-第23訓- 女子はいつでも今が初恋

 球技大会バレーボール女子の部、二年B組の結果は――――まさかの二位入賞。


 ワンセット先取の勢いのままいくと思いきや第二セットでE組に取り返えされ、その勢いのまま第三セットも取られてしまったのだ。


「負けちゃった……うぅ」


「え、ちょっ、由比あんた泣いてんの? たかが球技大会じゃん……」


 敗戦に涙する由比さんに鵠沼は引いていた。確かに残念っちゃ残念だけどそこまでかね……俺もちょっと引いていた。ちっ、あんなやつとシンクロするとは、不覚。

 しかし女子ってアレだよな、イベント事でよく泣くよな。体育祭で最後の総合点が発表された後とか、女子はみんな泣いてる。勝った組も負けた組も関係なく。そんな泣くほど嬉しかったり悲しかったりするのだろうか。よくわかんねーわ。


「よしよ~し、泣かないで~」


「ほら、これからお好み焼きらしいから!」


「ってかパンダになるから! やばいってさくら! 目こすらない!」


 と他のメンバーは取り囲むようにして由比さんを慰めていた。あんまり慰めになってない気がするけど。

 そしてそんな由比さんはというと、


「うっうっうっ……なんて、うっちょ~ん!」


 変な顔をして両手を広げてみせた。……は?


「「「 知 っ て た 」」」


 どうやら由比さんそれは演技だったらしい。しかも俺がさっき稲村に「お前天才かよ」で返した返答ネタに似てる。パクリ!


「負けちったなぁー、うんしょっと。ん? 七里どした?」


 隣に座っていた稲村が立ち上がりつつ、女子の状況を見て心の中でツッコミを入れていた俺に声をかけた。


「ああ、ちょっとの。打ち上げって何時からだっけ?」


「六時半。まだ三時前だから放課後どっかで時間潰そうぜ」


「え? お前、部活は?」


「今日休み。だから六時半まで暇なんよ。七里も暇だろ?」


 俺が常に暇人みたいな言い方だな。そのとおりだけどよ。帰宅部万歳。


「でもどこ行くよ? 帰りのホームルーム終わるの三時二十分として、三時間以上あるぞ」


「駅前とかフラついてればいいんじゃね? 疲れたらどっか入ってればいいし」


 三時間それって結構退屈じゃないのかとも思ったが他に案も思い浮かばなかったので、「そうするか」と答えた。

 彼女とイチャコラってたと思われる江島を誘わなかったのは嫉妬とかそういうのではない。ほら二人の時間を邪魔しちゃ悪いと思ったからさ。うん、ほんとほんと。長谷は知らん。


    ×××


 そして放課後。ホームルームを終えた俺と稲村はたらたらと駅前に向かっていた。


「七里と下校デートすんの久々ぁー」


 デートとか言うな気持ち悪い。


「いや久々でもないじゃろ。部活がテスト休みの時も一緒に帰ったし。ほら、ロングホームルームで女子とクソ揉めした球技大会の会議した日。江島とか長谷もいたけど」


 ちょっとウザかったので嫌なことを思い出させてやった。


「あーそうだったそうだった……」


 案の定、稲村はその変なノリをやめ、なえなえとポケットに両手をつっこむ。

 すると突如、後ろから素っ頓狂な声が耳に入った。


「あ! イナっちー! 七里くーん!」


 それに俺も稲村も反射的に振り向くと、遠目に由比さんが手を振って歩いていた。


「ん? おー、由比じゃーん。どしたんー? 一人でー?」 


 稲村はポケットに手をつっこんだまま体を振り向け、後ろ歩きしながら応えた。


「待ってー」


 由比さんはこの世には穢れたものなど何一つ存在しないとでも言うように、いつものおさげではなく、球技大会仕様のポニーテールを揺らしてせっせと小さな体を俺たちのところまで走らせてくる。


