084・グンスラーの村

「い、以上が、当ギルドがあなた様に提供できる、情報のすべて……です。はい」


「国内の主に関する情報が、たったの三件!? なぜです!?」


 エーリヴァーガルを出発して半日。舟路での旅路を特筆するような事件もなく無事に終え、辿り着いたグンスラーの村。その中に存在する開拓者ギルドで開示された情報の少なさに、思わず声を荒げ、カウンターに身を乗り上げながら理由を尋ねる狩夜であったが――


「あうぅうぅ!? すみません! すみません! 怒鳴らないで! いじめないで! すみません! すみません!」


「ああ、ごめんなさい! 大きな声出してすみません! お願いだからカウンターの下に潜り込まないで! もうしませんから出てきてください! 理由を! 理由を聞かせてください!」


 カウンター越しに向かい合う闇の民のギルド職員。黒髪のおかっぱで、闇の民にしては珍しく、露出が極めて少ない服装をした女性が、涙目でカウンターの下に潜り込んでしまったので、すぐさま謝罪し、出てくるよう促した。


 グンスラーで暮らす数少ない闇の民の一人だという彼女は、どうやら男性が苦手であるらしい。狩夜が開拓者ギルドを訪れてからというもの、ずっとこの調子だ。


「本当ですか? 私のこと、いじめませんか? 酷いことしませんか?」 


 カウンターから顔を出したり引込めたりを繰り返し、恐る恐る尋ねてくるギルド職員。そんな彼女に対し「しません、しません」と答えた後、狩夜はこう言葉を続けた。


「あの、僕のことが――男の人が怖いんですよね? 仕事だからって無理することないですよ? 他に誰かいないんですか?」


「ま、毎月、第三週のユグドラシルの日の夜勤と、ウィスプの日の早番は、私しかいません。他の職員は、その、みんな月の民で、なにかと大変ですから」


「ああ、なるほど」


 顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声で言葉を紡ぐギルド職員。どうやら彼女は、男性だけでなく、色事全般も苦手であるらしい。だからこそ、ここグンスラーで暮らし、こうして真っ当な仕事をして、生計を立てているのだろう。


 こんな闇の民もいるんだな――と、ギルド職員に対してある種の親近感を覚えつつ「それで、情報を提供できない理由は? 帝国国内に存在する主が、三体だけということはないでしょう?」と、狩夜はギルド職員の、ひいては開拓者ギルド側の事情を尋ねる。


「た、確かに、当ギルドは先ほど提供した三体の他にも、複数の主の情報を所持しております。おりますが、それら主はすべて夜行性。光の民であり、パーティメンバーに月の民、闇の民がいないあなた様には、その情報を開示することができないのです」


「夜行性の魔物だから教えられない……ですか? そんな決まり、ウルズ王国にはありませんでしたけど?」


 先日まで拠点にしていたウルザブルンの開拓者ギルドでは、そのような情報規制はなかった。その証拠に、ギルドから提供された情報を元に昨日発見、打倒したアーマー・センチピードも、夜行性の魔物である。


 この狩夜の反論に、ギルド職員は申し訳なさげに小さく首を左右に振った。次いで言う。


「闇の民と月の民のパーティメンバーが見つかりにくい、他国の開拓者ギルドではそうでしょう。ですが、帝国国内の開拓者ギルドでは、開拓者の皆様の安全を第一に考え、夜行性の魔物の討伐や、夜間での活動が前提となる依頼の仲介、及び、それらに関する情報の提供には制限がかけられております。先ほども言いましたが、光の民であり、パーティメンバーに月の民、闇の民がいないあなた様には、お教えできません」


「なるほど……」


 仕事に集中していれば有能であるらしいギルド職員の言葉に頷いた狩夜は、イルティナとメナドから教わった、開拓者の鉄則の一つを思い起こしていた。


 ソウルポイントで身体能力が強化された開拓者であっても、夜に魔物を相手にするのは分が悪い。ゆえに〔暗視〕や〔気配察知〕といったスキル。もしくは、月の民や闇の民がパーティにいない限り、夜の狩りは自殺行為である。


 この鉄則に従うのならば、確かに安全を考慮して――というギルド側の言い分には筋が通っているように思えた。「我が国から、一人でも多くの開拓者を!」という真意が見え隠れしているが、頭ごなしに否定することは狩夜にはできない。


 安全第一という言葉に、日本人は弱いのである。


「どうしてもだめですか? 僕も、この子も、こう見えてけっこう強いんですよ?」


 腰に差したマタギ鉈――開拓者の実力を測るうえで一つの目安となる金属装備と、頭上を腹這いの体勢で占拠するレイラを指し示しながら狩夜は言う。


 そんな狩夜に対し、いまだに首から下をカウンターの影に隠したままのギルド職員は、真剣な眼差しでこう返答してきた。


「お教えできません。それに私は、そう言って行方不明になった開拓者を、幾人も知っております。二カ月ほど前などは、精霊解放遠征に参加予定であったテンサウザンドの方が一人、この帝国国内で行方不明となりました」


 どうやら金属装備も、木精霊ドリアードに似ているというレイラの容姿も、彼女には通用しなかったようだ。


 誇りあるギルド職員に敬意を表し「わかりました、今日のところは帰ります」という言葉と共に目礼し、狩夜は踵を返す。そのまま振り返ることなく、開拓者ギルドを後にした。


「さて、どうしたものかね……」


 グンスラーの村、その中心にある泉へと繋がる小川に沿って造られた、人の足で踏み固められただけの道。その上を歩きながら、狩夜は独りごちる。


 狩夜が歩く道の左右には、広大な牧草地が広がっており、様々な家畜が放牧されていた。


 左に広がる牧草地には豚と山羊。食肉用の豚であるセーフリームニルと、乳を搾るための山羊、ヘイズルーンの姿がある。


 一方、右側に広がる牧草地には、山羊と牛。食肉用の山羊であるタングリスニとタングニョースト。乳牛であるアウズンブラの姿があった。


 牧草地で草を食んでいる家畜たちは、魔物と違って狩夜に襲いかかってくる様子はまったくない。むしろ人懐っこく、柵を挟んで狩夜と並んで歩き、ときたま「遊んで」と言いたげに、鳴き声を上げたりするものもいた。


