089・パーティメンバー

 もったいにゃぁあぁあぁああぁい!!


 白猫の美少女による「男になる」宣言の直後、狩夜は口をあんぐりと開け、声にならない叫び声を上げた。


 いるいるいるって! この子よりも先に男になるべき、ホネブトコイメキンニクヒヤケダンホルマシマシの月の民が、どこかに絶対いる! ていうかいた! 昨日追いかけられたもん!


 狩夜は胸中で強く強くそう思い、白猫の美少女をどうにかして思い留まらせようと、その身を前へと乗り出した。が、直後に動きを止めてしまう。


 そう、狩夜はつい先ほど「もう止めるようなことは言いません」と、彼女に対して宣言したばかりなのだ。


 舌の根も乾かぬうちに「男になる!? あなたが!? 馬鹿言っちゃだめです! どうか、どうか考え直してください! この国の、いえ、全世界の損失です!」などと口にするのは気が引ける。結局は何も言えず、白猫の美少女が浮かべる得意げな顔を、男になったらなくなってしまうかもしれないその超絶美形を、無言のまま見つめ続けることしかできなかった。


 不用意な発言をした数分前の自分をぶん殴ってやりたい! と、静かに右手を握り締める狩夜。そんな狩夜の前で、白猫の美少女はなおも言う。


「どうだい? 素晴らしい秘策だろう? ボクは名家の宿命から解き放たれ、国には貴重な男が、三代目勇者の血を色濃く受け継ぐ月の民の男が増える! 加えてボクには帝位継承権が発生して、母上は晴れて皇后に! 国が抱える問題は一挙に解決! 一石二鳥どころか三鳥、四鳥! ボクも、国も、民も幸せ! まさに完璧!」


 確かにその通りである。彼女が男になることで発生する利は、フヴェルゲルミル帝国にとっても、彼女自身にとっても、計り知れないほどに高いにものになるだろう。


 だが、それで彼女は、目の前にいるこの女の子は、本当に幸せになれるのか?


 昨日の夜、里見は言った。本当に辛いのは月の民の女ではなく、男の方であると。満月が訪れる度に寿命を縮める薬を服用し、好きでもない女子に寄ってたかって体を貪られ、ことが終わるころには別人のように痩せこけると。


 自由なんてないはずだ。四六時中監視される生活が待っているはずだ。彼女はそれで、本当に――


「ずっと思っていたんだ。お役目を終えた後の帝と青葉――様を見るたびに、代われるものなら代わってあげたいって。だから、なる。なりたい。ボクが男になることで、あの方たちの負担が少しでも減り、一日でも長く生きてくれるなら……ボクはそれだけで幸せさ」


「――っ」


 儚げな笑顔と共に紡がれたこの言葉に、狩夜はまたしても自らの考えを引込めざるを得なくなった。


 代われるものなら代わりたいという彼女の、見ていることしかできない者の気持ちは、痛いほどにわかるから。


 大切な人に一日でも長く生きていて欲しい。そして、その人が生きているだけで幸せという気持ちもまた、痛いほどにわかるから。


 大切な誰かのために頑張ろうとする白猫の美少女に、他ならぬ自分自身を重ねながら、狩夜は血を吐くような思いで、次のように言葉を紡ぐ。


「そ、それは確かに凄い秘策ですね! 頑張ってください、僕も応援しますよ!」


「本当かい!? ありがとう! 君みたいな腕利きの開拓者にそう言ってもらえると、ボクも心強いよ!」


 狩夜の言葉で決意を新たにした様子の白猫の美少女。そんな彼女に向けて、狩夜は言う。これから彼女が向き合わなければならない、巨大な壁の話をする。


「でも、ソウルポイントで性別を変えるのは、もの凄く大変ですよ。なにせ一万ものソウルポイントが必要ですからね」


 いつだった白い部屋で見た『性別を変える』の項目。その横にあった数字は、確か一万ポイントであったはずだ。


 ソウルポイント、一万。その言葉の重みがわからないのか、白猫の美少女は小首を傾げ、狩夜に対してこう質問を返す。


「一万かぁ。いまいちピンとこないけど、それはどれくらいの量なんだい?」


「そうですね。個体差がありますので一概には言えませんが、ラビスタやビッグワームなら、七千から八千。ガーガーやワイズマンモンキー、ベヒーボアでも、千五百から二千は狩らないとだめです」


「そんなにかい!? 大変なんだなぁ……」


「まあ、一万っていったら、サウザンドの開拓者が二人作れる量ですからね。まともな方法では二、三年はかかりますよ」


 三年。それは、このイスミンスールに開拓者という職と制度が用意されてから経過した時間と、ほぼ同数である。


 その三年という時間を、狩夜の言うまともな方法――決して安全な方法ではない――で生き抜いた者たちが、今サウザンドの開拓者、すなわち『一人前』となり、その多くが精霊解放軍に参加、ユグドラシル大陸を飛び出して、ミズガルズ大陸で活動中というわけだ。


