107・真相

「今、国ではそのようなことが起こっているのですか!?」


 矢萩、牡丹の両名から語られた、ことの真相。それを聞いた後、青葉は目をむいて驚きの声を上げた。そんな青葉の前で跪きながら、矢萩と牡丹はさらに言葉を連ねる。


「はい。禁中の侍医長、カルマブディス・ロートパゴイ。あの者、飢虎の野望を胸に抱きつつ、このときのために牙を研いでいたもようです」


「御帝や美月家の方々、峰子様までオーガ・ロータスとかいう魔物の実のせいでおかしくなっちゃうし、立羽様は敵側だしで、国の上層部はめちゃくちゃですぅ。もうわけわかんないしぃ」


「禁中と美月城は、既に敵の手に落ちたとみてまず間違いありません。それで青葉様、鹿角家の方は?」


「ボク――じゃない、俺がここにいる時点でもう駄目ですね。美月城と似たようなことになっていると思います。精霊解放遠征に参加したアルカナの代わりにと雇った医者に、カルマブディスの息が掛かっていたのでしょう。帝国の要人、要所は、すでに敵の手中……してやれました。これでは姉に合わせる顔がありません」


 こう言った後、気落ちした様子で両肩を深く落とす青葉。そんな青葉に向けて、隣で一緒に話を聞いていた狩夜が口を開く。


「なに、それ? 青葉君……信じていた医者に裏切られたの?」


「……はい。そういうことになるかと」


「ふーん……ふーん」


 少し苛立った様子で二度鼻を鳴らした後、胸の前で腕を組む狩夜。そんな狩夜を見つめながら不安げに首を傾げる青葉に向けて、矢萩が言う。


「ですが、青葉様をこうして無事に取り戻せたのは僥倖でした。オーガ・ロータスによる異常状態の治療方法も見つかりましたし――そう言えば青葉様、その髪は? 顔色も随分と良いように思えますが?」


「髪? 髪がどうか――って、あれ? 元に……戻ってる?」


 こめかみのあたりにある髪。その一部を右手でつまんで視界の中へと運んだ後、青葉は目を見開いてその髪を凝視した。そして、小刻みに震えながら、こう言葉を続ける。


「なんで? お役目の薬の副作用で変色していたボクの髪が——なんで元通りに?」


「髪の毛の色なら、オーガ・ロータスの異常状態を治療するときに、一緒に変わっちゃったんですけど……何かまずかったですかね?」


「い、いえ、逆です! ありがとう、本当にありがとうございます! もう元に戻らないんだって、ずっと前に諦めていましたから!」

 

 感極まった様子で何度も狩夜に礼を述べる青葉。そんな青葉と狩夜とを交互に見つめながら、牡丹が感心したように言う。


「へー、やるじゃん叉鬼狩夜! 異常状態だけじゃなく、薬の副作用まで直しちゃうなんて、マジ凄いし! あのインテリヤクザ、なーにが『一度食べたが最後、二度と日常生活には戻れない』よ! 治療法あんじゃん! 皆を元に戻す方法があるなら、まだ何とかなりますよ青葉様!」


「牡丹の言う通りです。人質さえ取り戻すことができれば、我ら二人ですべての始末をつけて御覧に入れましょう」


「ぶっちゃけ、人質さえいなければあんな奴ら楽勝だし!」


 汚名返上に燃えているのか、はたまた突然逆境の地に放り出された青葉を元気づけようとしているのか、強気な発言を続ける矢萩と牡丹。前のめりに過ぎるとも思えるが、彼女らの言葉は決して大言壮語ではない。


 禁忌。


「してはいけないこと」を意味する言葉であり、開拓者の間では、罪なき人を利己的な理由で殺害し、そのソウルポイントを吸収して自己を強化することを指す言葉として使われる。


 一度禁忌を侵したが最後、共食いする魔物と変わらない外道と罵られ、軽蔑と嫌悪の視線に一生晒され続けることになる、開拓者最大のタブー。三国、そして、開拓者ギルドでも禁止されている、れっきとした犯罪行為であり、時と場合によっては禁忌を侵した者の首に懸賞金がかけられ、手配書が配布されたりもするという。


