-第17訓- 女子はわざわざ愛を確認したがる

 やべ、立てない……。


 五時限目の授業が終わり、休み時間。

 どうも集中できず、ボケッとして授業を聞いてたのだが、いざ授業が終わっても俺は席を立てなかった。

 それはなぜか――――たっているからだ。

 いや、俺は何を言っているのだろう。たっているから立てないとはこれ如何に。

 正確に言えば――――勃っているから、立てない。

 そう、これは思春期の男子ならば何度か対峙するととなる困難、『別にエロいこと考えてたわけじゃないのに、授業終わりになぜか勃っている』である。

 これがジーパンやカーゴパンツならまだ誤魔化せるのだが、制服のズボンというこのはズボンの中でもトップクラスでそれが目立ってしまう。

 故に――――勃っているから、立てない。

 ……ごめん。もはやこれが言いたいだけ。

 ともあれ、俺のこの伝説と名高い名刀エクスカリバーが鞘に収まるまで、座っているしか術はない。

 ――しかし、そんな男の戦いに、女というものはお節介にも割り込んでくるのであった。


「七里くーん。ちょっといいかな?」


 精神を落ち着かせていたところに、ひょこっと由比さんが話しかけてきた。


「な、何……」


 ちょっといいかだと? よくないに決まっている。こんなタイミングで七里更生プログラムはやめてくれ。

 時は七月目前、制服の衣替えなど一ヶ月前に済んでいた。

 当時はまだ肌寒い日もあったためにみんなすぐには夏服に切り替わらなかったが、最近ではカーディガンどころかベストを着ている生徒もほとんどいない。

 うちの学校は指定のワイシャツやブラウスなど存在しないが、カラーシャツは禁止。まぁ禁止と言ってもそこまで厳重ではないので、たまに着てくるやつはいるが完全に浮くのですぐやめる。ポロシャツを着てくる生徒もいるがみんな白。

 そしてここにいる由比さくらも今日は白のブラウスを身に着けている。女子特有の七部丈のやつ。

 つまり何が言いたいかと言うと、女子、制服、夏、ブラウス……そこから導かれる答えは自ずと見えてくる。


 そう、これは男子高校生の夏の風物詩――――〝透けブラ〟である。


 それが今、間近に……。

 先述の通り、こちとら七里藩で製造されたアームストロング砲が第一種戦闘配置についている。……あ、エクスカリバーだったっけ? まぁいいや。

 正直、透けブラは俺の趣味ではないのだが、ここまで近いとさすがに意識してしまう。クソッ……さっきまでは本当に別にエロいこと考えていたわけではなかったのにそれが嘘になってしまう……ちなみに由比さん今日はおピンク。


「ま、漫画ならまだ読んでる途中だから。だから今日はちょっと……」


 今回の七里更生プログラムは前に出されたお題、『少女漫画を読んで女心を知れ』の経過報告を求められるのだろうとはわかっていたので、さっさと報告を済まし、彼女の退散を促した。


「ん? あー! 少女漫画ね! どうだった? 女心学べた?」


 ……え? それが聞きたかったんじゃないの?


「いやだからまだ読んでる途中で……」


「ちゃんと読んでる? つまらないからって読んでないとかないよね?」


 俺の返事を待たずして訊いてくる。何で悪いことしてるの隠しているのを先生に疑われるみたいな気分にならないかん……。


「別につまらなくはないぞ。結構読めるしの」


 勃起は収まらないが、とりあえず落ち着いて返事をしよう。


「へー! 意外! 絶対七里くん挫折すると思ったのに!」


 絶対挫折すると思ってたことをやらすな。


「かといって面白いかと言われるとそうでもない。全部似たようなストーリーだしよ」


「えー? 結局どっちー? ……ってか今日はそんなことどうでもよくて」


 どうでもいいのかよ。じゃあさっさと打ち切ってくれよ七里更生プログラム。


「イナっちが彼女と別れたって……ホント?」


 さっきとは打って変わり、由比さんは神妙な眼差しで尋ねてきた。


「……さぁ、知らんの」


 俺は彼女から視線を外しつつそう告げた。

 言ってしまえば俺はいま嘘をついた。別に稲村に口止めされているわけじゃないが、真実を告げなければならない義務もないだろう。

 

