第18話「少女の戦争」
4畳ほどの小さな一室。
大小の幾つもの歯車がガシャガシャと音を立てている。その部屋の一角には、これまた顔が出せるほどの窓が付いており、そこから外の景色が見れた。
ここは時計塔の最上層――そこで、ファルフェは町の様子を眺めていた。もちろん、誰彼立ち入っていい場所ではない。
だが、魔導アーマーの襲撃に整備作業中だった時計技師が逃げてしまったのだろう。ファルフェがやってきたときには、下層にある出入口の扉が開きっぱなしだった。
そうした理由もあり、最上層へ昇ることができた。ファルフェは、立ち上る炎に真っ赤に染まる町の風景をじっと眺めていた。
「ありゃま。かなり悲惨な状況やなぁ~」
不意に聞き覚えのある声を耳にする。一瞥すると、死んだはずのグレムが翼をばたつかせて佇んでいた。
わずかに驚きつつも言葉を返す。
「……グレム。生きてたの?」
「おかげさまで。まあ生きてたっちゅう表現自体が微妙やけど」
「微妙?」
「ちょっと説明するのが難しいんやけど、とにかく僕は魔導アーマーのナビゲーションシステムの一部になったんや」
「ナ、ナビゲ……なに……?」
「いわゆる、これがないと動かへんような代物や」
「そうなんだ。でも、こんなところになにしに来たの?」
「見ての通りの見物や。こうして嬢ちゃんの近くにおられるのも嬢ちゃんが持ってるペンダントがそこにあるからやねん」
「いままでそんな反応なかった」
「そらまあ、家におったときは姿を隠しとったさかい。それにヒュースはんから嬢ちゃんの前に姿を現すなって、ずっと釘を刺されとったしな」
「……そうだったんだ」
「一応聞いとくけど、嬢ちゃんはアレを倒したいと思ってるん?」
「思ってる」
「せやかぁ~」
「どうすればいいと思う?」
「そないなこといわれてもなぁ~。僕は、魔導アーマーを呼んだらええとしか言えんわ」
「でも、グレムは隙を見てまた魔導アーマーごと私を乗っ取るつもりなんでしょ?」
「んまあ生き返るチャンスでもあれば、そうするわ。せやけど、もう僕はホンマに魂ごと魔導アーマーの一部になってしもうたんや。いまできることがあるとするなら、嬢ちゃんの操縦をサポートすることぐらいやな」
「私のサポート?」
「せやで。あとは、搭乗者たる嬢ちゃん自身がどうしたいのかやわ」
「私は――」
と言いかけて、口を閉ざす。
返す言葉がなかったのではない――ある迷いから、話す勇気を持てなかったのである。
町を壊す魔導アーマーを見て、ファルフェはずっとペンダントに封じられた魔導アーマーで殲滅すべきか悩んでいた。そうすることで、自らが言動によって傷つけた人々に対して、謝罪と責任が取れるのではないかと思った。
けれども、また魔導アーマーに取り込まれるのが怖い。未だそう思っているだけに搭乗をためらわずにはいられなかった。
故にファルフェは悩んだ。
悩んで、悩んで、責めさいなんで、必死に答えを出そうした。だが、心の奥に沸き上がる不安が決意を鈍らせる。どうにもならず、ファルフェはここで見ていることしか出来なくなっていた。
そんなとき、背後からファルフェの名前を叫ばれる。
聞き覚えのある声にハッとなって振り返ると、そこに一番来て欲しくないと願っていた兄の姿があった。
「……お兄ちゃん?」
ヒュースだった。
かなり息が上がっている。どうやら、あちこちを探し回っていたらしく、その顔からは大量の汗が吹き出ていた。
「探したぞ、ファルフェ。こんなとこにいたら、危ねえだろ?」
と膝を折りながら、ヒュースが言う。
けれども、、ファルフェにその様子を心配する気配は見られなかった。むしろ、近寄って欲しくないとばかりに後退ってしまう。
しかし、すぐに後ろが壁であることに気付いた。すぐさまヒュースに詰め寄られ、腕をガッシリと捕まれてしまう。
「いや、離してっ!」
と叫んで、激しく揺さぶって振り解こうとする。だが、思いの外ヒュースの力は強く、小さな身体のファルフェでは抗うことすらできなかった。
その間にも、ヒュースが顔を近づけてくる。
そんな顔を見るのがイヤで、ファルフェは途端に顔を背けた。その理由は、ヒュースを許す気持ちがまだなかったからだ。気持ちを知ろうともしない人間にどうして話す機会を与えられるのか?
