075・フヴェルゲルミル帝国へ
「——っ!?」
レイラの限界パーティ人数は三人で、まだ二人も空きがある。
タミーが突如としておこなった、まさかの個人情報大暴露に、狩夜は絶句し、レイラは小首を傾げ、ギルド内は先ほどまでの騒ぎが嘘であったかのように静まり返る。
ほどなくして、一人、また一人と、開拓者志望の者たちが無言で席を立つ。そして、「計画通り」と言いたげな笑みをタミーが浮かべた、次の瞬間——
『——————!!!!』
狩夜に向かって、津波の如く人が押し寄せてきた。
ギルドの中にたむろしていた、開拓者志望の者全員——いや、ギルドの出入り口からも人が雪崩込み、狩夜に向かってなにやら叫びながら突進してくる。
不特定多数の人間が、血走った目で自身に殺到してくるというこの状況に、狩夜は心底恐怖し「にゃぁあぁぁ!?」という叫び声を上げた。
目を疑うような光景だが、大開拓時代においてこれは必然。無名の新人開拓者であっても、ギルドに登録した直後に開拓者志望の者たちに周囲を取り囲まれ、半ば無理矢理パーティを組まされるのが常なのだ。短期間で多くの主を狩り、名前を売りまくっている狩夜。前途有望な開拓者のパーティに入れてもらおうと、誰もが目の色を変えている。
狩夜は「そうまでして開拓者の人数を増やしたいのか!?」と、胸中でタミーへの不満を叫びつつ、自身に殺到してくる人の波を実戦さながらの眼光で睨みつけた。次いで、躊躇することなく床を蹴る。
百二十四回強化された敏捷を遺憾なく発揮し、稲妻のような軌跡で人波を逆走する狩夜。半月前は絶対にできなかったであろうキレのある動き。戦いに明け暮れた半月、その成果の一つである。
数秒後、狩夜は自身の体に何者をも触れさせることなく、見事にギルドからの脱出に成功した。
目標はすでに建物の外。にもかかわらず、我先にとギルドに押し入っていく人、人、人。スーパーのタイムセールのような光景を尻目に、狩夜は頭上のレイラに向けて指示を飛ばす。
「レイラ! 主化したアーマー・センチピードの死骸を出して! なるべく広く! 道を塞ぐように!」
「……(コクコク)」
狩夜の指示に間髪入れず頷いたレイラは、その口を大きく開け、体内に収納していたアーマー・センチピードの死骸を吐き出した。暴徒同然の群衆から狩夜を隠し、守る、強固な防波堤が、一瞬で形成される。
「依頼の品、ここに置いておきますからね!!」
突如として出現した主の死骸に、ギルドの前が阿鼻叫喚に包まれる中、狩夜はギルドに向けて大声で叫んだ。次いで、レイラに次なる指示を飛ばしながら駆け出す。
「レイラ、カタパルトフラワー用意!」
「……(コクコク)」
この言葉ですべてを理解したレイラは、狩夜の頭上から背中へと移動。次いで、全身から蔓を出し、自身の体と狩夜の体とが、決して離れないよう入念に固定していく。それに並行して、右腕から木製の銃身を伸ばし、一つの種を発射。石畳の隙間に着弾させる。
レイラから発射された種——カタパルトフラワーは、一瞬で発芽し、成長。包被野菜を彷彿させる巨大な蕾を瞬く間に形成する。狩夜はその蕾目掛け直進し、力の限り踏みしめた。
瞬間、蕾は轟音と共に大輪の花を咲かせ、カタパルトの名に恥じない凄まじい力で、狩夜の体を天高く弾き飛ばす。
ものの数秒で、ウルザブルンの町並みを一望できる高さにまで上昇した狩夜たち。そして、上昇が止まると同時にレイラが動く。頭上にタンポポのような綿毛を出現させ、狩夜と自身の体を宙に浮かせた。
なんとか無事に逃げ果せたな——と、狩夜が安堵の息を吐いていると、レイラが「これからどうするの~?」と言いたげに背中をペシペシ叩いてきた。狩夜は気を取り直し、次なる目的地がある方角に視線を向け、言う。