「いやー、友達と遊ぼうと思ってたんだけどみんな一回帰るとかで裏切られてさー、ぼっちなんだ。だから打ち上げまで一緒に遊んで! お店の場所も知らないし」


 現状、多くの女子が稲村を毛嫌いしているが、彼女はそうでもないうちの一人なのだろうか。というかたぶんそうなんだろう。この二人のやりとり的に。


「はぁー? これから七里先輩とデートなんです! 邪魔しないで!」


 またしてもよくわからないノリになる稲村。せっかく戻したのに……。


「あ、マジすかー。今度はイナっちとうちが七里くん取り合って揉めちゃう?」


 だが由比さんはそのノリに乗っかる。女子的にそんなネタっぽくイジって大丈夫なのか? まぁここには稲村を邪険にする女子いないけど。

 うん。まぁ、それはいいん、だけどさ……。


「……あ。はははは……」


 由比さんも気付いたのか、俺を一瞥すると頬を染め、それを誤魔化すように笑う。

 気まずい……。

 なんせ由比さんは俺に本当に告ったことがあるのだ。だから発言はちょっと軽率だろうよ……。


「ん~? 何かな君たち目で会話しちゃって」


 その様子を不審に思ったのか、稲村がジト目で俺らを交互に見やる。こいつ勘いいな。ラブコメ主人公のくせに。


「なんでもないよっ! で、どっこ行っく何すーる♪」


 由比さんが鼻歌で話題を逸らすと稲村は、「あー、でもノープランだよ俺らも」と答えた。ふぅ……。


「じゃーとりまプリでも撮る? ってあれ!? 初メンじゃないうちら!?」


 初メン……初メンツ。つまりは初めての組み合わせで遊ぶということだ。

 うん、まぁ高校入ってから僕は女子と遊んだことありませんしね。はははは! 何が可笑しい。

 ってか遊ぶの? このメンツで? 俺が女子と?


