051・風の英傑

「ん、胸当てとはいえ、やっぱり鎧を着ると少し動きづらいね。重心がずれるというか、圧迫感があるというか……」


 宝物庫を出た後、狩夜は客間へと先導するイルティナの後ろを歩きつつ、新装備を装備した自身の調子を確かめていた。


 青銅製の胸当て。重量は三、四キロほどと、常人ならば結構な重さであるが、そこはソウルポイントで身体能力が強化された開拓者。重さ自体はまったく苦にならない。


 だが、こと重心となると話は変わる。小柄な狩夜の体重は四十二キロ。体重の十分の一近い重りが上半身にいきなり出現したのだから、動きに不具合が出て当然であった。


 激増した身体能力と、初めて身につけた胸当てという名の新装備。その双方に慣れるためには、二、三日の慣らし運転が必要だろうな——と、狩夜は考えていた。


「懐に余裕もできたし、観光と休息を兼ねて、数日はウルザブルンでゆっくりしようかと考えてるんだけど、レイラはどうおも――」


 ドドドドドド!!


「へ?」


 それは、丁度T字路の半ばに差し掛かったときのことだった。直進しようとしていた狩夜たちのすぐ横。つい先ほどまで壁の影となっていた通路の先から、凄まじい地響きが聞こえてきたのである。


 徐々に近づいてくるその地響きに反応し、音が聞こえてくる方向に顔を向ける狩夜。すると、上の階へと続く石造りの階段が目に映る。その直後、地響きの発生源と思しき人影が階段を駆け下りてきて――


「いっけな~い! 遅刻遅刻~!」


 と、どこぞで聞いたことのある、なんともベタな台詞を叫びながら、狩夜に向かって直進してきた。


 狩夜は慌ててその人影を避けようとしたのだが——


「ちょ!? そこの人危ない! どいてどいて!」


「うあ!? この人速!?」


 相手の足が予想以上に速すぎた。その速さは、今日出会ったテンサウザンドの開拓者たちに勝るとも劣らない。


 ―—このままじゃ正面衝突する。というか、この速度で突っ込まれたら、最悪死ぬ!?


「カリヤ殿、あぶな——」


 狩夜の少し前を歩いていたイルティナがそう叫んだ瞬間——


「……」


 レイラが動いた。


 二枚の葉っぱの片方を巨大化させながら、狩夜と人影との間に滑り込ませるレイラ。直後、人影はレイラの葉っぱに顔面から突っ込み「ふみゅう!?」と、可愛らしい悲鳴を上げながら後方に跳ね返され、廊下を転がる。


「……」


 頭上から狩夜の顔を覗き込み「怪我はない?」と言いたげな視線を向けてくるレイラ。狩夜は「ありがとう、助かったよ」と礼を述べながら右手でレイラの頭を撫でる。次いで、燭台の明かりで鮮明になった人影を見つめた。


 それは、膝まで届く白髪をツインテールにした、風の民の少女であった。


 髪の毛と同じ色をした白い羽毛を持つ、半人半鳥のハーピーなのだが、町の中で何度も見かけたハーピーとは、決定的に違うところがある。


 翼と脚だ。


 両腕と一体になっている彼女の翼は、美しくはあるが非常に小さい。これじゃどうやっても飛べないだろう。今が厄災以前、つまり種族として弱体化する前であったとしても、彼女は空を飛ぶことはできなかったに違いない。


 そして脚。こちらは小さい翼に反比例するかのように見事に発達していた。太ももの半ばあたりから肌の質が変わり、そこから先が鳥脚となっているのは他のハーピーと同じなのだが、彼女のそれは他のハーピーに比べて一回り太く、その鳥脚の末端には猛禽類のようなかぎ爪ではなく、地面を蹴ることに特化した太い二本の指と爪があった。


 一目でわかる。彼女は飛行能力を手放す代わりに、脚力を特化させた走鳥類系の風の民なのだ。そして、これもまた一目でわかる。あの脚は凶器だ。彼女の両脚には、レーシングカーのような力強さと、日本刀のような鋭さが同居している。あの両足こそが、彼女の最強の武器に違いない。


 で、なぜ狩夜がこのように、彼女の両足を事細かに描写できるのかと言うと——


「丸見えだな……」


「ですね」


 頬を赤くして視線をそらしながらも、狩夜はイルティナの言葉に相槌を打つ。


 レイラの葉っぱに跳ね返された風の民の少女は、散々廊下を転げ回った挙句、でんぐり返しを途中で止めたかのような格好。すなわち、頭が下で腰が上という、情けなくも扇情的なポーズで動きを止めていた。加えて、彼女が身に着けている服は、アイドルのステージ衣装を彷彿させる青を基調としたミニスカワンピース。そんな服でそんなポージングをしたら、当然見える。最強の武器である両脚だけでなく、彼女の貞操を守る純白の下着までもが、はっきりと。


