛ばし、狩夜は尚も走り続ける。


「ちょ、なに!? 叉鬼狩夜ってこんなに強かったわけ!? まじぱないし!」


「いや、叉鬼殿の身体能力と技量では、あのような芸当は本来不可能だ! あの剣になんらかの絡繰りがあるはず!」


 獅子奮迅の戦いをぶりを披露する狩夜の姿を目の当たりにして、牡丹と矢萩が叫んだ。そして、矢萩の推測は正しい。これは狩夜ではなく葉々斬の、勇者であるレイラの力だ。狩夜はそれを一時的に借りているにすぎない。


 稲刈りを経験したことのある人はご存じだろうが、稲の葉の縁には、ときに人間の皮膚をも切り裂く鋭い棘が並んでいる。この棘は稲の細胞の一つであり、硝子とほぼ同じ成分で構成されている。


 プラント・オパール。


 土中にある珪酸という物質を根から吸収し、特定の細胞にため込む事で形成されるこの物質を、葉の筋や表面に並べることで、イネ科の植物は丈夫で乾燥に強い体を作り上げ、草食動物や昆虫から身を守っているのだ。


 マンドラゴラであり、世界樹の種を内包するレイラが形成したプラント・オパールの硬度は凄まじく、どれほどの衝撃を与えてもまったく変形しない。葉々斬の刀身には、このプラント・オパールによって作られた棘が鋸の歯のように配置されており、高速振動を絶えず繰り返している。


 それだけではない、刀身に走る葉脈の中には純度の高いマナが流れており、葉脈に沿って配置された無数の気孔から周囲に放出されている。そのため、刀身に触れた魔物の体を瞬時に弱体化させ、その防御力を著しく低下させることができるのだ。この現象は、相手がマナを絶対の弱点とする魔物である限り、決して逃れることはできない。


 植物であるレイラだからこそ完成させることができた、対魔物用高周波ブレード。それが葉々斬の正体である。多種多様な攻撃手段を有するレイラであるが、葉々斬の攻撃力は、その中でも間違いなくトップクラスだ。鋼鉄並みの強度を持つ魔物の外骨格を、容易に切断するほどの切れ味を誇る。


 何より一番の利点は、その驚異的な攻撃力を、狩夜に付加することができるという点だ。


 聖獣との戦いで、狩夜は自身の力不足を痛感した。それと同時に、レイラの万能性の限界を知る。


 いかにレイラといえど、攻撃と防御を同時かつ完璧にこなすのは不可能だ。連綿と続く攻防の中で、どうしても意識にほころびが出てしまう。足手纏いである狩夜を守りながらでは尚更だ。


 だが、狩夜に葉々斬を、レイラが有する最高峰の攻撃手段を譲渡すれば、レイラは攻撃を狩夜に任せ、防御だけに集中できる。一方の狩夜は、防御をレイラに任せ葉々斬を、一時的に狩り受けた勇者の力を思うがままに振るえばいい。


 負けた。悔しかった。だから考えた。


 あの害獣どもを駆除するために、人間が持つ最強の武器を行使し続けた。


 考えて、考えて、出した答えがこの葉々斬であり、魔草三剣だ。


 これがあれば、狩夜はレイラと共に戦える。力になれる。


 その事実と喜びを胸に、狩夜は走った。


「うおぉぉおぉおぉ!」


 雄叫びと共に、狩夜は六つ目となる怪物の首を切り飛ばす。そして、本命である中央の首目掛けて突進した。


 どれほどの猛攻を前にしても、狩夜は一歩も止まらない。その進路を、一度とて譲らない。そんな狩夜を前にして、ついに怪物の心が折れた。狩夜に背中を向け、横穴の中に引き返していく。


 要は、逃げたのだ。


 テンサウザンド級の魔物が、サウザンドの開拓者を相手に負けを認め、全力で逃走を開始する。


 そんな怪物を見つめながら、狩夜は不敵に笑った。


 どうやらあの怪物は、ここでの穴倉生活が長すぎたらしい。戦場でも野生でも、不用意に背中を晒せばどうなるか、すっかり忘れてしまったようだ。


 葉々斬を豪快に振りかぶりながら、狩夜は小声で呟く。

 

「伸びろ」


 次の瞬間、葉々斬の刀身が何倍にも延長した。葉々斬は剣を模した植物であり、レイラの体の一部。ゆえに、その刀身は自在に伸縮する。


 何倍にも延長した葉々斬を、中央の首目掛けて躊躇なく横薙ぎに振るう狩夜。そして、残った五本の首、その全てを一太刀で切り飛ばしながら、言う。


「二人揃えば無敵を目指してるんだ。お前なんかに、止められるものかよ」


 中央の首が地面に落下し、動かなくなるのを見届けた狩夜は、ちり紙をゴミ箱に捨てるかのような気軽さで葉々斬を真上に放り投げた。狩夜の手から離れた葉々斬を、レイラはすぐさま回収し、それと同時に体から出していた蔓も収納。次いで、狩夜の背中から離れる。


 地下空間に自らの足で降り立ったレイラは、頭上には肉食花を、両手からは蔓を出現させ、周囲に散乱している怪物の死骸の回収を始めた。それらを蔓で器用に絡めとり、肉食花の中へと順次放り込んでいく。


 相も変わらず豪快な食事風景であった。暴食に耽るレイラを、矢萩が興味深げに、牡丹がドン引きした様子で眺める中、青葉が歩いて狩夜に近づいてくる。


「御手並みしかと拝見。やはり狩夜殿は、類まれなる益荒男でありました。姉が語り、ボクが憧れた通りの――いえ、それ以上の力を、狩夜殿は有しておられます」


 ここで言葉を区切った青葉は、狩夜と正面から向き合い、その目を真っ直ぐに見つめてきた。狩夜もまた、そんな青葉の目を真っ直ぐに見つめ返す。


「きっと狩夜殿は、その力で先ほど語った目的の場所へと邁進するのでしょうね。そして、それは誰であろうと止めることはできない……それを理解した上で、今一度願います。この国を謀反人から守るために、狩夜殿の力を貸してはいただけませんでしょうか!? どうか我らに御助力を!」


「……」


 この青葉の願いに、狩夜はどうしようかなと思考を巡らせようとして——やめた。


 そうだ、考えるまでもない。休憩と食事、それ以外の時間のすべてを目的達成のために費やす。狩夜はそう心に決めているのだ。


 だから——


「いいよ、やるよ。鹿角青葉殿からの救国の依頼、この叉鬼狩夜が請け負った!」


 ここで青葉と真央を見捨て、カルマブディス・ロートパゴイを放置したら、明日食う飯が不味そうだ。安眠だってできそうにない。


 だから、やる。カルマブディス・ロートパゴイの野望を完膚なきまでに叩き潰し、このフヴェルゲルミル帝国を救ってみせる。


 狩夜は、レイラ、青葉、矢萩、牡丹と共に、地下空間を後にした。


 敵は、禁中にあり。

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