第46話  残虐の貴公子

「ぶち殺すだと?香川」

鈴村光兵すずむらこうへいは、香川浩介かがわこうすけを見る。

「鈴村~何をしに来たのだ~?」

香川浩介にとって、鈴村光兵は裏社会の先輩なのであるが、彼にとってはそんなことは一切関係がない。戸倉一心とくらいっしんに敵対する人間は、誰であろうと敵なのだ。

「おいおい、口の聞き方がなってねぇなぁ?戸倉一心の金魚のフンが・・・」

鈴村はニコリと笑って言う。

「なんだと~?!殺してやるぜ~鈴村光兵~」

香川は鈴村を睨んで吠える。

「そうかそうか、それは嬉しいことだな」

鈴村は笑顔を崩さない。

郷田梅雲・香川浩介と鈴村光兵と四人の男達の間に、異様な緊張感が走る。空気は重く、お互いの熱気がじりじりとその場を包み込んでいく。

「さて、お前らが一心の闘いを邪魔するというのなら、ワシらも動くしかないからのー」

郷田梅雲が口を開いた。

それは、静かな脅しでもある。

このまま引き下がるのなら、こちらも何もしない。

だが、引き下がらないのなら、排除するしかないのである。

「邪魔ですか?そんなことはしないですよ」

鈴村は郷田を見て言う。

「だって、あの相手に少しでも戸倉一心を弱らせてもらわないと駄目でしょ?」

鈴村光兵は満面の笑みを浮かべる。

どこまでも汚い男である。

「この野郎~!」

香川浩介が怒りで一歩前に進む。

その時。

鈴村光兵の隣にいた男が動いた。

体を低く構えると、そのまま香川の両足にぶち当たる。

電光石火の高速のタックルである。

だが、香川浩介もすばやく全体重を前方に傾け、倒れない。

(な、何?!)

高速タックルをした男は驚愕した。

なぜなら、今まで相手をした人間達は、ほとんどこの高速タックルで地面に転がっていたからだ。中学校時代からレスリングを習い、大学時代ではレスリング部の主将を務め、国体の補強選手にも選ばれた元実力者なのである。

(ば、馬鹿な!)

タックルして来た男は、背中に冷たい悪寒を感じた。

「何をしているのだ~お前は~」

香川は長い舌をチロチロとだすと、タックルして来た男の背中に左肘を振り下ろす。

ずどおぉん!

香川の左肘が、タックルして来た男の背中に喰いこむ。

「あ・・・がっ!」

その男は、香川の両足から両手を離すと。

上半身を捻って両足を上空に上げた。

そして。

香川の首に両足を絡ませて、両手で香川の両足首を払った。

どーーーん!

と言う轟音と共に、香川とその男が倒れる。

「チッ~!」

(コイツ~なかなかやりやがる~)

香川は、すばやく起き上がろうとするが、その男が馬乗りになってくる。

「お前に恨みはないが、金の為に死んでもらうぞ」

その男はそう言うと、香川の首根っこを左手で抑えようとした。

その瞬間。

「ぎやあぁーーーっ!」

と言う叫び声が、フィールド上に響き渡った。

香川浩介の体に馬乗りになっていた男が、飛び上がり体を弓なりに曲げる。

「貴様あぁーーーーっ」

その男は左手を右手で抑えて震えている。

「・・・・・」

香川はゆっくりと起き上がると。

口の中をもごもごとさせた。

そして。

ぷっ!

と何かを吐き出した。

その吐き出された物体は、天然芝の上を転がった。

その数、四つ。

それは。

人間の指である。

親指以外の指である。

「この野郎・・・」

その男は、香川浩介を睨む。

「ガタガタ~騒ぐなよ~」

香川浩介は長い舌をチロチロと出すと、ニチャリと笑う。

二人の間に異様な殺気が漂う。

「どれだけ凶暴なんだよ」

その様子を見ていた鈴村光兵が、静かに動く。

「よっしゃ!良いことを思いついたぞ」

鈴村はそう言うと。

指を噛み千切られた男の背中を、左足で力一杯蹴った。

「え?!」

背中を蹴られた男は、自分が何をされたのかを理解できなかった。

(俺は何をされたのだ?!)

