-第45訓- 女子は写真を撮る時に自分も写る

 八月二八日、花火大会当日の夕方。

 古都の歴史の趣がある小道に、似つかわしくない派手なバイクが一台、右往左往している。


「おい。どこじゃ穴場。こんなとこほぼ来たことないぞ」


「Bull shxt! たぶんもっと奥だ」


「三ケ《サンケ》で動いたり止まったりすんのきつー」


 ハーレーに無理やりウェス、俺、航大の順に三人乗りして例の穴場とやらに向かっていたが、完全に道に迷っている。目的地の住所などもないのでナビることもできない。


「あの山のちょっと登ったトコだって言ってたんだけど、どっから登れるのかわかんね」


「大通り出た方がわかりやすいんじゃない?」


「You're an idiot! 大通りなんて出たらおまわりに捕まんだろ。このバイク二ケツまでなんだから」


「つーか花火の客でごった返してるし、そのせいでホコ天になってる場所もあるからそもそも通れねぇよ」


 ということでとりあえずそのまま小道を走らせる。


「そうえばその情報くれたのってお前の女だっけかー?」


 走らせたバイクに乗りながら俺はウェスに問うた。


「Yap! シヤクショ勤めのコ! まだあんまり知られてない場所なんだとよー!」


「公務員ともデキてんのかよー。お前そのうち学校の先生とか手ぇ出すんじゃねぇのー」


「I already! そのセンセーは二回目くらいで連絡切れちゃったがなー。シャカイジンはオカネ出してくれるからいいぜー?」


「クズな上ヒモかよー」


「クズヒモ~」


 俺と航大の罵声にも彼はHAHAHAと笑って受け流す。

 そんな他愛もない会話をしていると山の方へ向かうそれっぽい道を発見した。


「Ey、これじゃねー?」


「あー、ここかー」


「ここねー!」


 長年この地に住んでいる俺と航大には見覚えのある通りだった。

 確かにここは外部の人間が使うような道ではなく、観光客たちが使うような道路を避けるために地元の人が使っている車の迂回ルートの一つだ。


「あれかー、この先にある小っさい広場みたいなとこか、その女の人が言う穴場は」


「あるねあるねー。あそこから花火見えるんだー。知らなかったー」


 おそらくそれでビンゴなのでウェスも「じゃあこのまま行っちまうぞー」とアクセルをふかす。

 いざ登るとなかなか急こう配の坂道で、油断しているとバイクから振り落とされるかもと不安になるほどだった。

 しかしそこを過ぎれば普通の坂道で、そのまましばらく登っていくと俺たちの予想した広場が見えてきた。


「ウェス! あそこだたぶん」


「C’mon!」


「あー、でも結構いるねー」


 航大の言う通り、穴場といえどそこにはおそらく花火の目的であろう複数のグループが既にいた。とはいえ海岸線や駅方面と比べればかなり空いている。

 俺たちはその広場の横にバイクを止め、メットを外して一息つく。


「Hey! 間に合ってよかったな! つか時間全然余裕だ」


「ウェス―、さっきコンビニで買った飲み物とかどこ?」


「あ、俺が持ってるわ悪い。とりあえずあっちで座って休もうかの」


 俺らは広場に入り、適当に空いているエリアに腰を下ろした。

 そこでコンビニ袋をまさぐるウェスは声を上げる。


「Holy shxt! サケねーじゃん! 買っとけよコーディ!」


「ウェス運転あんじゃん。ダメでしょ飲酒運転は。今厳しいんだから」


「いやその前にお前ら未成年だろ」


 こいつらの思考回路おかしい。まぁ高校生くらいならイキって飲んでるやついるけどよ。バイクに三ケしてる俺も言えた義理ではないが。


「シチはお酒嫌いだよね~」


「ソレナ! むちゃくちゃ強いくせしてよ!」


 そう。俺も酒を飲んだことがないわけではないが、あれを美味しいと思ったことは一度もない。


「中学の時ウェスがシチに飲み勝負して潰されてたもんね。懐かしー」


「ヤバかったなあん時。コイツ全然顔色もテンションもロレツも変わんねんだもん。日本人はサケ弱いんじゃねーのかよ!」


 あー、あったなそんなこと。確かに勝ったけどあの後のウェスの世話がほぼ罰ゲームみたいなもんで勝った気しなかったけど。


「いや日本人は酒強いじゃろ。ひと昔前は大学入ればみんなイッキさせられて、社会に出ればみんな上司に毎週末無理やり飲まされてたんだからよ。そんなイカれた文化、アメリカにはねぇだろ?」