ファルフェは、それが納得できなかった。だから、ヒュースが語りかけてきても、なにひとつ聞く気はなかった。
「こんなときまで意地を張らないでくれ」
「張るもんっ! お兄ちゃんは、母様のことが好きな私のことなんか嫌いなんでしょ?」
「んなこと一言も言ってねえだろ」
「言ったもん」
「言ってねえよ」
「言ったもんっ!」
「いい加減にしろっ、ファルフェ!」
「言ったもん……なんで信じてくれないの? 私のことなんかどうでもいいんでしょっ!」
「んなこと、これっぽっちも思っちゃいねえよ」
「ウソだよっ!!」
そう叫んだ途端、ファルフェが黙り込んだ。
ヒュースも言うことを聞かない妹を説得しあぐねたのか、困惑した表情で口を閉ざしてしている。
寸刻の間、静寂が続く。
窓の外からは、魔導アーマーの砲撃音が立て続けに聞こえてきている。しかし、互いに見つめ合って、自らの主張を押し通そうとする2人にはどうでもいいことだった。
しばらくして、ファルフェが鈍重に口を開く。
「……もういいよ。お兄ちゃんは早く避難して」
「オマエはどうす気なんだよ?」
「私は魔導アーマーを倒すの」
「魔導アーマーを倒すって……? まさか、オマエっ!?」
「その『まさか』だよ」
首元のペンダントをつかみ、見せつけるようにして目の前に差し出す。
それが迷った末にファルフェが示した責任の取り方だった。さきほどまでの逡巡はもうどこにもなく、むしろ瞳に強い意志を宿していた。
途端にヒュースが怒号を上げる。
「ふざけんなッ、兄ちゃんはアレに乗ることなんか許さねえぞ?」
「許すとか、許さないとか、関係ないもんッ! お兄ちゃんは私の言うことなんかこれっぽっちも聞いてくれなかったじゃない?」
駄々をこねるようにファルフェが反論する。
しかし、それがきっかけだったのか。
とっさにヒュースの腕が振り上げられる──が、それよりも早くファルフェの右手がパチンという音を立てた。
ヒュースの頬を叩いたのである。
そうした行動に驚いたのか、ヒュースは晴れ上がった頬をそのままに茫然としていた。
「ちゃんと私の話も聞いてッ!」
と、ファルフェが声を荒げる。
その言葉には、ハッキリと兄であるヒュースに自分の主張を聞いて欲しいという思いが込められていた。
当然、ヒュースは妹の言動を思ってもみなかったらしい。真剣な眼差しで正視するファルフェに戸惑っていた。
「街がメチャクチャなったのは、私が山を破壊しちゃったせい。人がいっぱいいる市場も大好きなパン屋さんもクラスメイトの仕立屋さんも壊したのは全部私なの」
「そんなことはねえよ。オマエは、グリムにそそのかされただけだ」
「あるもんっ! だから、こんな風になった責任を私は取りたい。魔導アーマーを倒して、ちゃんとみんなにゴメンナサイしたいの!」
「ファルフェ……けどな、またそれでオマエの魔導アーマーが暴走したらどうすんだ? 兄ちゃんはそれだけは絶対イヤだぞ」
「……もしも……もしも……そうなったときは……」
ファルフェが言い淀む。
それは、これから語ることがヒュースにどんな顔をさせるか、わかった上での静寂だった。
だが、それでも語らねばなるまい。
ファルフェに恐怖に震える心を抑え、勇気を持って口を開いた。
「――お兄ちゃんが私ごと魔導アーマーを壊して」
「ファルフェ、オマエっ!?」
「……一生のお願い、お兄ちゃん」
「バカを言うな! そんな願い、兄ちゃんは聞き入れねえぞ!」
「でも、私は責任を取らなきゃいけないんだもん!」
誰がなんと言おうと魔導アーマーを倒す。
ファルフェは、アルマが言ったような「誰かを守る」ということを自らの責任として果たすことで成し遂げたかった。
自らの過ちは簡単に消せない――それを知っているからこそ、この事態を招いた罪を背負わなければいけないと思ったのである。
だから、じっとヒュースの目を見つめて願い続けた。決して譲れないという意志を示し、これから行おうとすることを認めさせたかった。
