-第18訓- 女子の友情はハムより薄い

 江島は昼休み、早速稲村に仕掛けた。


 いつもは教室で弁当をつついているが今日は中庭で食おうと提案。

 それに何の意図も見出していない稲村は「たまにはそういうのもいいかー」とかのん気なことを言って了承した。


「あれ? そういや今日長谷は?」


 教室を出たところで俺はいつもの騒がしさががないと感じ、二人に尋ねた。


「長谷ちんならコンビニ行ったよ」


「今日昼飯買い忘れたんだと」


 江島と稲村が順に答える。


「は? 購買で買えよ。何でわざわざコンビニに……」


 そもそも校則違反だろそれ。


「購買飽きたらしいよ。長谷ちんいつも買い弁だから。俺、いつも弁当だから買い弁の人羨ましいけどねー」


「わかるわー。うちの母ちゃん冷凍食品多様しすぎなんだよ。肉入れろ肉!」


 二人とも自分の弁当に文句をつける。まぁその気持ちはわからんでもない。


「うちのこーこちゃんは冷凍食品使わないんだけど、そのせいでおかずの種類が少ないんだよなぁ。ご飯と炒め物のみ、なんてのザラ」


 彼らと同じく何の気なしに自分の弁当への文句をつけると、なぜか二人は「……え?」と怪訝そうな顔をする。


「……何だよ?」


 冷凍食品使わないってそんなに不思議なことなのか?


「いや、こーこちゃんって誰? 妹? 妹に弁当作ってもらってんの?」


「いや彼女でしょ! ななさん彼女できたんだ! へー!」


 何言ってんだこいつら。俺には妹なんていないし彼女なんぞ作る気すらない。

 俺のようなミソジニストは女と親交など持たない。

 が、親しくする女性が一人だけ存在する。それは――――、


「母親だよ。七里紅ななさと こうだからこーこちゃん」


 学生時代のあだ名が『こうこう』でそれが『こーこー』→『こーこちゃん』になった感じだろ。知らんけど。

 すると二人は一瞬黙ったが、途端に噴出した。


「母ちゃんかよ!? こーこちゃんて! ちゃんて! あの七里が……だはははは!」


「あはははは! ななさん自分のお母さんのこと名前にちゃん付けで呼んでんの!? 面白ぉー!」


 ……そ、そんなに変か? いるだろそういうやつ。え? いない?

 まぁ確かにこーこちゃんは俺がこの世で唯一親交を持つ女性であるとともに、下の名前やちゃん付けをする女ではあるな。

 だが感覚的に言えば息子にとって自分の母親ってのは〝女〟ではない。母ちゃんの性別は『母ちゃん』だ。男か女かで言ったらむしろ男に近い存在と言っていい。


「いやいるだろ母親のこと名前呼びする息子は。俺からしたら『お母さん』とか呼ぶ方が恥ずかしいわ」


「いやでも『ちゃん』はナイわ『ちゃん』は!」


 稲村は再び「腹いてー」と爆笑する。笑いすぎだろ。


「そりゃあだ名みてぇなもんだろ。『クレヨンしんちゃん』を『クレヨンしん』とは呼ばんだろ」


「何だその謎理論! 思い出したけどお前、前に遊び誘った時『親と出かけるから無理』って断ってきたこと何度かあったよな? どんな理由だよとか思ったけど、まさかそれ母親と二人で出かけたりしてないよな?」


「……そうだけど、何よ? 普通だろ」


 するとあんだけ止まらなかった笑いがピタリと止んだ。え? 何?