「あー、そうだっけ? んじゃゲーセン行くかー。由比いればプリクラ撮れるしなー」


 大抵のゲーセンではプリクラ機の中に男子だけで入ってはいけないというルールがある。盗撮カメラ仕掛けるやつがいるとかで。


「ほほー。ならばワタクシについて来るが良い、皆の衆!」


 俄然張り切り、野郎二人を牽引しようとする由比さん。


「へーい。ていうか由比、俺らいなかったら打ち上げまでどうするつもりだったの?」


 稲村は彼女にそのままついていくが、俺は躊躇してしまった。うーん……稲村がいるとはいえ、女子と、遊ぶのか……。


「んー、本屋さん行ったり、時間合えば映画観ようかなって。駅前のシネサロンで」


「マジ? 由比って一人で映画とか行くタイプなんだ」


 正直、ミソジニストとしては抵抗があるが、ここで俺だけ断ってこの場の空気をぶち壊すのは……どうなんだろうか。


「えー、映画の種類にもよるけど一人で観たい時ってない?」


「いや、あるある。俺もアニメは一人で観たいし」


「え? アニメならみんなで観たくない? ディズニー映画とかさ」


「あー……あれはアニメじゃないな。いやアニメだけど」


「え? どっち? てかアニメじゃん?」


「いや、そうじゃなくてだな……うーん」


 何やら二人は盛り上がっている。そのまま仲良く二人で街に消えてくれても構わないのだが……。


「あ! あとコナンくんも毎年地元の友達と観に行ってるよー」


「らぁぁぁぁぁぁん!」


「あははは! 似てる似てる!」


「まあよ。この物真似は昔ハワイで親父に……ってか七里ー? お前そんなところで何やってんだー? 早く来いよー」


「あ、ほんと。七里くーん、早くー!」


 思わず立ち止まっていた俺を二人は呼ぶ。


「……あ、ああ……」


 気圧されて、俺は彼女らのもとへ足を進める。断りづれーな、今更……。

 そう、俺は断りづらかった。

 稲村の誘いにはもちろんだが――――由比さんの誘いにも、だ。


    ×××


 俺たち一行は駅前のゲームセンターにやってきた。

 ここはラウンドワンやタイトーステーションのような大手とは違い、前時代的な雰囲気の漂うお店だ。

 定番のゲーム機もあるにはあるが、数は少ないし昔ながらのものもまだ残っていたりする。

 だが横にはバッティングセンターが設備されているために、俺や稲村は割とお世話になっている場所である。


「あ、由比悪い。ちょっとやりたいゲームあんだわ」


 プリクラコーナーに向かおうとした矢先に稲村が告げる。

 すると由比さんは頬を膨らませ、


「えー、早くプリ撮ろうよー。うちゲームとかよくわからないもーん」


「大丈夫! あれは女子も楽しめるから」


「ほんとにー?」


 半信半疑の彼女を連れて向かった先には、麻雀のゲーム機。

 しかしこれは麻雀格闘倶楽部とかMJ4とかそういったものではなく、たった一台しか置いていない薄汚れた古臭い機体。おいおいこれって……。


「えぇ? 麻雀とか全然わからないんだけど……」


 しかも由比さんは麻雀に全く造詣がないらしい。

 確かに麻雀は男っぽいイメージが強いし、この歳でそれを嗜む女子などほぼいないだろう。

 しかもこの麻雀ゲーム機に限っては更に女子を遠ざける要素がプラスされているのだが……今は黙っておこう。


「平気平気。ほらここお座り」


 稲村は画面の前にある長椅子に座り、隣に不審がる由比さんを招く。

 女子にこういうことを平然とやってけるのは素直に感服する。俺には到底できない芸当だ。


「ほんとにうちも楽しめるのー?」


 由比さんは由比さんで全然意識することなく稲村の右隣に座るし……っていうかこの二人、並ぶと結構絵になるな。カップルみてぇだ。

 それに加え、二人とも男女ともに友達が多く、誰に対しても隔たり無く接し、学年じゃ人気者……めちゃくちゃお似合いだ。しかも由比さんは稲村が女子連中に嫌われている中でも絡んでくる数少ない存在……ふむ、有り得るんじゃねぇかこれ? いや、楽寺さんが同じグループにいるからさすがにないか。


「七里くんもおいで。こっち空いてるよ」


 背後でぼうっと立ち尽くしている俺を見かねて、今度は由比さんが右手でクッション部分をパンパンと叩き、俺を誘う。


「……おう」


 変に意識してることを悟られないよう出来る限り平然を装って彼女の右隣に座る。これだから童貞は……。


「大丈夫? 狭くない?」


「あ、ああ、平気……」


「イナっちもうちょっと詰めて。七里くんこの中で一番大きいんだから」


 俺の返事を待たず、由比さんは稲村に指示を出した。


「ちょっと待て。それは暗に俺をチビだと言いたいの? 俺、ギリ一七〇はあるからな?」


 男にとって身長が一七〇センチあるかどうかは一種の基準となっている。たまにギリ一七〇無いやつも一七〇と詐称するほどに。あれ? もしかして稲村も……?


「大丈夫! うちもチビだから!」


「なんだそのフォロー……」


 そう言って稲村は腰をひょいっと左にずらし、由比さんもそれに倣う。


「七里くんどう? もっとこっち来ていいよ?」


「あ、ああ……」


 俺は由比さんのほうに更に体を近づけた。すると彼女の小さくて柔らかい右半身が俺の左半身に触れる。しかもがっつり目にだ。しかも夏服のせいで半そでのために腕とか直で触れてる。うわ、すげぇすべすべ……。

 今、俺の全神経が左半身にだけ集中している。今右半身を刺されてもたぶん痛みを感じないと思われ。これだから童貞は……。


「おっ由比、逆ハーじゃん」


「にゃ、にゃくはー?」


「逆ハーだアホ。逆ハーレム。いい男二人に囲まれて幸せだなお前」


「え~。七里くんはいいけどイナっちはなぁー。チャラ男だしー」


「ひっでー」


 チャラ男とは例の一件のことを指して言っているのだろう。もちろん由比さんは稲村の優しい嘘を知らないだろうが、ネタに昇華できている様子。

 ……ネタと言えば、「七里くんはいいけど」っていうはどういう意味なのだろうか……まぁ適当に出た言葉だとは思うのが、妙な憶測が頭をよぎる。これだから童貞は……。


「んじゃ始めるぞ」


 思い悩んでるうちに、稲村が機械に百円を投入。するといかにも中国っぽいドラのボア~ンという音が響く。

 これは一般の機種みたく全国モードもプロ参戦モードもない、完全なるCPU対戦型。対戦相手の女性キャラを選び、開局。牌を取っては捨てるを繰り返す。

 しばらく稲村は夢中で麻雀をぶっていたが、俺もしばらく経つ頃には完全に画面に見入っていた。


『ポン』


「……は? 稲村お前何で鳴いたし。そこはチートイ狙いだろ」


「何言ってんだ。ここはチートイよりトイトイ目指したほうがぜってー早いから」


 面前派の俺と鳴き派の稲村。


「いやこの流れは絶対チートイ。ここでの鳴きは逃げ」


「うんにゃトイトイだね。これ以上トイツは揃う気しない」


 対局はどんどん進み、俺と稲村だけの空間になりつつある中、痺れを切らした由比さんが高らかに叫んだ。


「あのっ! 全然面白くないんですけど!」


 ぶすっと不機嫌そうな顔をする。そういや俺も隣に由比さんがいることを忘れてた。


「すまんすまん、もうちょっとで面白くなるから」


 稲村はそう言うが、こいつの真の狙いに俺はもう気付いている。


「おっしゃ、ロン!」


 アガったか。本当にトイトイで正解だった。こいつ麻雀も強いんだよな。ムカつく。


『ふえ~ん、負けちゃったぁ』


 妙に時代を感じるデザインのアニメキャラがあざとい声と涙目で何か言い始めた。

 前にも言ったかもしれんが俺、二次元の女も嫌いだ。

 よくネットとかで「三次元女には絶望した。二次元に生きる!」みたいなこと言うやつがいるけどよくわからん。歳も歳なのでそんなにアニメを嗜むことはないのだが、稲村が薦めてきたのをいくつか観たことがあるが……ダメだありゃ、気持ち悪い。

