088・白猫の目的

「月経……つまり生理ですか!? え、生理って、ソウルポイントで止められるものなんですか!?」


「うん、止められるよ。男である君は知らないかもだけど、女性のソウルポイント使用選択肢には『排卵を止める』という項目があるんだ。もちろん、ボクが実際に見たわけじゃないけどね」


「そ、そうなんですか……そんな項目が……」


 フローグの〔水上歩行〕や、ラビスタ種だけが習得できる〔魔法の頬袋〕のように、限定された種族、モンスターしか習得できない固有スキル、特殊な項目等が存在することは知っていたが、女性限定でそのような項目があるなどとは、露にも思わなかった。


 月の民に発情期があることを知り、紅葉をはじめとした月の民の開拓者たちは、どのようにしてその期間を乗り越えているのだろう? と、ずっと疑問であったのだが、これで謎は解けた。彼女たちは皆、ソウルポイントで排卵を止めているのだろう。


 排卵を止めさえすれば、もう二度と発情期はやってこない。満月の夜であっても、なんの問題もなく開拓者としての活動を継続できる。


「そんなに驚くようなことかい? 人の体はよくできていて、命が危ぶまれるような極限状態になると、自然とそういったものは止めてしまうものだよ。切羽詰まれば誰でもできることを、魂を直接改竄するという触れ込みのソウルポイントを使って、できないわけがないじゃないか」


 白猫の美少女この言葉に、狩夜は「確かに」と頷いた。


 ソウルポイントは、身体能力の強化や、スキルの習得だけでなく、身長や体重、顔の造形や年齢すら操作できる。排卵を止めるくらい当然のようにやってのけるだろう。できないほうが不自然なくらいだ。


 しかし―― 


「でも、それって体に良くない気がします。ホルモンバランスが崩れて、その後の発育に影響が出るかもしれません。体つきも男っぽくなるかも……」


「発育不良か。それはあるかもね。体が成熟する前に月経を止めてしまった紅葉の――鹿角家の現御当主の発育具合を鑑みるに、影響がないとは言い切れないな」


 童顔低身長な紅葉の容姿と、見事なまでにぺったんこだった薄い胸を思い出しながら「やっぱりやめておいた方が……」と、控えめに提案してみる狩夜。だが、白猫の美少女は引き下がらない。年齢に不相応なほどに成熟した自らの肉体を誇示するように胸を張り、次のように口を動かす。


「大丈夫。ボクの手足はもうすっかり伸び切ったよ。今も成長を続けるのは、この乳房ぐらいなものだけど――正直、これ以上大きくなられても、ね。今でも持てあましてるくらいだし」


 そう言って、自身の胸を毛布越しに両手で持ち上げてみせる白猫の美少女。突然の行動に狩夜は顔を赤くし、顔を背けてしまう。


 そんな狩夜の反応を意に介さず、白猫の美少女はこう言葉を続けた。


「体つきが男っぽくなる方は、あまり心配いらないと思うよ。先月、大陸各地で大々的におこなわれた第三次精霊解放遠征の演説。もちろん君も見ただろう? そこに参加していた女性開拓者を見て、君はどう思った?」


「あ、そういえば筋肉質な女性は少なかったですね」


 むしろ、美人でスタイルの良い方が、参加する女性開拓者の大多数を占めていたと思います――と、狩夜はあまり大っぴらにできない感想を、胸中にて呟いた。


 開拓者なんていう過酷な仕事に美人が多い? ありえなくね? と、率直な疑問を抱くかもしれないが、そこには少し考えれば誰でもわかる、単純明快な理由が存在する。


 ずばり、男の開拓者がパーティメンバーを募集した際、美人の方が圧倒的に選ばれやすいからだ。


 男勝りの筋肉を持った、ゴリラみたいな女性開拓者ももちろんいる。だが、そういう女性開拓者は、自力で魔物をテイムした者。パーティリーダーの場合がほとんどであった。


 パーティーリーダーとパーティメンバーなら、後者の方が多くなるのは自明の理。そして、自分で魔物をテイムするパーティーリーダーは、大抵男である。


 以上の理由から、第三次精霊解放遠征の演説は、各種族の美人たちがずらりと顔を揃えることとなり、ミスユグドラシル大陸コンテストといっても過言ではないほどの様相を呈していた。


 美人は何かと得をする。その法則は、地球でもイスミンスールでも変わらない。


「『排卵を止める』は、開拓者を生業にするほぼすべての女性が選択する項目だ。月経は、冒険をするにあたってとかく煩わしいものだからね。開拓者として熟練である彼女たちの容姿がああなんだから、きっと大丈夫だよ」


 白猫の美少女はそう言って笑うが、狩夜の表情はさえない。自分でもよくわからない感情「排卵を止めるのは、なんだかよくない気がする」という漠然とした思いに突き動かされ、狩夜は自らの考えを口にし続けた。


