-第19訓- 女子同士はいつも向かい合わせ

 後日、俺と江島は由比さんたちに「稲村の気持ちはわからなかったけど、今は恋愛したい気分ではなさそう」と茶を濁した回答を伝えた。

 それに彼女らが納得したとは思えないが、これ以上は俺たちの出る幕ではないし、首を突っ込む権利はない。

 それから一、二週間ほど経ったあたりだろうか、今日も眠たい目を擦りながら昇降口から自分の教室に向かっていると、F組の前で甲高い声が俺の右耳を襲った。


「それって遊ばれてたってこと!?」


「ありえなくない!?」


「あいつ、そんな奴だったの!?」


 なにやらF組の女子連中が騒ぎ立てているようだ。

 ちっ、朝からうっせぇな死ねよブスども……と思いながらチラッと通り過ぎざまにF組の中を覗くと、


「!?」


 女子が泣いていた。友達に囲まれて。

 その子のセミロングの黒髪が俯いている顔を隠してしまっていたが、雰囲気と周りの様子から察するにあれはおそらく泣いていた。

 ただ確実に言えるのはその泣いていると思われる女子というのが――――倉高さんだったことだ。

 前述したが一年の時同じクラスだったから顔は見えずとも容姿を見ればわかる。

 一瞬だったから事態を把握するのは困難だったが、おそらく稲村、しいては楽寺さん関係でのことだろう。楽寺さんと倉高さんが正面衝突でもしたのだろうか。

 ……ま、どーでもいいや。内輪で勝手にやってろ。かろうじて心配なのは稲村くらいだし。

 ミソジニストな俺はそう最低に嘲笑いながら廊下を進み、我がクラスに入ると、


「それって遊ばれてたってこと!?」


「ありえなくない!?」


「あいつ、そんな奴だったの!?」


 ……なにこれコピペ?

 B組でも大勢の女子が一点に群がり、似たような事態になっていた。

 女三人寄れば姦しいとは言うが、今や三人どころではなかった。ほんと姦しいな。うるさい。早く死なないかな。


「おい、なんだよあれ?」


 さすがの俺もスルーできず、先に教室へ来ていた江島の席に赴いた。


「なんかさぁ……イナさん、最近めっちゃ遊んでるらしい」


 ……は?


「ちょ、ちょっと待て。話が見えない」


「あ、ごめん。えっとね……」


 江島の話によると、稲村は例の彼女と別れたのを皮切りに、うちの学校の連中は見知らぬ複数の女子と遊んでいたらしい。

 なぜそれが露見したのかというと、最近駅前の繁華街で数々の女日替わりで仲良さそうに買い物していたり、ご飯してたり、カフェで駄弁っている様子を、放課後遊んでいた女子たちや部活帰りの女子たちが次々と目撃しているとのこと。

 ――そして、昨日ついに稲村が女と腕を組んで歩いているのを見た人たちがいるらしい。

 それは女子特有の情報網によって瞬く間に学年中の男女に知れ渡ったとのこと……え? 俺には伝わってないんですけど? 一応この学校の生徒なんですけど? 稲村と結構仲良い方なんですけど? 僕も仲間に入れてください。いや、別にいいや。

 ともかく、いままでは稲村が女と買い物やご飯、お茶くらいならまだただの友達同士ということにできたが、昨日のそれによって稲村は完全に黒だと判明し、倉高さんと楽寺さんはそれを知って泣いてしまったとのこと。


「ふーん。でもそんなの、稲村の勝手じゃね?」


 あいつは彼女に振られた上でフリーなわけだし、稲村は今後どう異性交遊しようが自由だ。俺の地元にもいるぜ? 特定の彼女は作らず色んな女と遊びまくってる男が。

 そもそも、恋愛の価値観なんて人それぞれだ。

 江島のようにちゃんと誠実に彼女を作って恋愛をしている人間もいれば、俺のように彼女を作る気がない人間もいる。そして俺の地元のツレのように特定の彼女は作らず遊びまくる人間もいるし、稲村のように失恋を皮切りに恋愛の仕方を変える人間だっている。

