057・女神スクルド
狩夜は、妖精――スクルドの言葉を受け、改めてその容姿を観察してみた。
身長、おおよそニ十センチ。三つ編みにされた若葉色の長髪と、陶磁器のような白い肌。背中からは半透明の羽が生えており、露出が多めで所々が半透明なドレスと、白い長手袋を纏っている。
顔は——可愛い。やや釣り目がちな双眸のため、勝気な印象を強く受けるが、文句なしの美少女である。スタイルもいい。余計な肉など一切ない、スレンダーなモデル体型だ。
結論。確かに女神級の容姿である。だが――
「ごめん。ちょっと信じられない」
なんの証拠もなく神だと言われ、はいそうですかと信じられるほどのものでもない。
「んな!?」
狩夜の「信じられない」発言がよほどショックだったのか、口をあんぐりと開けながら絶句するスクルド。数秒の硬直の後再起動し、怒涛の勢いで言葉を投げてくる。
「し、ししし信じられないとはどういうことですか人間!? この私の言葉を、神の
「うん、無理」
「即答!? あなたには……あなたには、この私の全身からにじみ出る、神の威光がわからないのですか!?」
「威光なら、昨日謁見した木の民の王様の方があった気が……」
「こ、これほどの美女! 絶世の美貌の持ち主が、女神以外にいるとでも!?」
「すみません。同じくらいの容姿の人を、五、六人知ってます」
「なんですと!?」
再度絶句するスクルド。どうやら容姿に相当の自信があったようだが、イルティナも、メナドも、カロンも、アルカナも、紅葉だって、容姿でスクルドに負けているとは思わない。少し癪だが、レアリエルもそうだ。
―—うん。美人多いよね、異世界。
「そ、それは私が万全じゃないからですー! 【厄災】の呪いのせいで万分の一ぐらいの存在規模ですしー! 容姿もその分劣化してるはずだしー! 万全の状態なら、そいつらより私の方が美人に決まってます! ええ、そうですとも! だぶん、きっと、恐らく、会ったことないけど!」
「男の視点から言わせてもらうと、スクルドレベルの美女同士が容姿を比べ合うのは不毛な気がする。だって、もう見る人の好みの問題だもん。上も下もないよ」
「それでもです! 神が人に負けるわけにはいかないんです! いいですか人間。これは仮の姿であって、本当の私じゃないんです。本当の私はですね、身長だってあなたよりずっと高くて、胸もお尻ももっと——」
「僕は、僕より身長が低い人が好みですけど」
「まさか、今の私の体に興味が!?」
「ねえよ」
半眼で断言する狩夜。人形サイズの女性に劣情を催すほど、叉鬼狩夜という男の性癖は歪んでいない。
この発言を受けて、スクルドは不満げな顔で頬を膨らませた。次いで言う。
「むぅ……そう断言されると、女としては少々悔しいですね……と言うか、さっきはスルーしましたけど、私のことを呼び捨てにしましたね。様をつけなさい無礼者。私は女神ですよ。もっと敬いなさい」
「だから、君が女神だなんて信じられないってば」
「でも、さすがに呼び捨ては——」
「スクルド……ちゃん?」
「はぁ……もう呼び捨てでいいです」
両肩を深く落としつつ、自身の呼び捨てを容認するスクルド。そして、こう言葉を続けた。
「私は名乗ったのですから、今度はあなたの番ですよ、人間。自分がどこの誰なのか、正直に答えなさい」
「あ、うん。名前は叉鬼狩夜。日本——じゃなくて、三代目勇者と同じ、日ノ本の国の出身だよ。スクルドから見たら異世界人ってことになるかな」
女神というのは眉唾だが、色々と知っているのは間違いないようなので、偽ることなく真実を告げる狩夜。すると、スクルドはお返しだと言わんばかりに、疑いの眼差しを狩夜に向けてくる。
「異世界人? そんなはずは……」
こう言いながら、僅かに目を細めるスクルド。そして、三秒ほど狩夜を見つめてから、困惑顔で首を傾げる。
「なるほど。確かに何の精霊の加護も受けていませんね。あなたは間違いなく異世界人です」