「レイラ、進路北北西。このままフヴェルゲルミル帝国に向かうよ」
あのような騒ぎになっては、もうウルザブルンにはいられない。それに、主を狩り尽くした以上、ウルズ王国に留まる意味もない。狩夜はなんの未練もなく、こう言い切った。
レイラは狩夜の指示にコクコクと頷くと、背中からプロペラ状の花を咲かせ、それを高速回転。障害物のない空を直進し、一路フヴェルゲルミル帝国を目指した。
聖域から脱出したときのことをヒントに、狩夜が考案、レイラが完成させた、空路での高速移動方法。狩夜とレイラ以外に誰もできないであろうこの移動法こそが、狩夜が短期間で数多の主を屠ることができた、一番の要因である。
倒すより探す方が困難。縄張りの開拓価値が低い。労力と報酬とが釣り合わない。そういった理由で放置されていた主を、狩夜は空から探し出し、強襲、打倒を繰り返した。誰にもまねできない方法と効率で狩りを続け、ついに今日、ウルズ王国国内の主を狩り尽くしたのである。
達成感に浸る間もなくウルズ王国を後にすることになったが、狩夜はこの結果に満足していた。フヴェルゲルミル帝国でもこの調子で頑張ろうと、決意を新たにする。
それにしても――
「パーティメンバーか……そう言えば貰ってたよね、依頼カード。タミーさんから」
いろいろあってすっかり忘れていた。他ならぬタミーから受け取った二枚の依頼カードの存在を、狩夜は今になって思い出す。
ほとんどの開拓者が一番初めにこなすであろう依頼。それが【初めてのパーティメンバー】と【パーティ完成!】二つである。
依頼名【初めてのパーティメンバー】
依頼者・開拓者ギルド
内容・誰とでもいいからパーティを組んで、その人を開拓者ギルドに連れて来よう。
報酬・1000ラビス。
依頼名・【パーティ完成!】
依頼者・開拓者ギルド
内容・テイムした魔物の限界人数までパーティを組み、開拓者ギルドにその全員を連れて来よう。
報酬・10000ラビス。
依頼と言うよりは、新規開拓者に早急にパーティを組ませ、開拓者の絶対数を増やしつつ、危険と負担とを軽減させ、報酬という名目で準備資金を提供することが目的の、開拓者ギルドが新人開拓者育成のために用意したチュートリアル。
開拓者なら誰もが通る道。必須クエストと言っても過言ではないその依頼を、狩夜はいまだにこなしておらず、あろうことか今日まで放置。受け取った依頼カードは、レイラの腹の中で塩漬け状態となっていた。
「心配してくれたんだろうなぁ……」
常に危険と隣り合わせ、いつ死んでもおかしくないのが開拓者という職業だ。人類の版図拡大のため、一人でも多く開拓者が欲しい——というギルド職員としての基本方針ももちろんあるだろうが、それ以上にタミーは、開拓者になってからこっち、無謀なソロ活動を継続している(ように見える)狩夜の身を案じてくれたに違いない。だから、あのような強硬手段に打って出たのだろう。
「つい逃げちゃったけど、タミーさんに悪いことしたかな?」と、小声で呟き、狩夜はパーティのことについてあれこれ考えようとして――即座に頭を振った。
人類の版図拡大という、開拓者の至上命題をほぼ放棄している狩夜の利己的な活動内容に、心から賛同してくれる者は稀だろう。加えて、結界に阻まれて聖域内に立ち入れないイスミンスールの人間では、狩夜とレイラの目的である聖獣打倒のための戦力足りえない。世界樹や
狩夜は「いらない、いらない」と呟き、パーティーメンバーについての考えを頭から追い出した。次いで、これから向かう新たな国、フヴェルゲルミル帝国へと思いを馳せる。