「えー? 嘘でしょそれ。七里くん絶対知ってるもん」


 バレた。なぜ。英語で言うとホワイ。

 するとそれを察するかのように由比さんは言う。


「いま目ー逸らしたし。それに七里くんイナっちと仲良しじゃん」


 いや、いま目を逸らしたのはあなたがエロいからであって……ってか、


「その理論よく分かんねんだけど。仲良いからって必ず知ってるとは限らなくね?」


「え? 限るよ。仲良い子にはすぐにでもそういうお話するでしょ普通」


 そりゃ女の世界での〝普通〟だ。男はそうとは限らん。


「っていうか今ので嘘って分かっちゃった。あはっ」


 彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべる。しまった。誘導された。いや俺が自滅しただけか。


「あ、コシゴエちょっとこっちこっち。……イナっちね、やっぱ別れてるみたい」


 由比さんは丁度俺らの近くを通りかかった腰越さんに小声で声をかけた。

 彼女は由比さんと同じく鵠沼軍団の一人、桃色がかった茶髪を巻き巻きにしている、長いつけまとアイラインで誇張された瞳が印象的なギャルだ。うわ、今日この子のブラ、豹柄だよ。ナイわー。


「だっしょ? 本人から聞いたもん」


「だよねー」


 は!? 知ってたのかよ!? じゃあ何で由比さん俺にわざわざ聞いた!?

 ……と一瞬思ったけど、これアレだわ。


 女の特性の一つ――――〝分かりきっていることを何度も確認したがる〟。


 この手の特性で一般的に一番みんなが身に覚えのある例はおそらく『女は彼氏から〝好きだ〟とか〝いつもありがとう〟とか〝お前のこと愛してる〟とかいう言葉を聞きたがり、それによって愛を確認したがる』だろう。

 女というのは彼氏からのそういう言葉が大好きなようで、逆にそういった愛情表現をしないと「本当に私のこと好きなの?」と不安になるらしい。

 男からしたら「好きじゃなかったら付き合ってないだろ」というのが本音だが、それを言うと女は「女心がわかってない」「そういう問題じゃない」「バカ」「ゴミ」「クズ」「死ね」などとほざく……そこまで言わなくても。

 ……けっ。男から言わせてもらえばその発言こそ「男心をわかっていない」。

 男はな、そういう小恥ずかしい行為が大の苦手なんだよ。

 『好きだ』とか〝『いつもありがとう』とか思っていても口にできないし、したくない。『お前のこと愛してる』なんて言った日には恥ずかしさのあまり布団の中で「死にてぇ……」と悶え苦しむ。

 他にもサプライズ的なことをするのさえ苦手な男子だって多い。なんならサプライズされるのさえ苦手なやつもいる。嬉しいけど、どう反応していいかわからないから。

 まったく、女は自分の都合ばっかりで、そういうことをまるでわかっていない。

 だから俺は声を大にして言いたい。


 ――女心とやらを分かってほしいのならば、男心を分かってからにしろ、と。


 ……とかなんとか考えてみたけど、無理やりすぎたなこれは。由比さんたちがやったのは女の特性でもなんでもないわこれ。

 そんな風にいちいち話をミソジニーな方向に持っていって心の中で悪態をついていると、腰越さんが口を開いた。


「でさ、七里に聞きたいんだけどイナっちって今好きな人いんの? だから別れたとか?」


「…………」


 由比さんのもとまで来て、飄々と俺に話しかけてきた腰越さんについ怪訝な顔をしてしまった。


「……ん? 何? 私なんか変なこと言った?」


「いや……」


 腰越さん、僕たちって仲悪くなかったっけ? 由比さんの件で割りと揉めて特に関係修復とかしてないと思うんだけど? 何でそんな友達に話しかけるみたいなノリなの? 楽寺さんはめっちゃ嫌ってるっぽいし、この間のブス発言で話したこともない女子まで俺から更に一線引いてるしよ。