「見ただけでわかるんだ?」
「まあ、私は女神ですからね。それに、外面ではなく内面を見ろと偉そうに言った手前、できなかったら赤っ恥ですし……でも、何で異世界人がイスミンスールに? この世界にきた経緯を話してみなさい」
「経緯もなにも、自分でもよくわからないよ。じいちゃんの家の裏庭に生えていたこいつを引っこ抜いたら気を失って、気がついたらこの世界にいたんだ」
「勇者様をこいつ呼ばわり!? 今すぐ改めなさい! ですが……ふむ。理由はわかりませんが、勇者様の異世界転移に巻き込まれた一般人のようですね。で、この世界にきた経緯はわかりましたけど、何でまだ勇者様と一緒にいるんですか? 勇者様と行動を共にして、自分も勇者気取りですか? 正直、今すぐ勇者様と絶縁して、元の世界に帰ってほしいんですけど。シッシッ」
犬猫でも追い払うように、これ見よがしに右手振ってみせるスクルド。あまりの扱いに狩夜は顔を引きつらせ、こう反論する。
「おいこら。僕が異世界人って知って、なんか扱いが悪くなってないか? こっちは被害者だぞ?」
「イスミンスールの女神である私が、何で勇者でもない異世界人に優しくしなくちゃいけないんですか。あなたの保護は私の管轄外ですよ、管轄外。というか、結界を越えて世界樹に近づけるあなたは、世界樹の防衛担当、外敵撃退役である私から見たら、最重要警戒対象なんです。これくらいの扱いで当然。むしろ優しくしているくらいです」
「この野郎……」
「それで? まだ質問に答えてもらってないんですけど? なんで勇者様と一緒にいるんですか?」
「……」
狩夜は一度口の動きを止め、気持ちを落ち着けながら視線を上に向けた。そして、頭上のレイラを見つめながら、今の今までレイラと行動を共にしていた理由を話す。
「……生きていくためだよ。右も左もわからない異世界で、僕みたいな子供が衣食住を手に入れるには、レイラの力が必要だったんだ。勇者気取り? 冗談じゃない。僕はただの中学生で、ごく普通の一般人だ。人類のためや、世界のためになんて御大層な理由じゃ戦えない。レイラと絶縁して元の世界に帰ってほしいって? それこそ僕のセリフだ。帰れるものなら今すぐにでも帰りたいよ」
後半は少し涙声になってしまったが、スクルドへの反感を力に変え、両目から涙を流すことなく最後まで言い切ることに成功する。
どこにでもいる普通の中学生の、ささやかな意地であったが——どうやら無駄な抵抗であったらしい。自称女神のスクルドは、狩夜の心の機微など完全にお見通しのようで、ばつが悪そうに右手で頬をかいていた。
「その……ごめんなさい、言いすぎました。あなたの事情も知らずに、その……」
「いいよ。売り言葉に買い言葉だよ。僕も悪かったよ」
「と、とにかく! 後のことは私に任せて、勇者様とは縁をお切りなさい。勇者様には救世という使命があるのです。あなたを守っている場合ではありません。それに、見たところ、あなたはもう十分に強い。ユグドラシル大陸の魔物相手なら、そうそう後れを取ることはないはずです。ならば、衣食住に困ることはないでしょう。帰れとも、出ていけとも言いません。世界樹に必要以上近づかないよう気をつけてくれれば、それでいいですから」
スクルドのこの言葉に、狩夜は「それもありかな……」と、胸中で呟く。
すでに狩夜の身体能力はサウザンドに達している。スクルドの言う通り、ユグドラシル大陸の魔物が相手なら、レイラがいなくても後れを取ることはないだろう。
一戸建てが買えるほどの資金はすでにある。識字率の低いこの世界ならば、〔ユグドラシル言語〕スキル一つで就職できる。
異世界で衣食住を手に入れるという狩夜の目的は、すでに達成されていると言っても過言ではない。
レイラが勇者だと判明し、救世の使命を負っているというのなら、半端者の狩夜が同行するべきじゃない。ここで縁を切ったほうが、お互いのためではなかろうか?