いったいどのような国なのだろう? 観光が目的ではないが、それでも気になってしまうのが人情というものだ。
「夜になる前には着きたいね、レイラ」
「……(コクコク)」
相棒の頷きを背中で、移動速度が増したことを全身で感じながら、狩夜は前を見据えた。
―—もっと、もっと強くなろう。
こうして狩夜たちはウルズ王国を後にし、空路にてフヴェルゲルミル帝国を目指すのであった。
●
「失敗しました……」
狩夜がウルザブルンを去ってから数時間後。ようやく騒動の熱が引き、日常を取り戻したギルドの中で、タミーが踏み荒らされた室内の掃除をしながら呟く。
気落ちした様子のタミー。開拓者志望の者で周囲を取り囲み、無理矢理にでも狩夜にパーティを組ませるつもりだったのだろう。だが、思慮深い彼女でも、あのような方法で狩夜が逃げるとは思わなかったようだ。
空を飛んで逃げられては手の出しようがない。考えが甘かった——と、タミーは深いため息を吐く。
「あはは、タミー先輩でも失敗することがあるんですねぇ」
テーブルの上を丁寧に拭きながら、風の民の受付嬢が言う。その言葉にタミーは「当たり前でしょう。私だって人間なんだから」と、掃除をする手を止めることなく簡素に答えた。
「カリヤ様のパーティメンバーにまだ空きがあったなんて驚きですぅ。ウルザブルンではずっとずっとソロで活動されてましたしぃ、仲間を探すそぶりもありませんでしたからぁ、てっきり限界パーティ人数が一人なのだとばかり思ってましたぁ。なんでパーティをお組にならないんですかねぇ?」
「そうね……何か理由があるのかもしれないわね……」
「でもでもぉ、タミー先輩。本当によかったんですかぁ? あんなことしちゃってぇ?」
「何がよ? カリヤ様の個人情報を口にしたことなら後悔してないわ。人類の発展のために、一人でも多くの開拓者を用意し、全身全霊をもってその活動を支援する。それが私たちギルド職員の基本方針でしょう? たとえ今日のことが後を引いて、カリヤ様に避けられるようになっても、私はかまわないわ。少し寂しいけど……」
「えとえとぉ、私が気にしているのはそのことじゃありませぇん。私はですねぇ、今日カリヤ様をウルズ王国から出してもよかったんですかぁ? と、先輩に聞いているのですぅ」
「え?」
受付嬢の言葉に「何のこと?」と言いたげに首を傾げるタミー。そんなタミーに向けて、受付嬢は顔を赤くしながらこう言葉を続ける。
「あうあうぅ。木の民の人はこの手の話題に鈍くて困りますぅ。いいですかぁ先輩。今日はですねぇ、満月なんですよぉ。カリヤ様を国外に出しちゃってぇ、本当によかったんですかぁ?」
受付嬢は「こんな恥ずかしいこと言わせないでくださいよぉ」と、非難めいた表情を浮かべながら言う。一方のタミーは、この言葉でようやくことの重大さに気づいたのか、掃除の手を止め、顔を真っ青にした。次いで、震える唇で途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
「カリヤ様が逃げた方角は北北西……つまり、カリヤ様が向かったのはミーミル王国ではなく……フヴェルゲルミル帝国の可能性が高い……」
「そうですよぉ。しかもカリヤ様の移動方法ならぁ、夜明け前に帝国国内どころかぁ、帝都【エーリヴァーガル】に到着しちゃってもぉ、ぜんっぜん不思議じゃないんですぅ。もしそうなったらぁ……」
「カリヤ様の貞操が危ない!」
真昼間のギルド内に、タミーの悲痛で、ちょっぴり恥ずかしい声が木霊した。
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