061・三次元戦闘
―—僕ならできる! 僕ならできる! 僕ならできる!
すぐそこにまで迫る大径木の横枝を見据えながら、狩夜は自身に言い聞かせるように心の中で叫んだ。次いで、狙いを定めながら全身を動かし、体勢を整える。
狩夜の現状は、重力に従い斜め下、先ほどから見据えている横枝目掛け落下中。背中に張り付いているレイラは、既に蔓を体内に収納しており、次の標的を探しながら発射を待っている。
つまり、完全に空中に投げ出されているというわけだ。当然、命綱などの気の利いたものはない。
失敗すれば地面への落下、もしくは痛烈な金的が待っている。まあ、たとえ落下しても、地面に激突する前にレイラが助けてくれるのだが、大幅な時間のロスと、同行者であるスクルドからの非難は避けられない。
というか、金的とか絶対嫌だ。
これらの理由から失敗はできない。狩夜は意を決してその瞬間を待つ。
そして——衝撃。
狩夜の右足の裏と、大径木の横枝が接触したのだ。狩夜は歯を食い縛ってその衝撃に耐えながら、不安定な足場での体重移動を敢行。体を前傾姿勢にした後、強化された脚力で横枝を蹴り、跳躍。再び空中へとその身を躍らせた。
サウザンドの開拓者による跳躍。それだけでもかなりの飛距離と速度が出るのだが、ここからさらにレイラが動く。進行方向にある大径木目掛け蔓を伸ばし、その先端を引っ掻けた。
蔓を引っ掻けた場所を振り子の支点としてさらに距離を稼ぎつつ、レイラは進行方向を微調整。そして、前進の勢いを損なわない完璧なタイミングで蔓を大径木から外し、体内に収納。狩夜の体が狙い通りの場所、進行方向上の横枝に向かっていることを確認すると、次に蔓を引っ掻ける場所を探し始めた。
絶好の位置取り、これで失敗したら完全に狩夜のせいだ。またも失敗できないな——と思いながら、狩夜は態勢を整える。
「——っ!」
足への負担を均等にするために、今度は左足で横枝を踏みしめて、狩夜は前方へと跳躍した。
「おお」
狩夜とレイラの見事な共同作業。それを狩夜の胸の中で眺めていたスクルドが、感心したように声を漏らした。そして、こう言葉を続ける。
「あなたが考案したこの移動方法、随分と様になってきたではありませんか。ペースもどんどん上がっています。見直しましたよ、オマケ。移動のすべてを勇者様に任せて楽をしていたにもかかわらず、青い顔をしてぐったりしていた先ほどまでとは大違いです」
逆だ逆! 移動の全部をレイラに任せていたから、僕は青い顔をしてたんだ——と、狩夜は胸中でスクルドの言葉に反論した。
地面を歩くのではなく、木から木へと、空を飛ぶように森の中を移動するという、ただでさえ無理のある移動方法を、レイラに――基本的には植物で、体の構造がまるで違う存在にすべてを任せてしまうと、自分という同行者に多大な負担がかかることを、狩夜はものの数分で嫌と言うほど理解した。
かといって、地面をトコトコ歩いていたら、迷いの森を抜ける前に夜になってしまうし、魔物との戦闘も避けられない。
ならばどうする? 狩夜が出した答えはこうだ。
要所要所で狩夜が動き、レイラによる移動を、人体(強化されているが)に無理のない動きに調整してやればいい。
レイラに移動を任せていたとき、体への負担が特に大きかったのが、横枝をかわす、方向転換をする、引っ掛けた蔓を別の木に掛け直すの三つである。これらをおこなうとき、レイラは蔓を体内に収納する力を利用して鋭角的に動くのだ。物理法則を無視したかのようなこの動きは、人間には辛すぎる。
なので、先の三つをおこなうときに、狩夜が力を貸すことにした。そして、蔓を収納する力ではなく、狩夜の脚力を利用、増幅する現在の移動方を考案したのである。
それにより鋭角的な動きはなくなり、今のような滑らかな動きが可能になった。結果、狩夜への負担は激減。さすがに移動速度は低下したが、それも徐々にだが上昇傾向。このままいけば、遠からずレイラだけの時よりも速くなるだろう。
以上の理由から、狩夜とレイラは力を合わせて、迷いの森の中を駆け抜け続けている。
「……(ニコニコ)」
狩夜と力を合わせることで、より良い結果を出しているという現状が嬉しくて仕方ないのか、レイラは上機嫌であった。笑顔という名の花が咲き乱れている。
こんな姿を見てしまうと、朝からこっち、移動時に狩夜を散々振り回してきたのは、これに早く気がついて欲しかったからではないか? と、思えてしまう。
サウザンドになった狩夜とならば、これができる。レイラはそれがわかっていたのかもしれない。
互いに支え合うWin-Win。そんな関係に早くなりたい。狩夜だけでなく、レイラもそう思っていたのだろうか?