 そして、一部の例外。まともじゃない方法――というか、十中八九死ぬであろう方法――を選び、見事生き残った者たちが、今テンサウザンドの高みに君臨している開拓者。精霊解放軍の中核を担う、ランティスたち『ベテラン』勢である。


「むぅ。さすがにそんな長期間逃げ続けるのは無理だなぁ。今頃ボクの家臣――じゃない。家族が、血眼になってボクを探してるはずだし」


 狩夜の言葉でその重みをある程度は理解したのか、白猫の美少女は顔を顰めた。どうやらあまり時間がないらしい。


「具体的にはどれくらい時間がありそうですか?」


「う~ん。長くて一週間かなぁ……運が良くて」


 一週間という単語に狩夜は思わず半眼を作った。そして、呆れ声で白猫の美少女に現実を叩きつける。


「一週間じゃあ、魔物のテイムに成功することすら厳しいかと」


「だよねぇ……年単位で頑張ってもテイムできない人もいるらしいし……」


 魔物のテイムに成功できるかどうかは完全に運。一回でテイムに成功する者がいる一方で、何度魔物と遭遇しても――彼女が言うように、年単位で頑張ってもテイムできない者もいる。


 そして、よしんば魔物のテイムに成功できたとしても、一週間という短期間で、一万ものソウルポイントを稼ぐことは、彼女には不可能だ。そんなことができる開拓者は、ミズガルズ大陸ならいざ知らず、ユグドラシル大陸にはまずいない。


 いるとしたら、それは――


「……」


「やっぱり、今回は月経を止めることだけに集中した方がよさそうだね。二兎を追う者はなんとやら――だ。一刻も早く魔物をテイムしないと」


「自分でのテイムに拘らず、もっと人の多い都会の開拓者ギルドで、テイムに成功した新規開拓者が、パーティメンバーを募集するのを待っていた方がいいんじゃないですか? その人に事情を話して――」


 ふと頭を過ったある選択肢。その選択肢を脳内で吟味しつつ「もう一声ほしい」と、内情を探るような問いを白猫の美少女に向けて投げる狩夜。すると、白猫の美少女は自らの事情、そして考えを、実に素直に吐露してくれた。


「それは無理。開拓者ギルドはボクの追手が間違いなく網を張っているはずだから。それに、男になりたいなんていう利己的な目的でソウルポイントを欲し、目的を達成したら即パーティを離脱する者を、誰がパーティメンバーにしてくれるというんだい? いたとしたらそれは、僕に対して不埒なことを考えている輩だけだよ。いくら目的を達成するためとはいえ、ボクは体を売るつもりはない」


「活動理由が利己的で、目的を達成したら即パーティを離脱する……ですか。なるほど」


 それに加えて、帝国国内の開拓者ギルドで無制限に情報を得られる月の民で、剣の達人。レイラですらできない聴覚による広域探知が可能で、ユグドラシル大陸に存在する主の情報をすべて把握している――と。


 これは、まさに理想的なのではなかろうか?


 性別が女性であること以外は完璧であるように思える。そしてその点も、発情期未経験で、慎み深く、男になりたいと本気で宣言するような相手であるならば問題ないだろう。冒険の最中、狩夜と間違いが起こるようなことはないはずだ。


 応援するって言っちゃったしな――と、狩夜は右手で後頭部をかき、次いで白猫の美少女の顔を真っ直ぐに見つめる。


 狩夜の雰囲気が変わったことを察し「どうかしたかい?」と首を傾げる白猫の美少女。そんな彼女に向けて、狩夜は言う。


「あの、僕とあなたの双方に利があって、一週間足らずで一万以上のソウルポイントが手に入る話があるんですけど――」


「聞こう!」


 狩夜の提案を途中で遮り「もったいぶらずに早く言え!」と視線で語りながら、白猫の美少女身は乗り出す。それならばと、狩夜は早速本題に入った。


「では、単刀直入に。もしよかったら、僕のパーティメンバーになりませんか?」


「……君の? ボクが?」


「はい。僕のパーティメンバーになって、一週間行動を共にすれば、あなたは目的を達成できるはずです。まあ、条件が二つほどありますけどね」


「――っ!」


 狩夜の「条件」という言葉に顔を真っ赤にした白猫の美少女は、両手で自身の体を掻き抱きながら、もの凄い勢いでベッドの上を後退。そして、背中が壁に当たると同時にこう言い放つ。