そして、体ごと香川浩介に突進する。

「何~?!」

香川も、鈴村の異常な行動に動揺した。

突進してくる男の体を受け止め、攻撃を加えようとする。

その瞬間。

香川の顔面に衝撃が走った。

その時間、コンマ数秒である。

香川浩介は顔面の衝撃と共に、天然芝の上に倒れ込んだ。

(何が起こったのだ~?!)

香川は頭を大きく左右に振った。

そして。

悟ったのだ。

鈴村光兵だ!

奴が、上段蹴りを放ったのである。

そう、突進して来た男は囮だったのだ。

「ひゅ~!」

鈴村光兵は口笛を吹くと、香川の顔面に当てた右足をゆっくりと地面に下ろした。

「お前ら三人は・・・郷田梅雲を頼むぜ」

鈴村は、残りの三人にそう言うと。

フィールド上の天然芝を蹴り上げて、倒れ込んでいる香川浩介の頭部に両足からダイブする。

その跳躍力、人間業ではない。

「チッ~!」

香川は頭部を右に曲げて、瞬時に回避する。

しかし、突進して来た男が香川の体に馬乗りになっている為に、自由に身動きが出来ないのだ。

(まずは~コイツをなんとかしないと~ヤバイぞ~)

香川は上半身を大きく捻って向きを変えると、腕立て伏せの状態になった。

その動き、コンマ五秒。

天然芝を両腕の筋力で押し返して、突進して来た男を背中に背負ったまま、地面に立ち上がる。

合計、一秒の出来事である。

「いつまで~張り付いていやがる~」

香川は、突進して来た男の左耳を右手で掴むと、そのまま引き千切る。

「ぎやあああーーーっ!」

突進して来た男は、大声を上げると香川の背中から飛び降りた。

その男の左耳が、赤い鮮血と共に空中に舞う。

香川浩介は体をぐるんと回転させた。

千切れた左耳が、まだ空中を彷徨っている。

と。

同時に。

そこには、鈴村光兵の顔もあった。

その距離数センチメートル。

満面の笑みを浮かべている。

「チッ~!」

香川はすばやく両腕で顔面を防御する。

鈴村の右拳は、その両腕を引き裂く様に滑り込み、香川の顔面に突き刺さる。

バチイィィーーーン!

爆音が響き渡る。

香川浩介の大きな肉体が、ぶるっと揺れながらニメートル程後退した。

「お?やるじゃん」

鈴村光兵は、金色に染められた髪を人差し指と中指で軽く撫でた。

その横では、指を噛み千切られ左耳を失った男が、両手で左耳付近を押さえて唸っている。

「おいおい、大丈夫か?」

鈴村は、左耳を千切られた男に声を掛ける。

「殺してやる!あの野郎は俺の!俺の!俺の獲物だぁぁ!」

左耳を千切られた男は、両眼を血走らせて声を荒げる。

「ちょっと落ち着けって。傷跡を見せて見ろって」

鈴村は、その男の左耳付近を覗き込む。

左耳が根元から引き千切られており、大量の血が流れ出ている。

「よしよし、止血してやるからな」

鈴村光兵はそう言うと。

右手の人差し指をにゅっと突き出し。

すばやく。

その男の左耳の中へ突き刺した。

ずぼっ!

「あ・・ぐふ・・・・・?!」

左耳を千切られた男は、余りの衝撃の為なのか、声を上げないまま全身を震わした。

「くふっ!」

鈴村光兵は、子供の様な笑顔でその男の表情を眺める。

耳の中に入った人差し指は、耳の穴である外耳道を通り、鼓膜・三半規管を突き破り、聴神経までをも破壊していた。

「くふっふっ!」

鈴村はその人差し指を、耳の中で円を描く様に掻き混ぜる。

ぐちゃぐちゃぐちゃっ!

