096・突然の訪問者

「公方様と叉鬼狩夜が行動を共にしていて、しかも結婚!? いったいどのような経緯でそんな事態になったのです!?」


「さぁ? 牡丹、グンスラーで揚羽様と叉鬼狩夜を見つけて、すぐにここに向かったから、裏までは取れなかったし。でもでも、揚羽様の頭に花が挿してあったのは間違いなしですよ、峰子様」


「むぅ、小生のたちの見ていないところで、いったい何が――って、不味いのです! 叉鬼狩夜は開拓者! 行動を共にしているということは、公方様は既に月経を止めてしまった可能性があるのです! だとしたら一大事なのですよ!」


「え? それ大丈夫じゃないです? 牡丹、結婚するなら月経は止めないって思うなぁ。むしろ、次の満月に備えて毎晩修練に励んでらっしゃるんじゃないです? きゃー♪ 揚羽様だいたーん♪」


「不謹慎だぞ、牡丹。あの揚羽様が、そのようなことをなさるものか」


 両手を頬に沿えながら「いやん、いやん」と体をくねらせる牡丹を、険しい表情で言い咎める矢萩。が、牡丹は止まらなかった。不満げに唇を尖らせ、こう言葉を続ける。


「なんで牡丹が怒られなきゃいけないわけ? 愛し合う男女が毎晩肌を重ねるのは、とっても自然なことだって牡丹思うなぁ」


「そんなわけあるか! 発情期以外での性交渉は古来より――」


「ああもう、相変わらず矢萩は頭が固すぎるし! 発情期以外で男性に体を許すことは、快楽を得るためだけの恥ずべきおこない――なんて古い考えをいつまでたっても捨てようとしないから、他種族の男がこの国にやってこないんだって、いい加減理解してほしいし!」


「う……」


 一理あると思ってしまったのか、若干仰け反りながら言葉を詰まらせる矢萩。そんな矢萩に対し、牡丹は攻勢を強めて更に言う。


「他種族の男はフェロモンなんて要らないの! 年がら年中発情期なの! 月一じゃ全然足りないの! 矢萩みたいなお堅い女ばっかだから、せっかく婿入りしてくれた他種族の男を闇の民に寝取られて、刃傷沙汰だの、不本意な重婚だのが頻発するなんていう社会問題が出てくるんだし!」


「うう……」


「月の民の意識改革は急務なの! そんでもって、それは上からやらないとダメなの! エーリヴァーガルの生涯未婚率が洒落にならない数字だってことぐらい、矢萩だって――」


「そ、それらの問題をどうにかするためにも、我々は異世界人・叉鬼狩夜を、なんとしても保護しなければな、うん」


「ああ! 口で負けそうだからって、話逸らしたし!」


「逸らしてなどいない! それで峰子様、我々は今度どのように動きましょう?」


「そうですなぁ……まあとにかく、矢萩と牡丹はゆっくり休むとよいのですぞ。家中の腕利きたちは、紅葉殿と共にミズガルズ大陸。草の多くはいまだウルズ王国国内。今は手勢不足で、動きようがないですからな」


 フヴェルゲルミル帝国とウルズ王国との国境には、世界樹の気まぐれたる断崖絶壁があるため、たとえ開拓者であったとしても行き来には時間がかかる。矢萩、牡丹の両名が、帝都帰還に五日もの時間を要したのはそれが理由だ。


 ソウルポイントで身体強化していない一般の草たちは、道中で狩夜の姿を探しながら水辺に沿って移動中である。帝都到着には、健脚な者で後二、三日。全員が戻ってくるまでには、もう五日はかかるだろう。


「相手は空を飛ぶのです。闇雲に捕まえにいっても、また空振りに終わる可能性が高い。二人には、別命があるまでこの城での待機を命じるのです」


「はーい、了解でーす! 休みだきゃっほー!」


「揚羽様は放置でよろしいので?」


 矢萩からの確認の言葉に、峰子は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。次いで、諦めを感じさせる声色で言葉を紡いでいく。


「いいのです。先ほどの報告が真実で、公方様が叉鬼狩夜と行動を共にし、本気で結婚するつもりなら、牡丹が言うように月経は止めないと思うです。と言うか、公方様が心変わりされていなかった場合、もう完全に手遅れなのですぞ。ウルズ王国国内の主を半月で狩り尽くした男、叉鬼狩夜。そのパーティメンバーなら、月経を止められるくらいのソウルポイントは、とうの昔に稼いでいるはずなのです」


「確かに」


「しかし、あの公方様が結婚とは……矢萩の口から異世界人発見の報を聞いたすぐ後に、公方様ご自身が正妻になられますか? と尋ねたですが、そのときは気乗りしないご様子だったですのに……」


