第19話「明日を我が手に」
「――出でよ、出でよ。我が名において、一陣の風を吹かさん」
と、アルマが大声で言い放つ。
その呼び声に答えるように1体の風の精霊が現れる。精霊は命じるまでもなく、主の意志に従って、猛烈な突風を発生させる。
すると、目前に迫っていた男たちが吹き飛んだ。背後にあった木製のコンテナにぶつかり、瞬く間に失神する。
アルマはその様子を見ることなく、次の敵を倒そうとした――が、気付けばスキと伺っていた男に襲われそうになっていた。
しかし、アルマは動じない。
それどころか、男が振り下ろした剣を冷静にかわしていた。その落ち着いた反応ぶりは、さながら達人技のよう。しかも、直後に手にしていた魔導宝弾を放ち、男の足元を氷で凍てつかせてしまった。
さらに男へと詰め寄り、そのみぞおちに強く拳を叩き付ける。
すると、男は倒れ込んだ。それを見て、仲間の仇とばかりに3人の男たちが襲ってきたが、アルマの呼び寄せた風の精霊にあっという間に吹き飛ばされてしまった。
しかも、3人同時。
「お見事」
その光景を見てだろう。
アルマは、不意に声を掛けられた。
顔を見上げると、デュナンが手を叩きながらやってきていた。どうやら、他のの襲撃者もやっつけてしまったらしい。
意識があるのは、デュナンに首根っこを捕まれた男だけ。
アルマは銃を収め、生け捕りにした理由を訊ねた。
「その男をどうなさるおつもりですか?」
「ちょっと襲撃させた黒幕を吐かせたくてね」
「黒幕? デュナン様は、この襲撃がなんなのかをご存じなのですか?」
「ああ、市長だ」
「市長ですって!?」
「まあ、驚くのも無理はない。彼はフラウゼス市のイスに固執しているし、なにより裏でいろいろと悪いことをしていたからね」
「デュナン様は、そのことをずっとお知りになってたんですか?」
「いや、少し前に側近から聞かされたんだ。それで市長に問い合わせたこともある。なんというか、私はどうにも人に妙な好かれる性分らしくてね」
「市長は……ヴァレンタイト市長は、なんとおっしゃったのですか?」
「残念なことに知らぬ存ぜぬだそうだ。しかし、私が問い合わせたことで核心を突かれ、少し焦ったのかもしれないね」
「それで襲われたと?」
「おそらくは……」
まさかヴァレンタイトが……。
そんな風にも思ってもみなかったアルマだったが、思案する間もなく市庁舎への同行を求められる。
「とにかく一緒に来てくれないか? 市長の目の前ですべてを証言させたい」
「わかりました。そういうことでしたら、同行させていただきます」
「ファルフェ嬢を探している手前で申し訳ないね」
「あ、いえ……ファルフェは幼馴染みで実兄のヒュースも探してます。彼には少しばかり申し訳ないと思いますが、デュナン様が襲われたとあっては仕方ありません」
「市長を拘束したら、私も探すのを手伝おう」
「ありがとうございます」
「よし、急いで市庁舎へ行こう。事を終わらせて、ファルフェ嬢を連れて避難するんだ」
と、デュナンが言う。
すぐさま捕縛した男を担ぎ上げ、デュナンは走り出した。アルマはその後を追い、急ぎ市庁舎がある町の中心部へと向かう。
その途中、南の方で土煙が上がるのが見えた。
魔導アーマーが500メートルほど南側の場所で暴れ回っているらしい。家屋が壊れ、土煙が上がる様を見て、アルマはその悲惨さに足を止めた。
「どうかしたのかい?」
不意にデュナンに声を掛けられる。
いつのまにか立ち止まっていたことに気付かれたのだろう。アルマは、沈痛な面持ちで返事をかえした。
「いえ、たくさんの家屋が壊されているのを見て、つい……」
「2人のことが心配かい?」
「もちろんです。あの兄妹は、私にとって大切な幼馴染みですから」
そう言って、アルマは顔を曇らせた。
別れた後、ヒュースは無事ファルフェに会えただろうか。魔導アーマーの砲撃に巻き込まれていないだろうか――憂鬱な気持ちが募る。
とっさに肩を叩かれる。
真っ直ぐ前を向くと、デュナンが穏やかな顔で笑っていた。おかげでアルマの気分も、わずかばかり晴れた。
「大丈夫だよ。彼らなら、きっと無事に逃げているはずさ」
「そうあってくれるといいんですが」
と言って、アルマは壊れゆく町並みと見ながら幼馴染みを思った。
「急ごう。ヴァレンタイトがこの事態を起こした犯人かも知れない」
そして、デュナンの言葉に再度市庁舎に向かって駆け出す。
市庁舎は、大通りを越えて、蒸気列車の駅がある北部の高台にある。
そちらへ向かうつもりなのか、逃れてきた住民が必死な形相で通りすがる姿が見受けられた。アルマは、そうした光景にいまの異常さを改めて思い知らされた。
そんな中、思わぬ人物に出会う――ヒュースの家の執事、カーライルである。
カーライルは、両手に手にした大きなトランクケースの他に浮遊魔法を使って、いくつかの大荷物を運んでいた。
アルマがその存在に気付いたのは、裏通りを抜けたときのこと。
一人の老人が、石畳の上り坂を小気味よい呼吸で登ってくるのを見つけたからである。
「カーライルっ!?」
当然、アルマは驚かされた。
まさかこんなところでカーライルに出会うなんて思いもよらなかったからだ。
それは、カーライルも同じだったらしく、気付いたときにはキョトンとした表情を見せていた。
「アルマ様、それに侯爵様まで……。お二方とも、避難船にお乗りになったのではなかったのですか?」
「カーライルこそ、港に向かったんじゃなかったの?」
「それが必要な荷物を持って屋敷を出たところ、街中でガレキの下敷きになったご婦人を発見しまして、救出しているうちに出航時間に間に合わなくなった次第で――」
「じゃあ、北門へ逃げるつもりだったのね?」
「左様でございます。しかし、旦那様にご心配をおかけすることになったことに関しては面目もございません」
「気にしなくていいわ。ヒュースなら、アナタが来るのをきっと信じて待ってるだろうし。そんなことより、大変なことが起きたの」
「何かあったのですか?」
「ファルフェがいなくなったのよ」
「えっ!? お嬢様が……?」
「そうなの。それと、いまし方デュナン様が何者かに襲われたわ。偶然、私がその現場に居合わせて、事なきを得たんだけども」
「そうでしたか。わたくしがいない間にそのようなことが」
「――で、申し訳ないんだけど、私はこれからデュナン様が襲撃した輩を市庁舎に連れて行かなくちゃいけないの。ファルフェの捜索の方をお願いできないかしら?」
「もちろんでございます。一刻も早くファルフェお嬢様をお探ししなくてはなりません」
「申し訳ないけど、ファルフェのこと頼んだわよ。今頃、ヒュースも探し回ってるはず」
そう言うと、カーライルは一礼して去って行った。その老体の背中を見送り、アルマはデュナンを振り返って声を掛けた。
「行きましょう。時間がありません」
そして、2人は再び市庁舎へと急いだ。
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