 俺らよりずっと上の世代からしたら普通のことらしいが、俺ら世代からすると基地の外以外の物でもない文化、悪習だ。普通に下手したら死ぬじゃん。そんなもん見て面白がる人間の思考回路も理解できん。


「What the fxck! クレイジーだわ。やっぱ日本人って頭おかしいわ。結構あるもん、日本人はクレイジーだと思うこと」


「えー? ほか何があるの?」


 航大が訊くと、ウェスは俺らを指さして、


「オマエら日本人、全然ニンジャのこと知らねーじゃねーか!」


 なんだそれ。忍者のこと知らないのがクレイジーなのか? そもそも、


「何で『日本人=忍者に詳しい』なんだよ。お前らアメリカ人が忍者に夢見すぎなんだよ」


 ほんまこれ。未だに日本には忍者がいるって信じてるアメリカ人結構いるらしいしな。お前らアメリカ人と同じで日本人もナルト読んだことあるくらいの忍者知識しかない。


「Shut fxck up man! 日本にニンジャがいないってのはな、オマエら日本人からしたら『アメリカにマイケル・ジャクソンがいない』ってのと同じくらいのショックなんだぞ!」


「現にマイケルいねぇじゃん。もう死んでっし」


「あとマイケル・ジャクソンじゃ僕らピンと来ないよ。もっと最近の人じゃないと」


 するとウェスは「Oh god……」と大げさに頭を抱える。


「Michaelの偉大さを知らないとは……『2Pacはタイクツ』って言って炎上したLil Xanかよ」


「いやその例えの方が伝わらんだろ。日本人はLil Xanどころか2Pacすらまともに知らんぞ」


「アメリカ人はアメリカのこと世界中の人が知ってるって思ってるよね~」


 航大それな。あいつら自分が世界の中心だと思ってるしな。


「Non, non 逆逆! 日本人が思ってるほどUSの人間は日本のこと知らねーからな? 日本とコリアとチャイナの違いなんてオレ、日本来るまでわかんなかったしよ! 興味もねーしな!」


「マジかよバカじゃん」


「それウェスが知らなかっただけじゃないの~?」


 バカにされて頭にきたのか、ウェスは表情を険しくする。


「じゃあオマエら、ウズベキスタンとカザフスタンとアフガニスタンの違いわかるのかよ?」


「……いやわからん。そんな興味もないし」


「うん。何かターバン巻いてそうで危なげな国だとしか」


 確かに言われてみればあのへんって何で似たような名前の国ばっかなんだろうか。


「それと同じよ! アメリカンからしたら日本もコリアもチャイナもそんな興味ないし、『何か漢字使ってそうで目が細い人の国』ってイメージだかんな!」


「あー、国際問題。特に目細いとかいう悪口に関してはこの俺も黙ってねぇぞ」


「でも言われてみればそんなもんかもねー。日本人もアメリカ人も自意識過剰で思ってる以上に他の国のこと興味ないのかも」


 そんなもんかね。でも確かにウェスのさっきの例えは絶妙だったというか、結構言い返せないかもしれない。


「そういやお前はこの夏アメリカ帰ったのか?」


 ウェスは中学の頃からちょくちょくアメリカに一時帰国する。日本みたく祖父母宅への帰省だったり、親の仕事の関係だったり、何か地元の知り合いに呼ばれたからとかいうよくわからん理由で学校休んでまで行ってたこともあったな。


