第47話  地下格闘技

郷田梅雲ごうだばいうんは近付いて来る三人の男を眺める。

その足取りはゆっくりではあるが、大きな殺気を含んでいる。

暴力の世界特有の臭いが、鼻腔をかすめる。

「まさか、こんな大物に出会えるとは思ってなかったぜ」

一人の男が声を放つ。

身長・百八十五センチ、体重・百十キロぐらいだろうか。

白色の上下のジャージを着ている。

髪は短めで、肌は浅黒い。両眼は細く釣り上がり、口は小さい。

「とりあえず、俺から行かせてもらうぞ」

その男はそう言うと、後方に佇んでいる二人の男を見た。

二人の男は、胸の前で腕を組んだまま静かに頷く。

そして。

その男は前に向き直ると。

天然芝のフィールドを蹴って、郷田梅雲に近付いた。

郷田は、両腕を前方に出して身構える。

その男は左右の腕を大きく振ると、ガツンガツンと郷田の太い両腕に拳をぶちかましていく。

そのスピードと破壊力は、素人のモノではない。

両足を地面に根付かせ、体を左右に振って重心を移動させながらの攻撃である。

郷田は、太い両腕でその攻撃を防御する。

「こんなモノか!郷田梅雲!」

その男は、左右の拳をガンガンと飛ばして大声で叫ぶ。

郷田の巨体が、その破壊力に小さく揺れる。

それ程の衝撃である。

(ケッ!拍子抜けだぜ。噂とは全然違うじゃねぇか)

その男は、郷田の体に左右の拳を当てながら思った。

(この程度の男が、裏社会の暴力世界でトップだと?)

左右の腕を大きく振り回して攻撃する。

(まぁ、俺はコイツをぶっ殺して、報酬を頂くだけだ)

その男の出身は、地下格闘技である。

地下格闘技とは、腕に自信のある不良やギャング・元ヤクザやアウトローなどが、リングの中でルールに基づいて喧嘩する大会のようなものである。アンダーグラウンドの世界では、地下格闘技団体の数は有に百を超える。

その中でも、一・二の大きさを誇る地下格闘技団体「風林火山」の元無差別級王者こそ、彼なのである。

その男の強さは群を抜いており、団体創設時から三年間無敗であった。対戦相手は、必ずと言っていい程ノックアウトで倒され、病院に運ばれて行くのだった。

そして。

付けられた呼び名が。

地下格闘技の帝王、である。

それ程の人間でも、一つ問題があった。

それは、素行の悪さである。

その強さ故に生まれた性質なのか、最初からそうだったのかはわからない。だが、暴行・傷害・恐喝・強盗・強姦など、殺人以外は毎日の日課の様に行っていたのである。

さすがの地下格闘技団体も、日本の法律に表だって触れる人間を参加させることはできない。

なので、その男に対して数十回にわたり素行の悪さを注意したが、一向に治る気配が無かった。

そこで、地下格闘技団体は苦渋の決断をする。

その男の地下格闘技への参加禁止である。

どれだけ強くても、その能力を発揮する場を奪われたら、ただの素行の悪い人間でしかない。地位や金があった時はたくさんの人間が周りにいたが、それら全てを失くした素行の悪い男に、誰が付いて行くのであろうか。

そして、その男の周りには誰もいなくなった。

だが、その男はそれでもなお、暴行・傷害・恐喝・強盗・強姦などを止めようとはしなかった。

いや、昔以上に卑劣で凶悪になっていったのである。

「大したことねぇな!郷田さんよ!」

その男は大声で叫びながら、左右の拳を振り回す。

郷田梅雲は、その強力な攻撃を太い両腕で防御している。

大きな巨体が、攻撃の振動で震える。

「ぬるいの・・・」

郷田が静かな声でポツリ呟いた。

「あぁ?!」

その男は、その言葉が聞き取れなかったのか、大きく聞き返した。

「何か言ったか?!」

その男は、左右の拳をぶんぶんと振り回して、郷田の巨体をじりじりと後退させる。

「ぬるいと言ったのじゃい」

郷田はそう言うと。

その男の両手首を、左右の大きな手で掴んだ。

「・・・?!」

(こ、こ、コイツ・・・なんて力だ・・・)

その男は驚愕の表情をした。

その瞬間。

郷田は、右足でその男の両足を払う。

ぐるん。

と。

その男の巨体が空中に浮く。

郷田の両眼がギラリと光り、空中に浮いたその男の両手首を掴んだまま、一本背負いの如く地面に投げ付けた。

どごおおぉぉん!

