030・約束

「いやー、やっぱあそこでの俺の一発が効いたな!」


「はっは! また言ってるよこいつ」


「ちょっと飲み過ぎじゃない?」


「めでたいのはわかるけど、ほどほどにしとけよー」


「主を倒したのは、皆の力——でしょ?」


「そうそう! 我らティールの民に栄光あれ!」


 ヴェノムティック・クイーンを撃破し、ヴェノムマイト・スレイブの死滅を確認した後、ティールの村はお祭り騒ぎとなっていた。朝に届いたばかりの物資を一日で使い切る勢いで、村民たちは料理を口にし、勝利の美酒に酔う。


 ヴェノムマイト・スレイブは、ヴェノムティック・クイーンの死後灰となって崩れ落ち、死骸も残さず消滅した。その灰に対してタミーが〔鑑定〕スキルを使ったところ、鑑定結果はただの灰。毒性も検出されず、人体にも影響はないだろうとのこと。


 ティールを人知れず占拠し、奇病を蔓延させたヴェノムマイト・スレイブも、かつてティールを襲い甚大な被害を出した主、ヴェノムティック・クイーンももういない。ティールの村民は、ここしばらく忘れていた安堵感を全身で感じていた。自然と顔がほころび、声が弾む。


「あれ? そういえばカリヤ君とレイラ様は?」


「え? さっきまでそこに……」


「いないぞ?」


「どちらへ行かれたのでしょう?」


 お祭り騒ぎのティールの村、そのどこにも狩夜とレイラの姿がないことに村民たちが気がついた。多くの村民が顔を左右に振り、狩夜たちを探す。


「カリヤ君どこ~。一緒にお酒飲も~」


「子供に酒を勧めんなよ……」


「トイレじゃね?」


「そのうち戻ってくるだろ」


「ん~……そだね。さてと、お酒お酒!」


 狩夜もレイラも見つからなかったが、酒に酔った村民たちはさして気にせず宴会に戻っていった。飲み、歌い、踊り、勝利を祝う。宴会は主役を欠いてもなお盛り上がり続け、村民たちはティールの復興と繁栄を共に願い、誓い合った。



   ○



 ティールでの宴会、その盛り上がりがビークに達しようとしている頃、狩夜とレイラは——


「こっちでいいんだね、レイラ? ヴェノムティック・クイーンのつがいがいる方向は」


「……(コクコク)」


 ティールの村の外、つまりは森の中にいた。


 すっかり定番となった場所、頭の上にレイラを乗せながら、狩夜は森の奥へ奥へと歩みを進める。その目的はヴェノムティック・クイーンの番、つまりはヴェノムティック・キングとでもいうべき魔物の捜索と討伐であった。


 ヴェノムティック・クイーンは最初の襲撃の時、メラドの体内に寄生型の下位個体、もしくは卵を体内に植えつけている。つまりをしている。単為生殖が可能という線もあるが、番がいる可能性が極めて高い。


 ヴェノムティック・スレイブのときと同じ失敗はしない。狩夜は決意を新たにし、足の動きを速めた。


 ヴェノムティック・クイーンを倒したことでスレイブたちは全滅し、ティールの村は救われた。だが、まだ後始末が残っている。ヴェノムティック・キングをなんとしても見つけ出し、撃破しなければならない。


「でも、もう一度あれをやるのは勘弁だ……」


 狩夜は小声で泣き言を漏らしつつ、小さく溜息を吐く。


 イルティナやメナド、ザッツにガエタノ、そして、ティールの村民たちの心と誇りを守るため、狩夜はでヴェノムティック・クイーンを倒した。レイラに指示を一つ飛ばすだけで勝負がついたにもかかわらず、あえて辛勝の道を選んだ。


 この選択は正解だったし、後悔もしていない——と、狩夜は思う。力を合わせて強大な主を打ち破り、ティールの村民たちは結束をより強固にし、心と誇りを取り戻した。ティールの村はこれから加速度的に発展していくことだろう。


