046・どっちが好み? 下

「あ、あの……その……」


 レイラを胸に抱きながら、アルカナと紅葉の間で視線を右往左往させる狩夜。そんな狩夜に、アルカナが急かすように声をかける。


「さあさあ、早く選んでくださいましカリヤさん。カリヤさんはどちらが好みなんですの? ああ、そうそう。わたくしが味方しているから――という理由で、わたくしを選ぶのはやめてくださいませね? たとえこの場でモミジさんを選んだとしても、わたくしはカリヤさんをお守りします。お心のままに、より心惹かれる女性をお選びください」


「じ、時間がもったいないでやがりますから、さっさと選ぶのでやがりますよ!」


 自信満々といった様子のアルカナに対して、やけくそ気味に声を荒げ狩夜に回答を迫る紅葉。そんな二人の言に観念した狩夜は、意を決して右手人差し指を伸ばし、自身にとってより魅力的に思える女性を指差した。


「まあ……」


「ふえ?」


 狩夜が指し示す方向を目視したアルカナ、紅葉の両名が、困惑の声を漏らした。そんな二人に向かって、狩夜はこう口を動かす。


「ぼ、僕はその……紅葉さんの方が……好みです。魅力的だと思います。アルカナさん、ごめんなさい……」


 右手で紅葉を指さしながら、アルカナに向けてペコペコと頭を下げる狩夜。アルカナはそんな狩夜を見つめながら呆然と立ち尽くし、紅葉はどんぐり眼を輝かせながら、足早に狩夜に詰め寄る。


「本当に……本当に紅葉を選んだでやがりますか!? アルカナじゃなく、紅葉を選んだのでやがりますか!?」


「は、はい……」


「どこでやがりますか!? お前は紅葉のどこに魅力を感じたでやがりますか!?」


「えっと、大きな目とか、服装とか、言葉遣いとか、色々ありますけど……一番の決め手は、僕より身長が低い所です。僕、お付き合いするなら僕より身長が低い人がいいなーって、常々思ってますから」


「おお……」


「紅葉さんはちっちゃくて……その、凄く可愛いと思いますよ。もっと容姿に自信を持っていいと思います」


「おおおおおお!」


 狩夜の言葉に興奮したのか、体を小刻みに震わせながら声を上げる紅葉。ほどなくして、その喜びを爆発させた。


「やったでやがりますぅ!」


「うわ!?」


 満面の笑みを浮かべながら、紅葉が狩夜に抱きついてきた。つい先ほどまで殺し合いをしていたのが嘘のように、狩夜の体に腕を回し、体を密着させてくる。


「アルカナに女としての魅力で勝っただけでも嬉しいでやがりますのに、その理由が小さくて可愛いからだなんて! あははは! 今日はいい日でやがります! 最高でやがりますよ! あははは!」


 密着した体は想像以上に柔らかく、紅葉が女の子であるということを否が応でも認識させた。狩夜の顔がみるみる赤く染まっていく。


「紅葉はお前のことが気に入ったでやがりますよ! 紅葉を鬼と呼んだことも、特別に許してやりやがります!」


「あ、ありがとう……ございます」


「お前のこと、狩夜って呼んでいいでやがりますか?」


「え? はい。どうぞお好きに」


「なら狩夜、紅葉のことは——って、そういえば、ちゃんとした自己紹介はしてなかったでやがりますな。では、改めて名乗るでやがりますよ」


 紅葉はそう言うと狩夜から離れ、ほぼ同じ高さにある狩夜の目をじっと見つめながら自己紹介を開始した。


「紅葉の名は鹿角紅葉。紅葉と呼ぶがいいでやがりますよ。月の民で、鹿の獣人でやがります。鹿の獣人は月の民にとっては特別で、兎の獣人に次いで神聖視される存在でやがりますよ」


「その由来は?」


「聖獣様でやがります。世界樹を守護する聖獣様が、鹿だと言い伝えられていやがるです。狩夜にも月の民の血が流れているのなら、憶えておくといいでやがりますよ」


 額に生えた鹿の角を誇らしげに見上げながら、紅葉は言葉を続ける。


「紅葉は、将軍家たる美月家、その家臣団の筆頭を務める鹿角家の現当主でやがります。鹿角家は美月家と同じく三代目勇者を祖とする家系で、遠い異世界、日ノ本の武士の血を、最も色濃く受け継ぐ家でやがります」


