049・謁見と報酬

「面を上げよ」


「っは」


 頭上から聞こえてきた許しの言葉に従い、跪いて平伏していた狩夜はその頭を上げた。


 ここはウルザブルンの中心であるブレイザブリク城、その謁見の間である。狩夜は今、ウルズ王国の頂点に君臨する王との謁見、その只中にいた。


 ティールのものよりずっと立派なウルザブルンの開拓者ギルド。そこに足を踏み入れた後、狩夜は内装の確認もそこそこにカウンターに歩み寄り、このギルドにはどんなクエストがあるのか、期待半分、不安半分に確認して——すぐに拍子抜けした。発注されていたクエストは【ラビスタ狩り】や【害虫駆除】といった、依頼者が開拓者ギルドのデイリークエストばかりだったのである。


 聞いたところによると、ウルザブルンに駐留している精霊解放軍の参加者たちが、暇つぶしとばかりクエストをこなしてしまったらしく、中級以上のクエストは、何一つ残っていないのだとか。


 依頼者が個人の中級、上級のクエストは、早い者勝ちが基本である。狩夜はそれなら仕方ないと、デイリークエストを受けるだけ受けた後、結局ティールではできなかった薬草の勉強をするべく、持ち出し厳禁の植物図鑑を借りてからカウンターを離れた。


 空いていたテーブルにつき、植物図鑑を読み進める狩夜。そんな狩夜をニヤニヤ見つめるいくつかの視線や、狩夜とレイラを話題にしたヒソヒソ話も何度か聞こえたが、遠巻きに見られるだけで、別段害はなかった。聞き耳を立ててみると「今はフローグがいるからやめておけ」「そうだな」といったやり取りが耳に届く。


 どうやらフローグ・ガルディアスは、町にいるだけで犯罪抑止力になる凄い男であるらしい。


 そんな見えないフローグの庇護のもと、狩夜は今後のために黙々と図鑑を読み進める。そして、狩夜がギルドに入ってから一時間ほどたった後、ギルとの話し合いを終えたイルティナがやってきた。王女の登場にどよめく周囲を尻目に、イルティナは最短距離で狩夜のもとへ向かう。


 狩夜のすぐ横に立ったイルティナは少し疲れた様子であったが、それでも笑みを浮かべ「すまない、待たせた」と言い、狩夜は「いえ、今来たところです」とお決まりの言葉を返す。


 イルティナのような美人を相手に、まるで恋人のようなやり取りができたことに若干の優越感を覚えつつ、狩夜は席を立つ。そして、植物図鑑をギルド職員に返してから開拓者ギルドを後にした。


 イルティナと並んで歩きながら、ジルの名誉を守れたこと、ギルに謝罪を受け入れてもらえたことを聞き、謁見のときの作法やら、注意事項やらの説明を受けつつ、狩夜はウルザブルンの中心にそびえる白亜の城にまで案内されて、今に至る——というわけだ。


 下段にて頭を上げた狩夜の目に映るのは、上段に存在する玉座に悠然と腰かける三十代半ばの男性。高貴ではあるが豪奢ではない服に身を包み、草木を模した黄金の王冠を戴く彼こそが、ウルズ王国の王にして、イルティナの父。マーノップ・セーヤ・ウルズその人である。


 そのマーノップのやや後方には、玉座によく似た作りの椅子が二つあり、二人の王妃が腰掛けていた。双方ともに息を飲むほどの美女で、狩夜から見て左側が純血の木の民、右側がブランの木の民である。


 木の民の王は正室に純血の、側室にはブランの王妃を迎えるのが通例らしい。側室、ブランの王妃がイルティナの母親だ。その証拠に、ブランの王妃のすぐ隣にはイルティナが立っており、狩夜に向けて「教えた通りにやれば大丈夫だ。頑張れ」と言いたげな苦笑いを向けている。


 イルティナがそんな顔をするのも無理はない。イスミンスールで一番偉い人と言っても過言ではないウルズ王国の王を前にして、狩夜は緊張の極致にいた。顔は真っ青であり、心臓はバクバクである。


