第22話「喜び分かち合って」

 互いに一定の距離を保ちつつ、一定の間隔で発砲し続けている。

 そんな中、ファルフェは相対する魔導アーマーに何度も呼び掛けていた。理由は言うまでもなく、学校の友達であるリリルが搭乗していたからだ。

 だが、いったい何故リリルは魔導アーマーに登場しているのだろう?



「やめろ、リリル・シュプランツェ!」



 その問いにリリルが応じることはなかった。

 むしろ、ファルフェの魔導アーマーに追いすがり、その巨体めがけて砲弾を放ってきている。

 ファルフェは、そのたびに逃げ回った。



「なんべん呼びかけても無駄や。いまの嬢ちゃんにできることは、あれを破壊することだけや」

「わかっておる。だが、走りながらでは当てるのが難しいのだ」

「射軸の補正と操縦の補助なら、いくらでもやったる。せやから、はよ撃ちなや」

「だが、しかし……」



 友達は撃ちたくない。

 そんな思いが心をためらわせる。ファルフェは、そのことを体現するかのように3階建て建物の影に車体を隠した。



「嬢ちゃん。アンタの撃ちとうないっていう気持ちはようわかるで。せやけどな、アレの暴走を止めな友達も救えんのとちゃうのん?」

「………そう言われても」

「そないに迷ってる間にも、あいつを捕まえようとしたヒュースはんがやられてしまうかもしれへんで?」

「それはイヤっ!」

「ほな、やるしかあらへんやろ」

「で、でも……」



 そう言われては元も子もない。

 迷いがどうしようもないなく、吹っ切れないのだ。逡巡するファルフェは、いつのまにか中二病の口調を止めていた。

 モニター越しに映し出される魔導アーマーを悲しむような目で見つめる。



「どないする? これ以上、嬢ちゃんの大好きな街が壊れてええんの?」



 と、繰り返すようにグレムが問いかけてくる。

 けれども、ファルフェはその問いに答えることができなかった。まるで、口が接着剤で張り付いたみたいに開くことができなかったからである。

 徐々に心が陰鬱になり、前を向くことがツラくなる。しかし、それでもファルフェはやらねばならなかった。

 自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。



「……大丈夫……やれる……大丈夫……やれる……」

「嬢ちゃん、大丈夫か?」

「うん、なんだかやれそうな気がしてきた」

「せやか。なら、はようアイツを倒さなあかんな」

「ありがとう、グレム」

「ええって。僕はもう魔導アーマーそのものやねん。嬢ちゃんを触媒に悪いことしようなんて思われへんし。それにヒュースはんの悩んでる姿見とったら、なんだか放っておくに放っておけへんのや」

