090・プロポーズ

「でさ、狩夜。早速ボクを君のパーティメンバーに加えてほしいのだけど……ボクはいったい何をどうすればいいのかな?」


「え? えっと……ごめん、僕も知らないや。パーティ組むの、これが始めてだし……」


 まあ、パーティ限界人数はテイムした魔物によって決まるのだから、その魔物が知っているはずである。


 というわけで――


「レイラ、話は聞いてたよね? この子を――真央を僕らのパーティに入れたいんだけどさ、どうすればいい?」


 真央から視線を外し、すでに機織り、染色、裁断を終え、後は縫い合わせるだけという段階にまで至っていたレイラへと話を振る狩夜。


 服の製作作業を一時中断したレイラは、体ごと真央へと向き直り、その双眼を光らせる。


「……(じー)」


 微動だにせず、じっと真央の顔を見つめ続けるレイラ。そのまま十秒、二十秒と、ただ時間だけが流れていく。


 観察でもするかのようなレイラの視線に長時間晒され続ける真央。だが、彼女はケロリとした顔でレイラを見つめ返していた。こういったことに慣れているのかもしれない。


 一方で、真央の顔を見つめながらいっこうに動こうとしないレイラに、狩夜は少し動揺していた。


 ――何も相談せずに真央をパーティメンバーにすると決めたこと、もしかして怒ってる?


 狩夜が不安げな顔で口を開きかけたとき――


「……(コクコク)」


 ようやくレイラが動いた。


「よし、こんな感じでいこう」そう言いたげな顔で頷いたレイラは、いつも通りのたどたどしい足取りで狩夜へと近づき、右手を突き出してくる。次いで、その右手から一輪の花を出現させた。


 大きさは縦横十センチほどで、形状はバラに酷似しており、色は白に限りなく近い青。ブライダルブーケにでも使われていそうな、文句なく美しく、気品に溢れた花である。


 そんな花を狩夜に手渡した後、レイラは空になった手で、自身の頭をポンポンと叩いた。


 つまり――


「こう?」


 レイラが何を言いたいのか察した狩夜は、受け取った花を真央の左側頭部へ運び、髪飾りの如く刺し入れた。するとレイラは「うん、良く似合ってる~」と言いたげに笑顔で頷き、服の製作作業へと戻る。


 ずっと真央の顔を見つめていた理由。どうやらそれは、真央にはどのような形の、どのような色の花が似合うか、あれこれ考えていただけらしい。


 相手の頭に専用の花を刺す。それがレイラの――マンドラゴラのパーティ加入方法のようだ。


「これで真央は、僕らのパーティメンバーだよ」


 この加入方法、相手が女性ならいいけど、男性だったら相当気まずいな――と、胸中で呟きつつ、狩夜は真央へと向き直る。そして、次の瞬間驚いた。雪のように白いはずの真央の顔が、今にも火を噴きそうなほどに赤くなっていたからである。


 毛布にくるまれた体を小刻みに震わせながら、真央は叫んだ。


「か、かかか、狩夜、君は……君はいったい何を考えているんだ! ボクと君は、さっき出会ったばかりなのに、こ、こ、こんな……こんな軽率なことをしてぇ!」


「えっと、真央――さん? 何をそんなに怒ってらっしゃるのでせう?」


 ――許可なく髪に触ったことかな? 髪は女の命だって言うし。


「どうしてボクの頭に花を挿した、言え! ことと次第によっては、いくら君でも容赦しない!」


「何をって、真央をパーティに加入させるために決まってるじゃないか」


「未婚の女の頭に、男が自らの手で花を挿す! これが何を意味するかくらい、君も――って、そうか、君は知らないのか……うぅううぅぅぅ!」


「ん?」


 顔を赤くしたまま百面相を披露する真央の前で、困惑顔で小首を傾げる狩夜。そんな狩夜の反応を見て、真央は盛大に溜息を吐く。次いで、諦めを感じさせる声色でこう言葉を紡いだ。


「はぁ……もういい。軟派な他種族の男たちを遠ざける、虫よけとでも思うことにする……」


 ますます意味がわからない。虫よけ? あの花にそんな機能はないはずだが――と、真央の不可思議な言動の真意を問い質すべく、狩夜が言葉を発しようとした。次の瞬間――


 コンコン。


 と、部屋がノックされ「入ってもいいですかー?」という、羊角の女の子の声が扉越しに聞こえた。


「……どうぞ」


 こう答えたのは、狩夜ではなく真央。自身の体が毛布で隠れていることをしっかりと確認してから入室の許可を出した。直後「お加減いかがですか?」という気遣いの言葉と共に、羊角の女の子が部屋へと入ってくる。