「Of course! フットボール部の大会終わった後な。早く帰国したかったからわざと負けようか悩んだぜ」


「最低か。高校入れたのもアメフト部のおかげだろ」


 ウェスは日本語を喋るのは結構流暢だが、たぶん他の人が見たらびっくりするくらい日本語が読めないし書けない。漢字はもちろん、ひらがなやカタカナですら怪しい。なので日本で高校生やってるのがほぼ奇跡。


「小田学にアメフト部があったから良かったよね。スポーツテストと英検だけで推薦入学したようなもんだし」


 航大の言う通りウェスは中三の時、小田学園のスポーツ推薦枠を貰うための体力テストで好成績を叩き出し、日本では珍しいアメフト経験者ということもあって英検2級さえ取れば推薦合格させるという話までつけたのだ。


「Umm……別にハイスクールは行かなくってもよかったんだけど、オトーサンが行けるなら行けって言うからよ」


 オトーサンとはウェスの母親の再婚相手の方のお父さん。詳しい事情は俺もよく知らんが、アメリカでウェスたち家族を助けてくれた恩があってすごくリスペクトしているらしい。


「俺は速攻で退学すると踏んでたんだけどの。よく持ってるわ」


 中学が義務教育じゃなかったら絶対退学してた。


「You bastard! オレはめちゃくちゃユートーセーなんだぞ?」


「ウソつけよ。運動部のくせにその全くスポーツマンらしくないチャラチャラした見た目のやつが何言ってんだ。そんなんで試合出れんのか? つうか顧問に怒られるだろ普通」


「そこはよ、オレのフットボールチームへのコーケン度が物を言うわけよ。オレがいなきゃジャクショー校だからなうちは。ピアスしようがタトゥー彫ろうがお願いだから試合出てくれって感じだ」


 運のいいやつめ。中学の頃は俺と同じ野球部だったけど、思いっきりレギュラー外されてたのに。


「勉強はどうしてんの? そこの実力は皆無じゃん」


 航大が訊くと、


「そりゃー日頃からセンセー口説いるからな。可愛がられれば勝ちよ。大体どこが出るかとか頼んだら教えてくれるぜ?」


 こいつほんと人に取り入るのうまいんだよな。どんな環境に行ってもみんなと仲良くなれるっつーか、メリットある相手ならプライド捨てて全力で遜れるっつーか。


「コミュ力すごー。そういえば修学旅行の時も奈良の鹿公園で会った色んな人にめっちゃ気に入られてたよね。地元の人とか他の修学旅行生とか外国人とかおじいちゃんおばあちゃんとかにも。結局一日中あそこいたし」


 航大の言う通り、中学の時の修学旅行で京都奈良に行ったのだが確かにそうだった。懐かしい。


「Nope! あの時はシチが鹿公園フェイバリットして一日中そこから動かなかったからだぞ! どんだけ鹿好きなんだよ。フォーリナーでもあそこまでハマらないわ」


 そうだっけ? まぁ俺は鹿が好きっていうより動物が好きなだけだ。それがあんな身近に溢れてるってのにすごく魅了された。寺社仏閣とか興味ないし、似たようなの地元にあるし。


「別にいいだろどうせ俺らそれぞれ自分の班抜け出して遊んでたんだからよ。つーかお前らあの時俺を無視して何か金稼いでたよな?」


「そうそう! ウェスが色んな人と仲良くなるから『これで商売できるくね?』と思って通訳とかガイドとかやったんだよ」


「Yap! 結構稼いだよなあれ。その金で遊び散らかして焼肉も食いに行ったもんな! でもコーディはホテルでのディナー全然食えないのでセンセーにバレかけるっていう! 頑張って食えよそこは! オレとシチは食ってんだからよ!」


 航大は昔から謎の商才を発揮することがある。思い立ったらすぐ行動に移せるところは尊敬するが、平気で危ないことにも手を染めがちなので困る。今もバイトせず個人でよくわからん商売してあぶく銭稼いでその資金を株やらFXやらで運用しているらしいが……おそらく高校生にしてはありえない資産持っていると思う。全然使ってないようだし。


