-第27訓- 女子が嘆けば周りは優しく手を差し伸べる

 午後四時過ぎ、保土ヶ谷球場での野球の試合は終了した。


 残念ながら我が校は相手校に大敗。一回の時点で二点に抑えられていたのはまだ良かった方で、次の回からはどんどんと点を入れられてしまい、六回の裏には十一対一となってしまった。

 そしてその次の回でうちの高校は点数を入れることができず、七回コールドで試合は幕を閉じた。

 泣き崩れる三年の野球部員。その姿に感化され、スタンドでも涙を流す生徒がちらほらいた。

 彼らと同じくして部活を引退するバトン部の三年生はもちろん、そんな先輩たちを敬愛してきた一、二年の女子たちも「先輩、引退しないで」と涙ながらに彼女らに抱きつく。

 これは、悲しくも、美しい光景。

 これに何も感じない人間は、どこか冷めた嫌なやつなのだろう。俺とて、この状況に何も感じないわけではない。まぁ感傷的になったり、ましてや涙を流すほどではないけれど。

 しかし、そんな俺自身もまた別の意味で――――〝嫌なやつ〟らしいのだった。


    ×××


「……意味わかんね」


 球場を出て、隣接する駐車場に設置された自販機の前で野郎三人たむろしている中、俺はいろはすを一口飲んでから一人ごちた。


「そう? いいことじゃん。一応お互い様ってことだし」


 江島が言うが、そういう意味じゃない。


「俺ら関係ないだろ。稲村はともかく何で俺らが駆り出されなきゃいけねんだ」


「でもうちのクラスの問題でもあるし、ね?」


「知るかよそんなの。女子が一方的にやってたことじゃねぇか」


 今俺たちが話しているのは、先ほど由比さんから聞いた例の事情についてだ。

 やはり、由比さんが俺らをお茶に誘ったのには、稲村をここに呼ぶことと関係していた。


「で、結局イナっち、こっち来んの?」


 長谷が江島に聞く。


「ううん。さっきLINE返ってきたけど、行けそうにないって」


「マジかー。まーどっちにしろ俺ら行かなくちゃな」


 おいおい本気か? 俺らだけ行ってどうするよ? これ、稲村本人がいなきゃ何も始まらないだろ。


「何でお前らそこまですんだよ。ほっとけよ。それに江島は彼女的にあんまり行かない方がいいんだろ?」


 女子とお茶する以前に俺にはもっと行きたくない状況になっていたため、ぶっちゃけどうでもよかったがあえて江島の彼女を引き合いに出した。

 すると江の島は呆けた顔で俺を見つめ、改まったように言った。


「……ななさんってこういう時、異常にシビアだよね」


「俺も思うわそれ。逆に何でそんなに嫌がんの? 話聞くだけじゃん」


 それに続いて長谷も問う。


「…………」


 やはり、俺はおかしいのだろうか。

 確かに俺はミソジニストで、他の男子とは少しばかり違う思考回路をしている自覚はある。

 しかしながら俺の意見は割かし男には賛同を得られるし、今回も自分ではそこまでおかしいことは言っていないつもりだ。


「彼女のことだけど、事情が事情だし俺は大丈夫……たぶん。とにかく行こうよ。そんな長くはならないだろうしさ」


「……はぁ。めんどくせ」


 江島がそこまで言うので、襟足をガシガシと掻きながらしぶしぶ了承した。

 こういうことに巻き込まれるのはマジで不本意だが、女子たちがどういうつもりでを提案してきたのかだけは確認してみてもいいだろうと、自分の中で言い訳をしつつ。


   ×××


「やべー、この時間にファミレスとか超腹減ってくるわー」


 保土ヶ谷駅前のガストに着いてメニューを眺める長谷が言った。

 わかるわ。午後四時五時くらいって一番腹減るよな。ましてやメニュー表なんて目の前にされちゃ『食えよ』と言われてるようなもんだ。


「ダメだよ長谷ちん。そんなことしたら女子たち引いちゃうって」


 へっ。構わうかよそんなもん。おっしゃ、食おうぜ長谷。俺は目玉焼きハンバーグにするぜ! ライス大盛でな!

