-第20訓- 女子は共通の敵を見つけると団結する
選択科目である美術は最初の出欠確認を済ませて作業時間に入ってしまえばもはや自由時間も同然。
先生は優しいおじいちゃんなので規則は緩々だし、そもそも自分が作業するためなのか、いつも別室に篭ってしまう。
つまり美術は友達同士で会話しながら片手間に作品を仕上げれば単位を貰える楽勝科目なのだ。
「どっこいしょ。あ、飲みもん買ってくりゃよかった」
なので、たまに今の俺らのように作業そっちのけでサボる生徒も間々いる。
ここは非常階段。空も拝められる絶好のサボりスポットだ。バカと煙はなんとやらである。そういえば、ここに来るのは鵠沼たちに呼び出されて以来だ。
「天気よくて良かったね」
踊り場の柵に背を預けた稲村に続いて、江島もその隣に腰を下す。
「まだ梅雨明けてないけど、もうすぐ夏だもんな」
俺は二人と相対するように、階段に座った。
すると稲村は「まず確認しておきたいんだけど」と前置きをして、早速話を始めた。
「俺、どういう噂されてんの?」
彼もある程度は把握しているようだが、念のためということだろう。
「まーそのー……色んな女の子と、遊んでる……的な?」
江島がそんな風に曖昧に答えると、
「……もうちょい詳しく教えてくんね? 変な気遣わなくていいから」
稲村はそんなことを言ってきた。
「ええと……」
江島は性格上こういうのをはっきり言うのが苦手なのだろう。
ならば、はっきりものを言うことが大好きな俺様が告げてやろう。
「稲村の野郎、部活の後に毎日毎日違う女とイチャイチャしやがってマジでクズなんだけど死んでくんない? って感じかな」
どうよ? 的確じゃね? 大体こんな感じだろ?
「……ななさん、何か尾ひれ付いてない?」
「つーか口悪くなっただけで全然詳しくねんだけど」
二人につっこまれてしまった。あ、あれー?
結局、江島が今日の朝に俺に教えてくれた内容を稲村にそのまま話した。
「でさ、その女の子たち誰なの? 普通の女友達じゃないんだよね?」
そして彼は最後に質問を一つ加えた。
「んー、まぁなんつーか友達以上恋人未満的な……な?」
稲村は頭を掻きながら答える。
「何だそれ。要はセフレだろ?」
「ちょっ、ななさんはっきり言いすぎ……」
江島は俺を諭す。うるせぇな、何が「友達以上恋人未満」だよ。俺はそういう女が使うようなはっきりしない言葉が嫌いなんだよ。
「ははは。七里らしいな。まぁでも、そんな感じだ」
意外にも稲村は割とすんなりと認めた。ま、彼女と別れたのをいいことに言い寄ってくる女と手当たり次第にデートしまくってるとかそんな感じだろう。
「ふーん。よし! じゃあ、楽寺さんと倉高さんもその一員に入れてやれば? これで万事解決。稲村ハーレムの出来上がり。お前そういうアニメ好きじゃん」
なんていう冗談を言うと二人はブッと笑った。
「いやいや何言ってんの」
「お前クズいな~、俺が言うのもなんだけど」
ひとしきり笑い終わると、稲村はゆっくりと視線を外してから言った。
「まぁ……二人には諦めてもらうしかないだろ」
そうだな、彼女らのどちらとも付き合う気がないのなら、それ以外の選択肢はない。けれど、
「でも何かフォローしないとマズくない? 楽寺も倉高も悪い子じゃないんだしさ」
江島が言う。
俺にとって楽寺さんや倉高さんなんてその辺に生えている草木と同等にどうでもいい存在だが、江島にとっては彼女たち二人も良き友人であり、大切な存在なのだろう。
「そんなこと言われてもなぁー。俺は別に二人に思わせぶりなことをしたつもりはないし、勝手にあっち二人が盛り上がってただけだし」
稲村には珍しく若干やさぐれた感じだが、俺にはその言い分の方が理解できる。
女とは勝手な思い込みでどんどん話を盛り、挙句の果てにその妄想を真実だと信じて疑わない都合のいい生き物。女性誌やワイドショーのネタに踊らされているのがそのいい証拠だ。
だからどんなに稲村にその気がなかったと主張しても彼女らなかなか信じてくれないだろう。なんならその気がなかったのならもっと酷いと言われるかもしれない。
楽寺さんと倉高さんは「自分は酷いことをされた被害者」だと、その取り巻きの女子たちは「自分の友達はクズいチャラ男に騙された可哀想な存在」だと妄信し、報復を謀る者も出てくるかもしれない。
「にしてもこのままじゃイナさんますます嫌われちゃうよ……?」
それでも江島は納得がいかないようで、何とか対応策を案ずる。
「ここまで来たら仕方ないんじゃね? なんかもうどうでもいいかなって」