「ってかそろそろ始まるんじゃない? 花火」


 気づくと周りのグループもざわざわし始め、皆一方向を眺めながら雑談をしていた。


「花火ってネーミングがいいよな! 英語だとFire worksだぜ? センスねー。それに引き換え花火って表現がおしゃ!」


 ウェスはそんなことを言って立ち上がった。

 それに倣って俺と航大もよっこらせっと腰を持ち上げる。

 すると、ヒューという音と共に地上から天空へ揺れ動く光が舞い上がっていくのが見えた。

 その光は上るところまで登り、その力を失いそうになったところでパン、と音を立てて花開く。

 おー、花火だ。と当たり前しか感想を述べられないくらい、それは綺麗に咲いていた。

 その一発を皮切りに、数多の光の筋が我先にと上をめがけて駆けていき、次々とまだ少し明るい空に爆ぜていった。


「久々に見ると、やっぱええもんじゃの」


「ね。ってかここマジ穴場だね。めっちゃちゃんと見える」


「Hey! こういう時なんて言うんだっけ? メシアぁー、みたいなやつ」


「たまやー、な」


「そうそうそれそれ! どういう意味なんだ?」


「いや知らん」


「僕もわかんない」


「おい! オマエら本当に日本人か? タマヤー!」


 んなこと言われてもな。つかほとんどの日本人その意味知らねんじゃね?

 さっきの話じゃないが、日本人もアメリカ人も、もしかしたら人類みな、自分の身近にあるものは当たり前に享受してしまい、それについて深く考えないのかもしれない。

 身近にある日常が本当は貴重なものだったり、大切なものだったり、かけがえのないものだったりするのに、見過ごしてしまっているのかもしれない。

 それは文化だったり習わしだったりもあるが、人だということもあるのだろうか。

 こうして今ここで花火を見れる仲間とか、家族とか、学校の友達……いや人だけじゃなく、仲の良い人も仲の良くない人もどっちでもない人もいるその環境そのものやその中で過ごせる時間がそうだったりするのだろうか。

 もしかしたら俺も今、とても貴重な、大切な、かけがえのない恵まれた環境に、時間に、いるのかもしれない。

 それはこの場だけでなく家族や職場、そして――――高校でも、そうなのだろうか。

 女嫌いで偏屈でひん曲がった善良とは言い難い人間が、それを当たり前のつまらない日常だと、そう認識してしまっていることは非常に不躾で、贅沢なことなのかもしれない。


 ――テロンと、LINEの着信音が鳴った。


 その瞬間思い出す。写真、送るんだったわ。

 いざスマホを覗くとやはり『さくぼー』、由比さんだ。まだ花火は始まったばかりだというのにちゃんと写真を撮って送ってくるまでするあたり、意外としっかり者だということが垣間見える。

 彼女の仕事っぷりを評価し、俺も速攻でLINEを開く。


「うお、でか」


 思わず声を上げてしまうほど、由比さんが撮った花火の大群は画面いっぱいにでかでかと写っていた。これ相当近くで見てんな。花火を横から見てるというより下から見てる感じだ。

