036・童顔チビの役得

「あれ? なんだかスピードが……落ちてる?」


 体を支えている四肢から徐々に力を抜きながら、狩夜は船の周囲を見回した。


 ウルズ川の上を葉っぱの舟でかっ飛ぶことおおよそ三十分。周囲の景色が深い森からごつごつした岩場に変わった頃、その景色が後方へと流れる速度が目に見えて低下したのだ。舟が減速を始めたのは間違いない。


 「どうしたのレイラ? 急に減速しちゃって?」


 もう普通に座っていられる速度にまで減速した舟の上で、狩夜は後ろを振り向きながらレイラに尋ねた。狩夜の目に映るレイラはすでに櫂を動かしておらず、何かを探すように頻りに周囲を見回している。


 レイラの仕草から狩夜は事情を察し、こう口を開いた。


「トイレ?」


 バン!


 この言葉への返答は制裁であった。「私はそんなのしない~!」と言いたげに振るわれた櫂が川から飛び出し、狩夜の顔面を強打する。狩夜は「痛い! そして冷たい!」と悲鳴を上げ、川の水で濡れた顔を服の袖でぬぐいながら、こう言葉を続けた。


「軽いジョークなんだからぶつことないだろ! ぶつこと! で、どうかしたの? 何か探し物?」


「……(プイ)」


 狩夜の言葉に返答することなく、顔をそっぽに向けてしまうレイラ。そして「まったく狩夜はデリカシーないんだから!」とでも言いたげな顔で、再び周囲を見回し始める。


 胸中で「レイラってたまに乙女だよな~」と呟きながら、狩夜もレイラをまねて周囲を見回してみた。とはいえ、特に気にするべきものは何もない。狩夜の目に映るのは前後に延々と続くウルズ川と、左右に広がるゴツゴツした岩場。そして——


「ん? おお、カリヤ殿。早かったな」


 岩場の陰で気持ち良さげに水浴びをしているイルティナの、一糸まとわぬ裸体くらいなものである。


「……」


「……」


「……え? ええ!?」


「カリヤ殿? どうかしたか?」


「……き」


「き?」


「きゃ~~~!!」


 レイラが「やっほ~イルティナ。追いついたよ~」とでも言いたげな顔で手を振り、舟をそちらに近づける中、狩夜は自身の置かれている状況を理解し、真っ赤になった顔を両手で覆いながら蹲った。それを見たイルティナは「どちらかというと、それは私の反応ではないだろうか?」と、思案顔で首を傾げている。


 咄嗟に視界を黒一色に塗りつぶした狩夜であったが、イルティナの美しすぎる裸体は狩夜の目に焼きついており、漆黒の世界の中でハイビジョン映像のように鮮明に浮かび上がった。


 水滴を纏って陽光を反射する褐色の柔肌。濡れたことで妖艶な色気を放つ銀髪。胸の谷間やお臍の穴へと吸い込まれていく大きめの水滴。そして、漫画やアニメなどでは描写されずに規制される部分までもが、漆黒の世界で驚異的な再現度で映し出され、イルティナの裸を見てしまったという事実を狩夜に強く意識させる。


「い、いいい、イルティナ様!? なんでこんなところに居るんですか!? ていうか、裸!? なんで裸!?」


「ああ、ここでカリヤ殿を待っていたのだ。裸なのは、水浴びをしているのだから当然だろう。しかし、カリヤ殿がここを通るのはもう少し後だと思っていたのだが——なるほど。こんな立派な舟を作れる能力がレイラにあるとはな。納得だ」


 イルティナはこう言いながら足を動かし、狩夜とレイラが乗る葉っぱの舟へと歩み寄る。そして、次の言葉を実に落ち着いた声色で言い切った。


「カリヤ殿が来たら上がるつもりだったのだが、正直まだ浴び足りないな。まだ時間もあるし……よし、カリヤ殿も少しつき合ってくれ。共に水浴びと洒落込もう。これから父上——木の民の王に会うのだから、身綺麗にしておかないとな」


 突然の提案に狩夜は慌てふためいた。そして、自分の耳がおかしくなったんじゃないか!? と疑いながらも、イルティナにこう言葉を返す。


「ええ!? だ、駄目ですよイルティナ様! 僕、男ですよ! 一緒に水浴びなんてできるわけないじゃないですか!? 恥じらいを! 女性として最低限の恥じらいを持ってください!」