 イルティナから「父上は気さくな方だから、最低限の礼儀作法ができていれば問題ない」と事前に言われていなければ、すでに倒れていてもおかしくないくらいであった。


 ついでにいうと、マーノップと二人の王妃、そして、この謁見の間にいるウルズ王国の重鎮たちは、狩夜が異世界人であることをすでに知っている。「口止めをされてはいたが、国王である父上にカリヤ殿が何者か直接問われれば、答えざるを得なかった」と、随分前にイルティナから謝罪されている。


「さて、そなたの事情はイルティナからの報告で既に把握している。カリヤ・マタギよ。余は、まずはそなたに礼を言いたいと思う。余の最愛の娘、イルティナ・ブラン・ウルズ。そして、ティールの村と、そこに住まうすべての民を救い、諸悪の根源たる主を打倒してくれたことに対し、余はこの上ない感謝を覚えている」


「きょ、恐縮です」


「イルティナの父親として、そなたに頭を下げて謝辞を述べたいところではあるのだが……余は親である前に木の民、そしてウルズ王国の王。おいそれと人に頭を下げることはできぬ。その代わりと言ってはなんだが、そなたが受け取る【主の討伐】の報酬を上乗せすることで、そなたへの感謝を示したい。報酬として150000ラビスを用意した。受け取ってほしい」


「じゅうごま……!?」


 マーノップが提示した額は、元の報酬の三倍の額であった。あまりの金額に、狩夜は両の目を見開いてしまう。


「そなたは異世界人ゆえ何かと入用であろう。イルティナの命の対価としては少なすぎるぐらいだが、余の感謝を受け取ってはくれまいか?」


「は、はい! ありがたく頂戴いたします!」


「そうか。では、もう一つの報酬である《魔法の道具袋》の中に入れておくので――」


「あ、父上。その《魔法の道具袋》のことなのですが、少しよろしいでしょうか?」


 マーノップの言葉を遮り、イルティナが口を開いた。母である王妃の横を離れ、玉座の前へと歩み出る。


「許す。イルティナ、申してみよ」


「はい。カリヤ殿が連れている魔物、マンドラゴラのレイラなのですが、彼女はアイテム保管系スキルをすでに有しております。ですので、カリヤ殿に《魔法の道具袋》を下賜なさる意味は薄いかと。他のモノに変えてはいかがでしょうか?」


 跪いている狩夜のすぐ隣、なぜかじーっと天井を見上げているレイラを見つめながらイルティナは言う。その言葉にマーノップは「ふむ……」と声を漏らし、こう言葉を続けた。


「なるほど。確かにアイテム保管系スキルがあるのならば《魔法の道具袋》は報酬として不適当だろう。何が良いだろうか……」


「何かしらの金属装備がよろしいのではと、私は愚考いたしますが?」


「ならそうしよう。カリヤよ、そなたもそれでよいか?」


「はい。僕としましても、そちらの方が助かります」


 イルティナの言う通り、レイラがいるのなら《魔法の道具袋》をもらう意味は薄い。別のモノに変えてもらえるなら願ったり叶ったりだ。


「では、宝物庫の中から好きな金属装備を一つ持って行くがよい。宝物庫には——イルティナよ、そなたがつき添え」


「承知いたしました」


「うむ。ではこれでカリヤへの礼と報酬の話は終わりとしよう。しかし……なるほどな。確かにそのマンドラゴラという魔物は、ドリアード様に似ておられる」


 飽きることなく天井を見上げ続けるレイラの姿を興味深げに見つめながら、マーノップは言う。


 本来、謁見の間に魔物が足を踏み入れることは許されない。たとえテイムされた魔物であろうとも——だ。レイラがこの場にいるのは、木精霊ドリアードの化身と噂されるレイラの姿をぜひ見たいという、マーノップの希望に他ならない。


