101・オーガ・ロータス

「いったい何人殺した?」


「さてな。ただ、お前らが今考えているほどには殺していないはずだ。足がつかないよう、いつ行方不明になってもおかしくない開拓者だけに狙いを絞った。その方が効率もいい。一般人千人よりも、テンサウザンド一人だな」


「……ちょい待ち。なんか計算合わなくない?」


「そうだ。帝国国内で行方不明になった開拓者は全員把握しているが、とてもじゃないがサウザンドを十数人作れる人数ではない。精々一パーティ。三、四人が限界のはず」


 この指摘に対し、カルマブディスは再度くつくつと笑った。次いで言う。


「計算は合っているさ。何もおかしくはない。なぜなら、ここにいる我が同志たちは、全員が私のパーティメンバーなのだからな」


 テイムした魔物を通してパーティに供給されるソウルポイントの量は、パーティの人数によって変動したりはしない。三人パーティでソウルポイント四の魔物を倒せば、その三人全員と、テイムした魔物に、四のソウルポイントがそれそれ加算されることになる。


 多額の報酬や強引な手段を使ってでも、ギルドが開拓者に限界人数までパーティを組ませようとする理由の一つがこれだ。パーティメンバーが一人増えるごとに、入手できるソウルポイントは二倍、三倍と増えていく。それを無駄にするのはあまりに惜しい。

 

 カルマブディスが言うように、ここにいる闇の民の男たち、その全てが彼のパーティメンバーであるならば、確かに計算は合う。


 しかし——


「馬鹿な!? 限界パーティ人数のほとんどは三、四人! 今まで見つかった最高人数でも六人のはず!」


「十人以上なんてありえないし!」


「っは! そんな貧困な想像力だから、貴様ら猪豚はいくら強くなっても使われる側の捨て駒なんだよ! 限界パーティ人数なんぞ、増やせばいいだけだろうが!」


「増やすだと? いったいどうやって……」


「それをお前らが知る必要はない。さて、無駄話もここまでだ。そろそろ目障りな猪豚にはご退場願うとしよう」


 カルマブディスはこう言うと、右手を白衣の内側へと運ぶ。そして、拳大の白い布袋を取り出した。


「ろくなもんじゃないとは思うけど、一応聞いてあげるし。何よ、それ?」


「オーガ・ロータスという植物型の魔物、その実だ。お前たちには、今からこれを食べてもらう」


「オーガ・ロータス?」


 首を傾げながら名前を復唱する矢萩。牡丹も聞き覚えがないのか、目をパチクリさせている。


「帝国国民の主食たるセイクリッド・ロータス、その真の姿だ。世界樹が放出するマナによって魂が完全に浄化された魔物は、ごく普通の動植物となんら変わらない姿になるのはお前ら猪豚でも知っているだろ? 二代目勇者とアース神族の戦いの後、マナによって魂を完全に浄化されたオーガ・ロータスは、驚異的な繁殖力だけを残し、ただの植物となった。その唯一残された繁殖力に着目し、古の人間たちが食用として品種改良したのが、セイクリッド・ロータスなんだよ」


「「……」」


 常日頃口にしている食べ物。その起源が魔物であると知り、驚きを隠せない矢萩と牡丹。そんな二人に向けて、カルマブディスは更に言う。


「私はそんなセイクリッド・ロータスに特別な処置を施し、本来の姿であるオーガ・ロータスへと回帰させることに成功した。オーガ・ロータスの実には特殊な成分が含まれていて、食べた者に強力な幻覚作用を引き起こす。中毒性、依存性、共に最悪で、一度食べたが最後、二度と日常生活には戻れない。私に感謝しろよ猪豚。草などという捨て駒人生から解き放ち、性行など目じゃない快楽の極致、蓮華宝土れんげほうどへと連れていってやるんだからな。死ぬまでの僅かな間だが、精々楽しめ」


