閑話 3-3

「ねぇねぇ左京。私思うの」


「うんうん右京。私も同じ気持ちだよ」


「「お花さん、ちょっと増やしすぎたかな?」」


 庭に咲き誇る花、花、花。狛犬家の庭のおおよそ三割を占拠する、鈴蘭に似た愛らしい花の群れを縁側から見つめ、右京と左京は呟いた。


 ちょっとした縁で家に泊めた開拓者から貰った、不思議な花。その不思議な花が残した種を、庭に植えたのが三日前。


 種は、植えた直後に発芽して庭に根付き、二日目で立派に成長し、今日という三日目に無数の花を咲かせた。


 イスミンスールの創世記で伝え聞く、世界樹を彷彿させる凄まじい成長速度。幾つかが芽を出して、来年の今頃また咲いてくれればいいな――ぐらいの気持ちで庭に植えたであろう二人からすると、完全に予想外の光景に違いない。


 もし、この花がまた三日で種を残しでもしたら、狛犬家の庭はあっという間に不思議な花に埋め尽くされてしまい、足の踏み場もなくなるだろう。


「どうする左京? このままじゃ、鍛錬する場所がなくなっちゃうよ?」


「どうする右京? このままじゃ、家から出られなくなっちゃうよ?」


「「そしたら母上に怒られる!!」」


 怒ったときの母親の姿が頭を過ぎったのか、顔を真っ青にして震えあがる二人。三角形の犬耳が途端に元気をなくし、頭にペタンと張りついた。


 この大量の花たちを、今すぐどうにかしなければ! と、その表情で語りながら、二人は頭を悩ませる。


 別に噛みつくわけではないので、処理自体は簡単だ。だが、大好きな花の命を無下にするのは気が引ける。


 ほどなくして、二人が出した結論は――


「「よし、ご近所さんにおすそわけしよう!!」」


 であった。


 生来火を苦手とする者が多い月の民。夜になると蒼白い光を放つこの花は、誰もが諸手を挙げて歓迎することだろう。いや、月の民だけじゃない。夜に使う油代が浮くのだから、他種族にだって喜ばれること請け合いだ。


「お花さん、皆も喜んでくれるよね?」


「お花さん、皆も大事にしてくれるよね?」


「「こんな凄いお花さん、狛犬家で独占してたらもったいない! 皆に分けてあげなくちゃ!」」


 こう決めてからの二人の行動は早かった。早速庭へと降り立ち、不思議な花の一本一本を丁寧に手折り始める。


「お花さん、別のお家でも種を残すかな?」


「その種を、お庭に植えてくれるかな?」


「「そうなったらとっても素敵! フヴェルゲルミル帝国が――ううん! このユグドラシル大陸が、このお花さんで一杯になる!」」


「楽しみだね、左京」


「待ち遠しいね、右京」


「「ねー」」


 こう言って笑い合いながら、二人は手際よくおっそわけの準備を進める。もちろん、狛犬家に残す分も忘れない。


 次々に手折られていく不思議な花たち。迫りくる幼い子供の手を前にして、花は自らの意思で動きだすようなこともなく、もちろん言葉を発することもない。


 それも花の幸せの一つだと、人の手に手折られる運命を受け入れた。


 どこにでもある、ごく普通の花と変わらぬ様子で、受け入れた。

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