-第28訓- 女子は共通認識を利用して味方を作る

「おんもしろ~い!」


 倉高さんはその場の空気とは真逆に、意気揚々に声を上げる。

 その発言に俺は思わず怪訝な顔して「は?」と顔をしかめてしまった。


「いやー、一年の頃から変わった人だなーとは思ってたけど、なるほどねー。うんうん、面白いな~」


 なに言ってんだこの子……。何も面白くないだろ……。

 予想外の発言に俺は困惑する。


「わたしも七里クンの主張には賛成ぇー。あの子の態度ずっと気になってたし、ちょっとスッキリしちゃった。ナイよねーあれは」


 はぁ、そうですか。


「ねね。七里クンはぶっちゃけわたしとあの子、どっちがイナっちとお似合いだと思う?」


 倉高さんは机から乗り出して俺にそう訊いてきた。


「知らね。お似合いかどうかは俺じゃなくて、稲村自身が決めることだろ」


 すると倉高さんは「ふーん。つまんなーい」とぼやく。

 この質問、女特有だよな。男でこれ聞くやつを俺は見たことがない。

 男は自分の好きになった相手とお似合いかどうかなんて自分で判断するし、他人からどう思われるかとか最初は気にしても本当に好きになってしまえば気にしてなんかいられなくなる。和田塚くんがいい例だ。

 しかし女は自分の男が周りの人間からどう思われているか、自分に見合った相手だと思われているか、羨ましがられる相手かどうかとか、そんなくだらない外面ばかり気にしている。

 ったく、男は品評会の出展品かよ。ナメられたもんじゃ、物扱いとはの。

 つうかそんなアマゾンのレビュー読んで買うかどうか決めるような感覚で付き合うかどうか決めるようなら、そもそも好きでもなんでもねぇじゃねぇか。

 そんなことを思っている中でも、倉高さんは話を続ける。


「あの子ってさ、さっきのもそうだけど子供じゃん? イナっちって普段はおちゃらけてるけど、真面目な時はちゃんと大人だし、付き合ったらイナっち絶対手ぇー焼くと思うんだよねー」


 ……はぁ。もういいよ、そういうの。


「俺を味方につけようとしてんなら無駄じゃ。どっちの味方にもなる気は微塵もありゃあせん」


 まったく、女はすぐこれだ。共通認識を利用してとにかく味方、派閥を作りたがる。俺はそんな安っぽい共感でそのへんの女みたいに「わかるー!」などと声をあげたりはしない。


「…………」


 倉高さんは拍子抜けだったのか、暫し呆けた顔をしていたが、


「うわー、そういう解釈するー? 嫌なやつー。何か喋り方も変だし」


 分かりやすく口を尖らせてそう言われてしまった。

 〝嫌なやつ〟……か。

 彼女は冗談交じりにそれを言っているが、さっきまでここにいたやつらに俺はそう思われたに違いない。人間、間違ったことを言っていなくても、〝嫌なやつ〟になることもあるのだ。

 だが、俺は別にいい人になりたいわけじゃない。これで離れるようなくらいなら離れればいい。いや、むしろ離れさせるためにやったと言ってもいい。


「でもそういう感じ……嫌いじゃないよん♪」


 しかし目の前にいるこの子は少し違うようだった。どこまで本気かは知らないが。

 彼女はふふっと小さく笑った後、


「わたし、実はイナっちのことそこまで好きだったわけじゃなかったんだよねー」


 アイスティーの中の氷をストローでカランカラン回す様子を見ながら、唐突に倉高さんは呟いた。


「……?」


 急に何を言い出すんだという疑問と妙な物言いに思わず俺が怪訝そうにすると、 


「聞きたい? じゃあ教えてあげる」


 いや、別に何も言ってないけど。別に聞きたいほどのことでもないけど。

 こういう女子の思わせぶりな発言って結局自分が話したいがためのネタフリでしかない。


「あ、でもね、一年の時は本当に好きだったんだよ。七里クンは気づいてたかもしれないけど。わたしめっちゃイナっちに絡んでたでしょ?」


 倉高さんが話を始めてしまったので、とりあえず耳を貸すことにした。


「ん? んー、まぁ」


 正直興味がなかったのでそこまで考えたことはなかったけれど、確かによく稲村に話しかけに来ていた印象はある。


「イナっちって、頭良いし優しいしオシャレだし面白いじゃん? なのに全然気取ってないし、イケメンすぎるわけでもないから近寄りがたいって感じのオーラもないし、ほんと色んな女の子から好意寄せられてたよ。派手な子から地味な子まで」