「勇者様も、今日そのつもりで、私とあなたを引き合わせたのではないのですか?」
狩夜を諭すかのように、すべてを見透かしたかのように、スクルドは言う。
―—そうなのか? レイラは、今日僕と別れるつもりだったのか? サウザンドに達し、もう僕は一人でやっていけると、自分が力を貸す必要はもうないと判断したのか?
僕とここで縁を切って、女神スクルドと共に、勇者として救世の旅に出るつもりなのか?
そうなのか!? レイラ!!
「……(ふるふる)」
はい違ったーーー!!
狩夜のアイコンタクトを受け取ったレイラは「え? 違うよ~」と言いたげに首を左右に振った。そして——
「……(ヒシッ!)」
「絶対離れない~」とばかりに、狩夜の頭にしがみついてくる。
「えっと……」
今度は狩夜が頬をかく番となった。スクルドは、レイラの内面をまったく見透かせていない。それどころか、現在進行形で自分の発言に酔っている。どこか遠くを見つめながら、見当違いの言葉を紡ぎ続けた。
「勇者様は言っています。あなたのあなたの人生を歩みなさい――と」
フルフル。
「そんなこと言ってない~」と、レイラは首を左右に振る。だが、スクルドは見ていない。
「勇者様はこうも言っています。俺は女神スクルドと共に救世の旅に出る——と」
フルフル!
「だから、そんなこと言ってない~! というか、私は女だ~!」と、レイラは先ほどより強く首を振る。だが、やっぱりスクルドは見ていない。
「そして、勇者様は最後にこう言っています。俺のことは忘れて、この世界で幸せに――へぶ!?」
「——ッ!!」
ついにレイラが怒った。「いい加減にしろ~!」と言いたげに二枚ある葉っぱの片方を振るい、スクルドを強打。地面へと容赦なく叩きつける。
その後――
「……(ヒシッ!!)」
先ほどよりも強く、真剣な顔で、狩夜の頭にしがみついてきた。その様子からは、狩夜と縁を切るつもりなど微塵もないことがうかがえる。
そして悲しいかな、その件に関しては狩夜の意思を無視する。実力行使も辞さない。という確固たる決意までもが、ヒシヒシと伝わってきた。
「……(ぎゅ~!)」
「はいはい、わかった。わかったよ。一緒にいるから。お前が勇者でも離れないから。だから——その、レイラさん? 少し力を緩めていただけませんかね? 痛い痛い」
レイラを安心させようと、右手で頭を撫でながら言う狩夜。次いで、地面に叩きつけられたスクルドの様子を確認する。
「ふきゅ~」
スクルドは完全にのびていた。力なく地面に横たわり、動こうとしない。
ほとんど自業自得だが、このままにしておくのも忍びない気がした。狩夜は「しかたないか」と呟き、スクルドを介抱するべく足を前へと踏み出す。
その、次の瞬間——
『妹が大変な失礼をいたしました。私が代わりに謝罪いたします。本当に申し訳ございません。スクルドに悪気はないのです。どうか許してあげてください』
スクルドの体から、スクルドとは違う声が発せられた。狩夜は驚き、体を硬直させる。
地面に横たわるスクルドに動きはない。動きはないのだが、その小さい体が眩いまでに光り輝いていた。
ほどなくして、その光はスクルドの真上に円錐状に照射される。そして、先ほどの声の主と思われる女性が、光の中に姿を現した。
スクルドと同じ若葉色の髪をした、とても美しい大人の女性。しかし、様子がおかしい。これは——
「立体映像?」
思わずそんな言葉が口から漏れる。
実体がなく、半透明。狩夜とレイラの目の前に現れた女性は、間違いなく立体映像の類であった。
『ようやく……ようやくお会いできましたね。私の勇者様』
立体映像の女性は、レイラを見つめながら儚げに、だが、本当に嬉しそうにそう言った。次いで、自身の名を口にする。
『私の名は、ウルド。世界樹の三女神。その長女です』
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