「下種が!」


「なんとでも。ほら食え。拒否権はないぞ。人質がいることを忘れるな」


 布袋からオーガ・ロータスの実を一粒取り出し、矢萩へと放り投げるカルマブディス。矢萩はそれを右手で掴んだ。


 見慣れた蓮の実と、外見上はなんら変わらないその実を見つめながら、矢萩は生唾を飲む。そんな矢萩に向けて、牡丹は今にも泣き出しそうな声で言葉を紡いだ。


「ごめん……ごめんね矢萩……私が矢萩を無理矢理城外に連れ出したから、こんなことに……」


「言うな。そして泣くな未熟者。心揺らさぬが草、それを忘れるな」


 矢萩はこう言うと、オーガ・ロータスの実を口に含んだ。そして、間を置かずに飲み下す。


 変化はすぐに表れた。使命感に引き締まっていた矢萩の表情がだらしなく緩んだ次の瞬間、全身から力が抜けたかのように地面に崩れ落ちる。


 その様子を興味深げに眺めながら、カルマブディスは口を動かした。


「ふむ、やはり生のまま食べさせた方が効き目が強いな。即効性も飛躍的に増す」


「矢萩!? やはぎぃ! お願いだから返事をしてほしいしぃ!」


「くひ……くひひ……」


 牡丹の悲痛な叫びに対し、矢萩は何も答えない。恍惚の表情を顔に貼りつけ、地面に横たわったままだ。


「嘘……うそぉ……矢萩の〔耐異常〕スキルは、Lv5もあるのに……」


「それだけオーガ・ロータスの幻覚作用が強いということだ。あの状況で自害しなかったところを見るに、その〔耐異常〕スキルで幻覚作用をやり過ごして、反撃の機会をうかがうつもりだったのだろうが、甘いな。次はお前の番だぞ?」


「わ、わかってるし! 牡丹もそれを食べればいいんでしょ、食べれば! いくら牡丹でも、御帝や主筋の皆様が人質になってる状況で、逆らったりしないし!」


「聞き分けのいい猪豚だ。なら早速——」


「あ、カルマ様。少々お待ちを。牡丹には聞いておきたいことがありますゆえ」


 静々と歩を進め、カルマブディスの隣に立つ立羽。次いで言う。


「ねぇ牡丹、揚羽が今どこにいるか知らないかしら? あの子、城内のどこにもいなくて、わたくしとても困っているのよ」


「立羽様……どうして、どうしてこんなことを? 牡丹たち猪牙忍軍は、【厄災】以前より美月家に仕え、ずっとずっとこの帝国と、立羽様たちを守り続けてきたのに……」


「わたくしは、その美月家と帝国を壊したいのよ。それと、質問をしているのはこちら。知っているの? 知らないの? どっち?」


「それは……」


 視線をさ迷わせ、言い渋る牡丹。そんな牡丹を笑顔で威圧しつつ、立羽は追及を強めた。


「知っているのね? この状況で沈黙は金にならないわよ? 早く教えなさい。それとも、あなたの目の前で矢萩や峰子を痛めつけないとだめかしら?」


 この言葉で牡丹は折れた。自身が知っている情報、その全てを包み隠さず口にする。そして、それら情報の中には、異世界人・叉鬼狩夜についての情報も、当然含まれていた。


「日ノ本からの異世界人がこの国に来ていて、揚羽が行動を共にしている!? しかも結婚!? わたくし、何も聞かされていないのだけれど!?」


 牡丹の話が終わるや否や、口元を盛大に引きつらせ、こめかみに青筋を立てながら声を張り上げる立羽。手も足も出すことのできない牡丹は、縮こまりながら言葉を返すしかない。


「緘口令を敷いたのは御帝だし……牡丹に言われても困るし……」


「峰子が言っていた要人って、異世界人のことだったのね……揚羽ったら、将軍職だけでなく、結婚まで姉であるわたくしを出し抜こうというの? 許せない」


 私怨を感じさせる声色でこう呟いた後、立羽は牡丹から視線を外し、隣に立つカルマブディスを見上げた。次いで言う。


「カルマ様、いかがいたしましょう! 帝国の統治を月の民から闇の民に譲渡させるとき、我々が他国と民草に掲げる大義名分は『月の民の男が姿を消し、他種族の存在なくば次代を作れなくなったから』です! これは一大事ですよ!」


「落ち着け立羽」


「何を悠長な! 異世界人の血を月の民の中に入れれば、再び男子が生まれ出すやもしれません! そうなれば、我々の大義名分は脆くも崩れ去ります! 民草にその存在が露呈する前に、なんとしても異世界人を始末しなければ――」


「だから落ち着けというに。将軍家の長女であるお前ですら知らなかったのだ。異世界人の存在を知っている者は極少数だろう。そして、私たちが帝国の中枢をすでに掌握し、帝が傀儡と化していることを美月揚羽は知らない。ならば、この状況はむしろ好都合だ」


「え?」


「その異世界人は、ウルズ王国国内の主を半月で狩り尽くすほどの手練れなのだろう? 正面からぶつかれば、こちらも相応の痛手を負うことになる。大事の前だ、それは避けたい。そして、武士などという肩書を持つ人間は、上に立つ者の言葉に絶対服従。命令一つで自ら腹を掻っ捌いたり、死地に飛び込んでいったりする、実に愚かな存在だ。ならば、その武士の頂点に立つ将軍とやらの忠誠心を、ここは一つ試してやろうではないか!」


 いったん口の動きを止め、残虐性に満ちた笑みを浮かべるカルマブディス。そして、次のように言葉を続けた。


「異世界人・叉鬼狩夜! その身に蓄えられたソウルポイント! すべて私が頂く! ふは! ふはは! ふはははははは!」

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