 しかし長谷は「冗談だよ冗談~」と流す。んだよ、冗談かよ。

 そんなこんな野郎でわちゃわちゃしていると、


「ごめーん! ちょっと遅れた!」


 制服に着替えた姿で由比さんが俺らの座るボックス席にやってきた。


「やっほー。三人ともどこにいたの? 私も試合観に行ってたんだけど」


 それに続いて今日の試合を観戦しに来ていたらしいギャルい私服姿の腰越さん。そして、


「…………」


 相も変わらず不機嫌そうな顔をしている由比さんと同じくバトン部で制服に着替えた楽寺さんが顔を出す。この子は最近ずっとこんな調子だ。

 そしてその後ろから、


「どうもー」


 このメンツ的にお次は鵠沼あたりかと思ったが、あまり見かけない顔が一人。

 セミロングの黒髪をサイドテールにして肩に垂らし、程よく男受けの良さそうなレースブラウスにデニムのショートパンツ。

 そんな姿で妙に小慣れた笑顔を俺たちに向ける彼女の名は……。


「あ、F組の……」


「倉高! さん! も試合観に来てたのかー」


 江島と長谷は彼女とあまり関わりがないのか、ぎこちなく絡む。


「エト! って呼ばれてる人と……えー……よろしくね~」


 長身イケメンな江島は知っていたらしいが、短身おちゃらけものな長谷は知らないなかったご様子。これが女子よ。


「ちょっ!? 倉高さんエトは知ってて俺のことは知らない系!?」


 彼女に名前を覚えてもらえていなくてショックな長谷はツッコむが、


「さん付けやめてー。ここB組ばっかでアウェイなのにもっとアウェイ感出ちゃうよ~」


 その割には誰よりも緊張感がないように見えるが。長谷のこと思いっきりイジってるし。

 そう。長谷の名前がわからずに誤魔化した彼女こそ、稲村事変被害者の会、そのもう一人の方の女子――――倉高くらたかさんだ。

 っていうか倉高さんと楽寺さんの組み合わせ大丈夫なの? この二人恋敵だったよね? うわ、もしかして俺ら修羅場に呼ばれちゃった感じ? 勘弁しろよ……。

 すると倉高さんは俺の顔を見て「あ!」と声を上げる。な、何……?


「七里クンだ! よかった仲良しの人いたよー。久しぶり~」


 な、仲良し……?

 確かに俺は一年の時、稲村とともに彼女とは同じクラスだったが、仲良しと言うほど親密ではない。あと何だそのわざとらしいクン付け。イントネーションおかしい。


「……ども」


 とりあえず軽く首を曲げる程度に会釈したが、


「ちょっとー。何でそんなに他人行儀なの~? やめてよー」


 他人行儀も何も他人でしょうよ。稲村のそばでニアミスしてた程度の関係しかないぞ。お互い顔を知っているくらいのレベル。

 すると倉高さんは改まって俺らに向きなおり、


「えーと、今日は男子のみんなが協力してくれるってことでちょっと無理言って来ました。よろしくお願いしま~す」


 ほう。まぁ協力するかはこれから次第だけど。

なんとなく思い出してきたけど、倉高さんってこういう性格の子だったな。なんつーかこう、良く言えば絡みやすいというか、悪く言えば馴れ馴れしいというか。


「あれ? 三人ともまだ何も頼んでないの?」


 腰越さんが俺らの様子を見て言う。


「うん。俺らも今来たばかりだからね」


 女子たちと問答をしつつ、奥から俺の前に倉高さん、長谷の前に由比さん、江島の前に腰越さん、その横に楽寺さんという順で席に着いた。なにこれ合コンみたーい。……したことないけど。