それに対し稲村はどこか投げやりで、自分の非の無さを主張する気さえないらしい。
しかしそれは『いいやつ』が服を着て歩いているようなこの男にはとても似合わない不貞腐れぶりで、何か違和感がある。
「…………」
対して江島は黙っている。表情から察するに今の稲村の態度にあまり好感が持てないのだろう。
江島は優しい。優しいが故に女子二人にも稲村にも、どっちも不幸にならない結末を望んでいるのだろう。
――なんたってこの出来事、悪いことをしている人間は一人もいないのだ。
稲村は前々から友人として楽寺や倉高と仲良くしていただけだし、彼女たち二人は芽生えた恋に一生懸命だっただけ。
それを『すれ違い』という無責任な存在が三人を一遍に不幸にした。
云うなれば悪いのは全て、擬人的に言えば「すれ違いくん」、貴様なのだ。
だがそんな目に見えない存在がこういう事態になったことの責任を取ってくれるわけもなく、三人とも積もらせたヘイトを誰かに押し付けなければ気が済まない状態になってしまった。
そしてその中で槍玉にあげられてしまった稲村がとった行動は意外にも思考の放棄。その態度が江島は気に食わないのだろう。
「イナさん他にもっと考えようよ。平和的解決は無理でも他にもっとマシな方法があるかもしれないじゃん」
それでも江島は稲村を責めたりはせず優しく諭す。彼にとっては稲村がこのまま悪役になってしまうのを看過できないのだろう。せめて非がないことくらい主張するべきだと。
「…………」
悪いが俺は江島のように稲村を説得する気などさらさらない。女子へのフォローなんぞ要らないと思う。
……が、俺もこんな投げやりな稲村にはさっきも言ったが妙に違和感を覚える。
もっとそつなく、スマートな方法で事態の沈静化を図るものだと勝手に思っていた。そんなことを期待してしまうくらい普段こいつは要領がいい。
勉強もスポーツもできてセンスも性格も良い。天は人に二物も三物与えるという良例。それが稲村なのだ。
ん? もしかして……こいつ……。
「いいのいいの! 悪いなエト、お前まで巻き込んで変な気遣わせちまって。ほら、七里みたいに『興味ねー』ってツラしろよ! な!」
稲村はおどけてみせ、俺の顔を指差す。
「俺そんな顔してたかの? 別に興味なくはないぞ」
その発言に彼は「ほんとかよー」と言って笑う――――だが稲村、俺は気付いちまったかもしれん。悪いがちょっとカマかけさせてもらうぜ。
「本当だ。特にお前のヘタクソな嘘には興味津々じゃの」
「……!?」
「え? ななさん、それってどういう……」
二人の表情が歪む。実は俺には今日ずっと思っていたとある憶測があるのだ。
「うーん、なんつーか……お前が彼女と別れてから遊びまくってるってあれ、どうも嘘くせんだよな」
それを単刀直入に言ってやった。
「え!? ななさんそれどゆこと!?」
江島はバカみたいに慌てている。落ち着きなさい。
俺は稲村とは一年の頃からの付き合いだ。たぶん、今一番仲の良い友達は誰かと聞かれたらこいつかなと思う。
だからってこいつの全てを知っているわけじゃないし、そんな大層なことは全く持って思わない。
だが、これだけは言える。
――稲村は、数多の女と遊びまくれるような性格ではない。
別にこれは彼を買いかぶっているとか、信じてあげたいとか、そういう優しい感情からくる見解ではない。単純にそう思うだけ。
もちろん理に適った別の理由もある。
「そもそもな、うちの学校の女子たち、稲村が女と遊んでいる現場目撃するタイミングが良すぎるし、何よりその頻度が多い」
みんな『あの稲村が女遊びをしている』という驚きの出来事に気を取られて、あまりそちらへ意識が向いていない。悪い噂のほうに執着してしまうのは人間の性(さが)だけれども。
「仮に本当に女遊びをしているとしても、お前がそんなヘマをするわけがねぇ。デートならもっと学校の人間が目に付かないところでだってできるはずだろ」
「…………」
稲村は真顔で黙っている。
「あ、別に言いたくなきゃ言わなくていいぞ。俺はそれが不思議だなーと思っただけで」
「なるほどな。やりすぎもよくねーってことか」
食い気味に稲村はゲロった。はえーな。
「結構頑張ったんだけどな。他校の女友達に頼んでも『そういうの良くないと思う』とか言われたりしてあんま協力してくんなかったから、結局姉ちゃんたちにまでお願いしてよ。姉貴と恋人ごっことか、割と拷問だぜ?」