 そうね、あいつの一番強いところは『近寄りがたさがない』ってところだと俺も思う。あれは超絶イケメンだと逆に手に入れられないスキルなので、ある意味稲村はその上をいく存在なのかもしれんな。


「わたしも最初は興味本位というか、そんな人気者のイナっちがわたしのこと好きになったらイナっちはどうなるんだろうとか、周りの女子たちはどういう反応するんだろうって感じだったんだ」


 なんだそれ。さすが小悪魔ってか。いやただの悪魔だこんなの。どんな趣味してんだ。俺も人のこと言えないけど。


「でもイナっち全然振り向かなくてさ。とりあえず彼女……今は元カノだけど、その子との事の相談相手になろうと思ったわけ」


 定石だなー。男でもやってるやついるよそれ。ただ男の場合はあんまうまくいかないみたいだけど。


「でも、話聞けば聞くほどめちゃめちゃ彼女のこと大事にしてるのが伝わってきてさ。それで……本気で好きになっちゃった」


 ……え?


「逆じゃねぇの? そんな話聞いたら普通諦める流れにならね?」


 黙ってさっさと話が終わるのを待とうと思っていたが、つい聞いてしまった。

 無理じゃんそんなの。付け入る隙がないの分かって、何でもっと燃えちゃうんだ?


「んー、なんていうか……『この人の彼女になったら、わたしのことすごく大事にしてくれるんだろうな』ってねー」


 へー。いやもう「へー」としか言えないわ。これも女特有だよ。

 理屈はなんとなくわかるけど、そういう考え方になる思考回路を俺は、おそらく男は持ち合わせていない。

 だって自分の好きな女が彼氏をすごく大事にしてるって知って燃えるか? いや普通にヘコむわ。


「そっからはわたしガンガンいったからね。自分からあんないくの初めてってくらい。でもことごとく全部かわされちゃった」


 稲村はそういう男よな。何だかんだ真面目で一途。


「そこまでいくとさすがにイナっちもわたしの気持ち察してたみたいだし、わたしも諦めたんだよね。それから二年になってクラスも別々になったし、気持ち的にもなくなってたし。……でもね」


 倉高さんの声はそこから少し、トーンが変わった。


「イナっち、そんな大事にしてた彼女と別れたの。そしたらあの子が出て来て、もう付き合うの秒読みみたいな噂流れてて」


 あの子とは楽寺さんのことだろう。しかしそんな噂流れてたのか。おそらく女子たちの中で勝手にそういう雰囲気になってただけなんだろうが。


「なんかそれ……めっちゃ悔しいじゃん」


 彼女は少しためてから、そう口にした。

 いやいや、悔しいじゃん、とか言われても困るわ。別に僕は悔しくないです。はい。


「だって彼女がいたとはいえ、わたし一年の時からあんだけアプローチして箸にも棒にもかからなかったのに、タイミングよくイナっちがフリーになる直前にイナっちと仲良くなったようなぽっと出の子があっさりゲットできちゃうとか、なくない?」


 なくない? って。別になくはないんじゃないでしょうか。そういうことも。


「うーん。もう稲村のこと好きじゃないなら別にどうでもよくね?」


 ってことにはならないんですかね?


