由比イノセント

-第22訓- 女子は誰でも魔法使いに向いている

 定期テストから解放され、生徒たちの頭はもう夏休みでいっぱいだ。


 授業はといえば試験の返却とその解説くらい。それが終われば夏休み前最後の待ちに待った……って程でもないけれど、比較的待っていたイベント、球技大会だ。

 この俺、七里様率いる二年B組男子バスケは先日の一件で人数が足りなかったわけだが、江島が入ってくれたおかげで何とかメンバーは揃った。

 まぁそんな感じだったので三回戦で三年C組に負けた。けどうちのクラス、バスケ部いないのに良くここまで頑張ったと思うぜ。

 とりあえず下級生のクラスに負けなかっただけ良しとしよう。あれ、地味に恥ずかしいんだよな。良かった、強い一年生クラスと当たらなくて。

 期待のサッカーのほうは結構早めに負けたらしい。我がB組は稲村や長谷を中心に結構うまいやつ多いと思っていたから意外だ。

 たぶん和田塚くんもそっちにいたけど大して活躍してないと思う。運動苦手っぽいし。そういえば最近すっかり絡みなくなっちったなぁ。

 一方で女子はドッヂボールとバレーボール。前者は初戦敗退だったみたいだが後者は決勝リーグまで勝ち上がり、まず一勝したらしい。つまり我が二年B組で唯一勝ち残っているのが女子バレーだけということである。

 そして今、負けて暇を持て余している二年B組のクラスメイトはこぞって彼女らを応援するために体育館へ赴いていた。

 まだ試合前にも関わらずみんな「がんばれよー!」「優勝したら鎌ティーが全員にジュース奢ってくれるってー!」などと檄を飛ばしている。


「七里ぉー。今日打ち上げの店どっかいいとこない?」


 体操着姿で体育館の隅に一緒に鎮座している稲村がスマホと睨めっこしながら俺に訊いてきた。


「濱ふうでいいんじゃね。近いし食い放だしの」


「あそこ駄目。さっき電話したらもう予約いっぱいだってよ。他の組に先越されたっぽいわ」


 マジかー、しゃぶしゃぶ食いたかったー。


「そういうのっていつも女子が勝手にやってるだろ」


「いやーいつもは由比とか腰越とか、あのへんがそういうのやってくれるんだけど、ほら」


 稲村はバレーのコートを顎で指す。そこには体操着に身を包み、念入りに準備体操をする由比さんたちの姿が。

 うおっ、由比さん体柔らかいんだなー。足めっちゃ広げて前屈してる。さすがバトン部ってところか。あと何かエロい。


「由比も腰越も選手で忙しいからお前やっておけって……女子に押し付けられた」


 なるほど、これも女子たちの嫌がらせの一環なのだろう。今度はパシリとはね。こいつも落ちたもんだなぁ……あ、そろそろ稲村も女嫌いになるんじゃね? ウェルカム・トゥ・ミソジニーワールド! 新たな世界で僕と握手! ということで、


「大変だな。ちょっとぐらいなら手伝うぞ。ちょっとぐらいならの」


「そこ強調すんなし。店探して、電話して、空いてるか聞いて、ダメならまた他の店探して……ってこれが結構時間かかるんよ」


「なら稲村が電話してる間に俺が次の店の候補探しとくわ」


「それだわ。超合理的だわ。七里お前天才かよ」


「 知 っ て る 」


「うぜー。あ、できるだけ学校の近くでよろしくなー」


 俺のスマホで学校の近く且つ食べ放題のある店を選び、番号を伝え稲村が電話をかける。なんとか三軒目で団体客オーケーの店を見つけてた。


「あ、はい、十八時半に。はい、三十三人で。はい、はい、どうもです。ではよろしくお願いしまーす。……っしゃ、予約完了!」


「お疲れ。ってか江島と長谷は?」


 ここ、体育館には既にほとんどのB組の生徒が集まっているというのに、彼らの姿が見当たらない。


「ああ。長谷は他のクラスのやつら一緒に自販機の前でモンスト大会。エトはさっき彼女と一緒にいたから……今頃どっかでイチャついてんじゃね? あーあー羨ましい! 俺はあんなことあったしもう高校の女子とはまともに仲良くできねーんだろうなぁ……」


 ほほう、あのラブコメ主人公稲村様が他人の恋愛的幸福に嫉妬するとはね。


「……いや、そんなことないんじゃね? 今の状況見た感じだと」


 なんとなく、稲村は女子から許されつつある気がする。

 例えば先ほどパシリをさせられているとのことだったが、それはシカト攻撃は止んだという証左だ。

 それにテストを挟んで女子からのヘイトは幾分風化していっているように思う。テスト直前やテスト期間中は女子もそれどころではなかったのだろうし、テストが終わったからまた改めて嫌がらせをしようという気力もそこまで湧かなかったのだろう。