稲村は諦めたように笑う。うちの学校の女子が目撃したのは稲村とその遊び相手ではなく、女友達や稲村のお姉さんたちだったらしい。
「ちょ、ちょっと待って! 何でイナさんそんなことしたの!?」
江島の言うとおり、なぜ稲村はこんな手を込んだことをして俺たちまで騙そうとしたのか。
「いやね、解決策を色々思案してみたんだけど、結局これが一番いいのかなって」
彼の考えはこうだった。
稲村は楽寺さんと倉高さんにはまったく恋愛的な感情を抱いておらず、どちらととも付き合う気はなかった。
しかし、いずれ二人に付き合う気がないことが伝わったとしても、それで彼女たちが自分への想いを断ち切れるのだろうか。自分にはいま彼女がいるわけでも特定の想い人がいるわけでもないのだから素直に諦めなてくれないのではないか、と。
なぜそう思うのかというと楽寺さんは稲村に彼女がいる時からずっと諦めずに稲村を思い続けていた。
そして倉高さんも同様に一年の時に好意を寄せてきていて、それに何となく気付きながらもそれをやんわりとかわしてきていた。二年になる前にはさすがに彼女もそれに気付いて諦めてくれたはずだったが、今回の件でそうではなかったことを思い知った。
だからどうしても思ってしまう――――また同じ手を打っても所詮はいたちごっこだと。
これでは事が完全には落着しない。それどころか彼女ら二人の関係はどんどん泥沼化する。
それは嫌だ。自分が原因で揉めてほしくなどない……では、どうする。
だがこうなった以上、誰も傷つかないという未来はありえないと気付く。
――だったらその傷、できるだけ自分が背負おう。
そう決めた稲村は彼女たちが諦めがつくよう「稲村は遊び人で、二人には思わせぶりなことをしていただけ」と思われるよう計らった。
そうすれば彼女らも自分に愛想を尽かし、嫌われ、完全に諦めがつくだろうと。
これでも二人を傷つけてはしまうことには変わりないが、二人のヘイトのほとんどが自分に来ることによって二人はこれ以上揉めなくて済む。そう考えた。
つまりはこのラブコメ主人公稲村は自分自身を生贄に捧げ、ダブルヒロインである楽寺さんと倉高さんが負う傷を最小限にとどめたのだ。
そして自分の自己犠牲を知る者は誰一人としていてはいけない。話してしまっては何かをきっかけに真実が広まってしまう可能性もある。
なにより、それを人に話すということは、可哀想な自分を慰めろと言っているようで嫌だった。……とのこと。
「イナさん、何でそんなこと……でもかっけぇよ。すごいよそれ」
江島は呆れつつも感心しているといった様子。
なるほど。うまいな、と俺も思う。
――共通の敵の出現により、人は団結する。
人の悪口で話が盛り上がったりするアレとか、まさにこれだ。
特に人間関係において〝共感〟に重きを置く女子にこいつは効果的だ。楽寺さんと倉高さんはまずこれ以上揉めることはなくなるだろう。もしかしたらこれを機に二人は共感し合って仲良くなるかもしれない。
その敵役を自ら買って出るとは。これこそまさに『男が自分を犠牲にしてまでも女を守る』という構図。
なんというイケメン、紛うことなき男前――――だが、俺はそうは思わんの。
「のぉ江島。『男が自分を犠牲にしてまでも女を守る』ようなことって、そんなに良いことなのか?」
「……え?」
江島は何を言っているんだというような顔で俺を見る。
「どうも俺にはそれが『女にとって都合のいい男に成り下がってる』だけにしか見えない」
世間じゃ『男は女に優しくするのが当たり前』みたいになっているからこの稲村の行動はイケメンのそれに見えるのだろうが、そんな常識を持ち合わせていないミソジニストという人種にとっちゃこんなもん女にナメられ、調子づかせるだけの愚かな行為でしかない。
「確かにそれが好きな女の為、ってならまだ分かる。けど好きでもない女のために何でそこまでするんじゃ?」
稲村が二人にこんなに気を遣う意味が、自分を犠牲にしてまでそれをする理由が、俺には分からない。
「そんな風に二人に嫌われてもいい覚悟があるなら、そんな意味わかんねぇ猿芝居なんかせずに最初から放っときゃいいだろ。今後二人がどうなろうが知ったことか。何で勝手に好きになられて勝手に迷惑かけられたお前が尻拭いをせにゃいかん」
すると稲村はふぅと一息ついてから口を開いた。
「七里、お前の言うことは確かに正論かもしれない」
そう、俺の言っていることは論理的には間違ってもいないはずだ。これが一番合理的だし、稲村は何も悪いことをしていないのだから彼女らを庇う必要などないだろう?