尋常ではない程の轟音が、フィールド上に響き渡る。

「・・・・・?!」

その男は背中から天然芝に叩き付けられ、余りの衝撃の為に声が出せないようだ。

全身は痙攣を起こし、両眼は焦点が合っていない。

「・・・あ・・・がぁ・・・?!」

(何をされたのだ・・・?!)

その男は全身に力を入れるが、まったく動かない。

「立てよ・・・」

郷田はその男の両手首から手を離した。

「この・・・野郎・・・」

その男は、痙攣する体を無理矢理に引き起こすと、郷田梅雲を睨む。

「哀れなものよのー。相手の強さすら感じず、自分の力量すらもわかっておらぬわ」

郷田は顎髭を右手で撫でると笑った。

その男の顔色がみるみる変わっていく。

「ぶ、ぶ、ぶち殺してやる!」

その男は、右腕を大きく振り上げた。

ばちいいぃぃん!

郷田の巨体が大きく揺れる。

打撃力と衝撃はさすがに大きい。

だが。

郷田はその右拳を左頬で受け止める。

「この程度かい・・・」

郷田は、寂しそうにポツリと言うと。

頭と左肩で、その男の右腕を固定して。

太い左腕をその男の右腕に絡ませた。

そして。

上部から力を加える。

ボキボキボキイィーーッ!

「ぎいやあーーーっ!!」

その男は、右腕に走った激痛に大声を上げる。

郷田は、ぐるんと体を回転させると。

足払いで、その男を天然芝の上に転がした。

「腕がぁ!腕がぁ!」

その男は大声で叫ぶ。

太い右腕が、肘の部分から逆方向に折れ曲がっている。

「俺の!俺の!俺の腕があぁーーー!」

その男は、自分が天然芝に転がされたことを忘れて、折れ曲がった右腕ばかりを凝視している。

郷田梅雲は、その男をチラリと見た後、くるりと向きを変えて背中を向けた。

その男も、地下格闘技の世界ではかなり強かったのであろう。

しかし、郷田梅雲はレベルが違うのだ。

裏社会の暴力・武力部門に在籍する猛者達の中で、戸倉一心と共に頂点に立っている程の男なのである。

「心が折れた奴に・・・興味はないわい」

郷田はそう言うと。

残りの二人の男を見た。

その両眼は静かであるが、有無を言わさない力を持っている。

「さてと、お前達はどうするかのー」

郷田は、天然芝をふわりと歩く。

その動きは、巨体からは信じられない程に軽い。

「どうするだって?」

一人の男が声を発した。

両腕を胸の前で組みながら、ゆっくりと郷田に近付く。

顔の輪郭は四角く、黒い髪は少し逆立っている。首が異常に太く、右の首元には虎の模様をした刺青が彫ってある。

身長は、百八十七センチ。

体重は、百十キロ程度。

黒いシャツを着こなし、カーキ色のチノパンを履いている。

その動きは軽快で、只者ではない雰囲気を醸し出している。

(こいつ・・・先程の男とは断然に違うのー)