 何よりクラスの中心である稲村が調子を出せないとB組が意外とうまく回らなかったりするのを女子たちも薄々気づいてきているのだと思う。

 そもそも稲村は日頃の行いが良いからってのが要因の一つなんだろう。稲村は女子たちの嫌がらせに一度も文句をつけず、うまくかわしている。


「そんなことねーから。ほらあそこの女子のこしょこしょ話してる。あれ絶対俺のこと言ってるだろ。死にてー……」


「被害妄想激しいの」


「妄想じゃない、真実だ。真実はいつもひとつだ。ちなみにおっぱいはいつもふたつだ。お、試合始まるな」


 くだらね……こいつ絶対死にてーとか思ってねぇよ。と稲村のギャグに悪寒を感じていると、彼の言う通り、コートではまさに試合が始まろうとしていた。

 最後のアップなのか由比さんはぴょんぴょんと跳ねていた。いや、ぽいんぽいんと跳ねていた。いつもふたつなあれが。


「……由比って意外と胸あるよなー、普段の制服姿だとよくわからないけど。かー、チビのくせに胸でかいってどういうことだよ」


 稲村は俺と同じことを考えていたらしい。ブルータス、お前もか……。

 彼の言うが如く、由比さくらの、背丈が低いのにもかかわらずふくよかなそれは童顔で小顔なことも相まって、クラスTシャツを一枚隔てただけでは否が応でも目立つ。故に男子が目を向けてしまうのは必至なのかもしれない。

 うーむ、あの告白をOKしていれば、いつしかあれを揉める機会があったのかも……あれ? 俺って実はすごいもったいないことしてる……?


「胸かー。胸ねー……でも実際胸より足の方が」


 つい由比さんの胸には興味のない振りをしてしまった。我ながら童貞くさいぜ。

 でも足フェチなのはマジマジマージマジ。綺麗な足のコは俺的にかなりポイント高い。外見のみの意味でだが。

 そう、俺は女嫌いだが、女を見るのは別に嫌いではない。当たり前だがAVも観る。ちなみに逆レ○プ的な男のMっ気をくすぐるやつが好きだ。……おい、引くなよ。基本的に女優さんが楽しそうに演技してる作品が好きなだけ。わかる?


「七里足フェチかー。足なら鵠沼でしょ。ありゃやべーわ」


 稲村が由比さんの隣に立つ鵠沼を顎で指した。あ、あいつも選手だったのね。てか鵠沼軍団勢揃いじゃん女子バレー。

 鵠沼。女子にしては比較的背が高く、すらっとした抜群のスタイル。ハーフパンツの裾を折り曲げ、ショートパンツ風になった体操着から伸びる足は長くて細いにもかかわらず肉付きが良い。


「……確かに、の」


 悔しいけれど、認めずにはいられないレベルだ。ちっ。

 言わずもがなだが、俺あいつにめっさ嫌われている。別にもともと会話をするような間柄じゃないけど、由比さんとのアレ以来目に見えて俺を避け、敵視している。

 ま、俺もあいつ大嫌いだしね。稲村をイジメる姿見てもっと嫌いになったわ。あまりに目に余るから一度「関係ない陰湿女は失せろよ」とか小声で言ってやったら「あぁ?」とか言われたし。ひえ~。

 とか、そんなことを思っていると、


「それでは女子バレーボール決勝リーグ、二年B組と二年E組の試合を始めまーす!」


 審判の女子生徒がそう告げた。

 すると観衆の生徒たちは「おお……!」と盛り上がる。

 決勝は二年生クラス同士か……しかしあれだな、高校の球技大会って毎年三年生より二年生のほうが勝ち上がるよな。三年は受験だからとか、早々に部活の最後の大会に負けて引退したから体力がなくなったとか、真剣に取り組んでないとかってのが要因なんだろうか。

 ……受験、か。俺もそろそろ夏期講習どこの予備校に行くか決めないと。

 うちの学校では二年の夏くらいを境にして徐々に受験を意識し始める人間が増えてくる。

 部活をやっている連中はもう少し遅いかもしれないが、俺は帰宅部ですし、未だに新しいバイト先も見つけてないし……あー、何でこう新しいバイト探すのって先送りにしちゃうんだろう。

 ピ――――――!