もしそうなら――嬉しい。現に狩夜は、レイラと協力し合えるこの状況が、足手まといではなく力になれている今が、とても嬉しかった。
そう、嬉しいのだが——
「さあオマケ、今後もこの調子で——」
「ごめんちょっと黙って! お願いだから集中させて! 余裕ないんだ察してよ!」
現在狩夜は、移動のすべてをレイラ任せにしていたときとは、別の理由でいっぱいいっぱいであった。喜びに浸るどころか、スクルドと会話する余裕もない。
曲芸めいた、アクロバティックな移動方法。そんな動きを、凡人である狩夜がすぐにマスターできるわけがない。一気に強化された不慣れな体を必死に操り、不安定な横枝に足をつけて跳躍を成功させる。その度に、狩夜がどれほど神経をすり減らしていることか。女神であり、空が飛べるスクルドは、その辺がまったくわかっていない。
狩夜が今欲しいのは、応援でもお褒めの言葉でもなく、沈黙であり、気遣いだ。沈黙は金、雄弁は銀。黙るべき時は黙ってほしい。
そんなことを考えながら、狩夜は次の横枝に足をつけた。つけて、その動きを硬直させた。
「え?」
と、思わずそんな声が口から漏れる。きっと、今の狩夜は呆けた様な顔をしているに違いない。すぐ隣にいる先客と同じように。
先客。そう、狩夜が足をつけた枝には先客がいたのだ。突然同じ枝の上に現れた狩夜たちに先客も驚いたのか、狩夜と同じように呆けたような顔をしている。もし人語を発することができたのなら、先客も「え?」と声を漏らしていたに違いない。
猿型の魔物、ワイズマンモンキー。
ティールの村でも何度か交戦した、賢者を名に冠するかしこい魔物。それが、横枝の上にいた先客の正体であった。
「うわ!?」
相手より一瞬早く我に返った狩夜は、咄嗟に腰に手を伸ばし、マタギ鉈を鞘から引き抜いた。そして、前進の勢いを殺しきれず、横枝から落下しながらもマタギ鉈を振り抜き、ワイズマンモンキーの首を狙う。
薄暗い森の中を銀光が走る。それに一瞬遅れて、ワイズマンモンキーの首が胴体から離れた。
狩夜は、自分たちと同じように横枝から落下する、首のないワイズマンモンキーの死体を見つめながら、自らの失態を悔やむ。
完全に油断していた。狩夜も、レイラも。
慣れない移動方法の習得に夢中になるあまりに、魔物への警戒が疎かになっていた。
木から木へと飛び移るこの移動方法は、確かに魔物と接触する可能性は低い。けれど、それは決して零ではないのだ。そして、忘れてはいけない。木の上は、むしろ魔物たちの領域であるということを。
あと、忘れてはいけないことがもう一つある。それは——
「ウキャ!」
「キキャァアァァ!」
ワイズマンモンキーが、群れで行動する魔物であるということだ。
群れの仲間がやられたことに怒り狂った二匹のワイズマンモンキーが、落下中の狩夜たち目掛け飛び掛かってくる。
斜め上、しかも左右からの同時攻撃。
横枝からの自由落下である狩夜たちと、意図的に飛び掛かってきた二匹とでは、当然向こうの方が速い。このままではまずい——と、徐々に近づいてくる二匹のワイズマンモンキーの姿を見据えながら、狩夜は口を動かした。
「レイラ!」
名前を呼んだだけで、レイラは狩夜の意図をすべて理解してくれた。二枚ある葉っぱの片方を使って、先ほど落ちた横枝の大元である大径木を切り付ける。