「叉鬼狩夜本人と直接向き合うことで、心境に変化があったのでは? あれは紅葉様も認めた男。中々の益荒男にございます」


「まあ、何にせよおめでたいことですぞ。叉鬼狩夜の正妻は、四女の紋白もんしろ様あたりがよいのではと思っていましたが、公方様が名乗りを上げたとなれば、異を唱える理由はないのです。牡丹、報告ご苦労なのですぞ。大手柄なのです」


「へっへー♪ 牡丹、金一封をしょもー♪」


「調子に乗るな。では峰子様、我々はこれにて」


「ばっははーい♪ ねぇねぇ矢萩、せっかくの休みだしさ、町に服見にいこうよ、服。私が選んだげるから」


「要らん。お前が選ぶ服は何かと面倒だ。露出も無駄に多い。それに、峰子様の命令を聞いていなかったのか? 私たちは、別命があるまでこの城で——」


「少しくらいならかまわないのですぞ。矢萩もたまには羽を伸ばすと良いのです」


 矢萩の言葉を遮るように口を動かす峰子。その顔に浮かぶ「やれやれ」と言いたげな表情は、牡丹の素行を嘆くものか、はたまた硬すぎる矢萩を憂いてのものか。


 思わぬところからの援護射撃に、両目を輝かせる牡丹。次いで言う。


「やったー! お許しが出たー! ほらほら行こうよ矢萩! 牡丹、矢萩と一緒に服見ーたーいー! もっとおしゃれしたーい! ねぇねぇ、いいでしょ矢萩って危な!? だから、いきなり苦無投げないでよ! 死んじゃうでしょ!」


 仲がいいのか悪いのか。そんな二人が部屋を出ていくのを見送った後、峰子は一人腕を組んだ。次いで考える。


「むむむ、公方様が結婚、そして正室。これは側室、愛妾はもちろん、伽係にいたるまで再検証しなければならないのですぞ。それに、現将軍の婚儀ともなれば、規模も大きく変わってくるのです。使える予算は――って、いい加減学習するのです小生! これは捕らぬ狸の皮算用! 今小生が考えなければならないのは、確実に異世界人・叉鬼狩夜を捕まえる方法なのですぞ! 神策鬼謀で三国に名を馳せたこの大熊峰子! このままでは終われないのです!」


 ふんす! と、鼻息荒く意気込む峰子。帝に提出する第三次叉鬼狩夜捕獲作戦の詳細を詰めるべく、筆を手に取り紙と向き合った。


 その直後――


 ぐぅううぅ。


 と、峰子の腹の虫が盛大に鳴り、飯をよこせとがなり立てた。


「……そういえば、昼餉がまだだったのです」


 自らの空腹を自覚し、右手を腹部へと運ぶ峰子。そう、彼女は矢萩からの報告を聞くことを優先し、まだ昼食を取っていないのである。


 空腹では良い考えは浮かばない。そう言いたげに二度ほど頷いた峰子は、城の奉公人を呼ぶべく大きく息を吸い込んだ。


 が――


「峰子様! 峰子様ぁ! いらっしゃいますか!」


「わひゃぁああぁ!?」


 呼ぼうとした当の奉公人に、一瞬早く襖越しに声をかけられ、その出鼻を挫かれた。吸い込んだ息をすべて使い、峰子は驚きの声を上げる。


「ああ、峰子様! 良かった、お部屋にいらっしゃったのですね!」


 峰子の突拍子もない声を意に介さず――否、意に介す余裕もないといった様子の奉公人は、縋るような声色で峰子の名前を呼んだ。そのただならぬ様子に、峰子は慌てて言葉を返す。


「ど、どうしたのです? 小生にいったい何用なのですか?」


「そ、それが、今しがた先触れもなく立羽たては様がいらっしゃいまして。公方様を呼んでくれと」


 奉公人の口から飛び出した立羽という名前に、峰子は両の目を見開いた。慌てて立ち上がり、早口で言葉を紡いでいく。


「なんですとぉ!? な、なぜ公方様の御姉君おんあねぎみが今……よりもよって今城を訪れるのですか!? そ、それで、立羽様は今いずこに!?」


「ひとまず客間にお通ししておきましたが、その、ご存知の通り、公方様は現在ご不在で、相手が相手なだけに、どのようにその理由を説明したものかと……」


「立羽様のお相手は小生がするのです! お前は普段通りの仕事をしていれば良いのですぞ!」


「は、はいぃ!」


 部屋の襖を勢いよく開け放ち、峰子は奉公人を押し退けるようにして部屋を飛び出した。

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