第20話「まさか……」
見渡す限りの瓦礫の山。
市場も、公園も、さっきまでいた時計台もすべてが瓦礫と化している。あたかも、そこには最初からなにもなかったかのように。
周囲にも、人の気配はない――いるとするならば、街中を我が物顔で暴れ回り、鋼鉄の4つ足をばたつかせる魔導アーマーである。
その異形を例えるなら、コモドドラゴンだろうか? 漆黒に輝く鋼の装甲が強力なまでの威圧感を放っている。
砲塔は2つ。
左右上下に動く頭とおぼしき部分に機関銃を副砲としたモノが1門。背中に負ぶさる形でズッシリとした巨大な砲塔が1門備わっている。
ファルフェは、そんな相手と対峙していた。
もちろん、生身などではない。あのペンダントに封じられていた件の魔導アーマーに搭乗してだ。
「回避や!」
グレムが敵の砲塔に狙われていることを伝えてくる。
それを聞いたファルフェは、とっさに回避行動を取った。
すぐさま発砲音と共に砲弾が飛んで来て、ファルフェが搭乗する魔導アーマーの近くに着弾した。
だが、未だ敵は砲塔を向けている。
その姿を見て、ファルフェは改めて自分が呼び寄せた代物の存在の怖ろしさに思い知らされた。もはや、自分を引き立たせるための道具ではない。認識を遙かに超えた世界を破壊し尽くす兵器だと理解したからだろう。
それだけに肘掛けに据えた左腕の震えが止まらない。
右手で強引に押さえ込もうとするが、一向に収まる気配を見せなかった。ファルフェは顔をうつむかせ、念じるように「静まれ、静まれ」と言い聞かせた。
不意に手の甲になにかが触れる――顔を向けると、そこにはヒュースの手があった。
「大丈夫だ、兄ちゃんが付いてる」
ファルフェは、その言葉に兄の顔を正視した。
それは、とても強く、優しく、穏やかで、まるで雪の如く不安を溶かす笑顔だった。ファルフェは、そうした顔におもわず魅入られた。
そのおかげか、震えは完全に収まっていた。
自分でもビックリ。ファルフェは、耐えない感謝の気持ちを込め、ヒュースの手を折り重ねるようにして握りしめた。
「……ありがとう、お兄」
自分の責任だと背負い込んでいた先入観は失せた。
代わりに大好きな兄がいるだけで、奥底から勇気が沸き上がってくる。それだけで、ファルフェの戦うという気持ちが高まり、同時に「負けられない」という強い気持ちを抱いた。
「嬢ちゃん! 前やっ、前!」
とっさにグレムのが叫び声が聞こえる。
正面を向くと、いつのまにか敵が目前に迫っていた。
一瞬、至近距離まで詰め寄られたことに慌てたものの、落ち着いて操縦桿を右に切ったことで衝突は避けられた。
すぐさま離れた場所へと移動し、砲撃を浴びせる。
けれども、相手の装甲もこちらと同じ分厚い鋼鉄製。
簡単にぶち破れるわけがなく、魔導アーマーのシステムの一部と化したグレムすらも一驚させた。
「……アカン。アイツも魔導アーマーだけに全然効いてへんわ」
「ならば、どうすればいいというのだ?」
「学校で山を消し炭にしたときの魔導エネルギー弾を使いたいところやけど……。正直、あれは足場を固定したうえに停車状態でないと撃てへんのよ」
「つまり、どうにかしてアイツを1カ所に留めておくことが出来れば、その黄昏の一撃は撃てるってことか?」
「おそらくは、いけると思うなあ。せやけど、あんなにガンガン動き回られたら、いくらワイがナビゲートしたって当たるモノも当たらへんわ」
「――方法はないのか?」
「そない言われてもなぁ……。急には、なんも思いつかへん」
さすがのグレムも困り果てた様子だった。
ファルフェも必死に考えてみたが、それらしいアイデアは思いつかなかった。それどころか、敵はますます砲撃を激しくしてきている。
焦りばかりが募り、ファルフェの頭を真っ白く染めていく――そんなときだった。
「……殺……し……たい……」
どこからともなく、ノイズ混じりの声が聞こえてくる。ファルフェがよく耳を傾けると、スピーカーの向こう側から漏れてきていることがわかった。