「そういう問題じゃないのー!」


 あーやべ。これめんどくせぇ……。

 忘れてた。女子のこういうのには意見述べちゃダメだったんだ。口答え、反論なんてもっての他。して良いのは相槌と同意と共感だけ。帰りて……。


「だから今回の件で間接的に二人して振られたわけだけど、こういう結果になったことにはちょっと安心してたりするわけ」


 なるほど。自分が落とせなかった相手が他の女にも落とせなくて良かったと、そういうことか。しっかしそれって……、


「……って、わたしマジ最低だよねー。七里クンの言う通り腹黒だー、腹黒美少女だー」


 倉高さんは苦笑いを浮かべる。一応自覚はあってそれなりに自己嫌悪はしているらしい。あと美少女も譲らないらしい。

 しかし俺が言いたいのはそういうことではなくて、


「結局、稲村のことずっと好きだったってことにならね? それ」


 俺がそれを言うと彼女は「え~?」と考え込む。


「そうかなぁ? ただ単にあの子に負けてる感じになるのが嫌というか、プライドが許さなかった的な感じでもある気がするけど」


「はっ、似たようなもんだろ」


「ええ? 全然違うでしょ!」


 いや、違わない。

 前にも言ったが〝恋〟なんてもんは独占欲、自己顕示欲、性欲、この三つの〝欲〟の総称だ。それを無理やり綺麗な一文字に置き換えているだけ。

 倉高さんはこの三つの欲望のうちの前二つに突き動かされて今回の行動を起こしたにすぎない。だから彼女は稲村に〝恋〟していると言っていい。

 なによりも、それ以上の理由もある。


「だって倉高さん、稲村が女遊びしてるって判明した日泣いてたろ。それなのに好きじゃないとか無理あるわ」


 そう、俺はあの日、あの朝、廊下からF組を覗いてその現場を見たのだ。


「……見てたの?」


 急に神妙になって倉高さんは俺を見やる。


「見たくて見たわけじゃない。朝、F組の前通ったら女子が群がってる中にあんたがいただけじゃ」


「ふーん……」


 彼女は意味深にそう呟くと通知音が鳴ったスマホを手に取っていじりはじめた。

 なんだよ。この話は都合悪かったか。すまんの、俺はこういう空気読めないこと平気でするんだよ。

 通知内容でも確認しているようだった倉高さんだが、途端その手を急に止めて、上目遣いで俺を見た。あ? なんだ?

 そして急にその場を立ち、席を外すと、なぜか俺の隣の席に座ってきた。


「おいしょ。ふふ♪」


 そして俺に向け、この小悪魔的な笑顔。


「……は? なに? 話済んだなら俺帰りたいんだけど」


 出口を塞がれた俺は彼女から一人分席を離し、この不自然な行動に警戒する。


「離れないでよ傷つくなー。もうちょっとお話しよっ。性格悪い者同士、もっと仲良くなれると思うし?」


「一緒にすんな。ってか何? 何なの? 何でそんなに俺に構うの? 俺のことでも好きなの?」


 俺は数多の女子を引かせる常套句「お前、俺のこと好きなの?」を発動させる。


「うん♡ 好き♡ 付き合う?」


 しかし倉高さんは満面の笑みでそう返してくる。

 しまった。この手の女は思ってもいないのに平気でこういうこと言うんだった。


「ふざけんな。稲村の代用品なんてごめんだ」


「そんなんじゃないよー。わたし、こう見えても一途なんだよ?」


「自分で言うな。そこどいて。帰れない」


「じゃあわたしのこと力づくで押し出せば?」


「は? 何でそんなことしなくちゃいけねんだよ」


「あれ? もしかして女の子に触れると緊張ちゃうタイプのヘタレ系男子?」


 イラッときた。あんだと? この俺に向かってヘタレ? このアマ、ナメやがって。


「おら、どけよ」


 俺は構わず彼女の肩を押すが、


「きゃっ!」


 倉高さんはわざとらしく声を上げる。そんな強く押してねぇだろ……。


「てめ……どけやコラ」


 大げさな声に思わず一旦引いてしまったが、再度俺は彼女を押しのける。


「いやん♡ ダメだよ七里クン、こんなところで~♡」


「あ!? 変なこと言ってっとしばくぞ……!」


「やだー♡ 七里クン強引ー♡」


「いいからどけっ……!」


「あんっ♡ ダメっ♡」


「うるせぇやめろ」


 俺は倉高さんを押し、彼女はその度変な声を上げるが構わず続ける。しかしこの女、なかなか折れない。あーめんどくせぇ何だこいつ。今度は何が目的だ? 俺を帰さない理由って何だ? 単純にからかってんのか? 嫌がらせか? 何だ? 話がしたいってのは適当な嘘だとして……、 


「な、何やってるの……?」


 その声に顔を上げる。倉高さんが邪魔するせいで全く気づかなかった。楽寺さんのもとから戻ってきたのか、俺らの席の前には由比さんが立っていた。

 傍から見たらイチャついてるようにしか見えない、俺たちの前に――――。

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