レイラの葉っぱは木の幹の四分の一を切断した辺りで停止。それと同時に、狩夜の体も空中で停止した。
「ウキャ!?」
狩夜の体が空中で停止したことで、ワイズマンモンキーたちの目測が狂う。狩夜の横を虚しく素通りし、足の下で衝突。二匹もつれあって地面に落下していった。
当面の危機を脱し、とりあえず一安心――
「何を気を抜いているのです、オマケ! すでに囲まれていますよ!」
とはいかないらしい。どうやら狩夜たちは、ワイズマンモンキーの群れの中に無遠慮に突入した挙句、盛大に喧嘩を売ったようだ。
スクルドの言葉に反応し、狩夜はレイラの葉っぱが食い込んでいる大径木に足を掛け、全力で蹴りつける。三角蹴りの要領で飛び上がり、その場を離れた。
直後、先ほどまで狩夜たちがいた場所のすぐ近くに、無数の穴が開く。
ワイズマンモンキーお得意の投石である。それを辛くもかわした狩夜たちは、別の横枝の上に降り立った。
だが、そこで待ち伏せに合う。
一際体の大きい、肉弾戦主体と思われるワイズマンモンキー。明らかに前衛担当の固体が、狩夜たちを待ち構えていたのだ。
横枝の上なので、左右に逃げ場はなし。となれば――
「正面突破! サポートよろしく!」
狩夜は即座に正面突破を選択。レイラの力を信じ、真正面からワイズマンモンキーに突撃した。
横枝の上を駆ける狩夜たち目掛け、殺意をもって拳を振り下ろすワイズマンモンキー。だが、その拳は見当違いの方向へと飛んでいった。拳が振り下ろされるよりなお早く、レイラがワイズマンモンキーの腕を根元から切断したのである。
右腕を失い、動きを止めるワイズマンモンキー。隙だらけだが、狩夜はあえて止めは刺さず、跳躍。そのワイズマンモンキーを踏み台にして、横枝の大元である大径木の切断面へと飛び移る。
先の攻撃でレイラが切断したのは、ワイズマンモンキーの腕だけではない。その先にある大径木の幹も、同時に切り飛ばしていたのだ。しかも、反対側に突き出ている横枝と、
今は立ち止まるわけにはいかない。狩夜は切断面の上に降り立つと同時に、反対側の横枝に向かって走った。
次の瞬間、狩夜の後方で、先ほど踏み台にした隻腕のワイズマンモンキーが、仲間の投石でハチの巣にされる。
案の定、二度目の投石がきた。狩夜たちは、投石を主体とする後衛担当のワイズマンモンキーに、常に命を狙われていると考えた方がいい。
「上から狙われてますよオマケ! ああ、左からも増援がきてます、注意して——って、やっぱり前です前! 前衛のごついのが三匹も!」
「お前は敵の回し者か!?」
歴戦の戦乙女(自称)からの、とてもありがたい助言に怒声を返しながら、狩夜は思考を巡らせた。
先に無力化するべきは、前衛ではなく後衛だ。狩夜は横枝の先端に向かって走りながら、間もなくくるであろう反撃の時を待つ。
そして——
「キキ!?」
「キャー!?」
その時はきた。
森全体が揺れ動いたかのような、激しい轟音と振動。レイラが切り飛ばした大径木が、他の木々を巻き込みながら地面に倒れ込んだのである。
これにより、一丸となって狩夜たちを排除しようとしていた敵の動きに乱れが生じた。木からの落下を避けようと、前衛も後衛も、両手両足での体の保持を優先している。
周囲にいるワイズマンモンキー、そのほぼすべてが戦闘を放棄していた。陣形は完全に崩壊している。