 ただ、ヴェノムティック・キングを相手に、もう一度これをやるのは——正直、御免である。


 一度目はうまくいった。だが、二度目もそうなるとは限らない。ティールの村民たちを騙しているようで気が引けるし、演説めいた声を上げて他者を扇動するなどという行為は、狩夜のキャラではないのだ。


 ゆえに、狩夜はレイラだけを連れて村を出たのである。ヴェノムティック・キングがティールを襲い、村の中での戦闘になれば、否応なくヴェノムティック・クイーンとの戦いをなぞらなければならない。人目につかない森の中で、ティールの村民に気取られる前に、確実にことを終える必要があった。


「レイラ。ヴェノムティック・キングを見つけたら、躊躇せずにガンガン攻撃していいからね。ティールの皆が心配するといけないから、なるべく早く終わらせよう」


 狩夜が視線を上に向けながらこう言うと、レイラはコクコクと頷いた。次いで右腕を進行方向へと突き出し、蔓を三本出現させる。そして、その蔓を高速で伸ばし始めた。


 レイラの突然の行動に狩夜は目を見開き、慌てて蔓の動きを目で追った。高速で伸びる三本の蔓は、森の大木たちを蛇のような動きでかわしつつ伸び続け、森の奥地へと消えていく。蔓の先端が狩夜の視界から消えるまでに要した時間は、一秒にも満たない。


「え?」


 呆気にとられた狩夜がこう声を漏らした直後、卵の殻に割り箸を突き立てたかのような音が森の中に連続で響き渡った。レイラは「よし、仕留めた」とでも言いたげな顔で一度頷くと、蔓の回収を始める。


 伸びたときと大差ない速度で縮み、三本の蔓はレイラの体の中にみるみる納まっていく。そして、再び狩夜の視界に入った蔓の先端には、つい先ほど仕留めたばかりの獲物が串刺しにされていた。


 それは、巨大なダニ。ヴェノムティック・クイーンより一回り小さいが、それでも見上げるほどの巨体を持つ蟲の魔物。ヴェノムティック・キングである。


 ヴェノムティック・キングは既に息絶えていた。レイラから伸びた三本の蔓は、狩夜は場所も知らない急所を的確に貫き、断末魔の悲鳴を上げることすら許さず、獲物を即死させたらしい。


 レイラはヴェノムティック・キングの死骸を見つめながら嬉し気に微笑むと、頭上から肉食花を出現させ、丸ごと中に放りこむ。


 鋼の刃すら防いで見せた強固な外骨格を容易に噛み砕き、レイラはヴェノムティック・キングを磨り潰して、体内に取り込んでいった。


 相方の豪快な食事風景を見つめながら、狩夜はこう口を動かす。


「……そりゃさ、レイラなら楽勝だと思ったよ。勝負は一瞬で終わるとも思ったさ……でも……でも……」


 狩夜はここで言葉を区切り、息を大きく吸い込んだ。次いで叫ぶ。


「ホントに一瞬で終わるのかよぉおぉおぉ!!」


 戦いにすらなっていなかった。絶対的強者による一方的な捕食であった。あの苦労はなんだったんだ。なんか納得いかない——と、狩夜は相方への、そして、不公平な世界への不満を爆発させる。


 そんな狩夜の背後で、突然草木が揺れる音がして——


「カリヤ様……今のは……」


 という、なんとも聞き覚えのある声がした。間違いない、メナドの声である。


 ——見られた!?