「みんなドリンクバーでいいっしょ? ウチてけとーに取ってくるわ」


「「あざまーす」」


「「ありがとー」」


「……あたしも行く」


 気を利かせて腰越さんがそう言うと皆は礼を言い、楽寺さんだけ彼女の続いて席を外した。


「はぁ……」


 すると、由比さんが悲し気な顔をしてため息をついた。


「どしたん?」


 それに江島が反応する。由比さんは「あ、ごめん……」と謝り、


「いやさー、これで三年生引退しちゃうんだなーって」


 なんだそっちかよ。

 まぁ確かに先ほどの試合後、よくは見ていなかったが由比さんも先輩との別れを惜しむように泣いていたような気がする。


「それかぁ。試合、負けちゃったもんね」


「うん……」


 江島は彼女に同情するが、


「えー? どーせ学校でまた会えんじゃん」


 長谷はそんなことはないらしい。ちなみに俺も同じこと思った。


「そういうんじゃないよー。ねぇ、エトー?」


「そうそう。長谷ちんだって中学の頃、サッカー部の先輩たち引退するとき寂しくなったでしょ?」


「……うんにゃ。いなくなって清々したわ。マジウザかったからうちのサッカー部の先輩」


 珍しく長谷の顔が曇る。こいつはこいつで何かあんだな。

 俺は中学の時野球部だったけど、俺も別に悲しくはならなかったかな。別にウザくもなかったけど。

 なんというか、女子ってこういう『引退』とか『卒業』とか、別れのイベントの際には男よりも感傷的になることが多いように思う。他にも体育祭の結果発表の時とか、彼氏に振られた時とか。あと原付の試験落ちた次の日に学校で泣いてた女子もいたな。さすがにあれは意味不明。そういや中学の時には学期末に通知表の結果見て泣いてたガリ勉系女子とかもいたわ。それはちょっとわかる。いやわからんな。多少進学に影響するとはいえ泣くほどのことではないだろう。

 と、会話に加わらずに傍でそんなことを思っていると、正面から視線を感じた。

 気になってそちらに目を向けると、


「ねね、七里クン。challenger好きなの?」


 三人が先輩の引退話で盛り上がっているよそで、綺麗な黒髪を揺らす倉高さんは俺が着ているストリート系のブランドのティーシャツを見ていたよう。そして俺の視線に気づくと声をかけてきた。


「え? ああ、これ? 別に好きってほどじゃないけど」


「それ超高かったんじゃない? 長瀬が着てるやつでしょ?」


「よく知ってんな。これはそんな高くないと思うけど」


「えー、それでもいい値段するでしょー。お金持ちなんだねー」


「いやいやこれ貰いもんだし。親父の会社の人がツテあってたまにくれるんだよ」


「へー! いいなー。わたしもchallenger欲し~。一着ちょーだい! あ、今着てるそれでもいいよー。脱いで脱いで!」


 おいおい何だこの子。冗談で言っているんだろうけどよ。


「何言ってんの。ってか倉高さんってスト系の着るの? 正直そうは見えないけど」


「あー、あんまり着ないけど。でも一着くらいは持っておきたい的なね」


「……なるほどねー」


 なるほどなるほど。違う意味でなるほどだ。

 この子……男をいい気分にさせるのが非常にうまい。

 彼女は男子と絡む際、意識せずとも自然とそうできてしまうタイプなのだろう。

 しかも褒め方がさりげない。今のこれだって服の話をされただけだ。けれど何となく彼女に認められたような感覚に陥る。


 ――女が男に使う『さしすせそ』。


 余談だが、女が男を褒める時に使う『さしすせそ』は大体社交辞令だから覚えておこう。

 さ……さすが~!

 し……知らなかった~!

 す……すご~い!

 せ……センスある~!

 そ……そうなんだ~!

 女はとりあえずの相槌を打つくらいの感覚でこれらの言葉を使っている。男がウザい時に適当にあしらう際にも使用するくらいだ。

 しかし女子に褒められて悪い気を起こす男子はいない。誰だってそれなりに浮かれる。ましてや可愛い女の子から褒められれば、たとえそれがお世辞だとしても口元が緩む。なんだかんだ言いつつも結局のところ嬉しくなってしまう。残念ながら男ってのはバカな生き物なのだ。

 だが百戦錬磨のこの俺様はそんなものには騙されない。だから、倉高さんのハイレベルな褒め言葉にも心が揺らぐこともない。


「……倉高さんってさ、腹黒?」


 そこで俺はあえて、急に話を変えてドストレートに聞いてみた。

 もちろん、話の流れをぶった切って急にこんなことを聞けば変に思われてしまうだろう。

 だが俺とてミソジニストの端くれ。女になんぞどう思われても構わないがゆえに何だってできる。さぁ、どうくる?