「でも、やっぱり僕は、女性が自らの意思で排卵を止めてしまうことに、子供を産めない体になってしまうことに抵抗を覚えます。だって――」


「君は、名家に生まれた月の民の女性が、どのような扱いを受けるか知っているのかい?」


「――っ」


 自身の言葉を遮るように紡がれたこの言葉に、狩夜は自らの考えを引込めざるを得なくなった。しばしの沈黙の後「知っています……」と、蚊の鳴くような声で返答する。


「それなら話は早いね。ああ、そんなに深刻にならなくていいよ。ボクはまだ処女だから。それどころか、まだ子供を産む準備すら整っていないよ」


「……」


 予想だにしなかった乙女の秘密大暴露に、どう反応していいかわからず硬直する狩夜。しかし、体はフリーズしていても、脳味噌は慌ただしく活動中である。狩夜は脳内の検索エンジンをフル活用して、今の状況に相応しい言葉を必死になって探し、考えた。


 ほどなくして結論は出る。狩夜は恐る恐るかつ、途切れ途切れに、白猫の美少女への言葉を紡いでいった。


「えっと……その……大変失礼ですが……少々遅れ気味……かと……病気の可能性がありますので……体質的なものなのか……病気によるものなのか見極める為に……専門医による診察をおすすめいたします……」


 白猫の美少女の年齢は、十四、五歳のように思える。まだ初潮がきていないというのであれば、かなり遅めだ。一度医者に診てもらったほうがいいだろう。


 熟考の末に選択したこの言葉は、どうやら間違いではなかったらしい。白猫の美少女は気分を害した風もなく、こう口を開いた。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。自分の体のことは、自分が一番よくわかっているから。ボクの月経が遅れている理由は、体質――いや、精神的なものだよ。ボクは発情期を迎えるのが、名家の女性の宿命を受け入れるのが、どうしても嫌なんだ」


 口を動かしながら、自らの下腹部を右手で撫でる白猫の美少女。表面上は平静そのものだが、その心中は果たしてどのようなものであろうか?


「この体は、そんなボクのわがままに答えてくれているだけさ。月の民の性周期は、他種族の女性と比べて極めて正確だ。厳格と言い換えてもいい。同年代で子供を産む準備が整っていないのは、恐らくボクだけだろう。昨日という満月の夜を少女のまま過ごせたことは、もはや奇跡と言っていい」


「……」


「でも、それももう限界だ。予感がある。来月か、再来月には、ボクにも月経が訪れるだろう。もちろん、発情期なんかに負ける気はない。座敷牢は屋敷に用意した。手枷も足枷も用意した。でも……それでも安心できないんだ。自分を信じきることがどうしてもできない。純血を守ろうとするこの決意も、欲望のままに性を貪ることへの忌避感も、発情期を迎えた途端、何処いずこへと消えてしまうかもしれない。そう考えると、不安で夜も眠れないんだ」


 ここで言葉を区切った白猫の美少女は、気持ちを立て直すように小さく頭を振った。そして、決意と共にこう言葉を紡ぐ。


「この不安を完全に払拭する方法は、ソウルポイント以外にはない。だからボクは、家を飛び出して今ここにいる。誰になんと言われようと、ボクは魔物をテイムして、月経を止めてみせるよ」


「……そうですか。あなたの事情はよくわかりました。もう止めるようなことは言いません」


 これはもう駄目だ。彼女の決意を変えることができる言葉も、その権利も、叉鬼狩夜は有していない。


 袖すり合って情こそ湧いたが、狩夜と白猫の美少女は赤の他人である。あまり深入りはしないほうがいいだろう。それに、ソウルポイントで止めたものなら、ソウルポイントで元通りにもできるはず。取り返しがつかないというわけでもない。


「でも、名家の女性が子供を産めなくなるって、後々問題にならないんですか?」


「なるに決まってるじゃないか! さっきも少し名前が出たけど、鹿角家の現御当主が、三代目勇者の血を最も色濃く受け継ぐ女性が、帝の許可なく月経を止めたとき、どれだけ揉めたと思ってるの!? 国の中枢で上を下への大騒ぎだよ!」


「問題大有りじゃないですか。どうするんです?」


「まあ、その点は大丈夫。ボクに秘策あり……さ。何も考えなしに突っ走ってるわけじゃない。というか、月経を止めることも、ボクにとってはただの通過点でね。本当の目的を達成するための時間稼ぎでしかないんだ。そして、ボクが本当の目的を達成した暁には、国も、家も、友も、皆が納得して、よくやったと祝福してくれるはずだよ」


 解決策はあると、自信満々に言ってのける白猫の美少女。そんな彼女が言う本来の目的とやらに、狩夜は俄然興味が湧いた。


「そんな都合のいい方法が、本当にあるんですか?」


「もちろんさ。聞きたいかい?」


「差し支えなければ、ぜひ」


「いいよ。他ならぬ命の恩人の頼みだ、教えてあげる」


 ここで一旦言葉を区切る白猫の美少女。狩夜はやや前のめりになりながら、彼女の言葉をただ待った。


 狩夜が固唾を飲んで見守る中、白猫の美少女は「こほん」と咳払いをし、自身が掲げる本当の目的を、フヴェルゲルミル帝国の全国民が納得し、もろ手を挙げて歓迎するという秘策を、高らかに宣言する。


「ボクはね……ソウルポイントの力で男になるんだ!」

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