第23話「夜明け前」
《――2体の巨大構造物。フラウゼス市を壊滅に追い込む――》
新聞の一面には、大きな文字でそう書かれていた。
あの日から2週間。
徐々にではあるが、街の復興が為されている。ただ、半壊した街が元通りになるには、まだまだ時間がかかるだろう。
だが、なによりも人の営みはいち早く戻る。
ヒュースたちの日常も、また元通りになっていた。
いまは中庭にテーブルを出し、新聞の特集記事を読みながら紅茶を飲んでいる。目の前では、ファルフェが花壇に植えられた花に水を撒いており、ノドかな一日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
「旦那様」
不意に屋敷の方からやってきたカーライルに声を掛けられた。ヒュースはその声に気付くと、座ったまま後ろを振り返って用件を尋ねた。
「どうした?」
「グラディッヒ侯爵がお見えになられました」
「お、もう来たのか。んじゃま、さっそく応接室で面会するから、すぐにお通ししてくれ」
そう言って、立ち上がって応接室へ向かおうとする。
ところが、思いがけない一言が発せられる。
「いえ、すぐお帰りになりました」
ヒュースは、その一言に中腰になったまま動かなくなった。
いったいどういうことだろう? 取引材料として魔導アーマーの存在に固執していた人物がこうも易々と引き下がるとは。
不審に思い、カーライルを問い質す。
「どういうことだ、カーライル? 侯爵がお帰りなる理由なんてないはずだぞ」
「いえ、ご指示通りにお伝えしておきましたので」
「は? 俺はそんなこと指示してねえけど……」
「そんなまさか。わたくしの聞き違えなどということはございません。旦那様は、昨晩確かに『ペンダントをなくしたと言うように』と仰いましたよ」
「なくした? いや、ここにあるだろ?」
と、ヒュースが問いかける。
すると、カーライルがその問いに対して静かに答えた。
「……旦那様。魔導アーマーなどという代物を呼び寄せるペンダントなど、もうここにはございません。ここにあるのは、ロナ様との思い出の品でございますよ」
「カーライル? オマエ、まさか――」
否応なく想像が付く。
つまり、カーライルが独断でデュナンを追い返してしまったのだ。そのことに気づき、ヒュースは主人としてしっかり叱るべきだと思った。
だが、そうはしなかった。
なぜなら、同時に喜ばしかったからだ。
カーライルのしたことは、ファルフェを第一に思っての行動。なにより、またファルフェから取り上げれば、再びなにかが起こる可能性は十分にある。
そんなカーライルの心遣いを悟ってだろう。
ヒュースは、中腰になった身体をストンとイスに降ろした。
「そうか。侯爵が欲しかったモノは、どっか行っちまったのか」
「左様でございます。手渡すはずのペンダントをなくなってしまったことは、とても残念でなりません。侯爵閣下には、わたくしからきちんとお詫び申し上げておきました」
「……お詫び……か……」
カーライルの謝罪を受けて、デュナンはどう対応しただろう。不意にそのときの光景が脳裏に浮かび、ヒュースはおもわずニヤけて笑ってしまった。
それから、とぼけたフリをして「ある話題」を持ち出す。
「……そういえばさ。魔導アーマーの中で死を覚悟したとき、いつのまにか光の球に包まれて街の上空にいたんだよなぁ~」
「なんとも不思議な話でございますね」
「あれさ、カーライルがやったんだろ?」
「滅相もございません。きっと、どなたか高名な魔導士様がお助けくださったはありませんか?」
「……高名な魔導士ねぇ……?」
「ですから、旦那様が助かったのも、なにかの巡り合わせではないかと」
「――まあいいか。結果的に助かったし、俺個人としては凄く感謝してるぜ」
「では、もし街中でそれらしい人物をお見かけするようでしたら、わたくしから御礼を申し上げておきましょう」
「アハハッ、頼むよ」
不意に「ごめんくださいまし」という声が聞こえてくる。
とっさにカーライルが反応して、声を張り上げて中庭を立ち去っていった。ヒュースはその後ろ姿を見ながら、小さく「ありがとう」とささやいた。
花壇に植えられた色とりどりの花。
それは、ファルフェがずっと大切にしてきたモノで、一番大好きなものだった。だから、今日もいつも通りに水をやっている。
ふとヒュースの視線がじっと向けられていることに気付く。
「お兄よ、我になに用かな?」
「いや、オマエが楽しそうにしてるのが嬉しくて……つい、な」
「クックック……。そのようなことは当たり前だ。我は世界を楽しくするためにある者だ。ゆえに我が楽しまねば、世界もまたつまらぬモノになってしまうではないか」
「そうだな」
「だから、お兄よ」
「ん?」
「我と一緒に遊ぶのだ」
「オーハイル、ギュヒトナー」
と言って、ヒュースはテーブルから立ち上がってかしこまった。
ゆっくりと花壇へと近付いてくる。
それから、ファルフェと同じ目線を合わせてきて、2人で草花の咲き誇る様をながめた。
「2人揃って、花壇の手入れなんて珍しいわね」
と、背中越しに女性の声が聞こえてくる。
身体を振り返らせると、カーライルを伴ったアルマが立っていた。その足下には、2人の見覚えのある小さな客人がおり、少々緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「ユリアとリリルではないか」
