第21話「孤独な戦い」
2体の巨体が崩壊した街の中を疾走する。
それを見ながら、ヒュースはどうにかしてリリルが乗る魔導アーマーに飛び移るか考えあぐねていた。
「ファルフェにああは言ったものの、どうやって飛び乗るか……」
まったくの考えなし。
これだから、アルマに怒られる。前回もそうやって肩にケガを負ったし、完治だってまだしていない。
とはいえ、乗っているのは妹の友達なのだから、救わなければならない。ヒュースは、3階建ての屋根の上に登り、ない頭で考えを巡らせた。
しかし、そう都合良く思いつくはずがない。
そうこうしているうちに魔導アーマー同士の戦闘は激化していた。
とっさにヒュースが激しく頭を掻きむしる。
「ええいっ、考えなし過ぎるだろ――俺も、アイツも」
血は争えない。
そう思ってしまったのだろう。
遠くの方からは、「ボンッ、ボンッ」という発砲音が聞こえる。ヒュースが音のする方に顔を差し向けると、2体の魔導アーマーが交戦していた。
ふと、グレムが話を思い返す。
「ヒュースはん、ええですか? コクピットのハッチの脇に緊急開閉装置がありますねん。そこを押したら、ハッチは開くようになってるんや」
「ハッチ? コクピット?」
「コクピットは、魔導アーマーを操縦する御者台みたいなもん、ハッチはその場所を閉める扉と考えてくれればええ」
「つまり、その……なんだ? コクピットとかいうのを開けるには、緊急なんちゃらを押せばいいんだな?」
「緊急開閉装置やっちゅんねん! まあ、そないツッコミは置いておいて、とりあえずあのタイプの魔導アーマーなら、強めに叩けば中のボタンが出てくるはずや」
それを実行すれば、リリルを助け出すことができるらしい。
ヒュースは、グレムの言葉をしっかりと思い出して、さっそくとばかりに2体の魔導アーマーが交差する戦場へと赴いた。
2体の魔導アーマーは、付かず離れずの攻防を繰り返していた。
当然、そんなところへ生身の人間が立ち入れば、危険は必須。流れ弾に当たって、肉片になりかねない。
しかし、それでもヒュースはやらねばならなかった。
様子をうかがい、リリルが登場する魔導アーマーに飛び乗ろうとする――が、激しく動く魔導アーマーに飛び乗るのは容易ではない。
しかも、ファルフェの魔導アーマー同様に対人用の機銃が備えられている。
(こっちに近づいてくるのを待って飛び移るか)
そう考えて、ヒュースは周辺で一番高い建物の屋根の上で待つことにした。
しばらくして、四つ足の魔導アーマーがこちらへと近づいてきた。相対していたファルフェの魔導アーマーを見失ったらしく、機敏な動きで周囲を探索している。
「いまだ!」
タイミングを合わせ、勢いよく飛び移る。
その結果、無事に背部に飛び移ることができた。それから、ヒュースはリリルが搭乗しているであろうコクピットを探し始めた。
360度、目線をくまなく配る。
すると、砲塔の付け根に当たる部分にそれらしきモノがあった。1カ所だけ正方形にくり貫かれたたソレは、分厚い鋼鉄に覆われて閉ざされていた。
その周囲を手で触れてくまなく探す。
ところが、突然の殺気にその手を止めざるえなかった。
すぐに右へ回避して、殺気の正体を確かめる。すると、いつのまにか機銃がヒュースに向けられていた。
どうやら、装甲の一部がせり上がり、格納していた機銃をむき出しにしたらしい。どうにか避けられたものの、このまま阻害されてはリリルの救出どころではない。
ヒュースは、矢庭に機銃に近づくと、邪魔だと言わんばかりに斬り捨てた。一瞬にして、固定台と配線が失われ、機銃が死んだ魚のように沈黙する。
これで邪魔者はいなくなった――かのように思われたが、さらに前方から幽霊の如く、真っ赤な身体のガーゴイルが現れる。
それを見て、ヒュースは顔をしかめた。
さらに見回すと、3体のガーゴイルが四方を囲んでいる。
「……なるほど。コイツらが暴走させる要因になったってわけか」
納得したようにヒュースがつぶやく。
それは、先日ファルフェがグレムに利用されたときと同じ。そう感じてか、ヒュースはガーゴイルを手にしたサーベルを構えた。
「――我が剣で踊れ」
ヒュースが舞剣の口語を発する。
同時にガーゴイルが奇声を上げて襲いかかってきた。ヒュースは怯むことなく、左手前方の獲物に向かって
斜め下から上へとサーベルを振り抜き、ガーゴイルを斬る。途端に手応えが感じられ、赤い肌の悪魔は泡のように消散して絶命した。
けれども、これで終わらない。
目を向けた先で、別の個体がその鋭い爪を伸ばそうとしていた。ヒュースはサーベルの刃で爪を受け止めると、とっさに脚で蹴って突き放す。
