047・実は仲良し?
「マタギ・カリヤさん。あの子、かなりの訳ありですわねぇ」
「で、やがりますな」
狩夜から離れた後、アルカナと紅葉は並んで歩きつつ、互いに感じた違和感を語り合っていた。
「漢字は、紅葉の御先祖様である三代目勇者がイスミンスールに持ち込みやがったもの。読み書きできる者は、月の民でも極少数でやがります」
「共通語のユグドラシル言語ですら、読み書きできない人が多いですものねぇ」
「光の民が漢字を覚える必要性は皆無。月の民ですら、漢字を学びやがるのは伝統を重んじる名家の者だけ。だけど紅葉は、叉鬼なんて家名は知らないでやがりますよ」
「それに、あのマンドラゴラという未発見の魔物の存在も、無視できませんわねぇ」
「むやみやたらと強いでやがりますからな」
「私は薬師としての視点で、薬の素材として言っているのですけれど……まあ、強さもそうですわね。なにせ、テンサウザンドの開拓者にして、フローグさんに次ぐ実力者と言われるモミジさんと互角に渡り合ったんですもの」
「情報が古いでやがりますよ、アルカナ。紅葉はもうハンドレットサウザンドでやがります」
「え!?」
隣で歩く紅葉の姿を、アルカナは目を見開きながら見下ろした。
アルカナが驚くのも無理はない。開拓者がハンドレットサウザンドに到達するには、最短でも五千万五千という、途方もない量のソウルポイントが必要なのだ。
テンサウザンドに必要なソウルポイント、五十万五百。そして、サウザンドに必要な五千五十とは、文字通り桁が違う。
ハンドレットサウザンドは、開拓者用語で『最高峰』を意味する。その肩書きは、開拓者にとって果てしなく遠く、そして重い。
「それはそれは……おめでとうございます。心より祝福いたしますわ。人類で二人目の偉業ですわねぇ」
「少し無理をしたでやがりますが、何とか間に合ったでやがりますよ」
どうやら紅葉は、此度の精霊解放遠征のために、自身をきっちり仕上げてきたらしい。
「となると、益々あのマンドラゴラという魔物の異常性が際立ちますわねぇ。なりたてとはいえ、ハンドレットサウザンドの開拓者と互角に渡り合うとは……」
「紅葉は本気ではあっても、全力じゃなかったでやがりますが……」
それは相手も同じだろう——と、紅葉は誰にも聞こえないくらいの声量で呟く。
「少し……いや、かなり気になるでやがるな。調べるでやがりますよ」
紅葉はこう言うと、両手を二度叩き合わせた。次いで、こう告げる。
「
「お傍に」
「はいはーい♪」
紅葉の言葉に対し、左右の物陰から即時返答があった。声からして、共に女性であろう。
その声の主に向けて、紅葉は無感情に命令する。
「光の民の開拓者、叉鬼狩夜。そして、そのパートナーであるマンドラゴラのレイラ。両者の情報を可能な限り集めるでやがりますよ。遠征軍がユグドラシル大陸を発つ前に結果を出しやがるです」
「御意」
「はーい。了解でーす」
返答の後、声の主は音もなくその場を立ち去り、何処へと消えた。そして、命令を下した当の紅葉は、何食わぬ顔でウルザブルンの大通りを歩き続けている。
一連のやり取りを傍から見ていたアルカナが、苦笑いを浮かべながら口を動かした。
「
「でやがりますよ。さすがに主治医として鹿角家に出入りするだけあって、詳しいでやがりますな。二人とも優秀な草でやがります。並の相手ならすぐに丸裸でやがりますよ。家族構成や友人関係はもちろん、人には言えない趣味や弱みまで調べ尽くしてやりやがります」
「わたくしに気配を感じさせないとは、双方ともかなりの手練れですわねぇ。なんだか狩夜さんが気の毒になってきましたわぁ……」
「で、アルカナ。もののついでに尋ねたいことがあるのでやがりますが……」
「なんですの?」
「その、弟は……
胸の前で両手をもじもじさせながら尋ねる紅葉。らしからぬその言動に、アルカナは小さく笑った。だが、それは一瞬のこと。すぐに真面目な顔になり、こう答える。
「そうですわねぇ……あまりよくはありませんわぁ。わたくしが遠征から戻るまでは、お役目を控えるよう言ってはおきましたが……主筋であるミツキ家の方や、お
「そう……でやがりますか……」
アルカナの言葉に、紅葉は痛みを堪えるかのように歯を食い縛った。次いで、こう呟く。
「やっぱり、紅葉が頑張るしかないでやがりますな。今回の遠征で大活躍して、光の精霊様を解放して、その勢いで次に……次に行きやがるですよ。ヨトゥンヘイム大陸に皆で殴りこんで、月の精霊様を解放しやがるです」
「ちょっとモミジさん。それ、本気で言ってらっしゃいますの? ヨトゥンヘイム大陸は、あのフローグさんですら、ちょっと覗いて引き返したという魔境ではありませんの。なんでも巨人を見たとかどうとか……それに、この遠征で光の精霊様を解放できたとしても、次の遠征地はアルフヘイム大陸の方が有力でしてよ?」
「だから諦めろと言うでやがりますか? 冗談じゃないでやがりますよ。月の精霊様を解放しやがらなければ、そう遠くない未来に青葉は——いや、月の民は終わりでやがります。他種族に頭を下げ、媚び諂わなければ滅んでしまう弱小種族に成り下がるでやがりますよ。紅葉はこの身、この槍、この命。その全てを懸けて、月の民の未来を繋ぎ止めなければならないのでやがります」
「何もそれは、モミジさんだけが背負うものでは――」
「五月蠅いでやがりますよ! 月の民の衰退を今か今かと待っている、闇の民にどうこう言われたくはないでやがる!」
「——っ」
足を止め、己が忌み嫌う鬼そのものの形相でアルカナを睨む紅葉。一方、ハンドレットサウザンドとなり格上となった紅葉の殺気混じりの怒声を真正面から受け止めたアルカナは、足を止めながら身を強張らせている。
「……」
「……」
「……すまんでやがる。言い過ぎたでやがるな」
「いえ、そう思っている闇の民が多いことは事実ですから……」
紅葉は両肩を深く落とし、頭を下げた。一方のアルカナは、気にしないでと首を左右に振る。
「本当にすまんでやがる。闇の民の故郷、ヘルヘイム大陸は、まだ見つかってもいないでやがりますのに……紅葉もまだまだ修行が足りないでやがりますよ」
「ふふ、なにを言ってますのモミジさん。モミジさんは世界で二番目ぐらいにお強いですわよ。それに、わたくしは故郷を取り戻したいだなんて大それたこと、考えたことも——」
「アルカナ」
紅葉は、落ち着いた声で名を呼び、アルカナの言葉を遮った。次いで、こう言葉を続ける。
「それが嘘だってことぐらい、紅葉でもわかるでやがりますよ?」
「……」
アルカナは、紅葉の言葉を肯定も否定もしなかった。無言で紅葉を見下ろし、視線を重ねている。
互いに顔を見つめ合い、示し合せたかのようなタイミングで同時に視線を外した。そして、再び並んで歩きながら、口を動かす。
「モミジさん、此度の遠征……お互いに全力を尽くしましょう」
「おうでやがる」
当人同士は否定するだろうが、他者から見たら親友にしか見えないやり取りをしつつ、アルカナと紅葉は、目的地を目指して歩き続けるのであった。
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