050・新装備
「や、やっと解放された……」
謁見という名の質問攻めがようやく終わり、レイラを抱きかかえながら謁見の間を後にした狩夜は、疲れた様子で呟いた。すると、すぐ隣を歩いているイルティナが、申し訳なさげに口を動かす。
「すまないな、カリヤ殿。長々と質問攻めに遭わせてしまって。父上も悪気はないのだ。気を悪くしないでほしい」
「はは、大丈夫ですよ。もう終わったことですから。まあ、王様はまだまだ話足りないご様子でしたけど……」
狩夜が質問攻めから解放されたのは、マーノップが聞きたいことをすべて聞き終え満足したからではない。これ以上話をしている時間がなくなったからである。この後マーノップは、精霊解放遠征に参加する主だった開拓者と、後援者たちを招いた宴に出席しなければならないのだ。
「父上、母上だけでなく、姉と兄もその宴に出席するそうだ。皆、明日の演説が終わった後も何かと忙しいらしい。私の家族をカリヤ殿に紹介したかったのだが、今回は無理そうだな。次の機会はいつになるか……」
「イルティナ様は出なくていいんですか? 宴」
「そもそも私は今日ここにいる予定ではない人間だからな。出席できないこともないが……命の恩人であるカリヤ殿をないがしろにするわけにもいくまい。家族の分まで私がカリヤ殿をもてなすとしよう。カリヤ殿もそのほうがよいであろう?」
「はい。イルティナ様が一緒にいてくれるなら、とても心強いです」
別れ際にマーノップから「今日は城に泊まり、明日の演説を特等席で見ていくとよい」と言われている。なので狩夜の今後の予定は、宝物庫で金属装備を受け取った後、城の客間で夕食をとり、そのまま一泊。明日この城でおこなわれるという遠征軍司令、ランティスの演説を特等席で見学——という流れになりそうだ。イルティナが隣にいなければ、さぞ肩身の狭い思いをすることになるだろう。
「では、まずは宝物庫に案内しよう。こっちだ、ついてきてくれ」
こう言いながら狩夜の前に出るイルティナ。狩夜はその言葉に頷き、抱いていたレイラを頭の上に乗せながら後に続く。
謁見にかなりの時間を取られたらしく、陽は随分と傾き、空は茜色に染まっていた。奇麗に磨き上げられた石造りの城内も、この時ばかりは空と同じ茜色に染まっている。時たま擦れ違う使用人たちが、順次燭台に火を灯していく光景が、なんとも新鮮であった。
そんな城内を十数分ほど歩くと、木の民の衛兵二人に守護された大きな扉が見えてきた。狩夜がイルティナと共にその扉に近づくと、衛兵の一人が右手を胸に当てながら、はきはきとした口調で話しかけてくる。
「お待ちしておりました姫様!」
「うむ。この者と共に宝物庫に入る。父上から話は聞いているな?」
「はい! 今すぐ宝物庫の鍵を開けますので、少々お待ちください!」
衛兵はそう言うと、腰にぶら下げていた鍵を手に取り、鍵穴へと差し入れた。そして、慣れた手つきで宝物庫の扉を開け放つ。
「お待たせいたしました! どうぞお入りください!」
「うむ。ではカリヤ殿、いこうか」
「はい」
イルティナは堂々と背筋を伸ばしながら、狩夜は衛兵二人に軽く会釈しながら宝物庫の中へと足を踏み入れた。すると、色とりどりの金銀財宝が狩夜たちを出迎え――
「あれ?」
なかった。
二十畳ほどの広さを持つその部屋には、所狭しと並ぶ宝箱も、山のように積み上げられた金貨銀貨もない。見事なカッティングの施された宝石も、意匠を凝らした宝剣もない。いや、まったくないというわけではないのだが、どうしても空の棚と、何もない空間のほうが目立ってしまう。正直、駅前やショッピングモールの中にあるジュエリーショップの方が、はるかに煌びやかであると断言できる様相だ。宝物庫の中にいるという実感がまったく湧かない。