「お兄ちゃんの姿……?」

「まっ、その話はまた後でな――いまは、アイツを倒すことが先や」

「……うん」



 と言って、ファルフェが操縦桿を握る。

 今度は迷わない――そういう決意の表れだ。いつもの中二病を体現するが如く、顔には自信が満ちあふれていた。

 しかし、悠長もしていられない。



「アカン、見つかった!」



 グレムの叫び声と共にリリルの魔導アーマーが襲ってきたのである。

 すぐさま対応して、放たれた砲弾を回避する。そして、間合いを詰めると、反撃とばかりに主砲を撃つ。

 だが、当たらない――寸前のところで避けられてしまったのだ。

 ファルフェは、搭乗する魔導アーマーをリリルの機体側方を擦り付けるように通り抜けた。

 そして、50メートルしたところで反転して、2発目を発砲しようとする。ところが、見返ったリリルの機体は、すでに照準を合わせて撃ち放とうとしていた。



「嬢ちゃん、狙われとる。乱戦になるとこっちが不利や」

「でも、ここで動きを止めなかったら、リリルちゃんを救い出すこともできないんじゃ?」

「せやったら、少し距離を取って狙い続けた方がええ。どのみち、嬢ちゃんの友達救い出すんは、ヒュースはんの役目やろ?」

「だったら、こうする!」



 致し方なしにと、リリルの機体に向かって走る。

 その動きが無謀に見えたのだろう。

 直後、グレムが慌てた様子で問いかけてきた。



「なにをするつもりや?」

「いいから、黙ってて」



 けれども、ファルフェは答えなかった。

 それどころか、勢いよくリリルの機体に突っ込んでいく。そんな様子を見せられてか、



「アカン、ぶつかる」



 と、グレムが叫んだ。

 刹那、魔導アーマー同士が激しくぶつかり合う。その際、ファルフェの機体が下から潜り込むようにして突進したため、リリルの魔導アーマーが砲身を支点に持ち上げられた。

 おかげで、狙われていた機体は無傷。

 放とうとしていたリリルの砲弾は、放物線を描いて北の方へと飛んで行った。



「なんちゅう無茶するんや!」



 しかし、代わりにグレムに怒られた。

 謝罪するようにファルフェが言葉を紡ぐ。



「ゴメン。でも、ああしないと避けられないと思ったから」

「頼むから、無茶せんといて。当たってたら、嬢ちゃんは機体ごとペシャンコやで」

「ホントにゴメン……」

「ええから、はよこの場から離れんや。そして、とっととヒュースはんが助け出しやすいように脚を狙わんと」

「じゃあ、離脱するときに一発撃てば崩せるかな?」

「コイツの脚? そら当たるなら可能かもしれへんけど……」

「やるだけやってみる」



 と言って、頭の中で後ろに下がるイメージを思い浮かべる。

 すると、魔導アーマーがファルフェの思った通り動いた。それに合わせて、リリルが搭乗する魔導アーマーの右前脚を狙う。

 途端にボンッという轟音が周囲に響き渡った。

 黒煙が上がり、リリルの魔導アーマーが見えなくなる。しかし、しばらくして視界が開けると、その車体を傾けていた。

 砲弾が命中したらしい。



「やったで。嬢ちゃんの狙い通りや!」



 途端に魔導アーマーの一部となったグレムがスピーカー越しに喜んだ。その声を聞きながら、ファルフェは搭乗する魔導アーマーを後方へと移動させる。

 もしかしたら、まだ動けるかもしれない――そんな懸念があったからだ。



「もう動かないよね?」

「当ったり前やないかい。アレで動こうもんなら、僕が嬢ちゃんに変わってボコボコにしばいたるで」

「でも、グレムは魔導アーマーの一部なんでしょ?」

「……せやった」

「あとは、お兄ちゃんが――」



 ヒュースはどうなっただろう?

 そんな思いが脳裏をよぎる。ファルフェは、兄がさきほどの約束を果たして、ちゃんと帰ってきてくれるか不安だった。

 だから、ヒュースが姿を見せるまでは安心できない。

 ファルフェは、ひたすら無事を祈った。



「……嬢ちゃん、大変や」



 唐突にグレムが戦々恐々とした声を上げる。

 モニターを見れば、いつのまにかリリルの魔導アーマーが空に向かって飛び上がっていた。

 ファルフェは、錯乱して状況を説明しないグレムに問いかけた。しかし、錯乱したグレムは「あかんっ、お終いや」と繰り返すだけ。

 どうにか制しようとなだめる。



「ちょっとグレム、落ち着いてっ!」

「無理や! 自爆プログラムなんか発動されたら、この街ごと吹き飛ばされてしまう」

「……自爆? いったいなんのこと?」

「じ、実は……。僕もそこまで想定してなかったんやけど、あのタイプの魔導アーマーには搭乗者の生死に関わらず、なんらかのトラブルが起きた場合に自爆する仕掛けが施されてるんや」

「そんな!」



 じゃあ、お兄ちゃんはどうなるの――と、そう問いかけたかった。

 けれども、その答えは容易に想像できる。ファルフェは、失意のあまり茫然としてしまう。

 それから、時がどれぐらい経っただろう?