 と思ったのだが、口には出さないほうが良いだろう。


「……何でもない。知らんよ詳しいことは。稲村のことは稲村に聞いてくれ」


 しかも何で俺なんだよ。稲村じゃなくても江島とか長谷とかいるだろ。


「聞けないでしょー。最近ペアリングしてないから『あれ? イナっち指輪は?』って聞いたら『え? ああ、まぁ……』とか言われてすぐどっか行かれちゃったもん。それ以上聞くなって空気でしょこれ?」


 そういう気は遣えるのに、何で稲村のこと周りにはガンガン喋っちゃうのかね? そういう女の特性、ちょっと理解できません。

 つーかペアリング外してたなんてよく気付いたな。全然そんなこと知らんかったぞ。こういうのに気付けるのも女子の特性だな。


「それにこの間さ、放課後にイナっちが七里に彼女のこと相談してたっぽいっての見たって子がいたんだよね。だから何か知ってるかなーって」


 あれ聞かれてたのかよ。確かにあの時俺ら以外にも何人か教室に残ってたしな。あーめんどくせ。

 女子のこの情報網は一体何なんだよ。聞かれてたとしてもその情報広まるの早すぎんだろ。お前らマスコミ関係者か何かなの?


「……俺から言うべきことは何もないと思う」


 本当のところはどうか知らんが、稲村が腰越さんに放った言葉、というか態度から察するに、あまり口外したくない感じだろうし、それならば俺もそうするべきだろう。


「……七里って口堅いよねー。さくらとのことも誰にも言ってないっしょ?」


 俺の返しが意外だったのか、呆けた表情になった腰越さんはさらりとそんなことを口走る。

 おい……俺と由比さんを目の前にしてそれを言うか普通……。


「ちょ、ちょっとコシゴエ! そんなこと今言わなくてもいいじゃん……!」


 由比さんも俺と同じ気持ちだったらしく、慌てて腰越さんに苦言を呈す。

そして不意に由比さんと目が合ってしまい


「ぁ…………」


「…………っ」


 と互いに目を逸らす。気まずい……。


「ごめんごめん、口滑った。でもいいでしょ? もう終わったことだし。それに今じゃ仲良しじゃん二人とも」


 別になかよしではない。リボンでもない。マーガレットあたりが妥当。……は?