 アニメ女特有のあざとすぎる媚びと異常な純潔アピールがマジで受け付けなかった記憶がある。あと何でアニメの女ってみんなニーハイソックス履いてんの? と気になって仕方なかった。


「え? なに? 終わっちゃったよ?」


 由比さんは不思議そうに俺らを交互に見比べる。が、俺らはそれに応えない。


『恥ずかしいから、あんまり見ないでね』


 画面の中の女はそう言うと、浴衣から肩を覗かせる。


「……え」


 由比さんが眉を顰める。そして見る見るうちに浴衣は身から剥がれていき、


『いやぁ~ん』


「ひっ!?」


 彼女は生まれたままの姿になる。ちなみに普通に乳首出てます。前述の通り俺は二次元の女も嫌いだが、裸見せてくれるなら見ますよそりゃ。男の子だもの。

 ともあれ、俺らがプレイしていたのはつまり、いわゆる脱衣麻雀なのであった。


「あー、このバージョン前にも見たわー」


「俺も」


 この脱衣麻雀は同じ女の子でも点数によって脱ぎ方が変わってくる。しっかしアホみてーにでけぇ乳だな。バランスがおかしい。

 すると突然バシンッ! と誰かに脳天を強打された。


「「痛って!」」


 俺と稲村は同時に声を上げ、頭を抱える。


「君たち……バカなの? セクハラだよ? これ」


 顔を赤くした彼女が俺らを諭す。


「いやこれ誘ったの稲村じゃけ。俺は関係ない」


「なっ!? 裏切るのか七里!? お前も止めなかったんだから同罪だろ!」


 いやいやいや、と適当に言い訳を返そうとしたが、


「二人ともでしょ! 酷いっ! めっちゃ見ちゃったじゃん……」


 ほほう? それは一体何をめっちゃ見ちゃったんですかね……?

