5:魔王
聖アウグスト暦666年、異世界ラハーヴァールには、人類と魔族、二種類の生物が存在していた。群れを成し、群として力を発揮する人類と、群れを嫌い、個として力を発揮する魔族。ともに二足歩行で二本の腕をもつ彼らは、姿かたちにおいては近しいけれども、その生物としてのありようから、常に対立関係にあった。
聖アウグスト暦266年に、大陸は二分され、人類と魔族それぞれが別個に国を成した。二つの国はにらみ合い、小競り合いを起こしながら、それでいて大きな戦争には至らず、どうにか「平穏」といえるものを形作って、400年の時が経過。今となっては、お互いに「気に食わない」という認識を抱きつつも、幾百もの時の流れが、両者間の摩擦を和らげ初めている。真の平穏が近づきつつあった。
そんなご時世にて、もはや仕事のなくなった男、第38代魔王軍将軍ラバ・ゲチェ。彼は黒々とした肌の偉丈夫で、額に一本の角をはやしていることを除けば、人と遜色ない姿をした、魔王軍最大幹部の一人である。そんな彼は今、魔族の国において最も問題視されている、ある内政的な物事を片付けんと、魔王のもとへはせ参じていた。
魔王城の謁見の間。その中央に座している一人の魔族にむかって、ラバはひざ魔づき敬意を示した。青白い肌の上に鎧をまとった一人の魔族。肌の色を除けばほぼ人と同じ姿をした彼。その人こそがラバの仕える魔王である。名を、ラヒトと言った。
「魔王ラヒト様」
「なんだ。ラバ・ゲチェよ。また軍備縮小への異議を申し立てにでも来たか? 国防に予算を割いている余裕はない。魔と人が調和しつつある今、減ることなく増え始めた魔族の人口をどうするのか、これに資金を割かねばならないのは、お前も知っていよう」
「もちろんでございます。若い魔族を教育するための機関や、年老いた魔族への介護設備が足りませぬ。我が国は建国後以来、人類に攻め入るため軍備ばかりに意識が向かっておりましたが、もはやそのようなことに構っている余裕はありませぬ。1000年の時を生きる我々が、その数を減らさず増やすことで、予想だにしない問題ばかりが起きている今、取り組むべきは別にありますゆえ」
「ならばなぜ、ここに来た? 人との争いがない今、軍事をつかさどるお前が、私のもとへ来る理由などないだろう」
「此度は無礼ながら一言言わせてほしいことが」
「ほう、珍しいな、言ってみよ。」
「お世継ぎを、つくらないので?」
「……」
「魔王様もすでに500歳、若いとは言えぬ年齢では」
「……断る」
「王がこの国を作って早400年、そろそろ腰を落ち着けてもいいころだと私は思うのです」
「いや、私はまだいい。やることがあるのでな」
「ですが……」
「しつこい。私はまだ子を成す余裕はない。そのようなくだらないことを言うつもりで来たのならば、すぐにこの場を去るがよい」
魔王が自分の意見を受け入れる気がないということを悟ると、ラバは小さく息を吐いた。
(やはり、無意味であったか)
ちなみに彼らの会話をわかりやすくかみ砕くとこうだ。
ラバ「いい加減結婚して子供つくったら?」
ラヒト「うーん、今はいいかなー」
ラバ「えー、なんで?」
ラヒト「だって、仕事あるしさ、今は仕事に生きたいんだよね」
ラバ「でも……」
400年という長きときにわたって一人の王が君臨し続ける魔族の王国、その唯一といっていい弱点が、魔王のワーカホリックであった。
(王よ、魔族の寿命は1000年。人で言えばあなたはすでに40代を越え50手前に差し掛かっているのですぞ。アラフォーどころではございませぬ。いい加減相手を見つけて子供を作らねばどうするのです。あなたか、あなたの血脈無しでは、この国が成り立たないことなど、ご自身が一番良くわかっているだろうに)
魔族は個で生きる生物である。本来なら今のように寄り集まって国の体を成すことはない。魔族の王国は、そんな魔族たちを絶対的な力を誇るラヒトが屈服させたことで生まれた、絶対王政かつ独裁体制の国家だった。ゆえに建国後400年のうち、王位が継承されたことは一度もない。ラヒトがこのまま独り身を続けて、いつしか死んでしまえば、ラヒトによって抑圧されていた魔族たちはすぐさま散り散りになってしまうだろう。そうなればもはや国家の体はなしえない。それを避けるための忠言だったのだが……。
(仕方ない。よき人が見つかるまで、待つしか)
ラバは肩を落としながら魔王城を後にした。後日、小言を言われたとイラついた魔王から、単身で人間の国に潜入して来いと命じられることになるのだが、今の彼にはもちろん、それを予想することなどできなかった。
超短編玉手箱(習作) @ptarou
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