ティールでもレイラは似たようなことをして、ワイズマンモンキーの群れを撃退していた。どうやらワイズマンモンキーには、足場から戦場をひっくり返す、このような戦法が有効らしい。
自然に優しくない戦法で心が痛むが、今こそ反撃の好機である。
「レイラ!」
後衛が放り出した投擲用の石と、体を保持しそこなったワイズマンモンキーが、次々に地面に向かって落ちていく中、狩夜は後衛の一匹、この騒ぎの中でも油断なく狩夜たちを見つめながら、拳大の石を手に揺れの収束を待っている、隊長格と思しき固体を指さした。
レイラは狩夜の言葉にコクコクと頷き、右腕から蔓を出現させる。そして、その隊長格目掛け高速で伸ばした。
隊長格は、回避や反撃どころか、声すら上げる間もなく眉間を貫かれ、即死。だが、レイラの動きは止まらない。眉間を貫いた蔓をさらに伸ばし、その後方にあった大径木の幹をも貫いた。
次いで、レイラは蔓を体内に収納。狩夜共々、すでに絶命している隊長格の元へ向かう。つまりは、石のほとんどを手放し、戦闘力がガタ落ちしている上に、指揮官をも失った、後衛の密集地へと突撃したのだ。
そして——
「……(ニタァ)」
敵陣の中央で、レイラが口が裂けたかのような笑顔を浮かべる。
その笑顔を目にした後方支援組のワイズマンモンキーは、皆一様に恐慌状態に陥った。我先にと散り散りに逃げ出そうとしたが、勇者という肩書を持った捕食者は、一匹たりとも獲物を逃がしはしない。
その蔓で、葉で、根で、ワイズマンモンキーを捕獲し、口である肉食花の中へと生きたまま放り込んでいく。
「背中にこぼさないでよ……」
人の背中で遠慮なく暴食に耽る相棒に苦笑いを浮かべながら、狩夜は大径木の幹を蹴り、一直線に地上を目指した。そして、着地と同時に駆け出し、地面に落下したワイズマンモンキーたちの中を縫うように走る。
——生きて木の上に戻れると思うなよ。
胸中でそう呟きながら、狩夜はマタギ鉈を振るった。そして、マタギ鉈が振るわれる度に、この世界から一つ、また一つと、命が掻き消えていく。
ほどなくして、狩夜はその動きを止めた。仕留めた相手の処理をレイラに任せて、こちらを見下ろす生き残りたちの姿を見上げる。
数を半分以下に減らしたワイズマンモンキーの生き残りたちは、仲間の死骸を次々に食らっていくレイラの姿を憎々し気に見つめていたが、狩夜の視線に気がつくと撤退を開始。森の奥へと消えていく。
敵が逃げていくのを見届けた狩夜は、今度こそ大丈夫だろうと、体から力を抜こうとして——
「あ、逃げた! 追いなさいオマケ! 敵が逃げましたよ!」
またもスクルドの声に阻まれた。だが、今度は状況が違う。深追いする必要はないだろうと、こう反論する。
「いや、追う必要はないでしょ? 僕たちの目的は迷いの森を抜けて聖獣を倒すことで、ワイズマンモンキーは別に――」
「逃げた方向が、出口へのルートと同じなのです! もし奴らに他の仲間がいたら、合流された後に待ち伏せされるかもしれません!」
「あ、そりゃ拙い。レイラ、追うよ」
コクコク。
すでに食事を終えていたレイラは、狩夜の言葉に同意した。次いで蔓を操作し、狩夜の体を大径木の横枝へと運んでくれる。
ワイズマンモンキーが逃げた方向、迷いの森の出口に向かって、狩夜は全力で横枝を蹴った。
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