 倉高さんはそんな唐突な俺の質問に少し呆けていた、が……。


「……ううん。美少女♡」


 彼女は笑顔で即答した。そうくるとは……。

 普通ならば「え? 急に何?」とか「ええ? 腹黒じゃないよー?」とか「は? 何言ってんのこいつ死ねよ」とか、最悪でも何らかの戸惑いを見せるはずなのに、倉高さんはそんなものなど微塵も見せずにまさかの余裕たっぷりなこの返し。


「はは……」


 逆にこっちが面食らって変な笑いが出てしまった。


「ははって! ちゃんとツッコんでよー。超サムい感じになっちゃうじゃーん」


 倉高さんはおそらく自分が可愛いことをちゃんと自覚していて、それを変に隠すこともせず、あえてネタにまで昇華しているよう。ここまで来ると逆に嫌味な感じがなくなるし、同性にも受け入れられるのだろう。

 つまり彼女は……要領が良く、非常にモテる女だろう。あー怖い怖い。


「ほれー、持ってきたよー」


 そこへドリンクを取りに行っていた腰越さんと楽寺さんが帰ってきた。

 彼女がそれを配ると皆口々に「ありがとー」と受け取る。


「んしょ。で、どこまで話進んだの?」


「あ、それまだ」


 腰越さんは席に着くなり聞くが、由比さんの言う通り本題にはまだ入っていない。


「そか。えーっと……由比がある程度話したんだっけ?」


 腰越さんが聞くと由比さんは黙って首肯した。


「おっけ。改めて言うけど……イナっちと仲直りしたいわけよ、うちら女子は」


「二学期になってもクラスの空気あんなんじゃマズいしね」


 そう。これこそ、今日由比さんが稲村と、おまけに俺らを呼んだ理由だ。

 この間打ち上げの前に俺らと遊んだのも今回の前座で、稲村の様子を窺う意味もあったのかもしれない。これはあくまで俺の邪推だが。

 そして今度は倉高さんが口を開いた。


「そうそう。で、みんなに協力してもらうならわたしも行かないとってことで今回わたしも参加させてもらったの。ごめんね面倒ごと押し付けて」


 さっきまでおちゃらけていた彼女だが、打って変わって真面目に。

 そして再び腰越さんが話を進める。


「それでさ、一度みんなで遊ぼうよ。一緒に過ごしてるうちにノリで仲直り? みたいな。……ってことでいいよね?」


 そんな提案の最後に、なぜか楽寺さんに確認を取った。


「…………」


 しかし彼女は依然としてムスッとしたまま、小さく首を縦に振り、そっぽへと視線を向けてしまった。

 すると、その場は変な空気になる。各々が気まずそうに「ええっと……」と目を見合わせる。……何だこれ。


「い、いいねいいねー! 遊ぼう!」


 と、この空気に耐えられなくなった長谷が乗っかり、江島は「あ、遊びかぁ……う、うーん……でもまぁ、仲直りの仕方としてはいいかもね」と同意した。


「だ、だしょー。みんな夏休みいつ空いてるー?」


 変になった空気を無理やり紛らわし、つつがなくそのまま『稲村と女子の仲直りイベント』について具体的な内容決議に移行しようとしていたが、


「……随分と勝手じゃの。そっちが一方的に稲村をハブってたくせに、今度は仲直りがしたい? これ、笑うところかの?」


 ミソジニストの俺には、物申したいことがあった。

 それを言うと男子組は「おーいー」とかったるそうに俺を制す。

 しかし女子組はみんな驚いた表情になっており、一呼吸置いて腰越さんが、


「いやだってアレはイナっちが悪いじゃん? 二人を裏切って」


「裏切るて。稲村が女遊びしようが何しようがあいつの勝手じゃろ。お前らがとやかく言う筋がどこにあるんじゃ?」


「でも……」


 しかしその発言に食い気味に返すと、彼女は口ごもった。


「ななさん、いいじゃん別に。仲直りしようってことなんだからさ」


「そうそう。そもそもイナっちのアレは猿しb……おっつ」


 長谷が口を滑らそうになるが、そうだな。稲村のアレは猿芝居だ。


「……まぁ確かに、稲村が今後女子たちと仲直りしようがしまいが俺には関係ないし、どうでもええ。勝手にせぇ。けどの、俺が気に食わんのは……」


 長谷の失言を誤魔化す要領で、俺は続ける。


「――楽寺さん、あんたじゃ」


 俺はさっきから、というかここんとこずっとムスッとしている彼女を名指しする。

 すると楽寺さんは声には出さなかったが「えっ……?」と目を見開く。


「腰越さんと由比さんは『女子たちと稲村とを仲直りさせたい』と言っとるが、それ、違うだろ」


 これはあくまで建前だ。彼女らの真の目的はそうじゃない。なぜなら、