 何かこう、ミソジニスト的にセクハラは嫌いではないかもしれない。最低かよ。

 一方稲村は「悪い悪い」と笑いながら謝る。二人とも謝る気ゼロである。

 そして彼はこう由比さんに提案した。


「んじゃあ、お詫びにクレーンゲームでなんか取ってやるよ。俺ら上手いんだぜ?」


    ×××


 ということでクレーンゲームコーナーへとやってきた俺たち。


「由比ー、どれがいいー?」


 稲村が聞くと彼女はう~んときょろきょろ周りを見渡す。


「お。あれとかどうよ?」


 稲村が指差す先にはダッフィー的なぬいぐるみが積まれた筐体が。


「え~、ぬいぐるみとか貰っても困るし」


「え? 女子はみんなああいうの好きなんじゃないの?」


 確かに。女ってああいうの見てバカみてぇに「可愛い~!」って言ってんじゃんな? バカみてぇに。


「いやいや、確かに可愛いけど、ぬいぐるみって実際あっても邪魔なんだよね。持って歩くの恥ずかしいし」


 ばっさり斬られてしまった。そういうもんなんすか。なんつーか意外だ。


「あ、今もしかして幻想壊しちゃった? 確かに『ぬいぐるみ大好きー!』って言う女の子のほうが可愛いもんね。うち、可愛くなくてごめんね~」


 由比さんはきししと悪戯っぽい笑みを浮かべる。すると稲村はへっ、と口を曲げた。


「ほんとだよ。マジ由比可愛くねーわ。幻滅だわ。女として見れねーわー」


「ちょっ! それはさすがに酷くなーい!?」


 由比さんは「うざいっ」と稲村に肩パンをするが、それでも稲村は「ないわー。マジないわー」と続ける。

 稲村のこういう冗談が咄嗟に出てくる感じな。モテるやつって大抵こういうことできる。俺にはできん。

 それと女は変に男の目を気にして女の子ぶったり、少食ぶったり、甘えてきたりするより由比さんみたいに素直な気持ち言ったほうが男に好感持たれると思うぞ。


「あーもうイナっち嫌い……。あ、うちこれがいい! これ欲しい!」


 稲村を殴り終わり、由比さんは目ぼしいものを見つけたよう。


「んー? ああ、お菓子の詰め合わせか」


 稲村が言う。何だ、結局普通に女子っぽいチョイスじゃんか。でも、


「すげぇ量だな……マジで」


 優にバスケットボール一個分はあると思われる。俺としては見てるだけで胃もたれしそうだ。女はほんと甘いもん好きだな。


「そんなことないよ七里くん。このくらい女子みんなで食べたらすぐなくなっちゃうよ」


「マジかよ。よお太らんのぉそれで」


「え、あ……ふ、太ります……」


 由比さんの顔に影が挿す。あ、気にしてるんだ。


「おら、ヘコんでないでやるぞデブ。あ、間違えた、やるぞ由比」


 すかさず稲村はさっき殴られた仕返しとばかりに由比さんをイジる。抜け目ねぇな。


「ちょっと! 酷い! やっぱうちってデブ!? ねぇ、七里くんもそう思う? これでも結構がんばってるんだよ!」


「え? いや、全然そんなこと思う体型じゃないと思うけど……」


 とっさにマジレスしてしまった。あー、ここで稲村に乗れないところがこいつとのコミュ力の差だな。


「な、七里くん……!」


 しかし由比さんは目を潤ませて喜んでいた。え、そんなに?


「つ、つかむしろ細いわ。もっと飯食えよ飯」


 何だか照れくさくてつい余計なことを言ってしまった。


「七里ー、世辞もほどほどになー。こいつ本気にするぞー」


「え!? お世辞なの!? 違うよね!? 違うよね七里くん!?」


 由比さんは必死で俺に聞いてくる。怖いわ。

 女って何でそんなに自分の体型気にするんだろう。男からしたら気付かないレベルでも一大事みたいに気にする。


「と、とにかくこれ取ればいいんだな。うっし」


 俺は話を逸らし、クレーンゲームに向かう。

 後ろでは由比さんが「えー!? スルぅー!?」と嘆き、稲村は「……ドンマイ」と彼女の肩に手を置く。


「まぁ七里のウルテク見てみろよ。そんなこと一瞬で忘れるぜ?」


 なぜかハードルを上げる。やめろ。自信はあるが絶対じゃないだろこれ。


「ふぅー……」


 俺は息を落ち着かせ、手首が自由になるよう腕時計を外す。

 手首を振り、首をコキコキと鳴らす。


「いくぜ、稲村」


「おうよ、七里」


 今までのふざけていた雰囲気からガラッと変わる俺らに由比さんは固唾を飲む。

 そして……、


「すみませーん、これ移動お願いしまーす」


 稲村が近くにいた店員さんを呼んだ。


「はい、これですね。少々お待ちください」


 女性の店員さんが筐体の鍵を開け、詰め合わせを取りやすい場所まで動かしてくれる。


「あ、すいません、もうちょっと……」


「はい。これくらいでよろしいですか?」


「いや、もうちょい……こいつ、苦手なんですよこれ。ちなみに……どうやればいいか見せてやもらってもいいですか?」


 そして俺は「そうなんすよー」みたいな感じで店員さんに笑顔を向ける。


「わかりましたー」


 扉を閉じ、お姉さんはクレーンを動かしてみせてくれた。その間俺は「ああ、そのボタン押すと左に……」「ここで隣のボタン押すのか……」とかぶつぶつ言う。


「こんな感じで左端を狙っていれば落とせますよ」


「え? 落ちてないじゃないですかこれ」


「いや一回じゃさすがに」


「彼、マジでこれ初心者なんで……あと俺ら、あの子にいいところ見せたいんで、おなしゃす」


 稲村がしつこいくらいに言うとさすがに店員さんは苦笑い。


「じゃあこれくらいで……すみません。これが限界です」


 功を奏して、店員さんは商品をかなり良いところまで移動してくれた。


「あざす! お姉さん素敵!」


「ありがとうございまーす」


 二人してお礼を言うと「いいえー」と言いながら店員さんは扉を閉め、鍵を掛ける。


「……ねぇ。二人はこれ、上手いんじゃないの? 今思いっきり苦手とか言ってたよね?」


 しかし、由比さんのま眼差しが痛い。


「おいおい見てなかったのかよ由比。俺が店員に交渉するのと、七里が初心者ぶるの、最高に上手かっただろ」


「……。もうイナっちの言うことは信じないことにする」


 ジト目の由比さんを横目に、お菓子の詰め合わせ、あっさりゲットだぜ。見たか俺様のウルテクを。


「はい」


 先ほどまで冷めた目を俺たちを見ていた由比さんだが、お菓子の詰め合わせを手渡すと表情は明るくなった。


「ありがとー。明日学校でみんなと食べよーね」


「あ、ああ」


 笑顔で大きなお菓子袋を抱える彼女を見ているのは悪い気がしなかった。

 でもみんなって鵠沼軍団も一緒に? だったら無理かな。

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