 それらに対して、他人が文句を言う資格などない。唯一それを言えるのは、稲村の恋人になった人間だけだ。


「そうかもしれないけど……女子的にはそうじゃないじゃん?」


「……めんどくせぇな」


 そう、あいつら女は他人の恋愛の仕方にいちいち物申してくる。現に俺も物申されたうちの一人だ。

 だから稲村がそういった恋愛をしていることを彼女らは許さないだろう。何の権限もないのに。


「大丈夫かなぁイナさん。株の落ち方が尋常じゃないよ」


 確かに、クラスどころか学年中を見渡してもみんな稲村の話をしている様子。

 彼は知名度の高い生徒ゆえ、この騒動は和田塚くんの時とは比べ物にならない規模だ。


「……でもなぁ、俺ちょっとイナさんがチャラくなったってのはショックかも」


 意外にも江島は稲村に対して否定的な意見を述べた。


「あらそう? 確かにイメージは良くないけどよ、俺は別にそれであいつへの評価変わったりはしないな」


 それは俺がミソジニストだからかもしれない。女に対してクズい男というのはむしろ親近感が湧いてしまうというかなんというか……なかなかどうして嫌いじゃないぞ!


「いやいやそういう意味じゃなくて。イナさんってこういうことするキャラなんだー的な。俺の彼女もそんなこと言ってたからってのもあるかも」


「ああ、あのソクバッキーな彼女ね」


 確かD組の石……石……石なんとかさん。名前わかんないけど、そういうイメージ。

 いるよなぁ、異様に束縛強い女。俺無理だわそういう子。なんならどういう子でも無理だけど。ほんとよくそんなんと付き合えるな江島さんよ。 ……とは思いつつ言わないが。


「ソクバッキーって。でも別にそこまで嫌じゃないけどね束縛されるのは。嫉妬もわがままも可愛いじゃん?」


 江島はのろ気話をするかのようにはにかむ。へ、へー……。

 俺だったらそんなの辛すぎウザすぎ気持ち悪すぎのスリーヒットコンボで死ぬ。俺には到底理解できない領域だ。何で女なんぞに自由を奪われなくちゃいけねぇんだ。


「そんなことよりイナさん、俺たちにくらい遊んでること教えてくれても良かったのにね」


 確かにそんな素振りは全然見せてなかったしな。隠してたのか? まぁどちらにせよ、


「別にいいだろ。教えなきゃいけない決まりなんかないし、誰にだって一つや二つおおやけにしたくないことくらいあるもんだ」


 実際、俺だって女嫌いなことを稲村や江島、長谷に明言してはいない。

 確かにふとこぼれてしまうことはあるし別に隠しているつもりもないけれど、わざわざ喧伝するようなことではないと思ってるし、変に気を遣われても困る。


「ま、そうだよね。俺も色々あるよー、ほんと色々」


「そりゃ意外だな。江島は悩み事とかないと思ってたわ」


「ひっでー」


 女は他人に干渉するのが大好きで「友達なんだから隠し事はなしだよー」などと言うが、男は違う。

 自分の全てをさらけ出さなきゃ、相手を深く知らなきゃ友達じゃないなんて愚かな考えは持ち合わせていない。

 そんなことをしなくても互いに信頼関係を築くことができる――――それが男っつうもんだ。

 この感覚がわからない女子はそのへんの男子を捕まえてこう質問してみるといい。


 ――仲のいい友達の誕生日とか血液型とか地元とか知ってる? と。


 その答えはずばり、「そういえば知らない」、「前に聞いた気がするけど忘れた」、「そんなんいちいち覚えてねーよ」……などなど、要は「わからない」という答えが多いはずだ。

 女子にこれを言うと「えー!? 信じらんない! それでも友達なの!?」と驚かれるらしいのだが、男同士はいくら仲が良くても相手のパーソナルな部分を意外と把握してはいないことが多い。