「異世界の魔物……か。見た目と大きさに反して、とんでもなく強いとも聞いた。カリヤよ、そなたの世界にはこのような魔物がうようよしておるのか?」


「え? いえ、そんなことはありません。マンドラゴラは、僕の世界——地球でも伝説的な植物で、僕も実物を目にするまでは、てっきり空想上の存在だと思っておりました」


「ほう、そなたの世界はチキュウと言うのか? そのチキュウとやらは、どのような世界なのだ?」


「えっと、イスミンスールに比べて随分と平和な世界だと思います。僕の母国である日本は、特に」


「ニホン?」


「えっと、日ノ本って言った方がいいのかな? 僕は、三代目勇者と故郷が同じなんです」


「ほう! カリヤは三代目勇者と同じ日ノ本の出身か! しかし、それにしてはカリヤの服装は、月の民のものに比べ随分と趣が異なるように思えるのだが……」


「時代が違いますので。今の日ノ本では、このような服の方が一般的です」


「ふむ。流行り廃りがあるのはどの世界でも一緒というわけか。合点がいった。それでは次の質問なのだが——」


 好奇心が強いのか、子供のように目を輝かせながら狩夜に対して矢継ぎ早に質問をしてくるマーノップ。そんなマーノップに対して二人の王妃は「やれやれ」と言いたげな苦笑いを向け、イルティナは「すまないが付き合ってやってくれ」と狩夜に目で訴えてくる。


 狩夜は「これいつ終わるの!?」と胸中で叫びながら、言動が失礼にならないよう最大限の注意を払いつつ、マーノップからの質問に延々と答え続けるのであった。



   ●



 狩夜が質問攻めにあっている謁見の間の上。そして、に、彼女はいた。


 彼女の名は矢萩。美月家直属の隠密集団。猪牙忍軍に所属する草の一人である。


 矢萩は今、上司である紅葉の命に従い、叉鬼狩夜の情報収集をおこなっていた。


 ウルザブルンの王宮内で諜報活動をおこない、国王の会話を盗み聞きしたと露見すれば、即外交問題なのだが——矢萩には見つからない自信があった。紅葉のパーティメンバーとしてソウルポイントを供給されている矢萩は、テンサウザンド半ばの基礎能力と、隠密行動に特化した数々のスキルを有している。矢萩が本気で気配を絶てば、城の兵士や使用人どころか、サウザンドの開拓者であっても矢萩を見つけることは不可能に近い。


 要警戒対象であるフローグやギルが城内にいればさすがに諦めたが、フローグが水の民の王に会うためにウルズの泉に、ギルが家族との時間を優先して自宅に戻っていることは確認済みである。そして、あともう一人。現在風の民の王と話をしているテンサウザンドの開拓者がいるが、彼女は性格的に探し物が苦手だ。矢萩を見つけることはできないだろう。


 矢萩は僅かな逡巡の後、王宮内での狩夜の情報収集を敢行した。


 そして、矢萩は今、自身が掴んだ情報、その重要性に動揺を隠せずにいる。


「三代目勇者様と同じ、日ノ本の異世界人……」


 体を小刻みに震わせながら、矢萩は月の精霊ルナに心からの感謝をささげた。そして、危険を承知で王宮に忍び込んだ自身の判断が正しかったことを確信する。


「これは運命だ」


 月の民が窮地に立たされている今、日ノ本から異世界人がやってきた。これを運命と呼ばずなんと呼ぶ。


「この情報を、すぐに紅葉様に!」


 マーノップ・セーヤ・ウルズのおかげで、叉鬼狩夜の情報はすでに十分集まった。矢萩は任務の終了を決め、即座に王宮を後にする。


「これで月の精霊様を解放せずとも、月の民は救われる。紅葉様も、青葉様も救われる。よかった……本当によかった!」


 心を揺らさないのが草の鉄則であるが、矢萩は両の目から溢れる涙を堪えることができなかった。止めどなく涙を流し続けながら、矢萩は今後のことを考える。


 この情報を聞いた後、恐らく紅葉は矢萩に対し、急ぎ国元に戻り、この情報を将軍と帝のもとに届けるよう命令するはずだ。明日から始まる精霊解放遠征。それに参加する紅葉は単独では動けない。ならば、矢萩が国元に向かうしかない。


「牡丹をミーミル王国に行かせたのは失敗だった」


 叉鬼狩夜の出自を探るため、同僚である牡丹は既にミーミル王国に向かっている。これは完全な無駄足な上、戻ってくるのは当分先だろう。


 牡丹がこの場にいれば、牡丹を国元であるフヴェルゲルミルに向かわせ、自身は叉鬼狩夜の観察とができたものを——と、こう考えたところで、矢萩は頭を振った。


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。今は一刻も早く、この情報を紅葉の元に届けるのが先決だ。


 矢萩はそう割り切り、疾風の如きその動きを、更に加速させる。

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