 狩夜のこの言葉に、イルティナは一瞬きょとんとした顔を浮かべた。が、すぐに笑みを浮かべ、こう言う。


「ふふ、前から思っていたが、カリヤ殿は本当に大人びているな。恥じらいもなにも、十にも満たない子供に裸を見られたところで、私はなんとも思わんよ」


 この時、胸の内から “グサ!” という音が響くのを狩夜は確かに聞いた。次いで「じゅ、十にも満たない子供……」と、呻くように呟く。


 どうやらイルティナは、狩夜のことを九歳以下の子供だと思っているようだ。日本人は外国人から見ると若く見えるらしいが、それは異世界でも同様であるらしい。


 童顔、低身長で、ちょくちょく実年齢より下に見られる狩夜であったが、九歳以下は初めての経験。さすがにこれには傷ついた。光のない虚ろな視線で下を向き、体の動きを止めてしまう。


 その瞬間、イルティナの目がキラリと光った。


「隙あり」


 サウザンドの身体能力を遺憾なく発揮し、一瞬で狩夜に組み付き背後を取るイルティナ。次いで舟から引きずり下ろし、流れるような動きで服に手を掛けつつ、狩夜を岩陰へと連れ込もうとする。


「ああ、しまった! ちょ、駄目ですってイルティナ様! やめてぇ!」


「よいではないかぁ。よいではないかぁ」


「いいわけないでしょ!? レイラも見てないで助けてよ! 僕ピンチ! 今すっごく大ピンチ!」


「……(プイ)」


 必死になって助けを求めるものの、レイラは「私、怒ってます。狩夜なんて知らな~い」とでも言いたげな顔で、そっぽを向いてしまった。


 狩夜は「レイラァ~!」と叫びながら、つい先ほど口にした「トイレ?」の一言を盛大に悔やんだ。後悔先に立たずとはまさにこのことである。


 実年齢を明かせばイルティナは止まるだろうか? とも考えたのだが、怖くてできなかった。相手は王女。今ここで「実は十四歳で、思春期真っ盛りです」なんて打ち明けたら国際問題になりかねない。十四歳という年齢は、イスミンスールでは結婚適齢期なのだ。子供とかも普通に作れちゃう年齢なのだ。


「ふふ。どうやらレイラも私の味方のようだな。メナドがいれば止めるだろうが、今日は小うるさいお目付け役はいない。そして、模範となるべき民の目もない。ふふ、ふふふ。色々あって私も溜まっているのだ、たまにははっちゃけさせてくれ。と言うかはっちゃける。もう決めた。これから私ははっちゃける。カリヤ殿ではっちゃける」


「にゃぁー!! 誰か助けてぇー!」


 この言葉を最後に、狩夜は抵抗虚しく岩陰へと引きづり込まれた。そして、イルティナの手で裸に引ん剝かれていく。


 狩夜が引きづり込まれた岩陰は、直径四メートルほどの円形となっており、上からは湧き水が流れ出ていた。周囲の岩肌は非常に滑らかで、この空間が上から流れ出る湧き水によって、何千年という歳月をかけて削り出された場所であることを如実に表している。


 脛のあたりまである川の水は、岩に一度遮られているおかげで非常に穏やか。川底には白く丸い石が敷き詰められており、地面と変わらない安定感がある。空気もとても澄んでいて、マイナスイオンがたっぷりだ。


 この場所は、さながら天然のシャワールームである。近くを通るなら誰でも水浴びをしたくなるであろう絶好のロケーション。イルティナが狩夜を置き去りにして先にいったのは、ここでゆっくり水浴びがしたかったからに違いない。狩夜だって同じだ。こんな場所があると知っていたら、思いっきり水浴びしたいと思うだろう。そう、今のような状況でないのなら。


「あう……あう、あう……」


 裸にされ、入念に体を洗われた後、狩夜はイルティナに抱き抱えられながら川の水に浸かっていた。狩夜の小振りな体はイルティナの腕の中にすっぽりと納まっており、上下と体格が逆なら「これ、絶対入ってるよね?」といった感じの体勢である。


