092・戦技習得系スキル

「そうだね。どちらかと言えば反対……かな。あ、最初に言っておくけれど、ボクはスキルの存在事態を否定しているわけじゃないからね? 基本的にはどれも便利だと思うし、〔鑑定〕や〔調合〕、〔錬金〕などの知識系スキルにいたっては、かの【厄災】と共に失われた太古の知識、技術を、現代に蘇らせてくれた、素晴らしいものだと考えている」


 ここで一旦言葉を区切る真央。そして、表情を武人のそれに変えながら、次のように言葉を紡いだ。


「けれど〔長剣〕や〔長槍〕といった、戦技習得系スキルに限り、ボクはその存在に懐疑的だ。落とし穴があるように思えてならない」


「落とし穴?」


「ソウルポイントは、いわば魔物版のレベルだろう? なら、そのソウルポイントで習得できるスキルは、元来魔物のために用意されたもののはず。つまり、戦技習得系スキルは、野生に生きる理性なき獣どもに、手っ取り早く武器の使い方を覚えさせるために存在していて、生まれながらに強い魔物が、更に強くなるため手段であると考えるのが自然だ」


「……」


「人が振るう武術とは、非力で矮小な人間が、膂力強く、体格も圧倒的な魔物に立ち向かうために編み出したもの。つまり、まるで正反対だ。魔物のために用意された武術が、人の身に適合するなどと、甚だ疑問だね」


「なるほど」


 真央の口から語られる、イスミンスールに存在する全武術のルーツ。


 人間の敵は人間ではなく、魔物。この辺りの事情は、全人類共通の天敵が存在する、異世界ならではだろう。


「不安要素は他にもある。ソウルポイントで習得した戦技は、魂に直接転写されてしまうんだ。習得したが最後、魂に刻まれたその戦技と、未来永劫連れ添うことになる。そして、それは転写――つまりは焼き増しされたものだ。判を押したかのように、太刀筋も、足運びも同じ人間が量産されることになる」


「性能が一律ってこと? でも、それって本当に悪いことかな? 軍隊とかなら、むしろ有効に機能すると思うんだけど……」


「いい着眼点だね。狩夜の言うように、スキルならではの利点も確かにあるんだよ。だからボクも、頭ごなしに否定はしない。手っ取り早く強くなれるのは確かだしね。でも、悲しいかな、ボクたち人間は数で魔物に勝てないんだよ。加えて、ソウルポイントでは魔物の側に一日の長がある。絶叫の開拓地スクリーム・フロンティアの奥地には、戦技を最高値であるLv9にまで上げ、その道を究めた魔物がひしめいているはずだ。性能が一律である以上、下位のレベルで上位に勝つことはまずできない。なれても互角。いずれ負け越す戦法だよ」


「う……確かに……」


「最高値Lv9。その道を究めた――か。自分で言っておいてなんだけど、やっぱり忌避感がすごいね。ボクが戦技習得系スキルが気に入らない一番の理由がこれだよ。戦技習得系スキルはソウルポイントでレベルを上げていくことでしか技術が向上しないうえに、Lv9で頭打ちなんだ。なにこれ? おかしくない? 自らの限界を数字に当てはめてなんとする。武の研鑽に終わりなどない」


 本気の声色で紡がれた真央の言葉に、狩夜は思わず生唾を飲んだ。月読命流免許皆伝。まごうことなき剣の達人が語る武の心得は、言葉の重みが違う。


「大体、スキルなんてなくても、毎日剣を振り続ければ――」


 ここで一旦言葉を止める真央。次いで、寒気がするほどに洗練された動作で腰の木刀へと右手を運ぶ。


 なにかの偶然か、はたまた狩夜には知覚できない何かが作用したのか、真央の右手が木刀に触れると同時に、すぐ横にあった木から、一枚の青々とした葉がはらりと落ちる。


 不規則に揺れるその葉を、鋭い眼光で見つめる真央。そして、その葉っぱが自らの間合いに入った瞬間――


「これくらいできるようになるのが人間だろう?」


 この言葉と共に、木刀を一閃。


 直後、間違いなく一枚だったはずの葉っぱが二枚になり、何事もなかったかのように地面へと落下した。


 まったく同じ形と模様をした二枚の葉っぱを交互に見つめながら、狩夜は呟く。


「真央さん、まじかっけぇ……」


 さすが達人。さすが免許皆伝。凡人にできないことを平然とやってのける。そこにシビれるあこがれる。


 やっぱり才能のある人は違うな――と思いかけて、狩夜は慌てて頭を振った。次いで思い返す。四日前に差し出され、握り返した真央の手を。そこに刻まれていた努力の証を。


 彼女は、持って生まれた才能だけで、今いる高みへと上り詰めたわけではない。だからこそ、彼女の言葉は尊く、心に強く響くのだ。


 そんな真央の言葉で、狩夜の中に戦技習得系スキルに対する不信感が芽生える。こんな状態では、とてもじゃないが命は預けられない。〔短剣〕スキルの習得は、ひとまず見送った方がよさそうだ。