 でも彼女の言うとおり、これはもう終わったこと。終わったことなのだ。

 俺もそう思っているし、そう言った。

 だから、由比さんの口からも今はっきりそうを言ってくれれば、済むのだが。


「……もう! コシゴエ嫌い!」


「ちょちょ、痛い痛い」


 照れ隠しなのだろうか、由比さんは腰越さんのことをポカスカ殴る。

 彼女はそれを言わなかった。いや、言わなくてもそう思っているのならば問題はないけれども。


「も~……!」


 頬をりんごのように赤らめて、彼女は腰越さんの肩を叩いている。

 そんな彼女はつい先日、和田塚くんのことを振ったという。

 振ったということは、何かしらお断りした理由があったということだ。

 そういえば、この間下校を共にした際、そこまでは特に聞かなかった。

 もちろん、その理由は『残念ながら好きではなかったから』ということなのだろう。

 けれどそれは広義的というか抽象的というか一般的というか、実際はもっと具体的な理由があるものだ。

 俺が由比さんを振った際もそう。『残念ながら好きではなかったから』だけではなく、具体的に言えば『俺は二度と女と付き合うつもりはないから』だ。

 だから彼女にもあるのだろう。和田塚くんを振った具体的な理由が。


「…………」


 これは、『まさか』の話だ。

 そう。仮の話、IFの話、例えばの話。

 由比さんが和田塚くんを振った理由、それは……まだ、こんな俺なんかのことを――――。


「あれ? ななさんと腰越が絡んでるなんて珍しいね」


 そこへ江島が入ってきた。それと同時に俺の思考も止まる。


「エトー! ねー、私ももう七里と話すことはないだろうなって思ってたし。ってかさくら服ひっぱらないで」


 俺の代わりに腰越さんが返答した。あーそう……。


「え? 二人って何かあったの? あ、そういえばななさんの机に落書きしたのって腰越たちだっけ……?」


 おい……! 俺もいま気付いたけど、江島も俺と由比さんの件は知らないんだから言葉に気をつけろよこのギャル……。


「……え? 七里、エトにも言ってない系? やば、どんだけ口堅いの」


 お前が軽すぎるだけじゃボケ。そもそも誰かに告られたなんて自慢にしか聞こえない話をする趣味、俺にはねぇんだよ。


「そ、そうそう、でね! 二人に相談があったの! 口の堅い二人に!」


 何とかしてこの空気を誤魔化そうと、由比さんが一本締めをしながら入ってきた。いや、江島はそこまで口堅くないと思うぞ。軽いわけでもないが。


「へー。なになに?」


 しかし彼女の行動は功を奏したようで、江島は見事に食いついた。ちょれー。


「ちょっとさくら、そこまで言っちゃう? げぬー怒るよたぶん。だって……」


 腰越さんは俺のほうをチラッと覗く。

 ……なるほどね。何の話かは知らんが江島はともかく俺に話すことを鵠沼が許さないのね。あいつにめっさ嫌われてるもんなー俺。


「だいじょーぶコシゴエ! げぬー優しいから!」


「まぁ、そうだけどさ」


 えぇ!? どこが!? あ、女にはそうなのかな。


「もしかしてさ……楽寺のこと?」


 何かを察したのか、江島がぽつりと呟いた。


「……そう! もしかして朝の、見た?」


「うん、見た。ごめんね」


 こいつら何の話してんだ? とりあえずここ俺の席だから別で話してくれないかな?


「ななさんは気付かなかった? 今日の朝、教室の前の廊下で楽寺が泣いてるのを女子たちが慰めてたの」


「いや、全然」


「あれま? そんなに気にならない?」


「いや、うーん……」


 江島に聞かれ思案するが、楽寺さんの泣き顔はちょっと見たかった気はするかな。だって女の子の泣き顔って何か……興奮しね?

 というより俺、女嫌いだからか女が悲しんでるの見ると何かテンション上がるんだよね。

 ……いや最低なのは自分でもわかってるから! でも直りません。だって全然可哀想だと思わないんだもん。おぉ、紛うことなきクズ!


「まぁ、そういうのななさんらしいっちゃらしいけどねー」


 それに引き換え江島は優しい男だ。普段からそこはかとなくフェミニスト臭を漂わせているし。

 よく考えたらフェミニストな江島はミソジニストな俺とは正反対の存在なのかもしれない。稲村と違って俺のミソジニーにはよく引いているし。

 確かに俺はミソジニストではあるが、決してフェミニズムを全否定するつもりはない。女性に優しく? レディーファースト? 結構なことじゃねぇの。ただそれによって調子に乗る女がいるのが問題というだけ。

 これは個々の考え方の違いだ。俺に否定する権利などない。

 それに俺の敵はフェミニストではなく、女そのものだ。相手を間違えたりなんてしないさ。


「ま、女子が友達に囲まれて泣いてる時の理由なんて大体相場が決まってんだろ」


 俺が言うと江島も同じように思っていたらしく、


「俺もなんとなーく察しはつくけどさ。問題はその詳細だよ詳細」


 高二まで学校生活を送ってきていれば、そういった状況は何度か目の当たりにしているため、俺も江島も経験則である程度察することができる。


「で、お二人さん、どうなのそのへん?」


 江島は興味津々に聞く。

 う~ん……正直こういうのっ下手に首をつっこまないほうが……。


「へー、男子でも分かるんだねー、そういうの」


「うん、たぶんそのへんまではお察しのとおりなんだけど……」


 由比さんと腰越さんからの相談は始まった。

 ――事の顛末はこうだ。

 うちでは五月の中旬に体育祭があったのだが、楽寺さんはその体育祭の、有志による応援団の練習で稲村と仲良くなり、本番が終わった頃には彼に恋愛感情を抱いていたそうな。

 だけど稲村には当時中学時代から付き合っている彼女がいた。

 それでも彼女はその恋心を諦めようとしても諦めきれず、そのことを仲の良い女子には相談していたりしていた。前に俺らが麻雀している時にネイルを見せにきたり、俺の机に少女漫画積まれていた時に話しかけにきたのも、彼女の些細なアプローチだったのかもしれない。