 不意にグレムが呼び掛けてきた。



「嬢ちゃん、大丈夫かいな?」

「う、うん……」

「どないする? 発砲の準備しておく?」

「発砲?」

「さっき、ヒュースはんに言われたやろ」

「……あ。う、うん。お願い……」

「大丈夫かいな? まあ、とりあえず装填するで」



 グレムの言葉と共に魔導アーマーに変化が起こる。

 車体が下方へと沈み込んだのだ。同時にガタンッという大きな物音がすると、上からトリガーを備えたスコープがファルフェの目の前に現れた。



「いつでもオーケーや」



 と、グレムが合図してくる。

 ファルフェは、その声に恐る恐るトリガーを握った。

 だが――。



「…………」



 ファルフェには、撃つ勇気がなかった。

 大好きな兄が乗ったままの魔導アーマーを撃つことなんてできない。

 たとえ、この街が壊されたとしても、ヒュースだけはそばにいて欲しい――そう思ってしまったからだ。

 そのことに気付いてか、グレムが問いかけてきた。



「どないしたん? はよ撃ちいや」

「……グレム……ゴメン……」

「ん? なんやの?」

「やっぱり、撃てない」



 と、ファルフェがためらいの言葉を漏らす。

 完全に怖じ気づいてしまったからだ。

 その言葉を表すように指がトリガーから力なく離される。当然、意表を突いた一言にグレムは首を傾げていた。

 肩を震わせ、グレムに撃てない理由を告げる。



「だって、お兄ちゃんが死んじゃうかもしれないんだよ……?」

「ちょっと待ってえな。ヒュースはんは、それを承知の上で出てったんやで? それを嬢ちゃんが信じて帰りを待たんでどないするん?」

「私だって、信じたいよ。でも、もしものことを考えたら怖いの」

「それを乗り越えなあかんやろ。なんのためにここまでガンバってきたんや?」

「だけど、どうしようもなく怖いだもん! 自分でもどうしたらいいのか、全然わかんないだもん!」



 涙目で駄々をこね始める。

 それが気に入らなかったのだろう――突然、グレムが怒号を上げた。



「ええ加減にせえよっ、このガキャァ!」

「……グレ……ム……?」

「さっきといい。いまといい、なにが『怖いんだもん』やねん。いまここで絶対にやらなあかんのとちゃうんかい!?」

「そんなのわかってるよ! けど、お兄ちゃんのあんな姿を見せられたら、本当に撃っていいのかわかんなくなったんだもん!」

「嬢ちゃんがヒュースはんを信じへんでどないするんや?」

「そんなこと言われてもわかんないよ!」

「ほなら、嬢ちゃんはなんのためにここまでガンバろうと思うたねん? なんのためにあのボケ倒して、ダチを救う気でいたねん?」

「……そ、それは」

「ヒュースはんのためやないやろ? 自分自身でみんなに謝りたい思うたからやろ?」

「だ、だけどっ……!?」

「そない泣き言なんか言うてる場合やない。アンタが思う、アンタの一番の思いを、いまここで届けへんでどないするんや!」

「……一番の思い……」

「なあ、もうちとガンバりなはれや。嬢ちゃんは、ヒュースはんのことをよう信じとるんやろ?」

「も、もちろん信じてるよ!」

「ほなら、撃ってみい。いま自分で思ってること、全部あのボケにぶつけたらええねん!」

「……グレム……」

「さっさとせんかい! 日が暮れてしもうわ」

「ありがとう」

「ああっ、もう! そない感謝は終わってからにしてええ」

「――グスッ、わかったよ。でも、グレムの言葉で凄く元気になった」

「そないか。なら、あのボケを倒すのも問題ないな?」

「うんっ!」



 ファルフェが元気よく返事をする。

 その言葉にはもう迷いはなかった――。

 ただひたすら、兄を思い、母を思い、みんなを思い、必死に頑張ろうとする小さな女の子の姿があった。

 ファルフェは静かに目を閉じた。