「実質これは――――『稲村と楽寺さんと倉高さんを仲直りさせたい』、だろ」


 そう。楽寺さんと倉高さん以外の女子は彼女らに便乗して稲村を嫌っていたにすぎず、楽寺さんと倉高さんさえ稲村と仲直りすれば、そんなことする必要はなくなる。


「え、あ、うーん……確かにそうだけど、同じようなもんじゃん?」


 楽寺さんの代わりに腰越さんが答えるが、俺はそれを無視して楽寺さんに続けて言う。


「なのに、当の本人は相変わらずムスッとしてばっかで、この会を設けてもまだ自分から発言さえせず全部他人任せ」


 こうなってしまうと俺はもう止まらない。


「由比さんや腰越さんがこの機会を用意してくれて、江島や長谷も協力してくれるって言ってくれて、倉高さんは自主的に出向いてちゃんと俺らに挨拶やお礼までしてるってのに……楽寺さんよ、あんたは何もせんでしかめっ面とか、どういう神経しとるんじゃ?」


 そう言うと楽寺さんは表情を歪ませ、目を伏せた。

 ここで彼女が自分から「稲村と仲直りがしたい」と言うなり、倉高さんのように挨拶や礼を言うなり、百歩譲って申し訳なさそうにしていたりするのならば俺も大して文句は言わんが、彼女は自分は被害者だと言わんばかりに横柄で、まるでそうではなかった。

 それが、俺は非常に気に食わない。周りから助けられるのが当たり前だとでも思ってんのか? 何様のつもりだ。甘えてんじゃねぇぞ。


「ななさんそこまで言わなくても……あ! 俺は全然気にしてないよ!」


「そうそう! 大丈夫大丈夫! ななっちゃんキツいってそれはー」


 江島と長谷はフォローに入る。俺だってこんなこと言いたかないが、言わねぇと気付かねぇだろこいつは。


「何でそんな……友達に頼るくらい別にいいでしょ」


 腰越さんも楽寺さんを庇う。

 それに対して俺はゆっくりとわざとらしく「……ふん」とため息をついた。


「女はええのぉ。機嫌悪そうにしとれば周りが勝手にお優しく手を差し伸べてくれるんじゃから。羨ましいの。男がそれやったら瞬く間に周りから嫌われんぞ」


 それがトドメだった。

 楽寺さんは耐え切れずガシャンとその場を立ち上がり、かばんを持って席を離れた。


「ちょっ! 待って! あーもう……七里ぉ、何で七里はいつもそうなの?」


 腰越さんが俺にそう言うが、お門違いもいいところ。


「……あ? 俺が何か間違ったこと言ってたか?」


 言ってねぇだろ。ふざけんなよ。逆に何でここまで来て間違ったことしてるやつの味方するのか疑問だ。

 すると彼女は「もういい……」と言い残して楽寺さんを追った。


「……んだよ。気分悪ィのはこっちだっつーの」


 俺はそう独りごちて手持ち無沙汰にスマホを取り出す。あーうぜ。


「ななさん、ちょっと今のは……」


「こっええー、ななっちゃんこっええー……」


 んだよお前らまで。そんなんだから女にナメられんだよ。

 はぁーあ、俺も金置いて帰るか、と思ってポケットにスマホを仕舞と斜向かいからの「七里くん……」という声に体が止まった。


「やっぱり、こうなっちゃうの……?」


 顔を向けなくてもわかる。由比さんが泣きそうな顔で俺に何か言っている。


「やっぱりって? 俺は何か間違ってたか? そこ説明してくれんとお話にならんよ」


「わかんないけど、もっと言い方とか……。そのままだと七里くん自身も誤解されちゃうよ。本当は……のに」


「……ん? 何?」


 彼女の声が小さくて最後が聞き取れなかった。

 すると由比さんは「……ううん何でもない。ごめん、うちも行くね」と一言告げてその場を後にした。

 そしてなぜか江島と長谷も「あー……ごめん俺らも一応行っておくわ」と彼女に続いた。おいおいマジかよ。そうやって無駄に優しくするからつけあがるんだろうが。


「…………」


「…………」


 すると俺と倉高さんだけがその場に残され、気まずく押し黙る。帰るタイミングを逸した。


「七里クンって……」


 そのまま数秒経ったあと、倉高さんが口を開いた。

 何だまたかよ。だからまずは俺の悪かった部分を説明してみろよ。それともあんたも行くのか? だったらさっさと行けや。と思ったのだが、


「おんもしろ~い!」


 はっ……?

 まるでこの一連の流れを見ていなかったかのような、この場の空気にはそぐわない満面の笑みで、想像もしていない言葉を浴びせられた。

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