「とまあ長々と語ってみたけれど、これがボクの考えだ。それで、狩夜はどうするの? やっぱり取るかい〔短剣〕スキル? さっきも言ったけど、否定はしないよ」


「いや、今すぐはやめておこうかな。僕も、短剣ばかり使うわけじゃないしね。もうしばらくは我流で頑張ってみるよ」


「うん、いいと思う。我流も磨けば一芸だ。それに、ボクは好きだよ。拙いながらも『強くなりたい』という意思に溢れた、狩夜の戦い方」


「そ、そう? まぁ、その、ありがとう……」


 真央の何気ない「好き」という単語に顔を赤らめながら、狩夜は右手で頬をかく。そんな狩夜を見つめながら、真央は笑った。


「夜が明けてきたね。狩夜、今日の予定は?」


「フィヨルムの開拓者ギルドに主討伐の報告をしてから、空路でグンスラーに戻る。その後は、明日の朝まで自由行動。真央の好きにしていいよ」


「え、なに? ひょっとして休み? ちょっと狩夜、ボクには時間が――」


「だからって無理しない。夜通し戦って真央も疲れてるでしょ? 今日のノルマはもう達成してるんだからさ、お互いゆっくり休もうよ。休息も戦いだ」


 強がっているが、連日の主との戦闘で、真央は相当消耗しているはずだ。休ませたほうがいい。時間がないのは狩夜も同じだが、先ほども言ったように今日のノルマはすでに達成している。半日くらい休んでもいいだろう。


「むぅ……わかった。パーティリーダーの方針に従うよ。でもさ、わざわざグンスラーに戻る必要があるのかい? それも毎日さぁ。この三日間で、三度グンスラーと別の町とを空路で往復したけど、正直面倒だよ。狩夜に抱きかかえられるのも恥ずかしいし……立ち寄った町で宿を取ればいいじゃないか」


「それじゃ僕が休まらないんだよ! 三日前のユルグでも、一昨日のスリーズでも、昨日のフィヨルムでも、僕は闇の民の女性にあれこれ言い寄られて大変だったんだ! グンスラーじゃなきゃ安心して眠れないよ! 隣の部屋から夜な夜な変な声が聞こえてきたら、僕はいったいどうしたらいいんだ!?」


「あれ? ボクが見てない所でそんなことが?」


「あったんだよ! 町中で珍しいものを見かけるたびに、真央があっちにふらふら、こっちにふらふらしている合間にね! お願いだから隣にいてよ! 女の子が一緒にいると、さすがの闇の民も声をかけ辛いみたいだから!」


 略奪愛こそ我が本懐と豪語する闇の民であっても、真央のような超絶美人が一緒にいれば、彼我の戦力差を素直に認め、すごすご退散する場合がほとんどである。狩夜の精神衛生を健全に維持する上で、真央の存在は戦闘時以上に頼もしい存在であった。思わぬ副産物だが、非常に助かっている。


 狩夜の言葉に苦笑いを浮かべた真央は、左手をパーティメンバーの証たる頭の花へと運んだ。次いで言う。


「闇の民が声をかけ辛い理由は、他にもあると思うんだけど……ね。まあ、隣の部屋うんぬんはボクも同意見だ。休むのはグンスラーに戻ってからにしよう。よーし、今日は全力で休むぞ! 寝溜めだ、寝溜め!」


「休日の予定が早々に決まったようでなによりだよ。フィヨルムに戻ったら、昨日のお礼に寝間着でも買ってあげようか? ちゃんと眠れてる?」


「裸で寝てるから大丈夫――って、覗いたら殺すからね!」


「だ、誰が覗くかぁ!」


 照れ隠しであることが丸わかり。そんな狩夜の大声が山中に響く中、ついに太陽が顔を出した。


 普段よりも少し騒がしい、仲間という存在がいる一日が、また始まる。

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