「ぼ、ぼぼぼ、ボクに近づくな!」


「ちょ! なんですかその反応!? 結構傷ついたんですけどぉ!?」


「だから近づくな! それ以上近づいたら舌を噛む! 条件ってあれでしょ!? ボクに乱暴するつもりでしょ!? 艶本みたいに! 艶本みたいにぃ!」


「しねーよ! 僕が求めるのは、あなたの体ではなく情報です! 情報! ギブミーインフォメーション!」


「じょ、情報? な、何についての? 君はいったい何が知りたいの?」


 訝しげな視線は継続しつつも、話は聞いてくれる様子の白猫の美少女。一刻も早く誤解を解くべく、狩夜は話を先に進める。


「ユグドラシル大陸に存在する主の情報、すべて把握してるんですよね? それを僕に教えてください」


「主の?」


「はい。現在、ボクとレイラは、ユグドラシル大陸に生息する主の首、それだけに狙いを絞って日夜活動しています。ですから、あなたが知っているという主の情報が、喉から手が出るほど欲しいんですよ。一万ものソウルポイントも、主を相手取ればすぐに賄えます。一週間もあれば余裕ですよ」


「……どうして?」


「はい?」


「どうしてその情報を、ボクの口から聞きたいの? その情報なら月の民、もしくは闇の民とパーティを組んで、開拓地ギルド行けば手に入るはずだ。さっきも言ったけど、ボクは男になるためだけにソウルポイントを欲していて、その目的を達成したら即パーティを離脱する。君のパーティにいることができるのは、長くても一週間。そんなボクを、どうして――」


「その方が、僕にとって好都合だからです」


 今度は狩夜が言葉を遮る番であった。その発言が余程予想外だったのか、目を丸くして驚く白猫の美少女。そんな彼女に向けて、狩夜はこう言葉を続ける。


「僕は、わけあってソロで活動しています。パーティメンバーは極力増やしたくありません。あなたに出会うまでは、主の情報欲しさにしかたなくパーティメンバーを募集してみようかとも考えていましたが……今はこんな時代でしょう? ことが終わったらパーティ解散、はいさようならとはいきません。でも、あなたとなら後腐れなくお別れできる。利己的な活動目的? 一週間限定のパーティメンバー? 大歓迎ですよ。大手を振って僕のパーティに入ってください」


 それに、ユグドラシル大陸に生息する主の情報というのであれば、まだ狩夜が足を踏み入れていない、ミーミル王国国内の主の情報も手に入るはずだ。フヴェルゲルミル帝国国内のように、何かしらの情報規制がされている可能性もある。彼女がそれ知っているというなら、ぜひとも今のうちに聞いておきたい。


「パーティメンバーを極力増やしたくないって、どうしてそんな――」


「条件その二。パーティメンバーでいる間、僕とレイラについて、あれこれ詮索しないこと」


「むぅ」


 先の話を聞いて、彼女が抱くであろう当然の疑問。それ関する問いかけを、先に条件の二つ目を提示することで封じ込める狩夜。次いで、間髪入れず結論を求める。


「以上の二つが、あなたをパーティメンバーとして受け入れる条件です。さあ、返答はいかに?」


「……ほんとうに、一週間で一万のソウルポイントが手に入るの?」


「約束します」


「不条理な命令に対する拒否権は、ボクにはある?」


「もちろん」


 狩夜がこう断言すると、白猫の美少女は逡巡するように視線を右往左往させた。次いで言う。


「……名前」


「え?」


「君の名前、教えて」


「狩夜です。叉鬼狩夜」


「――っ!?」


 狩夜がごく自然な口調で名前を名乗ると、白猫の美少女は目を見開き、呼吸を一旦停止させた。その過剰とも取れる反応に、狩夜は僅かに首を傾げる。


「君……が……?」


「あの、どうかしました? 僕の名前が何か?」


「え!? あ、いや、その……そ、そう! 光の民なのに、名前が月の民のものだったから、ちょっと驚いちゃってね! ひょっとして君には、月の民の血が流れていたりするのかな?」


「ああ、そのことですか。えっと……はい、そんな感じです」


「へぇ、珍しいね。発情期とフェロモン、そして、子供が母体優位である関係上、月の民の血が流れている他種族は、大昔に未来を作ると約束した闇の民ぐらいだからね。いや、ほんとに驚いた。君のことについて詳しく聞きたいけれど……あれこれ詮索しないことが、パーティに入れてもらう条件だからね」


「あ、それじゃあ?」


「うん。立場上、ちょっと人の下にはつきづらいんだけど――君なら、いい。きっとご先祖様も許してくれる。短い間だけど、よろしくね。狩夜」


 こう言いながら右手を差し出してくる白猫の美少女。そんな彼女の手を、狩夜も右手で握り返す。


「こちらこそよろしく。えっと……」


「あ、名前かい? う~ん、真央まおでいいや」


「でいいやって……思いっきり偽名じゃないですか……」


「いけないかい?」


「いや、いいですよ。訳あり同士の、訳ありパーティってことで。一週間よろしく、真央さん」


「偽名なんだから呼び捨てでいいよ。あと敬語もいらない。パーティリーダーは狩夜じゃないか」


「そう……かな? うん、わかったよ。よろしく真央」


「うん、よろしく!」


 こうして、真央という名の新しい仲間が、狩夜のパーティメンバーに加わることが決定したのであった。

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