「いやぁ、ラッキー! 見た目は似てたけど、雄の方は雌と比べて随分と弱かったなー! はっはっは!」


 両肩を跳ね上げたままという不自然極まりない体勢で、わざとらしく笑って見せる狩夜。次いで、なんとか誤魔化せたかな? と、恐る恐る背後を振り返ってみる。すると——


「……(ジトー)」


 そこには、何とも疑わしげな顔で狩夜を見つめるメナドがいた。全然誤魔化せていない。完全に疑っている。


 狩夜は、すでに食事を終えて肉食花を引込めているレイラに両手を伸ばし、その体を抱え上げ、そっと地面に下ろした。次いで、意を決してメナドと向き直り——


「すみませんでした!!」


 と、そのままジャンピング土下座を敢行する。誤魔化すことを諦め、洗いざらいメナドに白状する道を選んだ。


 数分後。


「——というわけですので、村の皆さん、特にザッツ君には御内密に願います」


 土下座をしつつ口を動かし、こう説明を締めくくる狩夜。顔を地面に向けたまま、被告人席に立つ罪人の心境でメナドの審判を待つ。


「そういうことでしたか……」


 メナドはこう呟いた後、土下座をしたままの狩夜の肩を優しく叩いた。次いで、こう言葉を続ける。


「頭をお上げください、カリヤ様。貴方様が私などに頭を下げる必要はありません」


「……許してくれるんですか?」


「許すも何も、我らティールの民、その心と誇りを慮ってのことなのでしょう? その選択は何も間違ってはおりません。感謝こそすれ、咎めたりなどできませんよ」


「そうですか……よかった……」


 狩夜はそう言いながら立ち上がり、安堵の息を吐く。


「メナドさんはどうしてここに?」


「はい。姫様と二人でジル様たち『虹色の栄光』の探索をしておりました。先ほどジル様と前衛の方の御遺体を見つけましたので、その場を姫様に任せ、残る弓使いの方を探していたところです」


「……いいんですか? イルティナ様を一人にして」


「いいのです。ジル様と二人、積もる話もあるでしょうから……」


 メナドはそう言って、イルティナがいるであろう方向を見つめた。それに釣られ、狩夜もそちらに目を向ける。


 二度と動かなくなった元婚約者に、イルティナはどんな言葉を投げかけているのだろう?


「ところでカリヤ様。先ほど、村の皆さんには内密に――と、おっしゃっておりましたが、その中には姫様も含まれるのでしょうか?」


「え? あ、はい。できれば」


「国王陛下。マーノップ・セーヤ・ウルズ様にも?」


「は、はい。できたらその方向で……お願い……いたします……」


 メナドの口から飛び出した国王陛下という単語にビビリながらも、狩夜は口を動かす。それを聞いたメナドは、呆れたと言わんばかりに小さく溜息を吐いた。そして、ジト目で狩夜を見つめながら、こう言葉を返してくる。


「つまり、仕えている主に隠しことをしろと。そうおっしゃるのですね、カリヤ様は」


「え!? いや、そんなつもりは……」


「酷い人です。私の心は姫様と国王陛下への罪悪感で、今にも張り裂けてしまいそうです」


 まるで人が変わったように狩夜を言葉攻めするメナド。想像すらしていなかった展開に、狩夜はどうしていいかわからなくなってしまった。視線を当てもなくさ迷わせ、口を開いたり閉じたりする。


 狩夜の年相応の反応を見つめながら、メナドは小さく笑った。次いで、こう口を動かす。


「これは、口止め料を請求しなければなりませんね」


「口止め料……ですか?」


「そうです。いいですか、カリヤ様。先ほどの話を二人だけの秘密にしてほしければ、次の私の質問に正直に答えてください。いいですね?」


「わ、わかりました」


 狩夜が頷きながらそう言うと、メナドは顔を真剣なものへと変えた。そして、こう言葉を紡ぐ。


「カリヤ様。ここ最近、私と目を合わせてくださいませんよね? 態度もどこかよそよそしい。それはなぜですか?」


「——っ」


 メナドの言葉に息を飲む狩夜。そんな狩夜に対し、メナドはなおも続ける。


「私はカリヤ様に嫌われるようなことを、知らぬ間にしてしまったのでしょうか? だとしたら遠慮なくおっしゃってください。謝れと言うなら謝ります。償いをしろと言うならなんでもします。ですからどうか――」