わずかな間合いができたところで、ヒュースはガーゴイルを刃で斬り付けた。ところが、その直後に後方から放たれる強い殺気に気付かされる。
振り返ってみると、2体のガーゴイルが目前まで迫っていた。
避けようがないと判断し、片方のガーゴイルの懐へと飛び込む。それから、鋭刃を真っ直ぐ突き立てると赤い悪魔の腹部を穿った。
とっさにサーベルを腹を裂くように引き抜く。
途端に鮮血が吹き出し、ヒュースは数滴の返り血を全身に浴びた。
だが、それに構うことなく、身体を右方へと反転させる。すると、視界に入ったガーゴイルがいまにも腕を振り下ろさんとしていた。ヒュースは危険を顧みず、反転する身体の勢いを利用して、対敵の首を狙い澄ました。
サーベルが空に向かって弧を描く。途端にガーゴイルの腕が、首が、一体となっていた
刹那の沈黙が宿り、敵の殲滅を暗示する。
ヒュースは、しばらく直立不動のまま立っていた。しかし、2体のガーゴイルの骸が突然ガラスのように砕け散けると、安堵したかのようにサーベルを鞘に収めた。
戦いは終わった――残すは、リリルを助け出すのみ。
その思いから、再びハッチを開けようと緊急開閉装置に手を伸ばす。
「これか」
ヒュースは、言われたとおり強く叩いて装置のカバーを開いた。そして、その中にあったボタンを押す。
ゆっくりとハッチがせり上がり、コクピットが露わになる。ヒュースがしゃがんで中を覗き込むと、眼鏡を掛けた少女が壁にもたれかかっていた。
どうやら、意識はないらしい。
目をつむって、眠ったように気絶している。
グレムのときと同じく、操縦そのものは先ほどのガーゴイルが行っていたようだ。ただ、操縦という言葉とは、あまりにも似つかわしくない暴走状態だったが。
ヒュースは、コクピットの中に入って、小さな身体を両手で持ち上げた。お姫様を救う騎士のような様相を呈してしまったが、ヒュースにはそんな気など毛頭なかった。
すぐに飛び上がって、魔導アーマーの外皮へと出る。
ところが、下緒が緩んでいたのか、サーベルがコクピットの中に落ちてしまう。とっさに拾い上げようと思ったが、抱える少女の身体に両手が塞がってそれどころではなかった。
途端に魔導アーマーの動きが止まる。
リリルを救い出したことと、ガーゴイルを殲滅したことで、命令が停止したのだろう。ヒュースは、それをチャンスとばかりにリリルを近くの家屋の屋根に移した。
それから、再度コクピットの中に立ち入ってサーベルを拾い上げる――が、唐突な振動に足をすくわれてしまう。
しかも、足が抜けなくなった。 コクピットの壁とシートの間に挟まってしまったのだ。焦れば焦るほど、抜けるはずのモノが抜けなくなる。
それほど、ヒュースは冷静さを欠いていた。
「クソッ、なんでこんなときに!」
必死に倒れまいとシートの縁と掴み、倒れそうになる身体をもだえさせる。そして、何度も足を引き抜こうと試みる――が、抜けない。
『――搭乗者が強制的に車外へ射出されました。当機は、これより自爆プログラムを実行いたします』
さらに追い詰めたのは、車内に流れたそんなアナウンス。それを聞いただけで、さすがのヒュースも状況が理解できた。
もはや、どうにもならない。
ヒュースは、狂ったような声で笑うしかなかった。
「……ハハハ……コイツはちょうどいい……」
このままでは、ファルフェの魔導アーマーの砲撃に巻き込まれてしまうだろう。だが、そこにヒュースの身の安全は含まれていない。
死を覚悟する他にないのだ。
「けど、どうするかなぁ? ファルフェには絶対帰るって約束したのに……これじゃあ帰るどころか、念願叶って母様のいる天国に逝けそうじゃねえか」
自らを嘲り、笑い、最愛の妹の顔を浮かべる。
ヒュースは頭をくしゃくしゃに掻いた。そして、溜息をつきながら、このどうにもならない状況の最後を待つことにした。
「――まあいいか。アイツのために死ねるなら、俺の人生もここで終わっていいかもな」
と言って、モニター越しに見えるファルフェの魔導アーマーを見る。
周囲は、魔導アーマーによって蹂躙された後だ。
港湾に沿って建てられた綺麗な街並みも、火災と崩落の影響であちこちが廃墟と化している。もはや、ヒュースが幼い頃から見てきたフラウゼス市の面影はどこにもなかった。
だからこそ、この惨状を終わらさなくてはならない。
ヒュースはその思いから、相対しているであろうファルフェに対して、ありったけの声を張り上げた。
「全力でコイツを撃てぇ、ファルフェ~ッ!」
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