 羊角の女の子は、陶器製のカップを両手に一つずつ持っていた。湯気の立ち上るそのカップを、笑顔と共に真央へと差し出す。


「ヘイズルーンのホットミルクです。よろしければどうぞ。体が温まります」


「ありがとう、いただくよ」


 真央はそう言ってカップを受け取ると、躊躇うことなく口元へと運ぶ。猫の獣人だが、どうやら猫舌というわけではないらしい。


「開拓者さんもどうぞ」


「ありがとうございます」


 善意という名の施しを、心からの礼と共に受け取る狩夜。二度息を吹きかけてからカップに口をつけ、ホットミルクを口にする。


 ヘイズルーン。山羊のミルクを飲むのは初めてだが、はたして――


「……美味しい!」


 一口飲んで飛び出した狩夜の率直な感想に、羊角の女の子は「でしょう?」と嬉し気に相槌を打った。


 コクも、深みも、地球のスーパーで売られている牛乳とは段違いの味わいである。文句なしに美味しい。


「これは美味だね。やはり搾りたてはいい」


 満足気に言う真央。このホットミルクは、名家のお嬢様も太鼓判を押す味わいのようだ。


「気に入っていただけたようで嬉しいです。当牧場自慢のヘイズルーンミルク。販売もしていますので、お求めの際はお気軽に――って、あれ?」


 セールストークを中断し、羊角の女の子は真央の顔を――否、その左側頭部にある花を凝視する。


 彼女の突然の行動に、狩夜が首を傾げ、真央がまたも顔を赤くしてそっぽを向く中、羊角の女の子は、興味津々な様子で口を動かした。


「あの凄く奇麗な花……ひょっとして、開拓者さんがあの子に?」


「え? はい、そうですよ」


 狩夜が素直に頷いて見せると、羊角の女の子が両目を輝かせる。そして、顔が益々赤くなる真央を尻目に、こう声を弾ませた。


「わ、やっぱり! 森の中で魔物に襲われているところを助けて、その縁で――なんて、凄くロマンチックですね! 彼女を選んだ理由は何ですか!? 今日の出会いに運命を感じたりしちゃいましたか!?」


「そうですね……まぁ、少しは感じますよ」


 確かに、運命的と言えば運命的な出会いであったな――と、狩夜は頷く。


「あの子も花を外さないってことは――あは♪ おめでとうございます。そっか、そっかぁ。いいなぁ開拓者。勝ち組だなぁ。私もあやかりたいなぁ。あの、もしよかったら私も……」


「あ、あなたにはあげませんよ!」


 申し訳ないが、これ以上パーティメンバーを増やす気はない。チラチラと誘うような視線を狩夜に向けてくる羊角の女の子に、狩夜は拒絶の意を示した。


「あはは、わかってますよ。言ってみただけですって。それではお二人とも、お幸せに~」


 こう言い残して部屋を去っていく羊角の女の子。狩夜は「お幸せに?」と首を傾げ、次いで真央へと向き直った。


「なんか、真央をパーティメンバーに加える話が、あの子に聞こえちゃってたみたいだね――って、どうかしたの、真央? 頭まですっぽり毛布かぶっちゃって?」


「穴があったら入りたい……」


 狩夜の問いかけに、真央は羞恥に震える声で返答するのであった。



   ○



「はぁ、駄目だったかぁ……」


 狩夜たちがいる部屋を出た後、羊角の女の子は両肩を深く落とし、一人呟く。


「稀に見る優良物件だったから、勇気を出してにしてくださいってお願いしてみたけど……まぁ、無理だよね。私とあの子じゃ、全然釣り合わないし。顔も、おっぱいも、完全に負けてるもん。うぅ……月の民の男は減る一方……田舎のグンスラーに移民を希望する他種族の男は、相変わらず少ない……私、本当に結婚できるのかなぁ?」


 自身の控えめな胸をオーバーオール越しに触りながら、気落ちした様子でとぼとぼと歩く羊角の女の子。が、すぐに気持ちを切り替えたのか、勢いよく顔を上に向け、自らを鼓舞するようにこう叫ぶ。


「ええい、めげるな私! 負けるな私! 私はまだまだ若いんだ! 国の問題は、御帝や将軍様が解決してくれるから大丈夫! いつか私も、頭に奇麗な花を挿してくれる人を、『あなたのことを誰よりも愛しています。結婚してください』って、熱烈な求婚をしてくれる素敵な人を、絶対ゲットするぞぉ!」

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