「――なんだ? この音は?」
すぐさまグレムに対して問いかける。
「わからへん。せやけど、相手の魔導アーマーから聞こえてくるのは、間違いないようや」
「あの魔導アーマーから……?」
次第に流れてくる音声が徐々に鮮明になり始める。やがて、「キュイーン」という雑音がしたかと思うと、確かな少女の声が聞こえだした。
「……お父……さ……ん……殺し……た……犯人を……」
その声はとても幼い。
しかも、聞き覚えがある声だった。ファルフェは声の正体に気付いたのか、「リリルちゃん」と思い出したように叫んだ。
「知ってるのか?」
ヒュースからその名前について、とっさに訊ねられる。
ファルフェは思わぬ人物が登場していたことに動揺しながらも、静かにその関係を語ってみせた。
「……学校の友達」
「おいおい! なんだよ、冗談だろ?」
「ウソなんかついてないっ! だって、学校でいっぱいお話ししたもん」
「じゃあ、いったいなんだってアレに乗ってるんだ?」
「わかんないよ! でも、リリルちゃんは私と同じ形のペンダントを持ってたし」
「なに! それ本当かっ!?」
「うん、間違いない」
「だとすると、アレもファルフェが呼び寄せた方法と同じような方法で呼び寄せられたってことか」
「――かもしれない。私が調子に乗って、学校で1から10まで全部召喚の仕方をしゃべっちゃったから」
「マズいな。まさか人が乗ってるなんて思いも寄らなかったぜ」
「けど、私がこうやって乗っている以上、あっちに誰かが乗っていないなんて保証ないよ」
「言われてみると確かに……」
そう言って、ヒュースが唸り声を上げる。
ファルフェは応じるかも知れないという思いから、リリルに向かって呼び掛けてみた。
だが、リリルからの返答はない。
それどころかファルフェの声などまったく聞こえておらず、なにかに取り付かれたかのようにスピーカーの向こう側で怨みの言葉が淡々とつぶやいている。
ファルフェは、どうにかして気付いてもらおうと何度も何度も呼び掛けた。
とっさにグレムが口を挟んでくる。
「嬢ちゃん、無駄や。おそらく、あのときと一緒で魔導アーマーに意識を取り込まれたんやと思う。多少の自我があったとしても、こちらの声に反応できへんのはそのせいや」
「なんとかならないの?」
「こうなったら、もう倒すしかあらへん」
「そんなっ!!」
落胆するファルフェ。
ようやく出来た友達を自らの手で倒さなくてはならないという選択に悲しみを抱いたのは他でもない。
同時にどうにか救い出す方法はないのかと考え始めた。
そんなとき、後部座席のヒュースが身を乗り出してきた。
「なんとかしてやれよ」
「無理言わんといてえな。ワイかて、どうにかしてやりたいと思うとるわ」
「じゃあ、諦めろっていうのかよ!」
「ヒュースはんの気持ちはようわかる。せやけど、魔導アーマー同士の戦闘で、片一方の人間を助けようだなんて無茶な話や!」
「……オマエが無茶だってんなら、俺にひとつ提案がある」
「なんや? なんかええ手でもありますのん?」
「簡単な話だ。俺があの魔導アーマーの中からファルフェの友達を引きずり出す」
その提案を聞いて、ファルフェはビックリした。
とても単純明快な話に見えるが、相手にしなきゃならないのは魔導アーマーである。しかも、俊敏な動きをする上に堅い外殻に覆われている。
いったいそんなモノの中から、どうやってリリルを救い出すというのか。
それを考えたとき、ファルフェはヒュースの身が危険に晒されるのではないかと思った。
「待って! そんなことしたら、お兄ちゃんはどうなるの……?」
「ん~まあ最悪死ぬかもしれねえな」
「そ、そんな……」
「心配するな。いつだって、兄ちゃんは絶対無敵のオマエの兄ちゃんなんだぜ?」
「ダメだよ、お兄ちゃん! もし、本当にお兄ちゃんになにかったら……」
「信じてくれ、ファルフェ」