 そんな家畜たちから視線を外し、少し遠方へと目を向ければ、木造の民家と家畜小屋。そして、その家の住人と思しき、頭から羊の角を生やしたオーバーオール姿の女の子が見て取れる。


 グンスラーの村は、文字通り牧歌的で、時間の流れすら遅く感じる、のどかな農村であった。狩夜としては、非常に好ましい雰囲気の村である。


「あ、開拓者さんだ! お~い!」


 と、元気よく手を振ってくる羊角の女の子に、レイラと共に手を振り返しながら、狩夜は今後のことについて考える。


 脳内会議の議題は『主の情報をギルドから得るために、パーティメンバーを増やすべきか否か』である。


 昨日、パーティメンバーはいらないという結論を出したばかりだが、事情が変わった。月の民ないし闇の民のパーティメンバー加入を、もう一度真剣に考えた方がいいだろう。いいのだろうけど――


「正直、気乗りしない……」


 月に一度、満月の夜に発情期を迎え、男を求めずにはいられなくなる月の民と、男と見るや所かまわず肉体関係を迫ってくる闇の民。これら二つの種族とうまく折り合いをつけながら、開拓者としての活動を続けていく自信が、狩夜にはまったくない。狩夜とて年頃の男の子。本能を抑えきれず、一線を越えてしまう日がいつか必ずくるだろう。


 袖すり合っただけで情が湧く。それが叉鬼狩夜という人間だ。肌なんて重ねた日にはもう最後、相手に情が移りまくって、一生離れられない関係になってしまうのは火を見るよりも明らかである。


 妹を救うため、レイラと共に元の世界に帰還することを目標に活動しているのだから、異世界の女性とそういう関係になるのはよろしくない。そう、非常によろしくない。


 だが、今の狩夜にとって、時間は黄金よりも貴重であった。レイラに備わる探知能力にも限界がある。主発見までの工程と時間を大幅に短縮できる、開拓者ギルドが有する数多の情報は、喉から手が出るほどに欲しいものだ。諦めるには惜しい。


「闇の民の男性限定で、パーティメンバーを募集してみようかな……」


 それが一番いいように思えた。そうなると、女性との色事を避けるためとはいえ、ここグンスラーを活動拠点にするのは早計かもしれない。この村には闇の民がほとんどいないのである。貴重な男となればなおさらだ。


「闇の民も産まれにくいらしいからなぁ、男の子」


 厄災以前、王以外は基本的にすべて女性であったためか、闇の民の男性は非常に生まれづらい。現在の男女比は二対八で、あと二人しかいない月の民ほどではないが、大きく女性側に偏っている。


 フヴェルゲルミル帝国における慢性的な男不足、その要因の一つがこれだ。開拓者志望の闇の民を男性に限定して探す場合、グンスラーでは間違いなく難航するだろう。


「はぁ……色々と前途多難だなぁ……」


 狩夜は溜息と共にこう呟き、グンスラーの村、その外れで足を止めた。狩夜の目の前には、鬱蒼と生い茂る密林が広がっている。


 小川は既に狩夜の横にはなく、牧草地を囲む木造の柵も遥か後方。今狩夜が立っている場所は、人と魔物の領域の境界線、その真上であった。


「まぁ、小難しいことは後で考えるとして、とりあえず本日のノルマをこなすとしようか、レイラ」


「……(コクコク)」


 眼前に広がる密林を、先ほどまでとはまるで違う鋭い眼光で見つめながら、狩夜は言う。


 一日に一体主を狩る。これが、ここ最近の狩夜たちが掲げるノルマであった。そして幸いなことに、先ほどギルドで教えてもった主に関する三件の目撃情報。その内の一つが、ここからさほど離れていない場所、サウザンドの開拓者の足ならば、陸路でも十分に日帰りできる場所にあったのである。


 ならば、狩夜たちがやるべきことは一つだ。


「いくよ、レイラ」


「……(コクコク)」


 この言葉と共に、狩夜は脳内のスイッチを入れ、右手でマタギ鉈を抜き放つ。次いで地面を蹴り、弓から放たれた矢の如く人の領域を飛び出し、躊躇なく森の中へ、魔物の領域へと踏み込んだ。


 次の瞬間、隙あらば村の家畜に襲いかかろうとしていた蜥蜴型の魔物、フォレストリザードの群れが、狩夜たちに襲いかかる。


 正面、左右、斜め上空からの同時攻撃。普通の人間ならばとてもさばききれず、一巻の終わりだろうが――


「邪魔」


 鎧袖一触。


 マタギ鉈で首を絶ち、左拳で頭蓋を割り、蹴り上げた足で胸を潰す。狩夜は瞬く間にフォレストリザードの群れを撃退――否、壊滅させた。


「クエスト達成、ラッキー」


 主の情報を聞く前にギルドで受けていた中級の依頼【フォレストリザードの討伐】を労せずして達成した狩夜は、死体の処理をレイラに任せて、一秒たりとも立ち止まることなく森の中を進みゆく。


 ゆきがけの駄賃も当然貰うが、狙いはあくまでも主の首。道中で襲いかかってくる魔物を逐一撃退しながら、主の目撃情報のあった場所、グンスラー北東部を目指して、狩夜は森の奥へ奥へと邁進していった。

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