それはクラスメイトの2人だった。しかも、なぜかリリルには警官らしき人物の監視が付いている。
ファルフェはその異様な光景に暗い表情で地面のことを思い出した。
とっさにユリアが口ごもった様子で話しかけてくる。
「……その……この前はごめんなさい……」
「どうした、ユリア・ブランデンベルグよ。いつもの威勢の良さがないではないか?」
「当然ですわ。わたくしはアナタをさんざんバカにしたあげく、あのような無理難題をふっかけてしまったんですの」
「今日は本当にどうしたのだ? 我は貴様がそのように謝罪するとは、夢にも思って見なかったぞ」
「ええ、その通りですわ……ですから、本当にごめんなさい」
と、ゆっくりとユリアが頭を下げる。
そのいつもらしくないユリアに、ファルフェの気恥ずかしくなって、ギュヒトナーというキャラクターで応じてみせた。
「な、なんだ……そ、その見たこともない儀式は!?」
「儀式ではありませんわ。わたくしは謝罪しに来たのです」
「我は騙されんぞ。それに貴様に謝られる義理などない。貴様は謝罪に見せかけて、我をタルタロスの最深部に封じる気でおるな?」
「……相変わらずなにをおっしゃっているのか、わたくしにはわかりません。けれども、わたくしはアナタにずっと謝りたいと思っておりましたのも事実ですわ」
「ええいっ! よくもそのようなウソを並べられるな。やはり、貴様は大魔王ドゥアルクハーンにすべてを明け渡し、深淵に落ちて4魔貴族の一員と成り果てたか!」
「だ、誰が悪魔の貴族ですって!」
さきほどまでのしおらしさが一瞬で消える。
怒鳴り声を上げたユリアは「やはり教育が必要ね」とファルフェに向かって、右の人差し指を突き出していた。
だが、2人の会話は険悪なモノではなく、笑いながらじゃれているように思える。
「――ならば、貴様がドゥアルクハーンの手の者になっていないうえ、真に謝罪しに来たというのならば、いまここでその証明してもらおう」
「いったい、なにを証明しろとおっしゃるのかしら?」
「クックック……簡単なことだ」
「な、なによ……?」
「――我は命ずる、汝『友達になれ』!」
一瞬、場が凍り付いた。
ユリアもなにが言いたかったのか、わからなかったらしい。わずかに言葉を詰まらせていた。
「はあ……? アナタ、さっきからなにをおっしゃってますの?」
「だから、友達になれと言ったのだ。それぐらいわかるであろう!」
「わたくしにアナタの言い回しが難しすぎます。もう少しハッキリとおっしゃった方が、よろしくてよ?」
「なんだと! 我がこうして直々に命じているにもかかわらず、貴様は我が盟友になれないと言うのか?」
「ですから、ハッキリとおっしゃりたいことを述べていただけませんこと?」
再び口げんかが始まる。
そんな光景が面白かったのか、ユリアの隣にいたリリルが笑っていた。
「なにがおかしい……? リリル・シュプランツェよ」
「ファルフェちゃん、それはもう友達だよ」
「……ふぇ? そうなの?」
「だって、口ではユリアちゃんと喧嘩してるように見えるけど、2人ともなんだか楽しそうだよ?」
そう言われ、ファルフェはユリアと顔を見合わせていた。しかし、すぐにハッとなり、相手が「ファルフェだから」、「ユリアだから」と言って、互いに顔をプイッと背けた。
再びリリルが笑う。
「もう2人ともしょうがないな……でも、私たち3人はもう友達なんだよ」
と告げるリリルの言葉にファルフェはまんざらでもない気がした。
しかし、そんな楽しさもそこまでだった――リリルが突如重苦しそうな表情を見せる。
「あのね、ファルフェちゃん……」
「うむ、わかっておる。貴様は、常闇の国へ行くのだろう?」
「……うん」
「また戻って来れるか?」
「わからないよ。でもね、侯爵閣下が上手く取りはからってくれるって言ってたから、またいつかファルフェちゃんに会えると思う」
「そうか」
と、納得したような表情で右手をリリルの前に差し出す。
「ファルフェちゃん?」
「リリル・シュプランツェよ、これはいつか再会のための契約だ」
「許してくれるの?」
「許すもなにも、貴様は創世のときより結ばれし親友であろう?」
「私が親友……?」
「だからこそ、手を握ってくれ――リリル・シュプランツェよ」
その問いかけにリリルはどう思っただろう……?
ファルフェは親友を見送るため、いままでにない最高の笑顔を見せた。すると、それに応じるようにリリルが右手を握り始めた。
心に芽生えた安らかさな気持ちに浸りつつも別れの言葉を告げる。
「契約は成された――再び相まみえんとき、我は神の甘美なる供物を用意して待っておる」
「ありがとう」
そう言って、リリルの手を固く握りしめる。
楽しそうな笑顔が3つ並んでいた。その光景は、亡き母ロナの思い出にすがる惨めさよりもまぶしく、優しい温かさを感じられる。
ファルフェは掛けがいのないモノを手に入れた。
もちろん、ヒュースやアルマとの関係も忘れてはいない。ロナを巡ってボタンの掛け違いがあったものの、魔導アーマーの事件を単に発して、さらに好きだという気持ちが強まった。
これからも、兄妹の仲良く暮らしたい。
ファルフェは、その気持ちを胸に抱いて、誰一人として苦しむような危険な夜明けが訪れないよう願い続けた。
了
進撃の魔導アーマー 丸尾累児 @uha_ok
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