 背中にはイルティナの豊満な胸が押し付けられており、その奥の鼓動が直接伝わってくる。臀部の下にはイルティナの瑞々しい太ももがあり、極上のクッションとなって狩夜の体重を支えていた。


「ふふ、至福だ。こんな弟が欲しいと常々思っていたのだ」


 後ろから狩夜の左肩の上に顎を乗せ、笑顔で頬ずりしてくるイルティナ。すべらかな頬の感触もそうだが、イルティナが動く度に背中に当たる乳房がグニグニと形を変え、もう狩夜の脳内は沸騰寸前である。水に浸かっているのにのぼせそうであった。


「そ、そういえば、ご姉兄がいらっしゃるんですよね?」


「ああ。会うのは久しぶりだよ。あの奇病のせいで父上、母上だけでなく、姉や兄にも心配をかけてしまった。私は末っ子で、特に可愛がられていたと思う。蝶よ花よと育てられた――はずなんだが、いつの間にかこんな性格になってしまったうえに、開拓者にまでなってしまった。自分でもなぜこうなったのか不思議でならない」


 イルティナはそう言って朗らかに笑う。そして、頬ずりを再開しながらこう言葉を続けた。


「私は甘やかされた。だからわかる。一般家庭ならカリヤ殿くらいになれば立派な労働力だろうが、まだまだ親に甘えたい盛りのはずだ。しかし、ここは異世界。カリヤ殿の望みは叶わない。だから、私でよかったらいくらでも甘えてくれ。母親代わりとはいかないだろうが、私の体で大恩あるカリヤ殿の無聊を少しで慰めることができれば、私は嬉しい」


 ここで言葉を区切り、イルティナは益々体を密着させてきた。狩夜は声なき声で悲鳴を上げ、心の中で「十四歳です! ごめんなさーい!」と叫ぶ。そして、それと同時に悟った。これはイルティナなりの恩返しなのだと。


 この恩義に付け込んで「ぐへへ、馬鹿な女だ。お望み通りたっぷり甘えてやるよ。幼児プレイ最高!」とかできるなら、狩夜も異世界生活をもう少し楽しめるのだろうが、幸か不幸か、狩夜は善人でお人好し、ついでにいうとチキンでもあった。ここまでされてもイルティナに手を出すという考えすら思い浮かばず、実年齢を打ち明けられない罪悪感だけが募っていく。狩夜にとっての唯一の救いは、イルティナにショタコンとブラコンの気があり、相手もこの状況を楽しんでいるということくらいであった。


 とはいえ、狩夜も年頃の男の子。理性には限界がある。このままではやばいと、視線を周囲に巡らせた。密着するイルティナの裸体から意識を逸らすための何かを血眼になって探す。


 すると、その何かは案外あっさりと見つかった。狩夜はその何かを見つめながら、胸中でこう呟く。


 ——何やってるんだよ、レイラの奴。


 狩夜の視線の先では、レイラが名も知らない蛇型の魔物をいつの間にか捕獲していた。しかも、その蛇がめちゃくちゃでかい。間違いなく主クラスの魔物である。


 すでに絶命しているその大蛇を、レイラは肉食花の中へと躊躇なく放り込んだ。いつもながら豪快な彼女の食事風景を見つめつつ、狩夜は漠然と思う。あ、これで僕、サウザンドになれるな――と。


 あの大蛇から得られるソウルポイントは、恐らく千を下るまい。今夜眠りにつき、白い部屋へと赴けば、晴れてサウザンドの仲間入りだ。


 狩夜は「とりあえず『精神』を二回あげたいな~」とか「基礎能力向上回数が百になったときには何かあるのかな~」などと考え、イルティナの裸体から、自身のパーアップへと思考を切り替えることに成功した。


 しかし——


「む! 聞いているのかカリヤ殿!?」


 はっちゃけているイルティナが、狩夜に自身を無視することを許さない。悪戯っ子のような顔を浮かべながら、狩夜の左耳へと口を近づける。そして――


「はむ♡」


「にゃー!?」


 狩夜の耳たぶを甘噛みしてきた。狩夜はたまらず悲鳴を上げ、イルティナの腕の中で体を震わせる。


 その後も、男の欲望と罪悪感に耐える狩夜と、悪乗りしたイルティナの過激なスキンシップは、しばらくの間続くのであった。

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