「イヤだ! 私、お兄ちゃんにそんなことさせられない!」
「だったら、友達はいったいどうやって助けるんだ?」
「それは、私が考える。だから、お兄ちゃんは無茶なことはやめて」
「大丈夫だって。オマエは、あのバケモノを引きつけることだけを考えてろ」
そう言って、ヒュースが頭を優しく撫でてくる。
ファルフェは自信ありげに語るヒュースの姿を不安な目で見た。だが、こうも自信たっぷりに語るヒュースを信頼しないわけにはいかない。
揺れる心の狭間で、ファルフェは1つの答えを導き出した。
「……わかった。お兄ちゃんを信じる」
「ありがとう、ファルフェ」
「必ずだよ――必ず帰ってきて!」
「任せとけ」
※
2体の魔導アーマーが対峙していた頃。
デュナンたちは、市庁舎にたどり着いていた。館内では、駆けつけ的にやってきた人々でごった返していた。
手当の必要な者、親族の行方を知りたい者、市長の対応を批判する者。それらが一堂に会したため、館内には人が通る隙間もない。
まったくもって、袋詰めの状態だったのである。
しかし、そんな状態でも通り抜けねばならない。なぜなら、目的地は市庁舎の最奥、ヴァレンタイトが執務する市長室だからだ。
強引に人の波をかき分け、市長室へと向かう。
そして、デュナンは扉の前でノックすると入室許可を得ることなく立ち入った。ただし、その開閉の仕方はとても粗暴だった。それがいまの心境を現しているのか、デュナンの顔にいささかの苛立ちが現れている。
室内では、ヴァレンタイトと職員数人が対策を協議していた。
そんな中において、デュナンは捕縛した男を地面に叩き付けた。すると、全員の顔が一同にこちらに向けられる。
デュナンは、何事かと騒ぎ出す職員を一目して口火を切った。
「市長、失礼しますよ」
「なに用ですかな、グラディッヒ閣下」
「即刻、そのとぼけた口調を止めてやめてくれませんか。それと、ここにいる職員全員をいますぐ退出させてください」
「申し訳ありませんが、見ての通り出現した魔導アーマーの対策会――」
「いいから、早く退かさせろ!」
とっさの怒号にざわめいていた職員たちが押し黙る。
いつも温厚なデュナンがあらぬ口調で語り始めたからだろう。空気を読んだ職員たちは、その場に資料を置いて部屋から出て行った。
残ったのは、3人。
対面に立つデュナンとアルマ、イスに座るヴァレンタイト。そして、デュナンの足元で猿ぐつわをされた男だけだった。
職員たちが退出したのを確認するなり、ヴァレンタイトが静かな口調で語り出す。
「――これでよろしいかな?」
「結構。しかし、これで私の気が晴れたわけではありませんよ、ヴァレンタイト市長」
「いったいなにをそんなにお怒りなのですか? 私には、よくわかりませんな」
「あくまでも、とぼけるおつもりですか……。だが、本心では私がここへなにをしに来たのか、もう想像ぐらい付いているはずだ」
デュナンの言葉にヴァレンタイトが口をつぐむ。
その沈黙はなにを意味するのか――などと、感じさせる幕間ができる。だが、寸刻してヴァレンタイトが口を開いたことでようやく意味をなした。
「……そうか。あのプレゼントは、お気に召さなかったか」
さきほどまでこびへつらっていた顔がゆがむ。
まるで別人のようにさげすむような眼光は、市長というにはあまりにもかけ離れた悪人じみた顔をしていた。
脇にいたアルマが怒り任せに机を叩く。
「アナタ、自分がしたことをわかってるの?」
「もちろんですよ、アルマ嬢。邪魔者を排除するのに配慮など必要ない」
「……あきれた。アナタという人は、どこまで腐ってるのね」
「そんなものは元々です。というか、証人なんて連れてきても無意味ですよ」
「なにをするつもり? まさかこれから連行しようという人が悪あがきでもしようというんじゃないでしょうね?」
「ええ、させてもらいますよ」
と、ヴァレンタイトがほくそ笑みながら言った直後。
突然、室内にまばゆい光が広がった。