その行為。

残虐非道。

「あ・・・ご・・・え・・・?!」

その男は、余りの衝撃の為に、大きな口をパクパクと開けると全身を痙攣させる。

「この役立たずが!」

鈴村は、左手をその男の口の中に力任せに突っ込むと、下顎を掴んで引き下げた。

ばきばきっ!

顎の関節が破壊され、下顎がダラリと伸びている。

「あ・・・がっ・・・」

その男は、下顎をダラリと下げたまま、大きな口を開けて呻く。

「くふふっ!」

鈴村光兵の表情は、子供の様な笑顔である。

「それじゃあ、ばいばーい」

鈴村は、その男の耳の中から、すばやく人差し指を引き抜く。

ずぼぼぼぼっ!

赤い鮮血が、空中を横一線に円を描く様に飛び散る。

その瞬間。

鈴村光兵は、右足を大きく振り上げた。

ボキイィツッ!

耳を引き千切られた男の首に、鈴村の右足が突き刺さる。

「あ・・・ぐぎ・・っ・・・!」

その男は、首をぐんにゃりと曲げて、天然芝の上に力の抜けた人形の様に崩れ落ちる。

頚椎圧迫骨折。

いや、完全なる頸椎破壊である。

その男は、全身を痙攣させていたが、数秒後にはピクリとも動かなくなった。

死亡である。

香川浩介に、指を噛み千切られ左耳を失った男が、決して弱いわけではない。むしろ、街にいる不良などとは比べものにならない程の強敵なのである。

だが。

香川浩介と鈴村光兵の強さは、その男の比ではないのだ。

「大金を払っているのだから、もう少しは役に立てよな・・・」

鈴村は、綺麗に整えられている自分の金髪を触る。

「鈴村~殺してやるぞ~」

香川は、長い舌をチロリと覗かせる。

「くふっ!反対に殺してやるよ」

鈴村は満面の笑顔でそれに応える。


日本裏社会「暴武」部門に置いて、鈴村光兵は異端であった。

齢、三十歳。

身長、百八十七センチ。

体重、八十九キロ。

金色に染められた髪が特徴であり、顔は堂顔で可愛らしい。

その顔の可愛らしさから、「ベビーフェイス鈴村」と呼ばれている。

しかし、日本裏社会「暴武」の部門に所属している人間であり、その実力は上位から数えて、五本の指に入る程の強者でもある。

では、なぜ異端なのか?

それは、その闘い方が残虐非道であるからだ。

闘いの中に置いて、最終的な目的は相手を倒すこと・殺すことであることは承知であろう。

だが、鈴村光兵の目的はそれとは逸脱している。

相手を倒すことではなく。

相手を殺すことでもない。

ただ。

相手を。

蹂躙。

蹂躙したいだけ。

なのである。

圧倒的な力で相手を服従させる。

それのみが、彼の生きる糧なのだ。

その為であれば、大人数を使って相手を襲うこともあれば、道具も使用することも厭わない、残虐非道の異端児なのである。

そして。

付けられたニックネームが。

「残虐の貴公子」である。


鈴村は、ゆっくりと天然芝を噛み絞める様に歩くと、香川浩介を笑顔で見る。

「お前が裏社会に入って来てからは、俺も困ったものだよ」

鈴村は話を続けた。

「俺とお前が同類だなんて言われてなぁ」

「だが・・・」

「それは違うだろ?」

鈴村は子供の様な笑顔で言う。

たしかに、そうである。

鈴村光兵と香川浩介。

相手を壊す過程は一緒かもしれないが、大きく違う所がある。

それは。

香川浩介は、「自分の快楽の為」に相手を壊すのだ。

それに反して。

鈴村光兵は、「相手を蹂躙する為」に相手を壊すのである。

だが、その違いのわからない人間達は、二人を同類だと認識し、闘えばどちらが強いのだ?と噂し始めたのである。

「お前と~一緒にするんじゃねぇ~」

香川は鈴村を睨んだ。

「くふっ!だから、俺とお前は水と油なのよ」

鈴村はそう言うと両手を前に出した。

異常な空気が二人の周りを包み込む。

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