 人を犬畜生へと堕とし、人の世を蠱毒壺へと変える忌むべきおこない。それが禁忌だ。


 そんな禁忌を侵した際に獲得できるソウルポイントの量は、殺害した人間の累積ソウルポイントの、おおよそ十分の一だと言われている。


 帝国国内で行方不明となった開拓者の中に、精霊解放遠征に参加予定だったテンサウザンドの開拓者が一人いたらしいが、高名な開拓者はその一人だけであり、その一人もテンサウザンドになりたて(累積ソウルポイント・五十万五百以上)だったらしい。ならば、カルマブディスとその側近たちの累積ソウルポイントは、おそらく六万前後。多くても七万ぐらいと推測できる。


 対する矢萩、牡丹の両名は、ハンドレットサウザンドである紅葉のパーティメンバーなので、累積ソウルポイントは五千万五千以上は確実だ。累積ソウルポイントに千倍近い差がある。牡丹の言葉通り、これでは勝負にならない。相手は数百人規模の集団であるらしいが、それでも一方的な戦いになるだろう。


「なら、後はどうやって人質を取り戻すかですね」


 青葉のこの言葉に、矢萩と牡丹の顔が僅かに曇った。次いで、苦悩を感じさせる声色で交互に口を動かす。


「そこが唯一にして、最大の問題です。何せ相手には立羽様がいますから」


「揚羽様ほどじゃないにせよ、立羽様もかなりの地獄耳だもんねぇ。美月城でインテリヤクザに奇襲を仕掛けたときも、牡丹たちあっさり感知されちゃったし」


「奇襲、潜伏に適したスキルを複数所持する私と牡丹ですらそれです。立羽様の聴覚感知を潜り抜けて人質を救出するのは、至難の業かと」


「立羽様の聴覚をごまかすためには、呼吸音とか心音とかを遮る、分厚い遮蔽物が必要不可欠なんですぅ。でもでも、そんなモノを身につけながらの隠密行動なんて、いくら牡丹でもできっこないですし」


「加えて、あまり時間もありません。私と牡丹、そして叉鬼狩夜が生きていることは、謀反人どもが眠りにつき、白い部屋でソウルポイントを確認した瞬間に露呈します。人質を救出する好機は、相手が我々を始末したと思い込み、勝利を確信し油断しているであろう今をおいて他にないのです」


「って言うか、急がないと揚羽様が危ないし! あいつら、揚羽様を禁中に呼びつけてました! 絶対ろくでもないこと考えてるし!」


「人質を救出するには、まず立羽様をどうにかしないと駄目なんですね……主筋である美月家の方と戦うことになるなんて、今日まで考えもしませんでしたよ」


 矢萩と牡丹の言葉に「いったいどうしたら……」と、青葉が頭を抱える中、狩夜は先の会話の中にも出てきた名前、美月揚羽のことについてあれこれ考えていた。


 美月揚羽。


 フヴェルゲルミル帝国将軍にして、月読命流免許皆伝の剣士。絵にも書けないと称される絶世の美女であり、右京と左京の憧れの存在。


 そして、狩夜のパーティーメンバーである真央。その本当の名前。


 ——将軍かよぉおおぉぉお!!


 胸中でこう叫びながら、狩夜もまた青葉と同じように頭を抱えた。次いで思い返す。この七日間で自分がその将軍様にしてしまった、所業の数々を。


 安飯食べさせたり、安宿に放り込んだりするのなんてまだいい方で。女避けの蚊取り線香扱いしたり、いつ死んでもおかしくない主の討伐に連れ回したり、胸は揉むわ、押し倒すわと、やりたい放題し放題。まさに言語道断なおこないであった。


「やばい……切腹ものだな、これ……」


 知らぬこととはいえ許されるものではないだろう。真央の正体と、自らのしたことの重大さを知り、狩夜は全身から冷や汗を流す。


 まあ何にせよ、色々とわかってすっきりできた。真央の裏切りは、カルマブディスの傀儡と化した帝からの勅命によるもの。真央には真央で、のっぴきならぬ事情があったのである。