「やめてください!」


 耐えられなくなり、メナドのを言葉を途中で遮る狩夜。そして、首を左右に振りながらこう言葉を続ける。


「違うんです! メナドさんは何も悪くないんです! 悪いのは僕なんです! 弱くて、情けなくて、どうしようもない僕なんです!」


「カリヤ様は弱くなど――」


「弱いんです! 本当の僕は、メナドさんや他の皆さんが思っているような立派な人間じゃない! だって……だって僕、初めてメナドさんと会ったときに――」


「カリヤ様!」


 今度はメナドが狩夜の言葉を遮った。両手で狩夜を抱き締めながら、優しく言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですから。絶対に、どんなことがあろうとも、私はカリヤ様を嫌ったりは致しません。私はカリヤ様の味方です。だから落ち着いて、本当のことを話してください」


「う……う、うぁあぁああぁぁぁあぁ!」


 狩夜は泣いた。メナドの胸の中で泣きに泣いた。そして、次々にその胸中を吐露していく。メナドへの負い目だけでなく、抑え込んでいた故郷への哀愁と、この世界に対する不安がついに爆発した。


 初めてメナドに会ったときに醜いと思ってしまったこと。感染という二文字に恐れをなしたこと。あと少し早くティールにきていればザッツの両親を救えたこと。人の死を目の当たりにしてヴェノムティック・クイーンとの戦いに参加するのが遅れたこと。凄いのは相棒のレイラであって、自分はなんの取り柄もないただの人間であること。そして、何もかも投げ出して今すぐ家に帰り、家族に会いたいということ。それらすべてを、偽ることなくすべて伝えた。


「ひっく……うう……」


 ため込んでいたものをあらかたぶちまけた狩夜は、メナドに縋りついて嗚咽を漏らしていた。そんな狩夜に慈愛の眼差しを向けるメナドは、右手で狩夜の頭を撫でながら、こう言葉を紡ぐ。


「話してくれてありがとうございます、カリヤ様。私と目を合わせてくれなかったのはそれが理由だったのですね……ですが、そのようなことでカリヤ様が心を痛める必要はありません。それは人として当然のことです」


「でも! でも僕はメナドさんのことを汚いって! 近づきたくないって思って! だから僕は、すごく弱くて、冷たい人間で!」


「そんなことはありません。本当に冷たい人間は、いつだって傍観者です。誰かのために努力したり、自己嫌悪で涙を流したりはしませんよ」


 メナドは狩夜の顔を覗き込みながら、優しく涙を拭った。だが、それでも狩夜は納得しない。「でも……」や「だけど……」といった言葉を口にし、頑なに自分を許そうとしなかった。


 自分を許せるのは自分だけだ。そして狩夜は、あのときの弱い自分をどうしても許せそうにない。メナドが狩夜を許しても、狩夜が狩夜を許せなかった。


 そんな狩夜に対し、仕方ないなぁと言いたげに苦笑いを浮かべるメナド。次いで、狩夜の額に自身の額を触れさせながら、ある提案をする。


「なら、カリヤ様。私と約束をしましょう」


「約束……ですか?」


「はい。次に誰かがカリヤ様に助けを求めたら、その人を初めて会ったときの私だと思って、助けてあげてください」


「初めて会ったときのメナドさんだと思って……」


「そうです。次にカリヤ様に助けを求めた人は、初めて会ったときの私です。だから、絶対に助けてあげてくださいね。期待していますよ」


 メナドは笑った。私を助けてあげてと、そう言って笑った。


 わかる。これはメナドの優しさだ。開拓者として活動する中で、いつか出会うであろう狩夜に助けを求める誰か。その誰かをメナドとして助けることで、自責の念から狩夜を解き放とうとしている。


 この優しさに狩夜は甘えることにした。涙に濡れた顔を引き締め、こう口にする。


「わかりました。約束です!」


「はい。約束です」


 こうして約束は交わされた。狩夜は心に誓う。次に自分に助けを求めた誰かを、どんなことをしても助けてみせる。そして、あのときの弱い自分と決別し、強くかっこいい男になってやる――と。

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