狩夜が「あれ~?」と周囲を見回しながら疑問の声を漏らしていると、イルティナがクツクツと笑い、次いでこう口にする。
「ふふ。それは、山の様に積まれた金銀財宝が出迎えてくれると期待していた顔だな?」
「えっと……はい。少し」
「期待に沿えず申し訳ないが、どこの国の宝物庫もこんなものだよ。なにせ私たちは、ある日突然故郷を追われ、魔物に追い立てられるようにユグドラシル大陸に押し込められたのだからな」
「あ……」
イルティナの言葉に小さく声を漏らすした後、狩夜は胸中で「そう言えばそうだった」と呟く。
イスミンスールの人類は、厄災によってレベルとスキルを突然奪われ、屈強な魔物から国を守ることができず、ユグドラシル大陸に命からがら逃げ込んだのだ。宝物を国から持ち出す余裕など、ほとんどなかったに違いない。
逆に言えば、魔物に攻め滅ぼされた国の跡地には、持ち出すことが叶わなかった財宝が、手つかずで残されている可能性があるということだ。その残された財宝もまた、開拓者がユグドラシル大陸の外を目指す理由の一つなのだろう。
「それでも平時ならばもう少しましなのだが……多くの金属装備が貸し出されているな。やはり此度の精霊解放遠征、父上は本気か」
イルティナはここで一旦言葉を区切ると、顔を曇らせながら狩夜と向き直る。
「すまないカリヤ殿。どうやらめぼしい装備は軒並み持ち出されているらしい。カリヤ殿に満足してもらえる装備があるかどうか……やはり《魔法の道具袋》にしてもらうか? あれも売れば一財産だぞ?」
「いえいえ。事情はわかってますからお気になさらず。それに、お金ならもうたくさん受け取りましたよ。やはりここは、何かしらの新装備が欲しいところですね」
狩夜はそう言うと、顔を左右に振りながらゆっくりと歩き出した。宝物庫の棚という棚に目を向け、自身が求める装備を探す。
やはり、手ごろというか、使い勝手がよさそうなものは残っていない。残っている装備は皆、取り回しが悪そうだったり、装飾過多で実践向きでなかったりと、訳ありのものばっかりだ。
だが狩夜は「残り物には福がある」と、日本のことわざを呟きながら、根気よく棚を見て回る。そして、ようやくお眼鏡に叶う装備を見つけた。
「うん、これだ。イルティナ様、これを貰っていいでしょうか?」
狩夜が手に取ったのは、青銅製の胸当てである。試しに心臓を守る部分を手の甲で叩いてみると、金属特有のコンコンという音と、硬く頼もしい触感を返してくれた。
とても丁寧な造りで、傷も少ない。門外漢の狩夜でも、一目見てちゃんとした鎧であることがわかる、立派な防具であった。
そんな立派な防具が、精霊解放遠征という有事の際に宝物庫に残っている理由。恐らくそれは——
「それか? もちろん構わないが……本当にいいのか? それは子供用だぞ。確かに今はぴったりだろうが、カリヤ殿はこれからどんどん大きくなるのだから、先のことを考えれば別のものが良いのではないか?」
そう、その胸当ては見るからに子供用だったのだ。装備したくてもできない者が、さぞ多かったことだろう。
だが、子供用だからこそ童顔低身長の狩夜にはフィットする。狩夜はイルティナの発言にコンプレックスを刺激されながらも、こう言葉を返した。
「い、いえ、開拓者は明日の命も知れない仕事ですから。今を全力で生きたいと思います。はい」
狩夜はそう言うと、胸中で「僕は成長を諦めたわけじゃない。僕は成長を諦めたわけじゃない」と繰り返しながら、青銅の胸当てを身に着けた。
自身の胸の上で光る鎧の重さに、安心感と男のロマンを感じながら、狩夜はイルティナに尋ねる。
「あの、似合いますか?」
「ああ、とてもよく似合っているぞ」
こうして、狩夜は頼もしい新装備を手に入れたのだった。
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