 なんて言うか――ありがとうございます。


「ちょっとあんた! どこに目をつけてるのよ! 危ないじゃない!」


 風の民の少女は、ポージングをそのままに両目を吊り上げ、これまたベタな台詞で狩夜を非難してきた。元気いっぱいなその様子を見るに、大きな怪我はないらしい。レイラが気を使って、彼女をはじき返した葉っぱを柔らかくしてくれたようだ。


 狩夜は少し悩んだ後、ベタな台詞にはベタな台詞で返すべきだろうという結論に至り、ノリと勢いでこう言葉を返す。


「ぶつかってきたのはそっちだろ?」


 狩夜がため口でこう言うと、風の民の少女は顔を真っ赤にして、益々その両目を吊り上げた。そして、狩夜の期待通りの言葉を返してくれる。


「ちょ!? ボクが悪いって言うの! 信じらんない! どう見たって悪いのは——」


「ああ、どう見ても悪いのはお前のほうだ、レア。城の中は走るなと、いつもいつも言っているだろう」


「げ!? イルティナ様!」


 風の民の少女――レアは、イルティナの姿を視認するなり飛び起き、服と体についた汚れを慌てて落とし始めた。残念だが、テンプレなやり取りはここまでらしい。あの一連のやり取りは、冷静な第三者がいると成立しないようだ。


「あ、あはは……お久しぶりですイルティナ様……ご機嫌麗しゅう……」


「ああ、久しぶりだな、レア。上の階から下りてきたということは、風の民の王と会っていたのか?」


「はい。明日からボクも遠征ですからね。その前に王様に御挨拶をと。イルティナ様はいつこちらに?」

 

 別段怒っているようには見えないイルティナの言動に安堵したのか、肩の力を抜き、笑顔かつ自然体で口を動かすレア。そんなレアに、イルティナは真剣な顔でこう問いかける。


「ついさっきだ。だが……そうか。やはりお前も精霊解放遠征に参加するのだな?」


「当然です! 開拓者の中で一番——いえ、世界一可愛いこのボクが参加しないと、遠征軍の士気が駄々下がりですからね! しばらくはウルザブルンのアイドルではなく、遠征軍のアイドルとして活動しますよ! ユグドラシル大陸をぐるり一回りしてファンを増やしてから、ミドガルズ大陸に突撃です!」


 世界一可愛い。自分自身を躊躇なくそう評するレアに、狩夜は胸中で「うわぁ……この人キャラ強いなぁ……まあ、確かに可愛いけど」と呟きつつ、口では先ほどの勢いそのままに、こう言ってしまっていた。


「それって地方巡業なんじゃないの?」


「そんなことないし! ボクはアイドルとしても、開拓者としても一流なんだから、地方巡業なんてしないし! っていうか、さっきから何よあんた失礼ね! イルティナ様、誰ですかこのガキンチョ! なんで光の民がこの城の中にいるんですか!?」


 レアのガキンチョ発言に、狩夜の眉間に青筋が走る。レアの年齢は十四、五歳に見えるので、狩夜とは同年代だ。ガキンチョ呼ばわりは流石にむっとくる。正直「同年代だろ!」と大声で叫びたかったが、裸のつき合いをしたイルティナの前でそれを言うのは色々とまずい。狩夜は顔を引きつらせながらも口を噤む。


 イスミンスールに来て、ここまで人間相手に腹が立ったのは初めてだ。どうやらこのレアという少女と叉鬼狩夜は、そうとう相性が悪いらしい。


「ああ紹介しよう。カリヤ・マタギ殿だ。我がティールの村を蝕んでいた主を討伐し、先ほど父上と謁見。報酬として金属装備を受け取った、将来の有望株だ。カリヤ殿、こちらはレアリエル・ダーウィン。風の民のトップ開拓者で、テンサウザンドの開拓者であり、歌手でもある。二つ名は “歌姫” 」


「そうですか。カリヤ・マタギです。よろしく」


 狩夜が引き攣った笑顔でこう言うと、レアリエルは「ふん!」と鼻を鳴らしながら顔を背けてしまった。そして、こう言葉を続ける。


「よろしくなんてしてあげない! ボク、君のこと嫌いだし! って、こんなことしている場合じゃなかった! これじゃ宴に遅れちゃう! イルティナ様、ファンの皆がボクを待っているので、これで失礼します!」


 イルティナに一礼した後、レアリエルは城門目指して歩き出す。


 さすがに怒られた直後に走るのはまずいと思ったのか、早足で狩夜たちから離れていくレアリエル。が、五メートルほど離れた場所にある燭台の下で急に足を止めると、首だけで後ろを振り返り、狩夜を見つめてきた。そして、狩夜が訝しげに首を傾げると同時に、レアリエルは侮蔑の視線と共にこう言い放つ。


「イルティナ様……何やらイルティナ様は、その男に期待しているみたいですけど……無駄ですよ。その男は全然キラキラしてません。この大開拓時代において、どう見ても脇役——いいえ、それにも劣る端役です。開拓者として大成することはないでしょう」


「——っ!」


 見透かされた。


「それだけです。では、今度こそ失礼します」


 こうして、言葉通り今度こそレアリエルは去っていった。狩夜の心の中に、すぐに忘れるのは無理そうな置き土産を残して。

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