 同時に小さく息を吸い込み、魔導アーマーに加える一撃に対する集中力を養う。

 目を開いたのは、それから数秒してからのことである。

 突然、画面の向こう側にいるヒュースに向かって右手を伸ばした。

 いまは届かない手――だけど、必ず届けたい手。

 それをファルフェは伸ばし続け、語りかけるようにつぶやいた。



「お兄ちゃん、私わかったよ。母様は死んじゃったけど、私はみんなに支えられていままで生きてこられたんだってこと――私の幸せはこんなにも近くにいっぱいあったんだね」



 その口調や優しく、いままでを思い返すようだった。

 独白は続く。



「私はもう一人ぼっちじゃない。お兄ちゃんやみんなが隣にいてくれてるから、私は私でいられるんだ」



 その声は画面の向こうのヒュースには届かない。

 だが、いまはそれでいい。なぜなら、ファルフェがそれ以上に大切な思いを砲弾の中に詰め込んだからだ。



「だからね、お兄ちゃん――早く戻ってきて!」



 と叫んで、ファルフェはトリガーを引いた。

 途端に周囲がまばゆい閃光に包まれる。

 同時に轟音が響いた。

 周囲は、明るさも暗さもわからななくなり、ファルフェの視界は完全に奪われた。ようやく、元に戻ったのはしばらくしてからのことである。

 ファルフェは閉じた目を開けて、ゆっくりと空を眺めた。

 そこにあったのは、パラパラと地上に落ちていく魔導アーマーの部品。

 その光景を見るなり、ファルフェは部品が落ちるポイントへと魔導アーマーを急がせた。

 直下に到達すると、すぐさまヒュースの生存を確かめる。



「どこにいるの、お兄ちゃん?」



 全方位型スクリーンには、瓦礫と肉片が散在するしか映っていなかった。しかも、スクリーンにヒュースの姿はどこにもなく、ファルフェの心を暗雲をもたらした。

 ファルフェはしびれを切らして、ハッチを開けて車外へと出た。

 すぐさま排出された砲塔の上からあたりをくまなく探し回る――が、それでも見当たらなかった。

 頭の中に最悪のイメージが浮かび上がる。



「お兄ちゃん、死んじゃったの……?」



 と言った途端、目から涙が溢れた。

 ファルフェが望んでいない現実だっただけに、どうしても受け入れがたかった。

 空を仰ぎ、海を望み、何度も、何度も――ヒュースの姿を探す。



「……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」



 何度も呼び続ける。

 そうすることで、ヒュースがどこからともなく現れるのではないかと思った。しかし、ファルフェがいくら待てども現れる気配はなかった。

 刹那、悲しみが頂点に達する。

 同時に「お兄ちゃん」という声が叫ばれた。

 もうなにも信じられないというような悲痛な叫びは、青い空に虚しくかき消されるかのように思えた。

 ところが反応を示すように、聞き覚えのある声が微かに聞こえてくる。

 ファルフェはその声を見逃さなかった。

 周囲を見渡し、声の正体を確かめる。

 すると、青一色の空の彼方から小さな点のようなモノが次第にその大きさを変えて落ちてくるのが見えた。しかも、風に舞う木の葉のようなで落ちてきており、シャボン玉のようなモノにくるまれている。

 それから、ハッキリと見えるようになったのは、わずかしてのこと。



「お兄ちゃん!」



 ファルフェは、大好きな兄の生還をひとしおの喜びで表現して叫んだ。

 どうやら、ヒュースの方もファルフェを視認したらしい。両手をめいっぱい広げて、ファルフェの名前を叫んでいる。

 応じるようにファルフェが大声を上げる。

 そして、ヒュースが砲塔の上に達しすると、二人は舞い踊るように抱き合って、喜びを分かち合った。

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