 自分の自堕落さに苦悩しているうちに試合開始の笛が鳴った。

 先攻のサーブを相手のE組が放つ。

 ボールが勢いのある緩い放物線を描きながら我らがB組のコートに飛んでいった。

 ……さすが決勝戦、素人バレーって結構サーブ外すけど、どうやらE組はそういうのが少なそうだ。ってか今サーブ打った子たぶんバレー部だな。バレーシューズ履いてるし。勝てんのかこれ。


「さくらっ! いったよ!」


「あいよっ!」


 しかしこっちも決勝まで上がってきたチーム。仲間に声をかけられ、由比さんは軽々とボールをレシーブした。

 それを先ほど声をかけた女子……おっと楽寺さんじゃないか。彼女が丁寧にトス。ボールはネットの手前に上がった。


「……由比さんも楽寺さんも、何かうまくね?」


 何かこう慣れているというか、動きがスムーズだ。


「ああ、あの二人同じ中学で元バレー部のレギュラーだよ。結構強いところだったらしい」


「へー」


 よく知ってんな稲村。というか楽寺さんはともかく、由比さんって鈍くさいイメージあるけど、運動できる子だったんだ。


「っ!」


 最後は鵠沼のスパイク。相手のブロックの隙間を縫ってボールは相手コートに一直線。それをE組の選手が滑り込んでなんとかレシーブしようとするが、間に合わずボールは床に叩きつけられた。


「いえーい!」


「ナイスげぬー!」


 アタックを決めた鵠沼に他の選手たちが次々とハイタッチをする。相変わらずあのあだ名は何かウケる。なんだよ、げぬーって。


「……鵠沼も中学でバレー部だった系?」


「いや、それは知らん」


 彼女のプレーぶりを見てなんとなく思ったが、さすがの稲村さんもそこまでは知らなかいらしい。のだが、


「ただ、中学ん時にイジメやってて何人もの生徒を転校させたって噂は聞いたことがある……」


 は!? マジかよこっわ! ってか今でもやってんじゃんイジメ! 全然更生してないよあいつ! ちょっと先生! 退学にさせようぜ!

 ……あれ? ということはもしかして俺もあいつに転校させられるところだったんじゃね……? いやそうでしょ。マジか……うほー、あっぶねぇー。良かったミソジニストで。じゃなきゃ今頃違う学校に通ってたかもしれん。

 ってかあいつ、人のこと散々クズ呼ばわりするくせに自分が一番クズじゃん。ミソジニストの俺といえど、さすがに転校させられた子たちに同情はする……よし、彼女らの無念はいつか俺が晴らしてやろう。

 ……何でそんな女が女子からは評価高いんだ。絶対過去を隠してやがる。最低な女だ。


「気を付けような……互いに」


「……せやのー」


 稲村は割とマジなトーンで言ったが、ま、俺は余裕っすよ。

 試合は両者ともなかなか譲らない攻防戦だったが、二五対二四からB組が更に一点を入れ、第一セットを先取した。


「やったぁ!」


「イケるよこれ!」


「このまま勝っちゃおー!」


 するとコートの女子たちは輪になって喜び合う。額に汗を浮かばせ、飛び跳ね、結んだ髪が少し解れながらもそんなことは気にもせずみんな笑顔で肩を抱き合っていた。


「……嬉しそう、だな」


 稲村が口元を緩ませつつ、呟いた。まるで彼女らのそんな姿は微笑ましいと言わんばかりに。

 まぁ俺もこういう時の女子の様子を微笑ましいと思う気持ちはわからんでもない。由比さんだけではなく、楽寺さんやあの鵠沼でさえ今は天使に見える。

 前述の通り、傍から見る分には悪くねぇんだ、女子ってのは。今日はみんなスポーツ仕様なのか、いつもと違う髪形なのも新鮮でいい。

 けれどそう思うと同時に、これらからは想像することも出来ない悪魔が女の心に棲んでいるだろうとも思ってしまうのがミソジニストの性。


 ――〝恋愛によって女は魔女と化す〟。


 これは俺の持論だ。あいつら恋愛が絡むとマジで何を仕出かすかわからん。俺の元カノはもちろんだが、この前の稲村事変のように人海戦術で男をどつぼにめてこようとしたのがいい例だ。

 その姿はまさに魔法使い。自らを清く美しいお姫様に変身させる魔法を使う。

 そんな彼女らはもちろんお姫様ではなく、なんなら実は魔法使いでもない。

 目的のためならば手段を選ばない、劣悪な魔女なのだ。

 なんというオチなのだろうか。ダンサー・イン・ザ・ダークも真っ青なバッドエンド。他に例を挙げるならミストとか、昔のだとジョニーは戦場に行ったとか。いや、ホラーの観点から言ってミザリーでもある。

 こういった名作を観た人は大抵『面白いんだけど、二度は観たくない』とトラウマを抱えることになることが多い。

 まさに『恋愛をするのは気持ちいいけど、裏切られるなら二度としたくない』という俺のトラウマとどこか似ている。

 そう、俺にとっての恋愛とは、バッドエンドな映画を観るようなものだ。

 しかもそれらの名作とは違い、恋愛は面倒なことが多すぎる。最悪だ。

 ……おっといけね。ついつい癖で俺のミソジニー的思考が発動してしまった。今そんなこと考えてもしょうがねぇや。一応うちのクラス代表だし、今は素直に試合の応援しておいてやろうか。

 なんたって、優勝したら鎌ティーがジュース奢ってくれんだろ? そっちの魔法には恩恵を感じるからよ。

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