郷田は、瞬時にその男の匂いを感じた。

危険な香りである。

「兄貴、まずは俺がやらしてもらうぜ」

その男はそう言うと、組んでいた両腕をダラリと下ろした。

「ああ・・・」

兄貴と呼ばれたもう一人の男は、コクリと頷いた。

先程の男に比べると体格は小さいが、その肉体は見事に良質な筋肉で包まれている。

身長は、百七十九センチ。

体重は、八十キロ程だろうか。

黒いアンダーシャツに、モスグリーン色のチノパンを履いている。

顔は小さく目が細い。髪は栗色で短く、額の前だけ少し長く垂れ下がっている。

左の首元には、龍の模様をした刺青が彫ってある。

「その前に・・・」

兄貴と呼ばれた男は、天然芝の上で右腕を折られて叫んでいる男を見た。

胸の前で組んでいた両腕を、ズボンのポケットに入れてゆっくりと歩く。

その動きは、一寸の隙もない。

じゃり。

じゃり。

数歩進んだ所で。

軽く跳躍する。

いや。

軽く飛んだように思えたが、その距離は人間の稼働領域を大きく超えていた。

両手をズボンのポケットに入れながら、大声で叫んでいる男の胸板にズドンと降り立った。

人間が走り幅跳びをする時に、砂地に飛び降りた状態の体制である。

ボキボキボキッ!

胸骨と肋骨を繋いでいる肋軟骨が破壊された音が響き渡る。

「ぐひいいぃぃーーー!」

右腕を折られた男は、大きな体を九の字に曲げて叫んだ。

自分の胸には、人間が両足で降り立っているのである。

胸板が大きく窪んでいるのがわかる。

「あ・・・がは・・・」

(な、な、何しているのだよ!てめぇ!)

右腕を折られた男は、全身を痙攣させて呻き声を上げる。

あまりの激痛に声が出ていない。

ぎゅるるん。

兄貴と呼ばれた男は、その場で再度跳躍した。

ズボンのポケットに両手を入れながら、縦に体を二回転させた。

ずどおぉん!

今度は、右腕を折られた男の顔面に、両足から降り立つ。

「・・・・・」

天然芝に、右腕を折られた男の後頭部が減り込む。

いや、人間の頭部が地面に突き刺さると言った例えが、妥当ではなかろうか。

右腕を折られた男の全身がガクガクと波打って震えている。

「お前如きの下等生物に・・・手を使う必要はあるまい」

兄貴と呼ばれた男はそう言うと。

両足をずるりと天然芝に下ろした。

その男の顔面は全体的に陥没しており、どこが鼻でどこが口かわからない。

そして。

その男の頭部を両足首で挟んだ。

ぎちちっ。

ぎちっ。

回転して飛び上がる。

ボキーーーッ!

異様な異音が鳴り響く。

兄貴と呼ばれた男は、ズボンのポケットに両手を入れたままワリと天然芝の上に降り立つ。

(ほう・・・。何者だ?あ奴は・・・)

郷田梅雲は驚嘆した。

その手際、その強さ、かなりの手練れであるからだ。

(まだ、ワシの知らない所でこの様な人間がいたとはのー)

郷田は顎髭を撫でた。

右腕を折られて叫んでいた男は、声を上げなくなった。

首は九十度に折れ曲がり、大きな巨体はピクリとも動かない。

即死である。

「さすが、兄貴」

右の首元に虎模様の刺青のある男はニヤリと笑った。

「お前らは何者かいのー?」

郷田はボサボサの黒髪を左手で掻いた。

これ程の人間ならば、裏社会に存在していれば、郷田梅雲や戸倉一心が知らないわけがないからだ。

「何者だって?」

右の首元に虎模様の刺青のある男はニヤリと笑う。

郷田とその男が対峙する。

その距離。

約一メートル。

お互いの思惑が絡み合い、その空間がぐんにゃりと歪む。

お互いがピクリとも動かない。

「名乗る程の人間じゃねぇよ」

と。

その男は右腕を大きく振った。

郷田は後方にステップを踏んだ。

相手の初動と、距離感、今までの感覚で後退したつもりだった。

だが。

郷田の左頬に衝撃が走った。

その男の右拳が、郷田の左頬に突き刺さる。

(な、何?!)

郷田は右腕を上空に上げた。

そして、振り下ろす。

ぶおおおん!

空気を裂く強烈な音が鳴り響き、その男の頭部目掛けて落とされる。

だが。

その男は、フワリと後退する。

「ほう・・・」

郷田は、振り下ろした右腕を戻すと、両腕を前に出して構える。

二人の間に異常な空気が流れる。

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SAIGA《サイガ》  大西アキラ @akira

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