「え!? それじゃ紅葉さんは三代目勇者の——」


「そう、子孫でやがります」


 狩夜は、三代目勇者って日本人だったんだ——と胸中で呟きながら、口では「ほへー」と声を漏らす。


 名前やら言動やらが日本風なわけだ。これらの文化は、その三代目勇者がイスミンスールに伝えたものに違いない。


「三代目勇者が世界救済を終えた後、正室として迎えたのが美月家。側室として迎えたのが鹿角家でやがります。紅葉の愛槍であるこの『迦具夜かぐや』は、世界救済の供をしていたとき、御先祖様が実際に使っていたものでやがります」


「由緒正しい槍なんですね」


「そうでやがります。現存する魔法武器の中で最強と言われているのが、この迦具夜でやがりますよ。そして、紅葉自身も月の民最強を自負してやがるです。西国無双とか呼ばれることもありやがりますよ」


「西国無双が最強の武器を振るってるんですか……」


 レイラの防御を破るわけだ——と、狩夜は一人納得した。


「そんな紅葉とあれだけやり合えるんだから、狩夜とそのちっこいのは大したものでやがりますよ。どうでやがりますか? 紅葉が話を通してやりやがりますから、狩夜も精霊解放軍に――って、何するつもりやがりますかアルカナ!?」


 狩夜の方を——いや、正確には狩夜のやや後方を見つめながら、紅葉が声を張り上げた。


 そんな紅葉の視線を辿るように、狩夜が後ろを振り返ろうとした、次の瞬間——


「うひゃぁあぁぁあぁぁあ!?」


 右耳になにやら生暖かいものが触れ、狩夜の両肩が跳ね上がる。


「ふふ……ふふふ……」


 アルカナだった。いつの間にか接近、背後から急襲したアルカナが、上から覆いかぶさるように狩夜を拘束したのである。


 狩夜の耳に、熱心に唇と舌を這わせながら。


「にゃあ!? にゃあぁあぁ!?」


 突然の事態に混乱し、わけもわからず声を上げる狩夜。だが、アルカナは止まらない。炎のように熱い唇で狩夜の耳を食み、氷のように冷たい舌を狩夜の耳に這わせ、耳穴を侵す。


「レロ……レロレロ……ふふ、ふふふ」


「アルカナ! 狩夜を放しやがるです! 狩夜はアルカナじゃなくて、紅葉を選んだでやがりますよ!」


「だ・か・ら♡ でしてよ。モミジさんに女としての魅力で負けるだなんて、末代までの恥ですもの。カリヤさんにはわたくしの良さをわかっていただかなければなりません。略奪愛こそが闇の民が最も得意とするところ。燃えますわぁ♡ 滾りますわぁ♡」


「にゃあ!? にゃあ!?」


「これほどの恥をかかされたのは初めて……殿方の前であれほどまでに乱れたのも初めて……ふふ、ふふふ♡ カリヤさん。あなたはわたくしの本命に決定ですわぁ。たっぷりと唾をつけさせていただきましてよ。ふふふ♡」


「にゃぁあぁぁあ!?」


「カリヤさん。わたくしとモミジさんを比べて、モミジさんを選んだのは、カリヤさんがまだ未経験で、女の味を知らないからでしてよ。匂いでわかりますわぁ。とっても美味しそうなこの匂い……まだ女性経験がないのでしょう? 今夜にでもお相手を務めて、最高の夢を見させて差し上げたいのですけれど……残念ですが、今夜は先約があるのです。そして、明日にはウルザブルンを離れなければなりません。モミジさんがランティスさんに話を通して、カリヤさんを遠征軍に参加させてくだされば、わたくしとしても助かるのですけれど……」


「そんなこと言われたら、誘いたくても誘えないでやがりますよ!」


「そうですの……残念ですわぁ……本当に残念ですわぁ……」


 アルカナは、心底残念そうにそう言うと、頬にキスをしてから狩夜を解放する。


「これ以上は我慢できなくなってしまいそうですわねぇ。カリヤさん、暫しの別れです。遠征が終わってから、たっぷりとお相手させていただきますわね。うふ、うふふふ♡」


「たく、この色狂いは……狩夜、紅葉ももういくでやがりますよ。遠征が終わったらまた会うでやがります」


「はぁ……はぁ……なんか、とんでもない二人だったな……」


 アルカナに好き放題された右耳と、口紅のついた右頬を袖で拭いながら、狩夜は離れていく二人を見送るのであった。

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