「目くらましの魔法かっ!?」
デュナンは両手で顔を覆い、室内を白く染める光をさえぎった。
しかし、次の瞬間には地面から悲鳴が上がったのを耳にして、連れてきた襲撃者が殺されたことを知った。
それから、すぐに窓ガラスが割れる大きな音が聞こえてきた。
視界が元に戻るなり、デュナンは足下に転がしていたモノの様子を確かめた。そこには、真っ黒焦げになった男の姿があった。
あの一瞬で遮断魔法と攻撃魔法を使ったのだろう。
とっさに窓際に立つ。デュナンがそこで見えたのは、眼下に見える大通りを逃げていくヴァレンタイトだった。
呆れた様子で溜息を吐く。
「……さすが元宮廷魔導士だったことだけはあるな」
よもや、逃げてしまうなどと思わなかったのだろう。そのつぶやきを聞いてか、とっさにアルマが進言してきた。
「追いかけましょう」
「無論だ。この事態も収めなければいけないが、あの市長を捕まえなきゃならないのも事実だ。それにこのまま任せておいたのでは、どうにも手に負えない気がするのでね」
「私も同感です」
「では、行こう。一刻も早く彼を捕らえなければ」
と言って、デュナンが踵を返す。
そして、すぐさま市庁舎を出てると、行方をくらませたヴァレンタイトを探し始めた。
その姿を捕らえられたのは、わずかしてのこと。
元々、ヴァレンタイト自身がそれほど体力のある人物ではなかったのだろう。逃亡者の姿は、フラウゼス市の南西部で捕まえることができた。
すでに周囲は、魔導アーマー同士の戦闘の余波で建物が倒壊している。瓦礫の山が至る所に散乱しており、表通りも裏通りも区別がなかった。
そのうえ、走る度につまづいてしまいそうになる路面。
そんな中をヴァレンタイトは築かれた大きな山を登って、反対側に抜けようとしていた。
「大人しく投降しろ!」
デュナンが立ち止まり、静止させようと声を張り上げる。
だが、ヴァレンタイトは止まる気など毛頭ないらしく、わずかに振り返って逃げ失せようとしていた。
「うるさいっ! 若造が私の栄光なる未来を壊そうなど、思い上がったことをさせてたまるものか」
「罪を犯した人間がなにをのうのうと――アナタは、これから裁かれるのだ。そして、この先の人生が全うでいられると思うないことだ」
「黙れ! 黙れ! 黙れっ!」
と言って、ヴァレンタイトが山の向こう側へと消えていく。
デュナンもすぐさま後を追いかける。しかし、細々とした瓦礫に足を取られ、思うように進むことが出来ない。
そんなとき、後ろから「ヒュー」という奇妙な物音が聞こえてくる。その物音を耳にした途端、デュナンはその正体を確かめようと振り返った。
すると、遙か上空から黒い物体が落ちてくるのが見えた。
じっと目を凝らす――砲弾である。砲弾は、デュナンたちが昇ろうとしている瓦礫の山めがけて飛んできている。
「デュナン様、伏せて!」
それに気付いてか、とっさにアルマに身体を抱きかかえられた。
ところが、砲弾は上空を通過したらしい。デュナンが気付いたときには、山の向こう側で大きな爆発音がしていた。
すぐに起き上がって、瓦礫の山の頂へと登る。
だが、目の前はホコリに覆われてなにも見えない。それどころか、目や鼻を飛散していたホコリにやられ、おもわずむせ返ってしまう。
ようやく、視界が開けたのは寸刻してからのこと。
目を開けると、そこには砲弾によって作られたクレーターがあった。
「ヴァレンタイトはどこに?」
わずかに残るホコリにむせかえりながらも、ヴァレンタイトの姿を探す。
すると、視界の端に映った壁と思われる瓦礫のあたりに赤い液体のようなモノが流れているのが見えた。
「……まさか……そんな……」
あっけない幕切れ――それは、明らかに流れたばかりの血である。
デュナンは、その血が暗喩する事柄に茫然と立ち尽くした。
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