 もう狩夜は真央のことを許していた。謝罪の言葉なんて要らない。絶対の主からの命令と、どこぞの馬の骨とも知らぬ男の命。そんな、どう考えて前者が勝つであろう二つを秤にかけ、真央は苦悩し、涙さえ流してくれた。その事実だけで、狩夜は満足である。


 カルマブディスの切り札であるオーガロータスは駆除できたし、青葉を助けることもできたしで、むしろ落っことされてよかったぐらいだ。結果オーライである。


「レイラ、そんなわけだから許してあげてくれない? 真央のこと。僕は気にしてないからさ」


「……(コクコク)」


 もう大丈夫だろうと口にした狩夜の問いかけに、渋々といった様子で首を縦に振るレイラ。それを背中越しに感じながら、これでレイラが真央をスプラッタにする心配はなくなったな——と、狩夜は安堵の息を吐く。


「あの」


「ん?」


 心配ごとの一つがなくなる一方で、また別の心配ごとが浮上し、これからどうしよう? と、頭を悩ませる狩夜に、青葉が話しかけてきた。狩夜の顔色をうかがいながら、かしこまった様子で言葉を紡いでいく。


「叉鬼狩夜――殿。まずは礼をさせていただきたい。謀反人の罠にかかり、死を待つばかりであった我ら三人の窮地を救っていただき、心より感謝申し上げる。あなた様がいなければ、帝国の命運はすでに尽きていたに違いありません」


「あ、いや、お礼なんていりませんよ。僕も落っことされただけで——」


「我ら三人は、これよりこの地下空間を脱出し、謀反人どもに囚われた、御帝をはじめとする人質の救出に向かいます。戦況は圧倒的に不利なれど、白旗を上げるわけにはいかぬのです。武士の誇りとこの命を賭け、必ずやそれを成し遂げる所存」


「……そうですか」


「それで、その、狩夜殿にお願いしたい儀があるのです。狩夜殿のお力、我らに貸してはいただけませんでしょうか!?」


「……」


「人質を無事取り戻した暁には、必ず礼をさせていただきます! 報奨金、今後の開拓に役立ちそうな武器、防具! 名誉に地位! あなた様の望むものを、必ずやご用意してみせます!」


「僕の望むものを必ず用意する……ね」


 それは無理だろうな——と、小さく溜息を吐く狩夜。次いで視線を青葉から外し、顔を横へと向けてしまう。それに気づくことなく、青葉は次の言葉で狩夜への要求を締めくくる。


「切に、切に願います! どうか、どうか我らに御助力を!」


「ごめん、青葉君」


 間髪入れず返されたこの言葉に、青葉の表情が絶望に染まった。そして、自身から目を背けるように顔を横に向ける狩夜を、縋るような視線で見つめつつも、消え入りそうな声で諦めの言葉を口にする。


「だめ……ですか。そうですよね……こんな勝ち目のない戦いに――」


「あ、いや、そうじゃなくてですね。その話、ちょっと後にしてくれません? 向こうから何かきます。青葉君も気をつけて」


「え?」


 警戒を促す言葉を受け、青葉は狩夜の視線を辿った。二人の視線の先には、地下空間の奥へと続く、巨大な横穴がある。


 ペシペシ! ペシペシ!


 青葉との会話。その後半あたりから「何かくる! 警戒して~!」と言いたげに、狩夜の背中を少し強めに、何度も何度も叩き続けるレイラ。普段はもとより、主と戦うときとも違うその様子に、狩夜も察する。


 どうやら、ちょっと厄介なのがこちらに接近中らしい。


「牡丹」


「わかってるし」


 矢萩と牡丹の両名も何かを察したのか、真剣な顔つきで立ち上がり、青葉を背中に庇うように前に出る。


 その直後——


『シャアァァアァアァアアァ!!』


 ソレは、姿を現した。

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