すると、彼は落ち着いた様子で話を続ける。
「けどな、人間には〝感情〟っていう厄介なもんがあって、そのせいでいつも正論通りに事を済ますのが必ずしも良いとは限らなくなってんだ」
……感情。彼は俺のやり方にはそれが考慮されていないと言いたいのだろうか。
つまり、俺が言ったのは〝人の気持ちを
「――そういうのをな、〝極論〟って言うんだ」
彼の言う通り、俺が言っていることが『世間的には』正しくないのだろう。正直その自覚はある。
誰も彼もが俺のように女に対して横暴に振舞えるわけではないし、そうなれない事情もある。
俺の理論は極論、ね。うまく言ったものだ。
……だが、俺はそんな『世間の常識』には従わない。あれに準じてしまうと、俺たち男は恋愛や人間関係において女に敗北するように世の中はできている。
「それに俺は単純にあの二人がこれ以上仲悪くなる方が嫌なんだ。たとえ俺が二人から嫌われてもな。なんなら俺を嫌うのをきっかけに仲良くなってくれたらいいなと思うよ」
稲村は言う。いかにもイケメンらしい、優しい言葉。
……くっせ。マジくっせーわ。
そういうのだよ。そういう『女の子には優しくするべき』っていう『世間の常識』が女を調子に乗らせる。
――女は男に優しくねぇのに、何で男は女に優しくしなきゃいけねぇんだ。
「はっ。かっこつけやがって。自己犠牲でも気取ってんのか? 言っとくが『自己犠牲』なんてもんはな、所詮『自己満足』でしかねぇんだよ。そうやって二人を救った気になっている自分に酔っているだけだ」
そう、その結果女は調子に乗り、男は立場を失う。さらに最悪なことにその立場を失った男も、自分が悲劇のヒーローになったと自分に酔いしれる始末。
そんなんだから、男は女にナメらっぱなしなんだ。
煽るような俺の言い分に稲村は暫し黙っていたが、力を抜くようにふっ、と笑った。
「いいじゃねーか。俺はこれから二人の人間に嫌われるんだ。自分にくらい酔わせろよ」
……言うねぇ。こいつのこういうところ、嫌いじゃねぇ。
ここは普通、「そんなことはない。自分になんか酔っていない」と言う者が多いだろう。しかし稲村は違う。そして、
「――七里。俺にも《・》な、譲れないものくらい、あるんだ」
……ちっ、それ言われると返しようがねぇな。
なぜなら――――俺もそうだから。しっかり話したことなどないが、こいつはそれにどこか気付いているっぽい。なんとまぁ察しのいいことで。
「……あいよ、悪かった。これ以上はもう言わん。お前はお前の道を行け」
ミソジニストってのはどうも男が女に
「しっかしお前、ただでさえモテるくせにこれ以上格好つけてどうすんだよ。何を目指してんだよ」
冗談交じりにそんなことを言うと、稲村は呆けた顔でこう返してきた。
「何言ってんだ。男なんて格好つけてナンボの生き物だろ」
……面白いことを云う。俺的にそれを云うなら「男ってのは格好悪いのが大嫌いな生き物」だ。
だからいちいち意地張って格好つけてしまう。俺だってミソジニストな自分にそういった部分がないと言ったら嘘になる。
結局、稲村も所詮は人の子で、ただの男だ。
要領が良く、何事もスマートにこなすように見えて、実は裏ではバカみたいに意地っ張りな男でしかないのかもしれない。
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