 俺も花火にスマホをカメラを向け、連射する。撮った中から良さげな一枚を選び、送り返す。


七里【こっち綺麗に見えるなと思ってたけど、そっちに比べると大分しょぼいな笑】


 そんなメッセージを添えて。

 そこからしばらくは俺も花火を見続け、ウェスや航大と言葉を交わし、すげーだのでけーだの言い合っていた。

 十五分くらい経ったあたりだろうか、花火は途端に上がらなくなり、周りからは小さくパチパチと拍手が起こる。

 これで終わりではないだろう、一時休憩が入ったようだ。


「いやー、ここいいね。人そんな多くないし、ちゃんと見れるし」


「That’s true! 低いやつは山に隠れちゃう部分あっけど、ノープロブレム!」


 航大もウェスも花火を堪能したようで、各々感想を述べる。


「とりえず腹減ったからよ、さっき買ってきたもん食おうぜ」


 俺の提案によりまた地面に腰を下ろし、スナック菓子やら清涼飲料やらを袋から取り出す。

 そんな時にまたLINEが鳴った。


さくぼー【えー全然そっちも綺麗だよ!😲🎇 本当に穴場なんだね!🤗】


 開くと、そんなメッセージが届いていた。


七里【確かに人少ないし、快適だわ】


 そう返した直後、「あ……」と思い出し、


七里【快適だわ🤪🐷🤑🤡】


 追いLINEをする。すると、


さくぼー【だから絵文字www😂 やめてwww😂😂😂】


 笑い取れた。気持ちー。このネタ結構引っ張れるな。


さくぼ―【うちら砂浜で見てるんだけど、七里くんのいるところって海から遠いのー?😮】


 海で見てんのか。そら近くからの写真撮れるわけだわ。この花火、海上で船から上げてるしな。


七里【んー、まあまあかな】


さくぼー【そっかー。じゃあ会えそうにないね。残念😞】


 いや、まぁバイクで行けば……ってこいつらも一緒だから無理か。無理か……。


さくぼ―【あ! 他にも写真ちょーだい!😍 うちも今家族のグループLINEでみんなが撮ったのもらったし送るね!🤗】


 やべ、俺あの連射以外撮ってねぇ。次打ちあがるやつ撮って送ればいいか。

 俺とは真逆に由比さんは次々と花火の写真を送ってくる。多いわ。

 スポンスポンスポンと音が鳴り続け、やっとそれが止んだところで俺は写真を拝見する。

 最初に見た写真は最後に送られてきた写真。しかしそれに写っていたのは花火だけではなかった。


 ――花火を背にした、笑顔の由比さんがそこにはいた。


「……っ」


 なぜか俺は本能的にマズいと察し、咄嗟にスマホをポケットに仕舞った。

 自分の心拍数が上がっていることに気づく。息も細かく切れていた。

 体も火照っている。でも熱があるわけではない。決して怠くはないから。

 いや、何を慌てている。花火の写真かと思いきや本人が映り込んでいただけじゃないか。少しびっくりしただけの話。久々に姿を見たからってのもあるかもしれない。何もマズくはない。別に大したことではない。

 そう思ってもう一度スマホを取り出し、画面に目をやる。そう、別に大し……。


「…………」


 写真に写る彼女は、白い生地をベースに橙色の山査子のような実が描かれたモダンなデザインの浴衣を薄抹茶色の帯で留め、落ち着いたねずみ色の巾着を手にしているという大人っぽい姿であるものの、当の本人は無邪気な笑顔で小さくピースをしているのが低い背丈も相まって何とも子供っぽい。

 本当に別に大した写真ではない。花火を背に女の子が一人カメラに向かって笑顔を向けているだけだ。なのに、


 なのに、そんな彼女に俺は――――完全に目を奪われてしまっていた。


 男は写真を撮る時に自分もフレームに入ろうという考えが浮かぶことは少ないが、女子は必ずと言っていいほど写真を撮る時は自撮りも込みだ。

 とはいえこの写真はおそらく家族の誰かしらが撮ったであろうものなので自撮りではないが……なんて、そんないつものミソジニスト的解釈など、どうでもいい。


 ――こんな小さくて、綺麗で、輝いていているものがこの世にあっていいのだろうか。


 そんなことを思っていそうな顔で写真を眺めている俺は、彼女とは対照的にさぞかし気持ちが悪い男に見えているのだろう。

 さらに気持ちの悪いことに、お次はなぜか居ても立ってもいられなくなってくる。文字通り、このままじっとしてなどいられなかった。

 そんな状態の中、花火が再開した。皆が見上げるのに遅れて、俺も天を仰ぐ。しかし、視界に写る火の集合体になど感動を覚えられずにいた。

 それよりもこの花火が終わる前にしなければいけないことが頭に浮かんで、焦りすらしていた。

 もう俺の頭はたった一つの衝動に支配されていたのだ。


「……ウェス」


 俺は空を見上げたまま、ツレの名前を呼ぶ。

 この夏、何をしても、どんなことをしても、どうしても足りなかった一ピース。

 それは、身近にあったのだ。そしてそれは今、手の届く場所にあるのだ。

 そんな状況で俺がしなければならない行動はただ一つ。

 そして、俺は言った――――










「バイク、貸してくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る