 なぜならそんな情報、男の世界ではほとんど必要としないからだ。

 誕生日は「今日俺のバースデーだから何かくれよ」とネタにするくらいだし、血液型なんて「お前絶対B型だろー」とからかう時くらいしか使わないし、地元や出身校なんてどこでもいい。

 

 ――〝女の友情は向かい合わせ、男の友情は背中合わせ〟なんて言葉がある。


 今回の出来事で例に挙げれば、楽寺さんや倉高さんの周りの女子たちは彼女らが何も訴えずとも次々と手を差し伸べ、助け慰めようとした。それはまるで真正面から温かく抱擁するかのように――――これが女の友情のかたちなのだろう。

 対して俺たち男は今後も稲村の心配はしても、下手に手を差し伸べるようなことはしないだろう。なぜなら稲村も一端の男、手前のケツくらい手前で拭くはずだと男の俺たちは考えるからだ。ただ、どうしても困った時に預けられる背中くらいは用意してやる――――これこそ、男の友情のかたち。

 女子は親身に寄り添うのに対し、男子は距離を保ち見守る、という感じだろうか。

 すると、ガラッというドアを開ける音とともに今、時の人である稲村が教室に入ってきた。

 刹那、凍る、空気。そしてそれを誤魔化すかのように、すぐ弛緩。

 何か前にも似たようなことあったような……。

 すると稲村が顔中に汗を垂らしながらポケットに突っ込んだまま両肩を上げ、腕をピンと張りながらアホっぽい早歩きでこちらに直進してきた。


「イナさんおはよ」


「オハヨ。マジコワカッタ……」


「よぉ稲村、一瞬時間が止まったの」


「オ、オウ……ジョシノメセンマジイタイ……」


 稲村はギャグみたいに震えていた。どうやら例の情報は張本人である稲村まで伝わっているようだ。

 しかし分かるぞ、今のお前の気持ち。俺も一か月くらい前女子によるあの針のむしろを味わったから。

 チラッと鵠沼軍団に目をやると、やはりゴミを見るような目つきでこっちを見ていた。あらやだ怖い。

 その時偶然由比さんと目が合ったが、なぜか「ははは……」と気まずそうに微笑まれてしまった。いや微笑まれても困るんだけど。


「イナさんその……最近の素行、噂になって……るよ?」


 江島はこの事態について確認するかのように、訊いた。

 稲村は「ああ」とブランドものの腕時計を付けた左腕で頭をごしごしと掻きしだく。ああ、そういや前に姉ちゃんの彼氏に貰ったとか言ってたな。いいなぁ、俺も新しい時計欲しい。

 そんなどうでもいいことを思っていると、江島がまた口を開いた。


「複数の女の子と遊んでるの、見た人の勘違いじゃなくて? マジ?」


「……勘違い、じゃない」


 おお、マジか。女子が作り上げた勝手な被害妄想じゃないの? とも思っていたが。


「そっか。あんまり口出ししたくないんだけどさ、正直イナさんこのままじゃヤバいよね?」


 江島は気まずげに聞く。

 女子から見る分には今回の件、『稲村は楽寺、倉高という二人の健気な女の子の純情を裏切り、彼女と別れたのをいいことに遊びまくっている』って感じなのだろう。


「まぁ……な」


 なにやら思わせぶりに溜息をつく。

 そして少し間を空けてから俺らにこう提案をしてきた。


「今日の二限目の美術、サボらね? ここじゃさすがに話し辛いし」


 ……仕方ねぇな、俺の背中でよければ貸してやんよ。

 男の良いところはこういう頼みごとをしっかり口に出して言うところだ。

 女はこういう場合、思わせぶりな態度をして「どうしたの? 大丈夫?」と聞かれるのを待つやつが多すぎる。いわゆる『かまってちゃん』という人種だ。

 ……ま、男でもたまにいるけどな、こういう女みてぇなことするやつが。

 だからそういうやつのことを文字通り『女々しい男』と云うのだろう。

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