第45話  黒い影

「ん~?」

その時。

香川浩介かがわこうすけは、視界の隅に数人の黒い影を発見した。

ジャパンサッカースタジアム内の正面二階スタンドに、小さな黒い影を見付けたのである。

「・・・・・」

(なんだ~?あれは~?)

香川は両眼を細めて、力強く見る。

無数の黒い影は人間の様であり、ゆっくりと動いている。

「ん・・・?」

郷田梅雲ごうだばいうんは、正面スタンドに背を向けていたのだが、香川浩介の視線が違う方向に向いていることに気が付いた。

(浩介の奴、どこを見ておるんじゃい・・・)

郷田は軽く後方を振り返る。

そして。

後方を振り返った頭部をピタリと止めた。

「ほう・・・」

郷田梅雲も、正面二階スタンドに数人の黒い人影を瞬時に発見したのである。

その人影達はゆっくりと動き、二階スタンドから一階に飛び降りる者や、階段を使って一階スタンドに降り立つ者など、それぞれがバラバラに行動しているのだ。

だが。

確実に言えることがあった。

それは。

その人影達は、こちらに向かっていると言うことである。

「人数にして・・・五人か・・・」

郷田は両眼を大きく見開き、黒い人影の数を瞬時に見極める。

バラバラに行動していた人影達が、戸倉一心と西牙丈一郎が闘っているフィールド上に向かって歩を進める。

その姿はまだ小さく、ナイターの照明を浴びている為に、体格しか把握することができない。

(何者だ・・・?)

郷田は体ごと向きを変えて、その人影達を見据えた。

「・・・・・」

(人数は五人か~何者だ~?)

香川も、近付いて来る五人の人影を遠くから睨み付ける。

その人影達は、ジャパンサッカースタジアムの一階スタンドから歩を進め、フィールドを囲んでいる陸上用のトラックに侵入した。

徐々にその姿が明らかになっていく。

背の高い男。

体の大きな男。

背の低い男。

など。

いろいろな体格の男達が、じわりじわりと近付いて来る。

(あれは、素人じゃねぇのー)

郷田梅雲は確信した。

なぜなら、戸倉一心と西牙丈一郎が闘っているこの空間に、普通の一般人が近付くことなど不可能だからである。

もし、普通の一般人がこの空間に近付く様ものなら、恐怖の為に足腰が震え、失禁などをして、身動きが取れなくなっている筈だからだ。

五人の人影達は、陸上用のトラックをゆっくりと進むと、天然芝が敷き詰められたフィールド上に足を踏み入れた。

「お前ら・・・何の用じゃい?」

郷田梅雲が遠くから声を掛ける。

五人の人影は、郷田の問いに答えることなく、フィールド上をゆっくりと歩いて来る。数人の男達は、戸倉と西牙の闘いを横目で見ながら歩いて来る。

じゃりっ。

じゃりっ。

五人の男達が、適当な間隔を経て近付いて来る。

郷田梅雲も同じ様に歩を進めて、五人の男達に歩み寄った。

「これ以上は、立ち入り禁止じゃ」

郷田は、ボサボサの黒髪を右手で掻き毟る。

五人の男達の動きが止まる。

フィールドの端で、郷田梅雲と五人の男達が対峙する。

「これはこれは・・・」

五人の男達の一人が、感嘆の声を上げた。

郷田は、四メートル程前にいる五人の男達を端から順番に舐め回す様に見た。

「鈴村・・・」

郷田梅雲は、五人の中で真ん中に立っている男に声を掛けた。

「これは、どう言うことかいのー」

郷田の両眼がギラリと光った。

鈴村と呼ばれた男は、綺麗に整えられた金色の髪を指で触った。

「まさか、この場所に郷田さんがおられるとは・・・」

少しの沈黙が流れる。

「なんて言うか・・・奇遇っすね!」

鈴村と言う男は、ニコリと笑った。

鈴村光兵すずむらこうへい

齢、三十歳。

身長、百八十七センチ。

体重、八十九キロ。

金色に染められた髪が特徴であり、顔は堂顔で可愛らしい。

その顔の可愛らしさから、「ベビーフェイス鈴村」と呼ばれている。

しかし、日本裏社会「暴武」の部門に所属している人間であり、その実力は上位から数えて、五本の指に入る程の強者でもある。

紺色のスーツを上下に纏い、右手には棒付きのアイスキャンディーを握っている。

「なぜ、ここにやって来たのかいのー?鈴村」

郷田は大きな体を一歩前に進めた。

「いやぁー、当てが外れたみたいっすわー。まさか、郷田さんがいるとは思ってなかったって言うかー」

鈴村は、右手に持っていたアイスキャンディーを端から一口噛んだ。

シャリシャリと言う音をたてて食べる。

「うーん、なんて言うか・・・」

鈴村は、一瞬暗くて広い夜空を見上げた。

「アイドルの世界でも、世代交代ってあるじゃないっすか?それと同じで、俺らの世界にもそろそろ世代交代が必要かなぁーと思っただけっす」

鈴村はそう言うと、右手に持っていたアイスキャンディーを全部口の中に放り込み、木の棒だけを芝生の上に吐き出した。

「それは、戸倉一心を倒して、お前が頂点に君臨すると言うことかいのー?」

郷田はボサボサの黒髪を右手で掻いた。

「まぁ、簡単に言えばそう言うことっすね!」

鈴村光兵は、満面の笑みを浮かべる。

「・・・・・」

郷田は眉を少し歪めた。

(鈴村光兵は・・・その様な人間ではない)

郷田梅雲はわかっていた。

なぜ、この場所を知ったのかはわからないが、たぶん多額の金銭を積んで裏の情報屋から、この場所を入手したのであろう。

そして、戸倉一心と相手が死闘を繰り広げた後、漁夫の利を得ようとしたのであろう。

対戦相手が、戸倉一心を倒せば、それはそれで良し。

裏社会の「暴武」部門の頂点が敗北したことにより、「暴武」部門は次の頂点を目指す強者達の戦国時代に突入し、それを期に自分が頂点に君臨するように、あらゆる手を打つことであろう。

また逆に、戸倉一心が対戦相手に勝ったのであれば、体力の消耗した戸倉一心を、数人で襲う計画だったに違いない。

(鈴村光兵とは、そう言う汚い男なのだ)

郷田は、鈴村を睨んだ。

「そんなに睨まないでくださいよ、郷田さん」

鈴村は、悪ぶれることなく郷田を見て笑う。

その両サイドにいる四人の男達も、同じ様にニヤニヤと笑っている。

その時。

郷田梅雲の隣に一人の男がニュッと現れた。

「戸倉さんの~闘いを~邪魔する奴は~俺が殺すぞ~」

その独特の話し方。

そうである。

快楽の狂戦士・香川浩介である。

「浩介・・・」

郷田が香川を横目で見る。

「郷田さん~俺はあんたを許す気はねぇ~。だが~今は~こいつらをぶち殺すことが先決だ~」

(戸倉さんが~待ち望んだ西牙丈一郎との闘い~絶対に邪魔はさせないぞ~)

香川はそう言うと、五人の男達を睨んだ。

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