「マジ? そうか……お前アレか。そうか。なんかごめんな?」


 あ? 何? 何で急に謝ってんのこいつ。アレって何だよアレって。あと微妙にバカにしてる顔してる気がする。

 そんなこんなで中庭に到着。ダイヤモンド型に広がった芝生。その先にタイルが床に敷き詰められたステージ大の東屋がある。


「七里の『母親こーこちゃん呼び』は今世紀最大の発見だわー。もっと早く教えてくれよー。俺ら入学当初からの付き合いだろー?」


 うるせーな。そんな面白いか? 地元のツレには別に笑われないんだけどな。子供の頃からそうだし、あいつらもそう呼んでるし。


「ねー、ってかイナさんってさ……」


 三人で円になって芝生に腰を下ろすと江島は行動に移した。早っ。早速いくんだ。


「ん? なに?」


 行動に移したはいいものの何から言っていいのかわからず、俺に助け舟を寄こせと言う目を向けてきた。あ、バカ。


「……? なになに? どした?」


 早速稲村にこの奇異な空気を読み取られる。ほれみろこうなった。

 ……しゃーない。


「うちのクラスの楽寺さんとF組の倉高さんがお前のこと好きなんだってよ。んで結構揉めてるらしいぞ、その二人」


「ちょっ! ななさん!?」


 いきなり由比さんとの約束を違える俺に江島は動揺する。うるせー。


「いいよもう。こんなのどうせいつかバレるんだから」


 腰越さん、悪いが俺は別に口堅くないぞ。


「えぇ、でも、えぇ……」


 江島は俺の行動が信じられないらしい。お前いい子ちゃんすぎ。


「ちょっと待て。冗談……だよな?」


 稲村は一変、顔色を悪くしていた。さっきまでバクバク食っていた弁当にも箸を置いてしまうくらいに。


「マジだよ。そんで由比さんと腰越さんに稲村はどう思ってんのか訊いてくれって頼まれたんだわ。」


 これ以上ないくらいに俺は洗いざらいさらけ出す。

 由比さんよ、ミソジニストの俺に頼み込んだのが間違いだったな。俺は平気でこういうことをする男なのだ。女との約束なんぞいちいち守らねぇんだよ。


「はわわ……ななさん、はわわ……」


 おい、稲村はともかく、何で江島まで顔青くしてんだ。これくらい平気だっつうの。


「マジ、なのか……。そうか、そうかぁ~……はぁ」


 もう完全に食う気力を無くしたのか、半分くらい残っている弁当に蓋をする稲村。


「何だその反応。もしかして二人の好意には気付いてたのか?」


 俺が聞くと稲村はコクッと小さく頷いた。


「薄々そうなのかな? って。つっても確信があったわけじゃないぜ。どうせ自意識過剰な俺の勘違いだろうってどうにか思ってきたんだけど、やっぱそうなのか……」


 そう言いながら俯く稲村だったが、急にのけぞって天を仰ぐ。


「はぁ~あ! 倉高は一年の時に諦めてくれてたと思ってたのになぁ」


 マジかよー……、と稲村は額に手を当てて唸る。

 なんとなく、和田塚くんと逆のパターンだなと思った。

 和田塚くんは由比さんが自分のことを好きなんだと勘違いした反面、稲村は楽寺さんと倉高さんが自分のことなんか好きなわけがないと思い込もうとしていた。なんとも皮肉だ。


「はっ、モテる男は違うな。余裕じゃねぇか」


 そんな彼の様子を見てついからかってしまったが――――言った瞬間後悔した。


「……そう、見えるか?」


 そう言った稲村の横顔は全く笑っていなかったのだ。思わず生唾を飲み込んでしまう。

 だが稲村はそんな自分を誤魔化すように、すぐにこっちに向かってニカッと微笑んだ。


「いやね、楽寺も倉高もマジでいい子だと思うよ。でも何で俺なのかなー。あいつらにいい男ができたら全力でからかって、全力で祝ってやろうと思ってたのに」


 手に取るようにわかる空元気に俺らはどういう反応をしていいのかわからなかった。

 しかし好意を寄せられていたと勘違いした和田塚くんも、好意を寄せられてなどいないと思い込もうとしていた稲村も等しく不幸にしてしまうなんて、恋愛とは何て厄介なものなのだろうか。


「気持ちは素直に嬉しいよ。でも、何で俺なのかねぇ……」


 嬉しい、ね……。

 俺は稲村のように数多の女子から好意を持たれた経験がないからわからないけれど、モテる奴にはモテるやつなりの悩みがあるのだろう。

 ……いや、あるか。つい一ヵ月前、女子に好意を持たれたことは。

 当時は過去のアレがフラッシュバックしてミソジニーが発動していたから嬉しいとか思う余地は微塵もなかったけれど、稲村と同じく「何で俺なんだ?」とは思ったかな。


「で、俺はどうすりゃいいの? どっちか選べってか?」


 稲村は聞いてくる。しかし、俺も江島もその答えを持ち合わせてはいなかった。


「……はぁ。二人の女子に好意を寄せられて『どっちか選べ』なんてそんな残酷なこと、できるわけねーだろ。なぁ?」


 ラブコメや少女漫画ではよくある複数の異性に好意を寄せられるという羨ましく見えるシチュエーションは、現実に置き換えると一変して残酷極まりないものとなる。何か皮肉だな。