 ……ああ、和田塚くんがトイレで言ってた楽寺さんが恋してる彼女持ちの男って稲村だったのね。

 そして最近、女子の中で稲村が彼女と別れたという情報が出回る。

 それは稲村にとっては悲報でも、楽寺さんにとってそれは朗報だった。これからは何の気も遣わずに彼にアプローチができると。


 ――しかし、ここで思わぬ伏兵が現れる。


 一年の時に稲村と同じクラスだった現在二年F組の倉高くらたかさんという女子だ。

 彼女は風の噂に楽寺さんが稲村狙いなのを聞きつけると、取られまいと思ったのか楽寺さんに見せ付けるかの如く、露骨に稲村に接触し始めたらしい。

 俺は一年の時から稲村と同じクラスだったからなんとなく倉高さんを知っているが、確かに稲村と親しげにしているのを何度も見たことがある。

 それに対して激昂した楽寺さんなのだが、倉高さんに文句を付ける勇気はなく、それを鵠沼グループに相談したところ、感極まって泣き出してしまったらしい。

 それが今日の朝の出来事とのこと。

 なるほどね。しっかしまぁ……、


 クッッッッッッッッッソどうぉぉぉぉぉぉぉぉぉでもいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!


 男の取り合いなんてミリも興味ねぇわ。楽寺さんとやらもいちいち他人を巻き込むなクソが。自分のケツくらい自分で拭けよ。クソだけに……やかましいわ! まったく、これだから女は嫌いなんだよ。

 しかし稲村もほんとモテんなぁ。昔から思ってたけど、ラブコメの主人公みたいなやつだよな。あいつ、好きなアニメの世界を現実で作り上げてんじゃん。夢叶ってるやん。


「でさー、こっちが困ってんのは『イナっち実際そこんとこどうなの?』ってとこなんだよね。だからそれとなく二人のことそれぞれどう思ってるか探ってくんない?」


 腰越さんは簡単にそんな頼みごとをしてくるが、


「それとなくの程度によって可能か不可能か決まるんじゃないかな、それ」


 江島が俺の言いたいことを代弁してくれた。

 さすが。そのまま断るかたちに持っていこうぜ。


「できればねー、二人が揉めてるってことは気付かれずに……」


「「いや、無理でしょ」」


 俺と江島はお互い呆れ半分に呟いた。稲村だってバカじゃない。俺らからそういう話をされれば気付いてしまう可能性のほうが高い。


「そこをなんとか!」


「ちょっとー。話したんだから頑張ってよー」


 由比さんは拝み手を高々と上げながらこうべを垂れ、腰越さんは俺の机に両手をついて頼み込んでくる。


「そんなこと言われても……のぉ?」


 俺は江島に同意を求めると彼も「ですよねぇ」と頷く。


「お願いだよ~、こういうのは男子が聞いたほうが絶対いいでしょ?」


「それ。女子から聞くのはちょっとアレじゃん?」


 それでも食い下がってくる。いやー無理なものは無理ですよさすがに。というかめんどくせ。


「う~ん……じゃあやるだけやってみるよ」


 せや……えっ、えぇっ!?

 江島の返答に俺は思わず彼を二度見してしまった。


「ありがと~! エトならそう言ってくれると思ってたよ!」


「さすが~! イケメンは違うねー」


 大袈裟に歓喜の声を上げる由比さんと腰越さん。ちょっと待って……。


「ななさんも手伝ってくれよ?」


 いや、ちょっ、えぇ……こいつの優しさはたまに厄介だ。NOと言える日本人になろうぜ江島。


「それじゃー頼みました!」


「頼りにしてる!」


 うわーこれめんどくさい流れになってるよヤバいよどうすんだよー。


「あいよっ」


 三人揃って敬礼をし合うというわけわからないノリをしてから由比さんたちはその場から立ち去った。


「安請け合いしやがって……」


 あいよっ、じゃねぇだろおい……。


「ごめんて。無理だったらそん時はそん時ってことでさ」


 どうなっても知らんぞ。ったく。こういうのは巻き込まれるとロクなことにならないんだよ大抵。

 あえて良いことを挙げるのであれば、俺のアームストロング砲は気付かぬうちに元の状態に戻っていたことくらいだ。


「……っていうかさ」


 江島が神妙な面持ちで言う。今度は何だ。


「イナっち、彼女と別れてたの?」


 お前それ知らなかったのかよ……。

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