けれども、ヒュースはどう思っただろう……? 見るに堪えなくて、おもわず顔を背けてしまったが、きっとヒュースはつらいかをしているだろう。
そんな風に思っていると、唐突に温かなぬくもりに包まれる。顔を上げてみると、正面からヒュースに抱きしめられていた。
「……お……兄ちゃん……?」
「オマエもバカだなぁ」
「…どうして?」
「どうしてもこうしてもねえだろ。そんな責任、兄ちゃんになすり付けていいんだぜ?」
「……だって……だってぇ……」
「いいんだ、わかってる――けど、オマエは俺の妹だ。どんなことがあっても、オマエは俺の妹なんだ。だから、兄ちゃんはオマエを一生懸命護らなきゃいけない」
「でも、お兄ちゃんは母様のこと……」
「もちろん大っ嫌いだ。そこはファルフェの気持ちを理解してやれないと思う。でもな、この前オスカーさんから母様の手紙をもらったんだ」
「母様の手紙?」
「――ああ。それには兄ちゃんに宛てた内容が書いてあったよ。いまは持ってないけど、兄ちゃんはそれを見て母様の見方を少し変えたよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。いまはまだ嫌いだっていう気持ちの方が強いかもしれない。けどな、ほんの少しだけ母様が好きだっていう気持ちを見つけられたんだよ。そして、ようやくオマエと同じ気持ちを持てた」
「おんなじ気持ち……?」
「なあファルフェ、もういいだろ? 一人で重荷を背負おうとしないでくれ。アイツを倒すんだっていうなら一緒に戦ってやる――だから、もう意地なんか張るな」
「……お兄ちゃん」
強情なファルフェの心が徐々にほぐれていく。
まるで固く閉ざされた山の雪が春の陽気に溶かされるが如く、涙の川となって思いと共に止めどなく流れた。
ファルフェが嗚咽を漏らす。
「なんだ? やっぱり、ファルフェは泣き虫だな」
「……えぐぅ~泣き虫じゃないもぉん」
「本当か?」
「本当だもん。私、泣き虫じゃないもん」
「はいはい、まったくファルフェも素直じゃねえなぁ」
「お兄ちゃんのバカぁ~」
そう言いつつも、涙はボロボロとこぼれ落ちていく。
止めたくても、止めたくても、涙は止まらない。なぜなら、こんなにも優しい兄のことを嫌いに晴れるはずがなかったからだ。
それだけに突然頭を撫でられたことは驚きだった。
瞬く間に強情っ張りな心がほぐされていく。それまで抱えていた恐怖もどこかへと消え、ファルフェ自身にヒュースの優しさには叶わないことを悟らせた。
とっさにヒュースが話しかけてくる。
「わかった、わかった。だけど、オマエは紅眼の魔女だろ? 世界を支配する王がこんなところで泣いてたら、いつまた魔王ドゥアルクハーンに隙を突かれるわからんぞ?」
「……うん」
「よし。それなら、もう弱音を吐くのはなしだ」
「わかった」
ヒュースの言葉を聞き、ファルフェは大きく息を吸い込んだ。
そして、勇気を奮い立たせるが如く自らの手で涙を拭う。同時にヒュースの顔を見て、涙の跡を隠すように紅玉の魔女メイヴィスを演じ始めた。
「クックック……お兄よ、心配掛けたな」
「ああ、まったく心配しまくりだ。んなことよりも、あのデカブツをなんとかしねえといけねんじゃねえのか?」
「ああ、無論だ――だが、安心するといい。あのような雑兵など、我が手であっという間にひねり潰してくれる」
「いいぞ、その意気だ」
「我が名は、メイヴィス・ローディス・ラ・ファーゼスト・ギュヒトナーっ! 深淵より出でたる真祖にして最強の魔女なり!」
ファルフェが高らかに笑う。
その姿は、先ほどまでの悲しみを振り切るかのようだった。
クルリと反転して、窓の方を指し示す。そして、彼方に見える巨大な魔導アーマーを望むと、右の人差し指を突き立て、威風堂々と進撃の合図を出した。
「行くぞ、お兄よ!」
勇敢なる幼い少女が恐れるモノは、もうなにもない。
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