「でもどうするの? このままってわけにはいかなくない?」


 神妙な面持ちで江島が言う。

 すると稲村はゆっくりと顔を上げ、溜息をついた。


「……ほんとこういうのってどうしようもねーよなぁ。そもそもまだ告白をされたわけじゃないから断りに行くわけにもいかないし」 


 そうだ、稲村は『いいやつ』だった。

 自分が救われることよりも、女子たちが険悪なままになってしまうことに気を遣ってしまう。

 俺みたいに女子をゴミ扱いできれば楽だったろうに、彼にはそれができないのだ。

 でもそういう奴だからこそ俺も今までこいつと付き合ってきたし、何よりそういう誠実な人間だからこいつは男女ともに人気があるのだろう。


「……はぁ。わり、ちょっと独りで考えるわ」


 そんな彼は今もこうして本気になって顔を青くし、真剣に悩み抜いている。


「わかった。俺らは別に答えを急いでるわけじゃのぉから、ゆっくり考えてみたらええわ。じゃ、俺ら外すわ」


 その場を立とうとする稲村をの肩を抑え、代わりに俺が立ち上がる。


「え、いいよ。俺がどっか行くから」


「ええて。お前、女子だけじゃ飽き足らず、俺らにまで遠慮すんのか?」


 冗談交じりにそう言うと、稲村は苦笑いを浮かべ、


「……ああ、さんきゅ」


 と、身を引いた。

 それでも稲村の表情は完全には晴れない。よく云う『モテる男は辛い』ってのはこういうことなのだろうか。

 しかもこれは他人から見たら『ただのハーレム状態』だから同情してくれる奴も少ない。そう思うと結構可哀想だ。

 しかし、男が理想とするハーレムというのは『ハーレム要員の女同士がみんななぜか仲良し』という有り得ないファンタジー要素があって初めて成り立つものなのだ。

 同じ男を好きな女同士が仲が良いなんてことは現実の女の特性上、百パーセント有り得ない。むしろめちゃくちゃ仲が悪いに決まっている。

 故に、現実では〝男の理想とするハーレム〟を形成することは絶対に不可能なのである。

 ……夢、叶えてなかったな。さっきは叶ってんじゃんとか思ってすまんの。


「んじゃ江島、行こうぜ」


「え……あ、うん」


 中庭を後にする俺たち。弁当は教室で食うか。

 ふと稲村のほうを振り向くと彼は溜息もつかず視線も真っ直ぐ向けたまま、真面目くさった表情で思案していた。

 おお、その顔なかなかに男前だぞ。がんばれよ。


「ねぇ、ななさん」


「ん?」


 その帰り道、江島が俺に声を掛けてきた。


「中学ん時にさ、今回と男女逆のパターンで俺の男友達二人が同じ女子を好きになったことがあるんだよね。そんでその男友達二人も互いの想いをお互いに知っちゃって……その後、その二人はどうしたと思う?」


 ほう。俺は周りでそんな経験ないが、どこかにはあるだろうな、そういう話も。


「……さぁな。でも、その二人は友達同士なんだろ? だったら……」


 そのシチュエーションで男同士ならば、そう、


「――諦めたんじゃね? 二人とも」


 これだろう。普通は。


「そう、あっさり身引いてたよ。しかもお互いに」


 男ってのは大抵そうだ。友達を蹴落としてまで恋愛を成就させようとはなかなか思わない。

 確かに恋敵が大して親交のない他人が相手なら別だけれど、友達だったらまず有り得ないと思う。まぁたまに例外もいるけど。

 だけど、女は違う。

 楽寺さんと倉高さんが友達同士なのかどうかは知らないが、女は好きな男の取り合いになった場合、男と比べると自ら身を引くことは少ない。確実に、女は男より恋愛に執着する傾向にあるからだ。


 ――〝女の友情はハムより薄い〟。


 そう云われてしまうのは、男が絡むと簡単にそれが崩れるからこその言葉。

 俺の経験上、女が男の取り合いをするってのは現実でもたまに聞く話だが、男が女の取り合いをするってのはドラマや映画など架空の世界でしか拝んだことがない。この間読まされた少女漫画でもそんな展開をよく見た。


「……ほんと、そこまでして男が欲しいんかの」


 楽寺さんと倉高さんの関係は、少なくとも同じ学校、学年の生徒同士。

 どっちかが稲村と付き合ったとしたら、それを残った方に毎日見せ付けることになる。

 確かに稲村はいいやつで、何に関しても優秀で、なにより一緒にいる相手を退屈させない、すごくいい男なのは分かる。

 分かるけれども、同じ生活圏にいる恋敵と揉めた末に稲村を手にしたとして、彼と付き合った方の女子は本当に――――幸せに、なれるのだろうか。なれたのだとしても、そんな幸せに意味などあるのだろうか。


 ……はっ、ダメだ。俺にはその価値が全く持って見い出せない。

 俺には一生理解のできない、女特有の価値観だ。

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